PJハーヴェイ 『トゥ・ブリング・ユー・マイ・ラヴ』
2016.05.20
PJハーヴェイ
『トゥ・ブリング・ユー・マイ・ラヴ』
1995年作品
と同時に、これら2作品が実体験に根差したパーソナルな情念のアルバムなのだとしたら、彼女が25歳の時に発表したサード『トゥ・ブリング・ユー・マイ・ラヴ』(全英チャート最高12位)は、「私は砂漠で生まれた」という冒頭の1行が示唆する通りに、フィクショナルなストーリーテリング・アルバムだった(ドーセットは砂漠ではないので......)。よって、ここでのポリー・ジーンは音と言葉と声を同等に雄弁に操り、男女の性差や時代や地理的な背景を超越した、古今東西普遍的な情念を探求していた気がするのだ。
そのストーリーは、タイトルトラックでは神に背を向けても愛を貫こうと旅する女性を、先行シングル「ダウン・バイ・ザ・ウォーター」では娘を川に沈めて溺死させる母親を描くといった具合に、人称の上では多くの場合女性の視点から伝えられているが、通底する感情=情念はジェンダーレス。かつ、「アイ・シンク・アイム・ア・マザー」では男性に母性を求めているようでもあったり、女性らしさ・男性らしさの枠組みに縛られずに、「黒い空っぽのハート」(「ザ・ダンサー」より)を満たそうとする人間たちの欲求を、曲ごとに自在に声音をデフォルメしてキャラを演じながら歌っている。そう、彼女はまさに女優であり、それまでいたってストイックだったヴィジュアルも、深紅のスリップドレスと口紅がトレードマークの妖艶なディーバ像へと大胆に塗り替えて、ファンを驚かせたものだ。
そしてサウンドも、従来のノイジーでミニマルなロックンロールから一転、作り込んだシアトリカルな色を帯びてゆく。そもそも制作された環境も全く違った。最初の2作品での"PJ Harvey"はトリオ編成のバンドだったのに対し、ここにきて彼女は、名義を変えずにソロ・アーティストとして再出発。現在に至るまで共演し続けている長年のコラボレーター陣ーー10代の頃に一緒にバンド活動をしていたジョン・パリッシュ(共同プロデュース、ギター、パーカッションほか)、フラッドことマーク・エリス(共同プロデュース)、ニック・ケイヴ&ザ・バッド・シーズの一員でもあるミック・ハーヴェイ(ベース、オルガン)、ジャン・マルク・バティ(ドラムス)などなどーーとのケミストリーを築いた、重要なリセット作品である。
彼らの手を借りたポリー・ジーンは、オルガンを始め様々な音色の鍵盤楽器、ストリングスなどアコースティックな楽器、そしてさりげないエレクトロニックスを用い、神経を逆なでするような不快感と不安感をかき立てる音で埋め尽くして、徹底してダークなゴシック・ブルースを構築。その闇は深く、「黒い空っぽのハート」は最後まで満たされることはない。が、本作を貫く憑かれたような情念は、これら10編の物語の主人公たちが想いを遂げたあかつきには、単に肉体的な充実感をもたらすのみならず、崇高で超常的な精神的高みに到達して神に近づけるのだと、仄めかしているかのようでもある。どこか危険な匂いがするそんな暗示は、イマジネーションを喚起してやまないのだ。
【関連サイト】
PJ Harvey(OFFICIAL SITE)
『トゥ・ブリング・ユー・マイ・ラヴ』
1995年作品
女性ミュージシャンを評する文章で、「女の情念」という言葉にしばしば出くわす。「男の情念」というのはあまり目にすることがないし、恐らく女性よりも男性たちが、セクシーとかカワイイとかフシギといった単純な解釈ができない、少々ドロっとした女性性を形容する際に使いたがる言葉のように感じられるのだが、音楽界においてパティ・スミスとビョークと並んで、過剰にこの言葉がついて回るアーティストと言えば、PJハーヴェイことポリー・ジーン・ハーヴェイ。デビューから四半世紀を経た今では、英国の現代カルチャーのキーパーソンの一人として敬愛される、イングランド南部ドーセット出身のシンガー・ソングライターである。ちなみに調べてみると「情念」とは、理性の対極にある、特に愛や欲にまつわる抑えられない強い感情を指し、英語なら"passion"に該当するようだ。ならば彼女が実践してきたのは、そういう心の深い部分に潜む感情を恥じらうことなくさらし、そこに棲む野性的な生き物を解放することなのだろう。だからドロっとしたところは逆になくて、時にダークなユーモアを含んだあっけらかんとした表現スタイルが、ポリー・ジーンの最初の2枚のアルバムーー1992年にインディ・レーベルのToo Pureから発表した『ドライ』と1993年のメジャー・デビュー作『リッド・オブ・ミー』ーーが衝撃的に響いた所以じゃないかと思う。
と同時に、これら2作品が実体験に根差したパーソナルな情念のアルバムなのだとしたら、彼女が25歳の時に発表したサード『トゥ・ブリング・ユー・マイ・ラヴ』(全英チャート最高12位)は、「私は砂漠で生まれた」という冒頭の1行が示唆する通りに、フィクショナルなストーリーテリング・アルバムだった(ドーセットは砂漠ではないので......)。よって、ここでのポリー・ジーンは音と言葉と声を同等に雄弁に操り、男女の性差や時代や地理的な背景を超越した、古今東西普遍的な情念を探求していた気がするのだ。
そのストーリーは、タイトルトラックでは神に背を向けても愛を貫こうと旅する女性を、先行シングル「ダウン・バイ・ザ・ウォーター」では娘を川に沈めて溺死させる母親を描くといった具合に、人称の上では多くの場合女性の視点から伝えられているが、通底する感情=情念はジェンダーレス。かつ、「アイ・シンク・アイム・ア・マザー」では男性に母性を求めているようでもあったり、女性らしさ・男性らしさの枠組みに縛られずに、「黒い空っぽのハート」(「ザ・ダンサー」より)を満たそうとする人間たちの欲求を、曲ごとに自在に声音をデフォルメしてキャラを演じながら歌っている。そう、彼女はまさに女優であり、それまでいたってストイックだったヴィジュアルも、深紅のスリップドレスと口紅がトレードマークの妖艶なディーバ像へと大胆に塗り替えて、ファンを驚かせたものだ。
そしてサウンドも、従来のノイジーでミニマルなロックンロールから一転、作り込んだシアトリカルな色を帯びてゆく。そもそも制作された環境も全く違った。最初の2作品での"PJ Harvey"はトリオ編成のバンドだったのに対し、ここにきて彼女は、名義を変えずにソロ・アーティストとして再出発。現在に至るまで共演し続けている長年のコラボレーター陣ーー10代の頃に一緒にバンド活動をしていたジョン・パリッシュ(共同プロデュース、ギター、パーカッションほか)、フラッドことマーク・エリス(共同プロデュース)、ニック・ケイヴ&ザ・バッド・シーズの一員でもあるミック・ハーヴェイ(ベース、オルガン)、ジャン・マルク・バティ(ドラムス)などなどーーとのケミストリーを築いた、重要なリセット作品である。
彼らの手を借りたポリー・ジーンは、オルガンを始め様々な音色の鍵盤楽器、ストリングスなどアコースティックな楽器、そしてさりげないエレクトロニックスを用い、神経を逆なでするような不快感と不安感をかき立てる音で埋め尽くして、徹底してダークなゴシック・ブルースを構築。その闇は深く、「黒い空っぽのハート」は最後まで満たされることはない。が、本作を貫く憑かれたような情念は、これら10編の物語の主人公たちが想いを遂げたあかつきには、単に肉体的な充実感をもたらすのみならず、崇高で超常的な精神的高みに到達して神に近づけるのだと、仄めかしているかのようでもある。どこか危険な匂いがするそんな暗示は、イマジネーションを喚起してやまないのだ。
(新谷洋子)
【関連サイト】
PJ Harvey(OFFICIAL SITE)
『トゥ・ブリング・ユー・マイ・ラヴ』収録曲
01. トゥ・ブリング・ユー・マイ・ラヴ/02. ミート・ジ・モンスタ/03. ワーキング・フォー・ザ・マン/04. カモン・ビリー/05. テクロ/06. ロング・スネイク・モーン/07. ダウン・バイ・ザ・ウォーター/08. アイ・シンク・アイム・ア・マザー/09. センド・ヒズ・ラヴ・トゥ・ミー/10. ザ・ダンサー
01. トゥ・ブリング・ユー・マイ・ラヴ/02. ミート・ジ・モンスタ/03. ワーキング・フォー・ザ・マン/04. カモン・ビリー/05. テクロ/06. ロング・スネイク・モーン/07. ダウン・バイ・ザ・ウォーター/08. アイ・シンク・アイム・ア・マザー/09. センド・ヒズ・ラヴ・トゥ・ミー/10. ザ・ダンサー
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