ベル・アンド・セバスチャン 『天使のため息』
2015.03.29
ベル・アンド・セバスチャン
『天使のため息』
1996年作品
その主人公は、お馴染みのスチュアート・マードック(ヴォーカル/ギター)。大学時代に慢性疲労症候群を患って通常の社会生活を送ることができなくなり、7年近く実家に半ば引きこもっていた彼が、ピアノに向かって曲を作る楽しみを知ったのがベルセバの始まりだった。ようやく自分の存在理由を見つけたスチュアートが一気にのめり込んだのは無理ないだろう。その後病気から回復すると人前で曲を披露するようになり、スチュアート・デイヴィッド(ベース/現在は脱退)との出会いを機にバンド結成を思い立つ。以後、地元の若いミュージシャンたちーーイゾベル・キャンベル(チェロ/現在は脱退)、サラ・マーティン(ヴァイオリンほか)、スティーヴィー・ジャクソン(ギター)、リチャード・コルバーン(ドラムス)、ミック・クック(トランペット/現在は脱退)、クリス・ゲッズ(鍵盤)ーーが加わって、バンドが正式に始動。リチャードが通うカレッジの授業の一環としてアルバムを制作する機会を得て、ファースト『Tigermilk』(1996年)を録音し、同校が運営するレーベルElectric Honeyから限定千枚のアナログ盤でリリースされたというわけだ。
同作は口コミで大きな話題を集め、インディ・レーベルのJeepsterと契約したベルセバは『Tigermilk』から半年後の1996年11月に、引き続き療養時代にスチュアートが書き貯めた曲を中心に構成した本作を発表。彼が管理人を兼ねて住みこんでいた教会に集まってはリハーサルを重ねたバンドは、5日でレコーディングを終えたとか。
そんな彼らのアウトサイダー意識を打ち出すテーマソングが、群れから離れてやりたいことをやる!という心意気を示す「消えてしまいそうな僕を連れ出して」(原題はGet Me Away from Here, I'm Dying)だ。また「誰も昔みたいな曲を書いてくれないから僕がやるしかない」と歌うこの曲は、ソングライターとしてのスチュアートのマニフェストでもあり、自嘲と自信が混じったトーンは、師匠のひとりに掲げるモリッシー譲り。ただ、自己主張が強いモリッシーに対して、専らキャラクターに語らせるストーリーテラーだという点が違って、病気が快方に向かっていた時期のスチュアートは、ここに描かれている通りに独りでバスに乗って、窓から見えるグラスゴーの人々の生活を想像しながら詞を綴っていたとか。電車でいつも顔を合わせる〈僕と少佐〉の世代や階級のギャップを描く「僕と少佐の関係」から、グラスゴーのケルヴィングローヴ公園にまつわる逸話を下敷きにした「映画の中のディランのように」まで、彼らを悩ますセクシュアルな欲望やスピリチャルな葛藤、或いは、こんがらがった人間関係を想像しながらーー。
もちろんそうやって形作ったキャラクターには、偉大なアスリートたちを讃える「スターズ・オブ・トラック・アンド・フィールド」然り、追い詰められた人・動物の姿を断片的に並べてゆく「フォックス・イン・ザ・スノウ」然り、当時のスチュアートのフラストレーションや羨望が反映されてもいるのだろう。そして表題曲では、「もうこれに勝ることは起き得ない」と感じる体験をしたアンソニーと、「SMと聖書の勉強」が好きな自分に困惑して救いを追い求めるヒラリー、対極にあるふたりが自殺を決心するまでの過程を辿っており、重く悲しい内容の曲が実は多い。「嘆きの少年」(原題はThe Boy Done Wrong Again)ではこうも綴っている、〈僕はとびきり悲しい曲を歌いたかっただけ/それを誰かが一緒に歌ってくれたらとってもハッピーになれるのに〉と。
そう、一緒に歌って演奏してくれる仲間がいるからこそ、スチュアートの曲は悲しいだけでなく、〈普通の人々〉を讃えるアンセムへと昇華しているのだろう。技術的に秀でているとは言えなかったベルセバの面々だが、弦楽器・管楽器を交えたカラフルで細やかなアレンジでひとつひとつの曲に命を吹き込み、ストーリーテリングとメロディの流麗さもさることながら、インストゥルメンタル・パートの美しさと、コミュニティ的な温もり溢れる演奏も本作の大きな魅力。同郷のトニー・ドゥーガンのプロデュースの下に全員でプレイする形で録音したローファイなサウンドには、バンド内の人間関係と音楽的ケミストリーが深まってゆく様子を記録したかのような趣がある。そして何よりも興味深いのはタイミングだ。後期ブリットポップとビッグビートとスパイス・ガールズが支配していたシーンにおいて、いかにベルセバの音楽性が異質だったことか! ポストカードやサラ・レコード所属アーティストからザ・スミスやフェルトに至る、1980年代のUKインディ・ポップの延長線上にあると同時に、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、ビーチ・ボーイズやレフト・バンドといったバロックポップ・バンド、バート・バカラックのようなシンガー・ソングライターまで1960年代の音楽からも広く影響を受けたサウンドは、トレンドから切り離された環境でしか生まれ得なかった。そう、そこもまた、反中央でDIY志向が強いグラスゴーならでは。ナイーヴなところがあって「twee(可愛らしい)」などと形容されがちではあるけど、本質的には反骨心満々で特異なこのバンドを生んだ町を、いつか訪れてみたいと思う。
【関連サイト】
BELLE AND SEBASTIAN
『天使のため息』
1996年作品
特定の町を感じさせる音楽、というのがある。自分にとって1960〜70年代のニューヨークのイメージはロックを通じて形作られた気がするし、ザ・スミスの曲はマンチェスターが背景になければ成立しないし、ほかにもたくさんの例が思い浮かぶが、スコットランドのグラスゴーもやはり音楽との縁が深い町。シンプル・マインズの「Waterfront」やザ・ブルー・ナイルの「Tinseltown in the Rain」を始め、グラスゴーに因んだ名曲は少なくない。そしてアルバムとなると真っ先に思い浮かぶのが、ベル・アンド・セバスチャン(以下ベルセバ)のセカンド『天使のため息』(原題はIf you're feeling sinister)である。そもそもバンド名からして「ベルとセバスチャンというカップルがグラスゴーで作る音楽」との設定に基づいており、全作品がグラスウィージアンなんだが、バンド誕生から本作の完成に至る経緯そのものが、町を舞台にした小説みたいに感じられるのだ。
その主人公は、お馴染みのスチュアート・マードック(ヴォーカル/ギター)。大学時代に慢性疲労症候群を患って通常の社会生活を送ることができなくなり、7年近く実家に半ば引きこもっていた彼が、ピアノに向かって曲を作る楽しみを知ったのがベルセバの始まりだった。ようやく自分の存在理由を見つけたスチュアートが一気にのめり込んだのは無理ないだろう。その後病気から回復すると人前で曲を披露するようになり、スチュアート・デイヴィッド(ベース/現在は脱退)との出会いを機にバンド結成を思い立つ。以後、地元の若いミュージシャンたちーーイゾベル・キャンベル(チェロ/現在は脱退)、サラ・マーティン(ヴァイオリンほか)、スティーヴィー・ジャクソン(ギター)、リチャード・コルバーン(ドラムス)、ミック・クック(トランペット/現在は脱退)、クリス・ゲッズ(鍵盤)ーーが加わって、バンドが正式に始動。リチャードが通うカレッジの授業の一環としてアルバムを制作する機会を得て、ファースト『Tigermilk』(1996年)を録音し、同校が運営するレーベルElectric Honeyから限定千枚のアナログ盤でリリースされたというわけだ。
同作は口コミで大きな話題を集め、インディ・レーベルのJeepsterと契約したベルセバは『Tigermilk』から半年後の1996年11月に、引き続き療養時代にスチュアートが書き貯めた曲を中心に構成した本作を発表。彼が管理人を兼ねて住みこんでいた教会に集まってはリハーサルを重ねたバンドは、5日でレコーディングを終えたとか。
そんな彼らのアウトサイダー意識を打ち出すテーマソングが、群れから離れてやりたいことをやる!という心意気を示す「消えてしまいそうな僕を連れ出して」(原題はGet Me Away from Here, I'm Dying)だ。また「誰も昔みたいな曲を書いてくれないから僕がやるしかない」と歌うこの曲は、ソングライターとしてのスチュアートのマニフェストでもあり、自嘲と自信が混じったトーンは、師匠のひとりに掲げるモリッシー譲り。ただ、自己主張が強いモリッシーに対して、専らキャラクターに語らせるストーリーテラーだという点が違って、病気が快方に向かっていた時期のスチュアートは、ここに描かれている通りに独りでバスに乗って、窓から見えるグラスゴーの人々の生活を想像しながら詞を綴っていたとか。電車でいつも顔を合わせる〈僕と少佐〉の世代や階級のギャップを描く「僕と少佐の関係」から、グラスゴーのケルヴィングローヴ公園にまつわる逸話を下敷きにした「映画の中のディランのように」まで、彼らを悩ますセクシュアルな欲望やスピリチャルな葛藤、或いは、こんがらがった人間関係を想像しながらーー。
もちろんそうやって形作ったキャラクターには、偉大なアスリートたちを讃える「スターズ・オブ・トラック・アンド・フィールド」然り、追い詰められた人・動物の姿を断片的に並べてゆく「フォックス・イン・ザ・スノウ」然り、当時のスチュアートのフラストレーションや羨望が反映されてもいるのだろう。そして表題曲では、「もうこれに勝ることは起き得ない」と感じる体験をしたアンソニーと、「SMと聖書の勉強」が好きな自分に困惑して救いを追い求めるヒラリー、対極にあるふたりが自殺を決心するまでの過程を辿っており、重く悲しい内容の曲が実は多い。「嘆きの少年」(原題はThe Boy Done Wrong Again)ではこうも綴っている、〈僕はとびきり悲しい曲を歌いたかっただけ/それを誰かが一緒に歌ってくれたらとってもハッピーになれるのに〉と。
そう、一緒に歌って演奏してくれる仲間がいるからこそ、スチュアートの曲は悲しいだけでなく、〈普通の人々〉を讃えるアンセムへと昇華しているのだろう。技術的に秀でているとは言えなかったベルセバの面々だが、弦楽器・管楽器を交えたカラフルで細やかなアレンジでひとつひとつの曲に命を吹き込み、ストーリーテリングとメロディの流麗さもさることながら、インストゥルメンタル・パートの美しさと、コミュニティ的な温もり溢れる演奏も本作の大きな魅力。同郷のトニー・ドゥーガンのプロデュースの下に全員でプレイする形で録音したローファイなサウンドには、バンド内の人間関係と音楽的ケミストリーが深まってゆく様子を記録したかのような趣がある。そして何よりも興味深いのはタイミングだ。後期ブリットポップとビッグビートとスパイス・ガールズが支配していたシーンにおいて、いかにベルセバの音楽性が異質だったことか! ポストカードやサラ・レコード所属アーティストからザ・スミスやフェルトに至る、1980年代のUKインディ・ポップの延長線上にあると同時に、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、ビーチ・ボーイズやレフト・バンドといったバロックポップ・バンド、バート・バカラックのようなシンガー・ソングライターまで1960年代の音楽からも広く影響を受けたサウンドは、トレンドから切り離された環境でしか生まれ得なかった。そう、そこもまた、反中央でDIY志向が強いグラスゴーならでは。ナイーヴなところがあって「twee(可愛らしい)」などと形容されがちではあるけど、本質的には反骨心満々で特異なこのバンドを生んだ町を、いつか訪れてみたいと思う。
(新谷洋子)
【関連サイト】
BELLE AND SEBASTIAN
『天使のため息』収録曲
01. スターズ・オブ・トラック・アンド・フィールド/02. アザー・ピープル/03. 僕と少佐の関係/04. 映画の中のディランのように/05. フォックス・イン・ザ・スノウ/06. 消えてしまいそうな僕を連れ出して/07. 天使のため息/08. メイフライ(かげろう)/09. 嘆きの少年/10. ジュディは夢を見る
01. スターズ・オブ・トラック・アンド・フィールド/02. アザー・ピープル/03. 僕と少佐の関係/04. 映画の中のディランのように/05. フォックス・イン・ザ・スノウ/06. 消えてしまいそうな僕を連れ出して/07. 天使のため息/08. メイフライ(かげろう)/09. 嘆きの少年/10. ジュディは夢を見る
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