ザ・ジャム 『サウンド・アフェクツ』
2015.09.18
ザ・ジャム
『サウンド・アフェクツ』
1980年作品
そんな彼のアンチ・ノスタルジア主義を最初に印象付けたのは、当時6作目のアルバム『ザ・ギフト』で初の全英1位を獲得し、人気の絶頂にあったザ・ジャムーーポール(ヴォーカル、ギター)、ブルース・フォクストン(ベース)、リック・バックラー(ドラムス)ーーを1982年末に潔く解散させた時だろう。14歳にして結成したバンドだから、すでにキャリアは10年。音楽的にも人間としても知識と体験をハイペースで蓄え、トリオのロックバンドに限界を感じて他のメンバーに「辞める」と宣告した彼は、1983年3月には新バンドのスタイル・カウンシルのシングルを発表していたっけ。以後長い間ザ・ジャムの曲を封印し、インタヴューで語ることも避けていたものの、そんなポールが今でも「お気に入り」と明言して憚らないザ・ジャムのアルバムがある。5作目『サウンド・アフェクツ(Sound Affects)』(1980年/全英最高2位)だ。
前置きが長くなってしまったが、もう少し本作に至るまでのザ・ジャムについて補足しておこう。というのも、彼らは非常にユニークな存在だった。頭角を現したのはパンク勢と同時期であり、スピリットを共有していながらも、年は少々若く、拠点にしていたのはパンクの震源地ロンドンではなく郊外の町ウォーキング。そんな3人は専らアウトサイダー視され、彼ら自身もパンクから一定の距離を置いて独自の道を歩んでいった。そう、音楽観においては過去を否定するパンクではなく、歴史を尊重するモッズであり、セカンド『ザ・モダン・ワールド』(1977年)までは音楽的にパンクとカテゴライズ可能だったものの、サード『オール・モッド・コンズ』(1978年)に至ると、ザ・キンクスやザ・フーに倣ったキャラクターを介したストーリーテリングを実践。4作目『セッティング・サンズ』(1979年)では、3人の若者を主人公に英国社会の様々な問題を検証する緩いコンセプト・アルバムにも挑み、サウンドもどんどん作り込んで厚みを増してゆく。
そして1980年代に突入し、パンクからポストパンクへと音楽シーンがシフトしてゆく中、ポールはワイヤーやジョイ・ディヴィジョンやXTCといったバンドに刺激を受け、他方で1960年代のサイケデリック・ロックを掘り下げて、同時にブラック・ミュージックへの傾倒も深め、3つの方向に音楽的好奇心を広げていた。それゆえに彼は『サウンド・アフェクツ』を「ザ・ビートルズの『リボルバー』(ザ・ジャムの2曲目のナンバーワン・シングルとなった「スタート」は『リボルバー』のオープニング曲「タックスマン」からベースラインを拝借している)とマイケル・ジャクソンの『オフ・ザ・ウォール』のミクスチュア」と評してもいたが、前作の密な音から一転、エッジーかつシンプルなアプローチで多様な影響源を消化し、完成度申し分ないポップソング集に仕上げてみせたのである。
また思想面でもこの頃の彼は、イングランド人としてのアイデンティティの源流を求めてアーサー王の物語について学んだり、ウィリアム・ブレイクやパーシー・シェリーといったロマン派の異端詩人たちの作品を読み耽っていたといい(本作のジャケット裏には、労働者の集会を政府が武力弾圧して多くの死傷者を出したピータールー事件に因む、シェリーの抵抗の詩「The Masque of Anarchy」の一部を引用している)、「ワーキング・クラスの声を代弁するアングリー・ヤング・マン」というポジションを確立していたポールは、理想的な社会の在り方をより明確に描き、リアリティとの落差を突くようにして筆を揮っている。アコースティックなサウンドに静かな怒りを潜めた名曲「ザッツ・エンターテインメント」には、そのワーキング・クラスの人々の日常を断片的にスケッチし(切り裂かれたバスの座席、サッカーのボールを蹴る音、消えかかった街灯......)、「マン・イン・ザ・コーナー・ショップ」では工場主と労働者と雑貨屋の店主の想いを交錯させて、階級社会の縮図を提示。ファンキーなリズムに裏打ちされた「プリティー・グリーン」は、現代社会ではお金(〈pretty green〉はお金を意味する俗語)と暴力だけものを言うのだとシニカルに説き、「セット・ザ・ハウス・アブレイズ」はファシズムに傾倒する友人に警告を発して、ポストパンク節の鋭角的なギターを響かせる「スクレイプ・アウェイ」も、憎悪に支配されて理想を抱くことを諦めた若者を厳しく諫めている。
このように曲の内容を辿ってみると、上から目線の説教臭いアルバムのような印象を与えかねないが、ポールの作品の中でも最も美しいメロディのひとつに貫かれた「マンデー」と「ディファレント・ナウ」の2曲のラヴソングは、とことん謙虚。それまでの自分の行ないに恥じ入り、成長したい、進化したいという願望を映している。前述したように、ザ・ジャムはさらに1年半後に『ザ・ギフト』(スタイル・カウンシルの到来を予告するようにソウル色を強めていた)を発表してから解散に至るのだが、本作にはすでにいい意味での焦燥感が表れており、スターダムの縛りを憂う「ボーイ・アバウト・タウン」でも彼は、「風に舞う紙切れみたいに生きたい」と歌う。「紙切れ」というのは謙遜し過ぎだけど、気の向くまま、音楽が導くままに歩むその後30年の活動スタンスを、ポールはすでにここで予告していたようだ。
【関連サイト】
Paul Weller
Paul Weller(CD)
『サウンド・アフェクツ』
1980年作品
ポール・ウェラーはうしろを振り返りたがらない人だ。それどころか、やりたいことがあり過ぎて創作のスピードが追い付かないことに、常に焦りを感じているようなアーティストだ。思えば最初のバンド、ザ・ジャムのデビュー作『イン・ザ・シティ』が登場した1977年から、これまで約40年間に実に計22枚のアルバムを制作。続々新譜が届くため、我々聴き手にもうしろを振り返る暇を与えないし、殊に近年は新たに黄金期を迎えて、傑作を連発中。2015年10月に控えた3年ぶりの来日公演では、さる5月に発表した最新作『サターンズ・パターン』の曲が楽しみでしょうがないーーという気持ちにさせてしまうのも、この人ならではだ。
そんな彼のアンチ・ノスタルジア主義を最初に印象付けたのは、当時6作目のアルバム『ザ・ギフト』で初の全英1位を獲得し、人気の絶頂にあったザ・ジャムーーポール(ヴォーカル、ギター)、ブルース・フォクストン(ベース)、リック・バックラー(ドラムス)ーーを1982年末に潔く解散させた時だろう。14歳にして結成したバンドだから、すでにキャリアは10年。音楽的にも人間としても知識と体験をハイペースで蓄え、トリオのロックバンドに限界を感じて他のメンバーに「辞める」と宣告した彼は、1983年3月には新バンドのスタイル・カウンシルのシングルを発表していたっけ。以後長い間ザ・ジャムの曲を封印し、インタヴューで語ることも避けていたものの、そんなポールが今でも「お気に入り」と明言して憚らないザ・ジャムのアルバムがある。5作目『サウンド・アフェクツ(Sound Affects)』(1980年/全英最高2位)だ。
前置きが長くなってしまったが、もう少し本作に至るまでのザ・ジャムについて補足しておこう。というのも、彼らは非常にユニークな存在だった。頭角を現したのはパンク勢と同時期であり、スピリットを共有していながらも、年は少々若く、拠点にしていたのはパンクの震源地ロンドンではなく郊外の町ウォーキング。そんな3人は専らアウトサイダー視され、彼ら自身もパンクから一定の距離を置いて独自の道を歩んでいった。そう、音楽観においては過去を否定するパンクではなく、歴史を尊重するモッズであり、セカンド『ザ・モダン・ワールド』(1977年)までは音楽的にパンクとカテゴライズ可能だったものの、サード『オール・モッド・コンズ』(1978年)に至ると、ザ・キンクスやザ・フーに倣ったキャラクターを介したストーリーテリングを実践。4作目『セッティング・サンズ』(1979年)では、3人の若者を主人公に英国社会の様々な問題を検証する緩いコンセプト・アルバムにも挑み、サウンドもどんどん作り込んで厚みを増してゆく。
そして1980年代に突入し、パンクからポストパンクへと音楽シーンがシフトしてゆく中、ポールはワイヤーやジョイ・ディヴィジョンやXTCといったバンドに刺激を受け、他方で1960年代のサイケデリック・ロックを掘り下げて、同時にブラック・ミュージックへの傾倒も深め、3つの方向に音楽的好奇心を広げていた。それゆえに彼は『サウンド・アフェクツ』を「ザ・ビートルズの『リボルバー』(ザ・ジャムの2曲目のナンバーワン・シングルとなった「スタート」は『リボルバー』のオープニング曲「タックスマン」からベースラインを拝借している)とマイケル・ジャクソンの『オフ・ザ・ウォール』のミクスチュア」と評してもいたが、前作の密な音から一転、エッジーかつシンプルなアプローチで多様な影響源を消化し、完成度申し分ないポップソング集に仕上げてみせたのである。
また思想面でもこの頃の彼は、イングランド人としてのアイデンティティの源流を求めてアーサー王の物語について学んだり、ウィリアム・ブレイクやパーシー・シェリーといったロマン派の異端詩人たちの作品を読み耽っていたといい(本作のジャケット裏には、労働者の集会を政府が武力弾圧して多くの死傷者を出したピータールー事件に因む、シェリーの抵抗の詩「The Masque of Anarchy」の一部を引用している)、「ワーキング・クラスの声を代弁するアングリー・ヤング・マン」というポジションを確立していたポールは、理想的な社会の在り方をより明確に描き、リアリティとの落差を突くようにして筆を揮っている。アコースティックなサウンドに静かな怒りを潜めた名曲「ザッツ・エンターテインメント」には、そのワーキング・クラスの人々の日常を断片的にスケッチし(切り裂かれたバスの座席、サッカーのボールを蹴る音、消えかかった街灯......)、「マン・イン・ザ・コーナー・ショップ」では工場主と労働者と雑貨屋の店主の想いを交錯させて、階級社会の縮図を提示。ファンキーなリズムに裏打ちされた「プリティー・グリーン」は、現代社会ではお金(〈pretty green〉はお金を意味する俗語)と暴力だけものを言うのだとシニカルに説き、「セット・ザ・ハウス・アブレイズ」はファシズムに傾倒する友人に警告を発して、ポストパンク節の鋭角的なギターを響かせる「スクレイプ・アウェイ」も、憎悪に支配されて理想を抱くことを諦めた若者を厳しく諫めている。
このように曲の内容を辿ってみると、上から目線の説教臭いアルバムのような印象を与えかねないが、ポールの作品の中でも最も美しいメロディのひとつに貫かれた「マンデー」と「ディファレント・ナウ」の2曲のラヴソングは、とことん謙虚。それまでの自分の行ないに恥じ入り、成長したい、進化したいという願望を映している。前述したように、ザ・ジャムはさらに1年半後に『ザ・ギフト』(スタイル・カウンシルの到来を予告するようにソウル色を強めていた)を発表してから解散に至るのだが、本作にはすでにいい意味での焦燥感が表れており、スターダムの縛りを憂う「ボーイ・アバウト・タウン」でも彼は、「風に舞う紙切れみたいに生きたい」と歌う。「紙切れ」というのは謙遜し過ぎだけど、気の向くまま、音楽が導くままに歩むその後30年の活動スタンスを、ポールはすでにここで予告していたようだ。
(新谷洋子)
【関連サイト】
Paul Weller
Paul Weller(CD)
『サウンド・アフェクツ』収録曲
01. プリティー・グリーン/02. マンデー/03. ディファレント・ナウ/04. セット・ザ・ハウス・アブレイズ/05. スタート/06. ザッツ・エンターテインメント/07. ドリーム・タイム/08. マン・イン・ザ・コーナー・ショップ/09. ミュージック・フォー・ザ・ラスト・カップル/10. ボーイ・アバウト・タウン/11. スクレイプ・アウェイ
01. プリティー・グリーン/02. マンデー/03. ディファレント・ナウ/04. セット・ザ・ハウス・アブレイズ/05. スタート/06. ザッツ・エンターテインメント/07. ドリーム・タイム/08. マン・イン・ザ・コーナー・ショップ/09. ミュージック・フォー・ザ・ラスト・カップル/10. ボーイ・アバウト・タウン/11. スクレイプ・アウェイ
月別インデックス
- October 2024 [1]
- September 2024 [1]
- August 2024 [1]
- July 2024 [1]
- June 2024 [1]
- May 2024 [1]
- April 2024 [1]
- March 2024 [1]
- February 2024 [1]
- January 2024 [1]
- December 2023 [1]
- November 2023 [1]
- October 2023 [1]
- September 2023 [1]
- August 2023 [1]
- July 2023 [1]
- June 2023 [1]
- May 2023 [1]
- April 2023 [1]
- March 2023 [1]
- February 2023 [1]
- January 2023 [1]
- December 2022 [1]
- November 2022 [1]
- October 2022 [1]
- September 2022 [1]
- August 2022 [1]
- July 2022 [1]
- June 2022 [1]
- May 2022 [1]
- April 2022 [1]
- March 2022 [1]
- February 2022 [1]
- January 2022 [1]
- December 2021 [1]
- November 2021 [1]
- October 2021 [1]
- September 2021 [1]
- August 2021 [1]
- July 2021 [1]
- June 2021 [1]
- May 2021 [1]
- April 2021 [1]
- March 2021 [1]
- February 2021 [1]
- January 2021 [1]
- December 2020 [1]
- November 2020 [1]
- October 2020 [1]
- September 2020 [1]
- August 2020 [1]
- July 2020 [1]
- June 2020 [1]
- May 2020 [1]
- April 2020 [1]
- March 2020 [1]
- February 2020 [1]
- January 2020 [1]
- December 2019 [1]
- November 2019 [1]
- October 2019 [1]
- September 2019 [1]
- August 2019 [1]
- July 2019 [1]
- June 2019 [1]
- May 2019 [1]
- April 2019 [2]
- February 2019 [1]
- January 2019 [1]
- December 2018 [1]
- November 2018 [1]
- October 2018 [1]
- September 2018 [1]
- August 2018 [1]
- July 2018 [1]
- June 2018 [1]
- May 2018 [1]
- April 2018 [1]
- March 2018 [1]
- February 2018 [1]
- January 2018 [2]
- November 2017 [1]
- October 2017 [1]
- September 2017 [1]
- August 2017 [1]
- July 2017 [1]
- June 2017 [1]
- May 2017 [1]
- April 2017 [1]
- March 2017 [1]
- February 2017 [1]
- January 2017 [1]
- December 2016 [1]
- November 2016 [1]
- October 2016 [1]
- September 2016 [1]
- August 2016 [1]
- July 2016 [1]
- June 2016 [1]
- May 2016 [1]
- April 2016 [1]
- March 2016 [1]
- February 2016 [1]
- January 2016 [1]
- December 2015 [2]
- October 2015 [1]
- September 2015 [1]
- August 2015 [1]
- July 2015 [1]
- June 2015 [1]
- May 2015 [1]
- April 2015 [1]
- March 2015 [1]
- February 2015 [1]
- January 2015 [1]
- December 2014 [1]
- November 2014 [1]
- October 2014 [1]
- September 2014 [1]
- August 2014 [1]
- July 2014 [2]
- June 2014 [1]
- May 2014 [1]
- April 2014 [1]
- March 2014 [1]
- February 2014 [1]
- January 2014 [1]
- December 2013 [2]
- November 2013 [1]
- October 2013 [1]
- September 2013 [2]
- August 2013 [2]
- July 2013 [1]
- June 2013 [1]
- May 2013 [2]
- April 2013 [1]
- March 2013 [2]
- February 2013 [1]
- January 2013 [1]
- December 2012 [1]
- November 2012 [2]
- October 2012 [1]
- September 2012 [1]
- August 2012 [2]
- July 2012 [1]
- June 2012 [2]
- May 2012 [1]
- April 2012 [2]
- March 2012 [1]
- February 2012 [2]
- January 2012 [2]
- December 2011 [1]
- November 2011 [2]
- October 2011 [1]
- September 2011 [1]
- August 2011 [1]
- July 2011 [2]
- June 2011 [2]
- May 2011 [2]
- April 2011 [2]
- March 2011 [2]
- February 2011 [3]