セイント・エティエンヌ 『フォックスベース・アルファ』
2015.08.26
セイント・エティエンヌ
『フォックスベース・アルファ』
1991年作品
2015年の現在もボブ・スタンリー、ピート・ウィッグス、サラ・クラックネルの不動のメンツで活動しているこのトリオ。そもそもの出発点は、ロンドン郊外クロイドンで育った幼馴染みの、ピートとボブの友情に辿ることができる。アシッド・ハウスの洗礼を受けて、ギターではなくキーボードとサンプラーで音楽制作を始めたふたりは、クラブをある程度意識しつつも基本的には歌心のあるポップソングを作ることを重視していた点で、同世代のビッグ・ビート勢とは一線を画していた。かつ、ブリティッシュな美意識においてはブリット・ポップ勢を先取りする、非常にユニークな存在だった気がする。いや、厳密には「ブリティッシュ」ではなく「ロンドナー」と言うべきなのかもしれない。音楽活動に本腰を入れるべく憧れのロンドンの中心部に移り住んだ彼らは、街に刺激を受けながら試行錯誤を繰り返し、様々なシンガーとコラボしてレコーディングを行なう。そんな中で生まれた曲のひとつが、モイラ・ランバートなるシンガーが歌うファースト・シングル「Only Love Can Break Your Heart」。ご存知、1970年発表のニール・ヤングの名曲のカヴァーだが、ボブたちはそこにレッド・ツェッペリンの「レヴィー・ブレイクス」のサンプルを織り込み、キーをマイナーに置き換えて、カリフォルニアの乾いた空気じゃなくロンドンの曇天に似合う、メランコリックで少し毒を感じさせるダンス・トラックに変身させてしまったのである。
それから間もなく、設立されたばかりの名門インディ・レーベルHeavenlyと契約し、同じようにロンドン郊外で育ったサラ・クラックネルが正式に加入すると、「Only Love〜」以外のヴォーカル曲は全て彼女と録音して本作を完成。ペトゥラ・クラークとダスティ・スプリングフィールドを同等に想起させるあの甘くもクールな歌声が、バンドの刻印となる。ただ、サラが曲作りにも携わるのはセカンド『So Tough』以降で、ここでは共に音楽オタクを自認するボブ(彼は下積み時代に音楽ライターとして活躍し、現在も『The Guardian』紙などに寄稿している)とピートが、それまでに蓄積した知識を一気に放出するようにして、作詞作曲からプロダクションまで担当。1960年代のポップ、バレアリックなダンス・ミュージック、1980年代後半のUKギターポップを核に、レトロモダンなメルティング・ポットを構築するに至ったのである。ダビー&ドリーミーなエレクトロ・サウンドが今もコンテンポラリーに聴こえる「Carnt Sleep」、8分に及ぶインストのアンビエント・ハウス「Stoned To Say The Least」、夏っぽいトロピカルな「Girl VII」、古典ソウル調の「Spring」......といった具合に、曲ごとにスタイルの比重を少しずつ変えながら。
まさにブリティッシュな、そんな折衷的表現を実践する上で、ふたりが他のポップ・アーティストたちに先駆けて用いた手法のひとつが、先にも触れたサンプリングだ。1960年代のガールポップを1990年の音で解釈した「Nothing Can Stop Us」にはダスティ・スプリングフィールドの「I Can't Wait Until I See My Baby's Face」を、「Wilson」にはタイトル通りウィルソン・ピケットによる「Hey Jude」のカヴァーを、「She's The One」にはフォー・トップスの「A Different World」とペット・ショップ・ボーイズの「Being Boring」を引用。他方で、「Etienne Gonna Die」は全編を『House of Games(邦題スリル・オブ・ゲーム)』なる映画から抜き出した会話で構成し、バンド名がフランスのサッカー・チームの名前に因んでいるとあって、アルバムのイントロにはフランスのラジオ局のサッカー試合中継の断片を使っているほか、曲間でも様々な出自の音が鳴っており、洗練されたサウンドに凹凸のテクスチュアを加えてバランスをとる。
でも、歌詞の題材は常にラヴだ。ロンドンの街を背景にした四季折々の、切ないラヴ・ストーリーをサラは伝える。中でも「今日はロンドンの愛情をひとりじめ」と歌う、その名もずばりの「London Belongs To Me」は聴くたびに、曲に登場するカムデンの運河の柳の木陰に佇む恋人たちの姿を思い浮かべずにはいられない。何しろネタが豊富な人たちだからサウンドは常に変化しているものの、その後も愛する街を曲に描き、ベスト盤は『London Conversations』と命名していた3人。今ではピートとサラはほかの町に引っ越してしまったが、本作を振り返ってみて改めて確信できた。ロンドンを象徴するアーティストとしてセイント・エティエンヌは、ザ・キンクスやザ・クラッシュやブラー同じくらい重要なのだな、と。
【関連サイト】
Saint Etienne Official Website
『フォックスベース・アルファ』
1991年作品
音楽に関して英国が素晴らしいのは、いまだギターを弾いて歌っていないと「ホンモノ」と認めなかったり、ポップ・ミュージックは子供向けの音楽と見做されているようなところがある米国と違い、アーティスティックで大人の鑑賞に堪える、「ホンモノ」のポップ・ミュージックを作るミュージシャンが、大勢いることだと思っている。例えばペット・ショップ・ボーイズ然り、後期のエヴリシング・バット・ザ・ガール然り、ゴールドフラップ然り、ゴリラズ然り、そして1991年に本作『フォックスベース・アルファ』でデビューし、マーキュリー賞候補に挙がった、セイント・エティエンヌ然り、だ。
2015年の現在もボブ・スタンリー、ピート・ウィッグス、サラ・クラックネルの不動のメンツで活動しているこのトリオ。そもそもの出発点は、ロンドン郊外クロイドンで育った幼馴染みの、ピートとボブの友情に辿ることができる。アシッド・ハウスの洗礼を受けて、ギターではなくキーボードとサンプラーで音楽制作を始めたふたりは、クラブをある程度意識しつつも基本的には歌心のあるポップソングを作ることを重視していた点で、同世代のビッグ・ビート勢とは一線を画していた。かつ、ブリティッシュな美意識においてはブリット・ポップ勢を先取りする、非常にユニークな存在だった気がする。いや、厳密には「ブリティッシュ」ではなく「ロンドナー」と言うべきなのかもしれない。音楽活動に本腰を入れるべく憧れのロンドンの中心部に移り住んだ彼らは、街に刺激を受けながら試行錯誤を繰り返し、様々なシンガーとコラボしてレコーディングを行なう。そんな中で生まれた曲のひとつが、モイラ・ランバートなるシンガーが歌うファースト・シングル「Only Love Can Break Your Heart」。ご存知、1970年発表のニール・ヤングの名曲のカヴァーだが、ボブたちはそこにレッド・ツェッペリンの「レヴィー・ブレイクス」のサンプルを織り込み、キーをマイナーに置き換えて、カリフォルニアの乾いた空気じゃなくロンドンの曇天に似合う、メランコリックで少し毒を感じさせるダンス・トラックに変身させてしまったのである。
それから間もなく、設立されたばかりの名門インディ・レーベルHeavenlyと契約し、同じようにロンドン郊外で育ったサラ・クラックネルが正式に加入すると、「Only Love〜」以外のヴォーカル曲は全て彼女と録音して本作を完成。ペトゥラ・クラークとダスティ・スプリングフィールドを同等に想起させるあの甘くもクールな歌声が、バンドの刻印となる。ただ、サラが曲作りにも携わるのはセカンド『So Tough』以降で、ここでは共に音楽オタクを自認するボブ(彼は下積み時代に音楽ライターとして活躍し、現在も『The Guardian』紙などに寄稿している)とピートが、それまでに蓄積した知識を一気に放出するようにして、作詞作曲からプロダクションまで担当。1960年代のポップ、バレアリックなダンス・ミュージック、1980年代後半のUKギターポップを核に、レトロモダンなメルティング・ポットを構築するに至ったのである。ダビー&ドリーミーなエレクトロ・サウンドが今もコンテンポラリーに聴こえる「Carnt Sleep」、8分に及ぶインストのアンビエント・ハウス「Stoned To Say The Least」、夏っぽいトロピカルな「Girl VII」、古典ソウル調の「Spring」......といった具合に、曲ごとにスタイルの比重を少しずつ変えながら。
まさにブリティッシュな、そんな折衷的表現を実践する上で、ふたりが他のポップ・アーティストたちに先駆けて用いた手法のひとつが、先にも触れたサンプリングだ。1960年代のガールポップを1990年の音で解釈した「Nothing Can Stop Us」にはダスティ・スプリングフィールドの「I Can't Wait Until I See My Baby's Face」を、「Wilson」にはタイトル通りウィルソン・ピケットによる「Hey Jude」のカヴァーを、「She's The One」にはフォー・トップスの「A Different World」とペット・ショップ・ボーイズの「Being Boring」を引用。他方で、「Etienne Gonna Die」は全編を『House of Games(邦題スリル・オブ・ゲーム)』なる映画から抜き出した会話で構成し、バンド名がフランスのサッカー・チームの名前に因んでいるとあって、アルバムのイントロにはフランスのラジオ局のサッカー試合中継の断片を使っているほか、曲間でも様々な出自の音が鳴っており、洗練されたサウンドに凹凸のテクスチュアを加えてバランスをとる。
でも、歌詞の題材は常にラヴだ。ロンドンの街を背景にした四季折々の、切ないラヴ・ストーリーをサラは伝える。中でも「今日はロンドンの愛情をひとりじめ」と歌う、その名もずばりの「London Belongs To Me」は聴くたびに、曲に登場するカムデンの運河の柳の木陰に佇む恋人たちの姿を思い浮かべずにはいられない。何しろネタが豊富な人たちだからサウンドは常に変化しているものの、その後も愛する街を曲に描き、ベスト盤は『London Conversations』と命名していた3人。今ではピートとサラはほかの町に引っ越してしまったが、本作を振り返ってみて改めて確信できた。ロンドンを象徴するアーティストとしてセイント・エティエンヌは、ザ・キンクスやザ・クラッシュやブラー同じくらい重要なのだな、と。
(新谷洋子)
【関連サイト】
Saint Etienne Official Website
『フォックスベース・アルファ』収録曲
01. This Is Radio Etienne/02. Only Love Can Break Your Heart/03. Wilson/04. Carnt Sleep/05. Girl VII/06. Spring/07. She's The One/08. Stoned To Say The Least/09. Nothing Can Stop Us/10. Etienne Gonna Die/11. London Belongs To Me/12. Like The Swallow/13. Dilworth's Theme
01. This Is Radio Etienne/02. Only Love Can Break Your Heart/03. Wilson/04. Carnt Sleep/05. Girl VII/06. Spring/07. She's The One/08. Stoned To Say The Least/09. Nothing Can Stop Us/10. Etienne Gonna Die/11. London Belongs To Me/12. Like The Swallow/13. Dilworth's Theme
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