ザ・カルト 『ラブ』
2014.11.19
ザ・カルト
『ラブ』
1985年作品
こんな調子で短期間に目まぐるしい変化し続けた彼らは、その後も1か所に長く立ち止まることはなかった。今ひとつ評価が定まらない理由はそこにもあるんだろう。1stアルバム『ドリームタイム』(1984年)ではゴスの薫香を維持しつつ、ポストパンク・ギターロックの王道を行くのだが、そこに仄かに窺えた、他のバンドにはない骨太な側面が、ここにご紹介する2ndアルバム『ラブ』(1985年)で強く主張し始める。そういう意味で『ラブ』は、ザ・カルトがポストパンクの群れから離れて独自の道を歩き出した、転機のアルバムだった。セールスにおいても、トップ20入りした先行シングルにして稀代の名曲「シー・セルズ・サンクチュアリー」の追い風を受けて、全英チャート最高4位を獲得している。
定まらないといえば、地理的な面も然り。ビリーはマンチェスター(ザ・スミスのモリッシーとは元バンド仲間で彼にジョニー・マーを引き合わせたことでも有名)、イアンはリヴァプール郊外、共にイングランド北部の出身でありながら当初からロンドンを拠点に活動し、特定の町に根差したアイデンティティとも無縁だった。そんな中で変わっていない点がひとつだけある。そう、イアンとビリーのコンビだ。最新作『Choice of Weapon』(2012年)を含めて、ザ・カルトのオリジナル曲はほぼ全てAstbury/Duffyとクレジットされており、他の多くの偉大なパートナーシップと同様、彼らの関係もテンションに満ちていたようだが、現在もコラボを続けているのだからお互いにとって理想的パートナーなのだろう。『ラブ』でのラインナップはちなみに、デス・カルト時代から在籍するジェイミー・スチュワート(ベース)に加えて、ドラマーが不在だったため、ビッグ・カントリーのマーク・ブレゼジッキを臨時で起用。プロデュースを手掛けたスティーヴ・ブラウンはそれまで専らポップ畑で活動していた人物で、本作でロック・プロデューサーとして名を馳せることになる(マニック・ストリート・プリーチャーズは本作の音に惚れ込んでスティーヴと1stアルバムを作った)。
よって『ラブ』も究極的には、イアンの歌とビリーのギターの格闘技みたいなもの。子供時代をカナダで過ごしたことからネイティヴ・アメリカン・カルチャーに深く傾倒し、ほかにも世界各地の文化・宗教に興味を抱くイアンの表現は往々にして神秘主義的なスピリチャリティに彩られ、まさに地理的にも時代的にも限定されない独特の詞を綴る人だった。本作でも「ブラザー・ウルフ;シスター・ムーン」や「フェニックス」からそういう志向が窺えるが、威厳のあるヴォーカル・スタイルも相俟って、彼の佇まいと美意識には一種シャーマン的なところがある。片やビリーのほうは、ミック・ロンソンやジョニー・サンダーズといったグラム系からブルース寄りのプレイヤーまで幅広い影響源を挙げる、生粋のギター弾き兼メロディメイカー。トレードマークのグレッチのホワイト・ファルコンで鳴らすオリジナリティ溢れるギター・サウンドは、ここにきて、ゴシックな美しく繊細なパターンを描くかと思えば、明らかにハードロック的なソロも聴かせ(パンクの世界においてはご法度!)、時にはシタールのように響き、恐るべき多芸さを見せつける。そんな彼のプレイあってこそ本作は、ゴスの陰影、ポストパンクの創造性、サイケデリック・ロックの豊かな色彩と深み、そして何よりも70年代ハードロックのスケール感を、全10曲・10通りのアプローチで融合することに成功している。「シー・セルズ・サンクチュアリー」があまりにも有名なために他の曲の印象は薄いのかもしれないが、全曲クオリティには優劣つけがたく、実に9曲目にして悠々と聴こえてくる「シー・セルズ・サンクチュアリー」のあのイントロ(ロック史上最強イントロのひとつじゃないだろうか?)は、まさにトドメの一撃だ。
この後のザ・カルトはさらにハードロック色を強めてアメリカナイズしてゆき、リック・ルービンと組んだ次の『エレクトリック』(1987年)と、LAに拠点を移してボブ・ロックと制作した『ソニック・テンプル』(1989年)で華々しく全米ブレイクを果たす。それは至極順当な進化でもあり、だからこそ直球のハードロックに振り切れる前の微妙なバランス感を捉えた『ラブ』は、後にも先にもない貴重な過渡期のスナップショットなのである。
実際、『ソニック・テンプル』に至る頃にはメタリカの前座を務めていたくらいだから、筆者のようなゴス期からのファンには少し遠い存在になってしまっていたが、本稿を書きながら『ラブ』を幾度も聴いているうちに、ふとこうも思った。UKロック一筋だった自分がその後ガンズ・アンド・ローゼズを聴き始めたり、サウンドガーデンやパール・ジャムのような重めのグランジ・バンドに惹かれるようになったのは、もしかしたらザ・カルトが、このアルバムが、グランジの一足先にインディ/パンクとハードロックの橋渡しをしてくれていたからなのかもしれないーーと。
【関連サイト】
THE CULT(CD)
『ラブ』
1985年作品
アナーキスト・バンドのクラスをこよなく愛するパンク青年イアン・アストベリーが、その原型となるバンドを結成したのは1981年。彼は「サザン・デス・カルト」という名前を選び、いわゆるポジティヴ・パンクに括られるスタイルを志向していたものだ。が、2年後にイアンはバンドを脱退し、元シアター・オブ・ヘイトのギタリスト=ビリー・ダフィーと、新たにゴス寄りの「デス・カルト」を結成。それが、英国の名門インディのベガーズ・バンケットからデビュー・シングル「Spiritwalker」を発表した1984年には、さらに名前を短縮して「ザ・カルト」と名乗っていた......。
こんな調子で短期間に目まぐるしい変化し続けた彼らは、その後も1か所に長く立ち止まることはなかった。今ひとつ評価が定まらない理由はそこにもあるんだろう。1stアルバム『ドリームタイム』(1984年)ではゴスの薫香を維持しつつ、ポストパンク・ギターロックの王道を行くのだが、そこに仄かに窺えた、他のバンドにはない骨太な側面が、ここにご紹介する2ndアルバム『ラブ』(1985年)で強く主張し始める。そういう意味で『ラブ』は、ザ・カルトがポストパンクの群れから離れて独自の道を歩き出した、転機のアルバムだった。セールスにおいても、トップ20入りした先行シングルにして稀代の名曲「シー・セルズ・サンクチュアリー」の追い風を受けて、全英チャート最高4位を獲得している。
定まらないといえば、地理的な面も然り。ビリーはマンチェスター(ザ・スミスのモリッシーとは元バンド仲間で彼にジョニー・マーを引き合わせたことでも有名)、イアンはリヴァプール郊外、共にイングランド北部の出身でありながら当初からロンドンを拠点に活動し、特定の町に根差したアイデンティティとも無縁だった。そんな中で変わっていない点がひとつだけある。そう、イアンとビリーのコンビだ。最新作『Choice of Weapon』(2012年)を含めて、ザ・カルトのオリジナル曲はほぼ全てAstbury/Duffyとクレジットされており、他の多くの偉大なパートナーシップと同様、彼らの関係もテンションに満ちていたようだが、現在もコラボを続けているのだからお互いにとって理想的パートナーなのだろう。『ラブ』でのラインナップはちなみに、デス・カルト時代から在籍するジェイミー・スチュワート(ベース)に加えて、ドラマーが不在だったため、ビッグ・カントリーのマーク・ブレゼジッキを臨時で起用。プロデュースを手掛けたスティーヴ・ブラウンはそれまで専らポップ畑で活動していた人物で、本作でロック・プロデューサーとして名を馳せることになる(マニック・ストリート・プリーチャーズは本作の音に惚れ込んでスティーヴと1stアルバムを作った)。
よって『ラブ』も究極的には、イアンの歌とビリーのギターの格闘技みたいなもの。子供時代をカナダで過ごしたことからネイティヴ・アメリカン・カルチャーに深く傾倒し、ほかにも世界各地の文化・宗教に興味を抱くイアンの表現は往々にして神秘主義的なスピリチャリティに彩られ、まさに地理的にも時代的にも限定されない独特の詞を綴る人だった。本作でも「ブラザー・ウルフ;シスター・ムーン」や「フェニックス」からそういう志向が窺えるが、威厳のあるヴォーカル・スタイルも相俟って、彼の佇まいと美意識には一種シャーマン的なところがある。片やビリーのほうは、ミック・ロンソンやジョニー・サンダーズといったグラム系からブルース寄りのプレイヤーまで幅広い影響源を挙げる、生粋のギター弾き兼メロディメイカー。トレードマークのグレッチのホワイト・ファルコンで鳴らすオリジナリティ溢れるギター・サウンドは、ここにきて、ゴシックな美しく繊細なパターンを描くかと思えば、明らかにハードロック的なソロも聴かせ(パンクの世界においてはご法度!)、時にはシタールのように響き、恐るべき多芸さを見せつける。そんな彼のプレイあってこそ本作は、ゴスの陰影、ポストパンクの創造性、サイケデリック・ロックの豊かな色彩と深み、そして何よりも70年代ハードロックのスケール感を、全10曲・10通りのアプローチで融合することに成功している。「シー・セルズ・サンクチュアリー」があまりにも有名なために他の曲の印象は薄いのかもしれないが、全曲クオリティには優劣つけがたく、実に9曲目にして悠々と聴こえてくる「シー・セルズ・サンクチュアリー」のあのイントロ(ロック史上最強イントロのひとつじゃないだろうか?)は、まさにトドメの一撃だ。
この後のザ・カルトはさらにハードロック色を強めてアメリカナイズしてゆき、リック・ルービンと組んだ次の『エレクトリック』(1987年)と、LAに拠点を移してボブ・ロックと制作した『ソニック・テンプル』(1989年)で華々しく全米ブレイクを果たす。それは至極順当な進化でもあり、だからこそ直球のハードロックに振り切れる前の微妙なバランス感を捉えた『ラブ』は、後にも先にもない貴重な過渡期のスナップショットなのである。
実際、『ソニック・テンプル』に至る頃にはメタリカの前座を務めていたくらいだから、筆者のようなゴス期からのファンには少し遠い存在になってしまっていたが、本稿を書きながら『ラブ』を幾度も聴いているうちに、ふとこうも思った。UKロック一筋だった自分がその後ガンズ・アンド・ローゼズを聴き始めたり、サウンドガーデンやパール・ジャムのような重めのグランジ・バンドに惹かれるようになったのは、もしかしたらザ・カルトが、このアルバムが、グランジの一足先にインディ/パンクとハードロックの橋渡しをしてくれていたからなのかもしれないーーと。
(新谷洋子)
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THE CULT(CD)
『ラブ』収録曲
01. ニルバーナ/02. ビッグ・ネオン・グリッター/03. ラブ/04. ブラザー・ウルフ;シスター・ムーン/05. レイン/06. フェニックス/07. ホロウ・マン/08. レボリューション/09. シー・セルズ・サンクチュアリー/10. ブラック・エンジェル
01. ニルバーナ/02. ビッグ・ネオン・グリッター/03. ラブ/04. ブラザー・ウルフ;シスター・ムーン/05. レイン/06. フェニックス/07. ホロウ・マン/08. レボリューション/09. シー・セルズ・サンクチュアリー/10. ブラック・エンジェル
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