ニュー・オーダー 『ロウ・ライフ』
2015.06.19
ニュー・オーダー
『ロウ・ライフ』
1985年作品
じゃあ、大ヒット曲が生まれたわけでもなく、全英アルバム・チャートでは最高7位に終わった『ロウ・ライフ』を名盤に選んだのはなぜか? 第一に、ジョイ・ディヴィジョンからニュー・オーダーへの音楽的な移行プロセスの完了を物語る重要なアルバムだからだ。フロントマンのイアン・カーティスの自殺を受けて、あとに残された3人ーーバーナード・サムナー(ギター)、ピーター・フック(ベース)、スティーヴン・モリス(ドラムス)ーーがジョイ・ディヴィジョンとしての活動に終止符を打ったのは、このさらに5年前のこと。そこにスティーヴンのガールフレンド(その後結婚)のジリアン・ギルバートがキーボーディストとして加わり、バーナードがシンガー兼リリシスト役を引き受けて(彼はプログラミングにも大々的に関わっている)、間髪入れずにニュー・オーダーとして再出発。1981年のファースト『ムーヴメント』は、ジョイ・ディヴィジョンの2作品を手がけたマーティン・ハネットが引き続きプロデュースしたこともあって、あくまでそれまでの延長にあった。が、同作を発表後4人はニューヨークを訪れてクラブに入り浸り、当時盛り上がっていたエレクトロや黎明期のヒップホップに刺激を受け、クラフトワークやジョルジオ・モロダーら欧州産のエレクトロニック音楽にもインスパイアされながら、シーケンサーやシンセサイザーを積極的に使ってダンス・ミュージックを取り入れてゆく。そして、セカンド『権力の美学』(1983年)ではまだ完全には溶け合っていなかったギター・ロックとエレクトロニック・サウンドが、いよいよ『ロウ・ライフ』に至って対等な関係で共存。シンセの音は温もりを増し、ドラムマシーンとナマのパーカッションの境目はボカされ、ポップソングとしての完成度も申し分ない8曲を揃えた本作は、今日に至るまで多くのミュージシャンが模索する、ロックとダンスの両立の理想形を提示している。
言うまでもなくピーター・サヴィルが手掛けたアートワークのインパクトも大きかった。(アナログ盤では)外ジャケはスティーヴンとジリアン、内ジャケがピーターとバーナードと、4人のモノクロのポートレイトを全面に使用しており、メンバーの写真をフィーチャーしたのはあとにも先にも本作だけ。かといって彼らは完全に過去と決別していたわけではなく、相変わらずイアンの死は影を落としていた。5曲目(B面の冒頭)に位置するインストゥルメンタル曲「エレジア」(映画『プリティ・イン・ピンク/恋人たちの街角』のサントラにも収録)は、ラテン語で「挽歌」を指すタイトル通り、イアンへのトリビュート。17分あるフル・ヴァージョン(2002年のコンピ『レトロ』で聴ける)を5分に縮めたこのゴシック・アンビエントな鎮魂歌には、アルバムの中央にそびえ立つ墓碑のような重みがある。そしてその重みをさりげなく受け止めているのが、さらに磨きがかかったアップテンポなダンスポップ群だ。例えば、シングル曲としては初めてアルバムにも収録された名曲「パーフェクト・キス」も、9分に及ぶシングル・ヴァージョンを半分にカットしているが、複雑な展開もそのまま凝縮(カエルの鳴き声をサンプリングしたことも有名な曲だ)。ピーターの専売特許たるあのメロディックなベースとシンセのせめぎ合いに、「これぞニュー・オーダー!」と膝を打ちたくなる。「完璧な接吻とは死の接吻」とタイトルを説明するくだりが、イアンと結び付けられることを嫌ったのか、そっくりアルバム・ヴァージョンから削られていることも面白い。
セカンド・シングルだったニュー・オーダー流ディスコ「サブ・カルチャー」ほか、ラスト3曲も徹底してダンサブルかつハイ・テンション。それでいて詞は不穏で、当時29歳のバーナードは8曲目の「フェイス・アップ」を、「僕らは若くてピュアだった/人生は開いた扉に過ぎなかった」と締め括り、過去を眺める視線は早くも物憂げだ。この頃のバンドはほとんどインタヴューを受けていなかったから、ただでさえ抽象的で断片的な表現に寄った詞の意味は推測するしかなかったのだが、ここにきて彼のヘタウマ・ヴォーカルが気負いない自然なトーンに落ち着いたことも相まって、最初の2枚と比べるとぐっと生々しい感情をつきつけている。中でもずば抜けてヒューマンなのは、冒頭の「ラヴ・ヴィジランティス」だろう。メロディカとアコギの素朴な響きがリードするこの不思議な曲は、戦地から家族を思う兵士の視点で綴られ、確かバーナードにとって初のストーリー仕立ての曲だった。兵士が帰郷すると戦死の知らせを受けて妻は自殺していたーーという古いフォークソングじみた筋書きで、筆者はずっと、亡くなった兵士が亡霊として帰ってきたのだと解釈していたものの、最近のインタヴューによると、誤報だった可能性も含んでいるそうで、バーナードは、ストーリー仕立てでもダークなヒネリを加えずにいられない人なのだ。だからこそイアンに捧げた「エレジア」では敢えて黙して、率直な悲しみを音に託したのだろうか? スポークスマン的な役割を務めていたオシの強いピーターに対して常にミステリアスな存在だった、この控えめなフロントマンについても、本作は多くを語っているような気がする。
【関連サイト】
New Order
New Order(CD)
『ロウ・ライフ』
1985年作品
ずっとニュー・オーダーを取り上げたかった。偉大なバンドであることはもちろん、個人的にも大好きなので。にもかかわらずこんなに時間がかかったのは、ぶっちゃけ、「決定的な名盤」とされている作品がないからなのかもしれない。しかも彼らの場合、前身のジョイ・ディヴィジョン時代からシングルとアルバムを分けて捉えており、初期の代表曲はほとんどアルバムに収録されておらず、12インチ盤で流通した傑作リミックスも多い。よって普段からついついベスト盤を聴いてしまいがちなのである。そこで久しぶりにスタジオ・アルバムを一通り聴き直してみた結果、ちょうど30年前の1985年5月にリリースされたサード『ロウ・ライフ』を、勝手ながら現時点での名盤に指定しようと思う。
じゃあ、大ヒット曲が生まれたわけでもなく、全英アルバム・チャートでは最高7位に終わった『ロウ・ライフ』を名盤に選んだのはなぜか? 第一に、ジョイ・ディヴィジョンからニュー・オーダーへの音楽的な移行プロセスの完了を物語る重要なアルバムだからだ。フロントマンのイアン・カーティスの自殺を受けて、あとに残された3人ーーバーナード・サムナー(ギター)、ピーター・フック(ベース)、スティーヴン・モリス(ドラムス)ーーがジョイ・ディヴィジョンとしての活動に終止符を打ったのは、このさらに5年前のこと。そこにスティーヴンのガールフレンド(その後結婚)のジリアン・ギルバートがキーボーディストとして加わり、バーナードがシンガー兼リリシスト役を引き受けて(彼はプログラミングにも大々的に関わっている)、間髪入れずにニュー・オーダーとして再出発。1981年のファースト『ムーヴメント』は、ジョイ・ディヴィジョンの2作品を手がけたマーティン・ハネットが引き続きプロデュースしたこともあって、あくまでそれまでの延長にあった。が、同作を発表後4人はニューヨークを訪れてクラブに入り浸り、当時盛り上がっていたエレクトロや黎明期のヒップホップに刺激を受け、クラフトワークやジョルジオ・モロダーら欧州産のエレクトロニック音楽にもインスパイアされながら、シーケンサーやシンセサイザーを積極的に使ってダンス・ミュージックを取り入れてゆく。そして、セカンド『権力の美学』(1983年)ではまだ完全には溶け合っていなかったギター・ロックとエレクトロニック・サウンドが、いよいよ『ロウ・ライフ』に至って対等な関係で共存。シンセの音は温もりを増し、ドラムマシーンとナマのパーカッションの境目はボカされ、ポップソングとしての完成度も申し分ない8曲を揃えた本作は、今日に至るまで多くのミュージシャンが模索する、ロックとダンスの両立の理想形を提示している。
言うまでもなくピーター・サヴィルが手掛けたアートワークのインパクトも大きかった。(アナログ盤では)外ジャケはスティーヴンとジリアン、内ジャケがピーターとバーナードと、4人のモノクロのポートレイトを全面に使用しており、メンバーの写真をフィーチャーしたのはあとにも先にも本作だけ。かといって彼らは完全に過去と決別していたわけではなく、相変わらずイアンの死は影を落としていた。5曲目(B面の冒頭)に位置するインストゥルメンタル曲「エレジア」(映画『プリティ・イン・ピンク/恋人たちの街角』のサントラにも収録)は、ラテン語で「挽歌」を指すタイトル通り、イアンへのトリビュート。17分あるフル・ヴァージョン(2002年のコンピ『レトロ』で聴ける)を5分に縮めたこのゴシック・アンビエントな鎮魂歌には、アルバムの中央にそびえ立つ墓碑のような重みがある。そしてその重みをさりげなく受け止めているのが、さらに磨きがかかったアップテンポなダンスポップ群だ。例えば、シングル曲としては初めてアルバムにも収録された名曲「パーフェクト・キス」も、9分に及ぶシングル・ヴァージョンを半分にカットしているが、複雑な展開もそのまま凝縮(カエルの鳴き声をサンプリングしたことも有名な曲だ)。ピーターの専売特許たるあのメロディックなベースとシンセのせめぎ合いに、「これぞニュー・オーダー!」と膝を打ちたくなる。「完璧な接吻とは死の接吻」とタイトルを説明するくだりが、イアンと結び付けられることを嫌ったのか、そっくりアルバム・ヴァージョンから削られていることも面白い。
セカンド・シングルだったニュー・オーダー流ディスコ「サブ・カルチャー」ほか、ラスト3曲も徹底してダンサブルかつハイ・テンション。それでいて詞は不穏で、当時29歳のバーナードは8曲目の「フェイス・アップ」を、「僕らは若くてピュアだった/人生は開いた扉に過ぎなかった」と締め括り、過去を眺める視線は早くも物憂げだ。この頃のバンドはほとんどインタヴューを受けていなかったから、ただでさえ抽象的で断片的な表現に寄った詞の意味は推測するしかなかったのだが、ここにきて彼のヘタウマ・ヴォーカルが気負いない自然なトーンに落ち着いたことも相まって、最初の2枚と比べるとぐっと生々しい感情をつきつけている。中でもずば抜けてヒューマンなのは、冒頭の「ラヴ・ヴィジランティス」だろう。メロディカとアコギの素朴な響きがリードするこの不思議な曲は、戦地から家族を思う兵士の視点で綴られ、確かバーナードにとって初のストーリー仕立ての曲だった。兵士が帰郷すると戦死の知らせを受けて妻は自殺していたーーという古いフォークソングじみた筋書きで、筆者はずっと、亡くなった兵士が亡霊として帰ってきたのだと解釈していたものの、最近のインタヴューによると、誤報だった可能性も含んでいるそうで、バーナードは、ストーリー仕立てでもダークなヒネリを加えずにいられない人なのだ。だからこそイアンに捧げた「エレジア」では敢えて黙して、率直な悲しみを音に託したのだろうか? スポークスマン的な役割を務めていたオシの強いピーターに対して常にミステリアスな存在だった、この控えめなフロントマンについても、本作は多くを語っているような気がする。
(新谷洋子)
【関連サイト】
New Order
New Order(CD)
『ロウ・ライフ』収録曲
01. ラヴ・ヴィジランティス/02. パーフェクト・キス/03. ディス・タイム・オブ・ナイト/04. サンライズ/05. エレジア/06. スーナー・ザン・ユー・シンク/07. サブ・カルチャー/08. フェイス・アップ
01. ラヴ・ヴィジランティス/02. パーフェクト・キス/03. ディス・タイム・オブ・ナイト/04. サンライズ/05. エレジア/06. スーナー・ザン・ユー・シンク/07. サブ・カルチャー/08. フェイス・アップ
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