マッシヴ・アタック 『ブルー・ラインズ』
2016.01.19
マッシヴ・アタック
『ブルー・ラインズ』
1991年作品
そもそも1990年代に入った頃の本家アメリカのヒップホップはまだ、シンプルなトラック+ラップという基本形の域を出ていなかった。その点、アメリカの音楽を独自の手法で消化する伝統がある上に、人種やカルチャーのクロスオーバーが進んでいた英国で、こうしてひと足早く、手当たり次第何でも飲み込むフレキシビリティこそヒップホップの本質なのだと証明されたのは、当然と言えば当然なのかもしれない。
殊にブリストルの場合、英国の他の大都市と違ってアジア系よりアフリカ/西インド諸島系の住民が多いため、ダブ/レゲエが音楽的下地として町に浸透していたという。そんな町で1980年代半ば、ヒップホップを愛する若者たちがザ・ワイルド・バンチなるサウンドシステムを結成。のちに売れっ子プロデューサーとなるネリー・フーパーも所属し、国内外で大きな人気を誇ったこの音楽集団のメンバー3人ーーグラフィティ・アーティストでもあったMCの3Dことロバート・デル・ナジャ、DJのマッシュルームことアンディ・ヴァウルズ(1999年頃に脱退)、DJ兼MCのダディーGことグラント・マーシャルーーがマッシヴ・アタックを結成。3Dはイタリア系、ダディーGはバルバドス系、マッシュルームはドミニカ人と英国人の混血と、実にコスモポリタンなユニットだ。そして、ネナ・チェリーとその公私にわたるパートナー=キャメロン・マクヴィーに可能性を見込まれた彼らが、ふたりの支援を受けて完成させたのが『ブルー・ラインズ』だった。
そこに広がっていたのは、スローなブレイクビーツと太いベースラインに貫かれた、聴き手の心の内に不安感をかきたてるモノクロームな世界。成り立ちにおいてはヒップホップの基本に則ってジャズやファンクの曲(マハヴィシュヌ・オーケストラからアイザック・ヘイズにファンカデリックまで)のサンプルをちりばめているものの、生楽器も多用し、前述した通り多様なスタイルを引用して、徹底してアガらないサウンドを鳴らしている。英国の当時の主流がアゲに徹するアシッドハウスだったことを考えると、完全なる対極に位置する表現だ。ラップとヴォーカルを同等にフィーチャーし、しかも多数の声を曲ごとに替えているという点も、アメリカのヒップホップと一線を画していた。これはサウンドシステムなら珍しいことではなく、本作のコラボレーターもシンガーのシャラ・ネルソンを筆頭にザ・ワイルド・バンチ時代からの仲間で固められ、1995年にソロ・デビューするトリッキーもそのひとり(彼もジャマイカ系で当時は〈Tricky Kid〉と名乗っていた)。また、現在までコラボを続けているジャマイカ人のベテランのレゲエ・シンガーのホレス・アンディを起用し、彼のマジカルな歌声を世界に広く知らしめたのも本作だった。
もちろん3DとダディーGもラップを聴かせ、唯一無二の気怠いフロウを誇るトリッキーを交えて、会話のように滑らかに言葉をやりとりする。例えばデビュー・シングル「デイドリーミング」や「ファイヴ・マン・アーミー」では、ザ・ワイルド・バンチ時代からの歩みを回想。ルイン・ボーンズ・ロックの同名のダブの名曲を全編に敷き、アウトロではホレスが自らの代表曲「Skylarking」(1972年)を引用する後者は、アルバムの中で最もジャマイカンなテイストの曲だ。一方、シャラのダイナミックな歌声がリードする3曲は非常にヒューマンで普遍的な感情をテーマに取り上げており、ジャズ系ドラマーのビリー・コブハムの曲をサンプリングした「セイフ・フロム・ハーム」は都市に潜む不安感を掘り下げて、大切なものを危険から守ろうとする母性愛を表しているようでもある。また、同じくシャラが叶わぬ恋心を歌うシングル曲「アンフィニッシュド・シンパシィ」では、豪奢にストリングスを配したクラシカルなアレンジが、スクラッチ・ノイズやブレイクビーツと見事なハーモニーを奏で、歴史的名曲として愛されているが、アルバムの文脈で聴いた時のインパクトは格別。本作で唯一のアップテンポなダンストラックであり、ちょうど折り返し地点を過ぎた辺りに配置されているがゆえに(オリジナルのアナログ盤ではB面の1曲目だ)、それまでひたすら内へと向かっていたエネルギーが一気に外に放出されてテンションを解く、アルバムの空気弁みたいな存在だ。
その後再びメランコリーに沈んでゆくアルバムは、サンプルを一切使わないネナとの共作曲「ヒム・オブ・ザ・ビッグ・ホウィール」で幕を閉じる。ホレスのヴォーカルで、自然が秘める再生の力を讃えながら環境問題に言及する曲だ。そういえば4曲目のウィリアム・デヴォーンの「ビー・サンクフル・フォー・ホワット・ユーヴ・ゴット」(1974年)のカヴァーも、現代人の飽くなき欲望に警鐘を鳴らしているが、今思うと、やがて反戦や環境保全や人権擁護の運動家として精力的に活動し、そういった信条を作品に色濃く反映させてゆく3Dの姿勢が、この時点ですでに曲の端々に表れていたのだろう。そういうブレの無さも、マッシヴ・アタックを信頼できる理由なのかもしれない。
【関連サイト】
MASSIVE ATTACK
『ブルー・ラインズ』
1991年作品
2016年中に2010年の『ヘリゴランド』以来の新作が登場すると見られているが、1990年のデビュー以来ほぼ5年に1枚しかアルバムを発表していない、寡作な人たちではある。でも毎回待った甲斐ある作品を届けてくれるマッシヴ・アタックは、音楽界で最も信頼のおけるアーティストの1組だろう。また、ブリストルというイングランド南東部の港町の名を音楽地図に刻み、このファースト・アルバム『ブルー・ラインズ』(全英チャート最高13位)で英国発の新たなヒップホップの形を編み出した人たちでもある。最終的にはトリップ・ホップという名を得る、ソウルのエモーション、ジャズのグルーヴ、ポストパンクの折衷志向、そしてダブ/レゲエのダウンテンポな陰影に彩られたハイブリッド・サウンドをーー。
そもそも1990年代に入った頃の本家アメリカのヒップホップはまだ、シンプルなトラック+ラップという基本形の域を出ていなかった。その点、アメリカの音楽を独自の手法で消化する伝統がある上に、人種やカルチャーのクロスオーバーが進んでいた英国で、こうしてひと足早く、手当たり次第何でも飲み込むフレキシビリティこそヒップホップの本質なのだと証明されたのは、当然と言えば当然なのかもしれない。
殊にブリストルの場合、英国の他の大都市と違ってアジア系よりアフリカ/西インド諸島系の住民が多いため、ダブ/レゲエが音楽的下地として町に浸透していたという。そんな町で1980年代半ば、ヒップホップを愛する若者たちがザ・ワイルド・バンチなるサウンドシステムを結成。のちに売れっ子プロデューサーとなるネリー・フーパーも所属し、国内外で大きな人気を誇ったこの音楽集団のメンバー3人ーーグラフィティ・アーティストでもあったMCの3Dことロバート・デル・ナジャ、DJのマッシュルームことアンディ・ヴァウルズ(1999年頃に脱退)、DJ兼MCのダディーGことグラント・マーシャルーーがマッシヴ・アタックを結成。3Dはイタリア系、ダディーGはバルバドス系、マッシュルームはドミニカ人と英国人の混血と、実にコスモポリタンなユニットだ。そして、ネナ・チェリーとその公私にわたるパートナー=キャメロン・マクヴィーに可能性を見込まれた彼らが、ふたりの支援を受けて完成させたのが『ブルー・ラインズ』だった。
そこに広がっていたのは、スローなブレイクビーツと太いベースラインに貫かれた、聴き手の心の内に不安感をかきたてるモノクロームな世界。成り立ちにおいてはヒップホップの基本に則ってジャズやファンクの曲(マハヴィシュヌ・オーケストラからアイザック・ヘイズにファンカデリックまで)のサンプルをちりばめているものの、生楽器も多用し、前述した通り多様なスタイルを引用して、徹底してアガらないサウンドを鳴らしている。英国の当時の主流がアゲに徹するアシッドハウスだったことを考えると、完全なる対極に位置する表現だ。ラップとヴォーカルを同等にフィーチャーし、しかも多数の声を曲ごとに替えているという点も、アメリカのヒップホップと一線を画していた。これはサウンドシステムなら珍しいことではなく、本作のコラボレーターもシンガーのシャラ・ネルソンを筆頭にザ・ワイルド・バンチ時代からの仲間で固められ、1995年にソロ・デビューするトリッキーもそのひとり(彼もジャマイカ系で当時は〈Tricky Kid〉と名乗っていた)。また、現在までコラボを続けているジャマイカ人のベテランのレゲエ・シンガーのホレス・アンディを起用し、彼のマジカルな歌声を世界に広く知らしめたのも本作だった。
もちろん3DとダディーGもラップを聴かせ、唯一無二の気怠いフロウを誇るトリッキーを交えて、会話のように滑らかに言葉をやりとりする。例えばデビュー・シングル「デイドリーミング」や「ファイヴ・マン・アーミー」では、ザ・ワイルド・バンチ時代からの歩みを回想。ルイン・ボーンズ・ロックの同名のダブの名曲を全編に敷き、アウトロではホレスが自らの代表曲「Skylarking」(1972年)を引用する後者は、アルバムの中で最もジャマイカンなテイストの曲だ。一方、シャラのダイナミックな歌声がリードする3曲は非常にヒューマンで普遍的な感情をテーマに取り上げており、ジャズ系ドラマーのビリー・コブハムの曲をサンプリングした「セイフ・フロム・ハーム」は都市に潜む不安感を掘り下げて、大切なものを危険から守ろうとする母性愛を表しているようでもある。また、同じくシャラが叶わぬ恋心を歌うシングル曲「アンフィニッシュド・シンパシィ」では、豪奢にストリングスを配したクラシカルなアレンジが、スクラッチ・ノイズやブレイクビーツと見事なハーモニーを奏で、歴史的名曲として愛されているが、アルバムの文脈で聴いた時のインパクトは格別。本作で唯一のアップテンポなダンストラックであり、ちょうど折り返し地点を過ぎた辺りに配置されているがゆえに(オリジナルのアナログ盤ではB面の1曲目だ)、それまでひたすら内へと向かっていたエネルギーが一気に外に放出されてテンションを解く、アルバムの空気弁みたいな存在だ。
その後再びメランコリーに沈んでゆくアルバムは、サンプルを一切使わないネナとの共作曲「ヒム・オブ・ザ・ビッグ・ホウィール」で幕を閉じる。ホレスのヴォーカルで、自然が秘める再生の力を讃えながら環境問題に言及する曲だ。そういえば4曲目のウィリアム・デヴォーンの「ビー・サンクフル・フォー・ホワット・ユーヴ・ゴット」(1974年)のカヴァーも、現代人の飽くなき欲望に警鐘を鳴らしているが、今思うと、やがて反戦や環境保全や人権擁護の運動家として精力的に活動し、そういった信条を作品に色濃く反映させてゆく3Dの姿勢が、この時点ですでに曲の端々に表れていたのだろう。そういうブレの無さも、マッシヴ・アタックを信頼できる理由なのかもしれない。
(新谷洋子)
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MASSIVE ATTACK
『ブルー・ラインズ』収録曲
01. セイフ・フロム・ハーム/02. ワン・ラヴ/03. ブルー・ラインズ/04. ビー・サンクフル・フォー・ホワット・ユーヴ・ゴット/05. ファイヴ・マン・アーミー/06. アンフィニッシュド・シンパシィ/07. デイドリーミング/08. レイトリィ/09. ヒム・オブ・ザ・ビッグ・ホウィール
01. セイフ・フロム・ハーム/02. ワン・ラヴ/03. ブルー・ラインズ/04. ビー・サンクフル・フォー・ホワット・ユーヴ・ゴット/05. ファイヴ・マン・アーミー/06. アンフィニッシュド・シンパシィ/07. デイドリーミング/08. レイトリィ/09. ヒム・オブ・ザ・ビッグ・ホウィール
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