カルチャー・クラブ 『カラー・バイ・ナンバーズ』
2016.06.17
カルチャー・クラブ
『カラー・バイ・ナンバーズ』
1983年作品
当時はボーイ・ジョージが男なのか女なのか、ゲイなのかストレートなのか、そんなことはどうでもよくて、ただ、美しい声を持つこの不思議な生き物に魅了されていた。みんなそうだったと思う。余計な疑問を抱かせず、ありのままを受け入れさせる力が、彼らの曲にはあった。来る者を何も拒まない許容量があった。サウンドはグラム、ファンク/ディスコ、レゲエ、ラテン、ソウル、パンク......と雑多なスタイルのミクスチュア。特定のジャンルに縛られずに独自のタイムレスなポップソングを追及し、メンバー構成についても生粋のアングロサクソンはひとりだけで(ギターのロイ・ヘイ)、アイルランド系(ジョージ)、ジャマイカ系(ベースのマイキー・クレイグ)、ユダヤ系(ドラムスのジョン・モス)と、出身地であるロンドンのメトロポリタンな町を象徴していた。
そんな彼らが抱えていた秘密が暴露されたのが、いつだったかは覚えていない。が、ジョージとジョンが当時カップルで、大半の曲が、アップダウンの激しいふたりの関係に根差していたことを知った時ーーつまり、カルチャー・クラブがセクシュアリティにおいても多様性を体現していたことを知った時、最初は本当にびっくりしたものだ。でもその後アルバムを聴き直してみると、まさに目からウロコ。こんなにメロディは美しくて、カラフルなサウンドを鳴らしているのに、歌詞は往々にしてビターで、ジョージの甘い声がいつも一抹の切なさを含んで嘆願していたのは、そのせいなんだ、と。
聞けばふたりの交際が始まったのは、1981年にバンドが結成された頃。カルチャー・クラブは翌年春にデビューし、サード・シングル「君は完璧さ」が全英ナンバーワンを獲得したのを機にブレイク。アメリカにも進出し、ファースト『キッシング・トゥ・ビー・クレヴァー』(1982年)から3曲の全米トップ10ヒットを生むというザ・ビートルズ以来初の快挙を成し遂げた。さらに本作が世界中で大ヒットを記録するのだが、バンドの快進撃とは対照的に、レコーディング中のジョージとジョンの関係はかなり波乱含みだったようだ。自分はヘテロセクシュアルだと信じて疑わなかったジョンの混乱に加えて、関係を秘密にしなければならないというプレッシャーが重くのしかかっていたのだから、無理もないだろう。
このような文脈で、英米チャートでナンバーワンを獲得した最大のヒット曲「カーマは気まぐれ(Karma Chameleon)」を捉えると、心を決められないカメレオンがジョンであることは明白。ハーモニカ・ソロの無邪気な響きとは裏腹に、ジョージはジョンへの不信感だけでなく、抑圧的な社会でゲイ男性として生きることのフラストレーションを、苦々しい詞に吐き出していて、時には互いに暴力を振るうほどふたりは激しく衝突したというから"毎日がサバイバル"とのくだりは比喩じゃなくて逐語的? ともすると軽く思われがちなポップソングに、題材のリアリティがずっしりと重みを与えている。
「ブラック・マネー」も(筆者の勝手な解釈だが)成功を手にしたふたりの関係に"お金"というややこしい要素が与えた影響を歌っているかのようだし、「カーマは気まぐれ」と同様に音の明るさが詞の暗さをカモフラージュする先行シングル「チャーチ・オブ・ザ・ポイズン・マインド」も、疑念だらけの関係を描写。そして「ミス・ミー・ブラインド」には、自分の気持ちに逆らうなと、迷うジョンを強気に説得するジョージがいる。"隠さなきゃいけないなんて、そんなものは愛じゃない"と歌う「ストームキーパー」も然りだ。
そんな中で、ツアーで訪れたアメリカでの体験をテーマにした2曲目「イッツ・ア・ミラクル」では例外的に他の題材に目を向けているが、ここで登場するのが、以後ほぼ全編にフィーチャーされた本作のキーパーソン=ヘレン・テリーである。バッキング・シンガーというより準メンバーに近い彼女は、チャカ・カーンにも似たタフな歌声をジョージの甘い歌声に寄り添わせていて、両者のコントラストは絶妙。アナログ盤でのA面ラストにあたる「ザッツ・ザ・ウェイ」に至っては、ピアノだけを伴うふたりのデュエットだ。このように、バンドの枠に捉われないアレンジは実にフレキシブルで、ダンサブルでトロピカルな曲調が支配的だったファーストに対し、今回は抑揚もヴァラエティも満々。ソロはギターじゃなくて前述したハーモニカだったり、トランペットやサックスだったりするし、「チャーチ・オブ・ザ・ポイズン・マインド」はモータウン・ソウル、「チェンジング・エヴリ・デイ」はジャジーなボサノヴァ、「ミス・ミー」はディスコ、「ミスター・マン」はカリプソ......と様々なスタイルを織り交ぜて、(アナログ時代なので)5曲ごとに明確に起承転結をつけている。
だから最後は再びバラードへ。やはりジョンへの想いをインスピレーション源に、試練に屈せず愛を貫くことを「ヴィクティムズ(いつもふたりで)」でジョージは訴える。ピアノ伴奏に始まって徐々にスケールアップし、エンディングでは1980年代ならではのメロドラマティックなプロダクションが全開。こういうちょっと大仰なくらいの演出が、王道ディーバ然とした彼の声には良く似合うし、改めてそのゴージャスな響きに浸っていると、ソロ・アーティストとして大きな成功を収めなかったことが不思議にも感じられる。が、そこはやっぱり、4人で書いた曲に備わっていたアイデンティティが、シンガー兼リリシストとしてのジョージの魅力を一番引き出してくれたということなのだろう。良くも悪くも!
バンド内カップルの破局に加えて、もうひとつの秘密だった彼の深刻なドラッグ癖がとどめを刺し、1986年にカルチャー・クラブは解散。1998年の再結成は長続きしなかったけど、2011年にまた活動を始めてからは順調にツアーを行ない、もうすぐ16年ぶりに日本にやって来る。新作のレコーディングも進めているそうで、本作のマジックを取り戻していることを願うばかりだ。
【関連サイト】
Culture Club(official website)
『カラー・バイ・ナンバーズ』
1983年作品
ソングライターたちの中には、歌詞の内容を説明したがらない人が多い。プライベートなことは話したくない、自分の体験に照らして好きに解釈して欲しい......といった理由を挙げて。確かに曲を楽しむ上で背景事情を知る必要はないけど、子供時代に呑気に歌っていた曲の本当の意味(たいがいドラッグ&セックス絡みだ)をあとになって悟ったことは多々ある。或いは、何年も経ってから誰に宛てた曲なのか知って愕然としたことも、一度や二度じゃない。10代の頃大好きだったカルチャー・クラブの曲、殊にセカンド『カラー・バイ・ナンバーズ』(1983年/全英最高1位、全米同2位)の曲は、筆者にとってその典型例だ。
当時はボーイ・ジョージが男なのか女なのか、ゲイなのかストレートなのか、そんなことはどうでもよくて、ただ、美しい声を持つこの不思議な生き物に魅了されていた。みんなそうだったと思う。余計な疑問を抱かせず、ありのままを受け入れさせる力が、彼らの曲にはあった。来る者を何も拒まない許容量があった。サウンドはグラム、ファンク/ディスコ、レゲエ、ラテン、ソウル、パンク......と雑多なスタイルのミクスチュア。特定のジャンルに縛られずに独自のタイムレスなポップソングを追及し、メンバー構成についても生粋のアングロサクソンはひとりだけで(ギターのロイ・ヘイ)、アイルランド系(ジョージ)、ジャマイカ系(ベースのマイキー・クレイグ)、ユダヤ系(ドラムスのジョン・モス)と、出身地であるロンドンのメトロポリタンな町を象徴していた。
そんな彼らが抱えていた秘密が暴露されたのが、いつだったかは覚えていない。が、ジョージとジョンが当時カップルで、大半の曲が、アップダウンの激しいふたりの関係に根差していたことを知った時ーーつまり、カルチャー・クラブがセクシュアリティにおいても多様性を体現していたことを知った時、最初は本当にびっくりしたものだ。でもその後アルバムを聴き直してみると、まさに目からウロコ。こんなにメロディは美しくて、カラフルなサウンドを鳴らしているのに、歌詞は往々にしてビターで、ジョージの甘い声がいつも一抹の切なさを含んで嘆願していたのは、そのせいなんだ、と。
聞けばふたりの交際が始まったのは、1981年にバンドが結成された頃。カルチャー・クラブは翌年春にデビューし、サード・シングル「君は完璧さ」が全英ナンバーワンを獲得したのを機にブレイク。アメリカにも進出し、ファースト『キッシング・トゥ・ビー・クレヴァー』(1982年)から3曲の全米トップ10ヒットを生むというザ・ビートルズ以来初の快挙を成し遂げた。さらに本作が世界中で大ヒットを記録するのだが、バンドの快進撃とは対照的に、レコーディング中のジョージとジョンの関係はかなり波乱含みだったようだ。自分はヘテロセクシュアルだと信じて疑わなかったジョンの混乱に加えて、関係を秘密にしなければならないというプレッシャーが重くのしかかっていたのだから、無理もないだろう。
このような文脈で、英米チャートでナンバーワンを獲得した最大のヒット曲「カーマは気まぐれ(Karma Chameleon)」を捉えると、心を決められないカメレオンがジョンであることは明白。ハーモニカ・ソロの無邪気な響きとは裏腹に、ジョージはジョンへの不信感だけでなく、抑圧的な社会でゲイ男性として生きることのフラストレーションを、苦々しい詞に吐き出していて、時には互いに暴力を振るうほどふたりは激しく衝突したというから"毎日がサバイバル"とのくだりは比喩じゃなくて逐語的? ともすると軽く思われがちなポップソングに、題材のリアリティがずっしりと重みを与えている。
「ブラック・マネー」も(筆者の勝手な解釈だが)成功を手にしたふたりの関係に"お金"というややこしい要素が与えた影響を歌っているかのようだし、「カーマは気まぐれ」と同様に音の明るさが詞の暗さをカモフラージュする先行シングル「チャーチ・オブ・ザ・ポイズン・マインド」も、疑念だらけの関係を描写。そして「ミス・ミー・ブラインド」には、自分の気持ちに逆らうなと、迷うジョンを強気に説得するジョージがいる。"隠さなきゃいけないなんて、そんなものは愛じゃない"と歌う「ストームキーパー」も然りだ。
そんな中で、ツアーで訪れたアメリカでの体験をテーマにした2曲目「イッツ・ア・ミラクル」では例外的に他の題材に目を向けているが、ここで登場するのが、以後ほぼ全編にフィーチャーされた本作のキーパーソン=ヘレン・テリーである。バッキング・シンガーというより準メンバーに近い彼女は、チャカ・カーンにも似たタフな歌声をジョージの甘い歌声に寄り添わせていて、両者のコントラストは絶妙。アナログ盤でのA面ラストにあたる「ザッツ・ザ・ウェイ」に至っては、ピアノだけを伴うふたりのデュエットだ。このように、バンドの枠に捉われないアレンジは実にフレキシブルで、ダンサブルでトロピカルな曲調が支配的だったファーストに対し、今回は抑揚もヴァラエティも満々。ソロはギターじゃなくて前述したハーモニカだったり、トランペットやサックスだったりするし、「チャーチ・オブ・ザ・ポイズン・マインド」はモータウン・ソウル、「チェンジング・エヴリ・デイ」はジャジーなボサノヴァ、「ミス・ミー」はディスコ、「ミスター・マン」はカリプソ......と様々なスタイルを織り交ぜて、(アナログ時代なので)5曲ごとに明確に起承転結をつけている。
だから最後は再びバラードへ。やはりジョンへの想いをインスピレーション源に、試練に屈せず愛を貫くことを「ヴィクティムズ(いつもふたりで)」でジョージは訴える。ピアノ伴奏に始まって徐々にスケールアップし、エンディングでは1980年代ならではのメロドラマティックなプロダクションが全開。こういうちょっと大仰なくらいの演出が、王道ディーバ然とした彼の声には良く似合うし、改めてそのゴージャスな響きに浸っていると、ソロ・アーティストとして大きな成功を収めなかったことが不思議にも感じられる。が、そこはやっぱり、4人で書いた曲に備わっていたアイデンティティが、シンガー兼リリシストとしてのジョージの魅力を一番引き出してくれたということなのだろう。良くも悪くも!
バンド内カップルの破局に加えて、もうひとつの秘密だった彼の深刻なドラッグ癖がとどめを刺し、1986年にカルチャー・クラブは解散。1998年の再結成は長続きしなかったけど、2011年にまた活動を始めてからは順調にツアーを行ない、もうすぐ16年ぶりに日本にやって来る。新作のレコーディングも進めているそうで、本作のマジックを取り戻していることを願うばかりだ。
(新谷洋子)
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Culture Club(official website)
『カラー・バイ・ナンバーズ』収録曲
01. カーマは気まぐれ/02. イッツ・ア・ミラクル/03. ブラック・マネー/04. チェンジング・エヴリ・デイ/05. ザッツ・ザ・ウェイ/06. タイム/07. チャーチ・オブ・ザ・ポイズン・マインド/08. ミス・ミー・ブラインド/09. ミスター・マン/10. ストームキーパー/11. ヴィクティムズ(いつもふたりで)
01. カーマは気まぐれ/02. イッツ・ア・ミラクル/03. ブラック・マネー/04. チェンジング・エヴリ・デイ/05. ザッツ・ザ・ウェイ/06. タイム/07. チャーチ・オブ・ザ・ポイズン・マインド/08. ミス・ミー・ブラインド/09. ミスター・マン/10. ストームキーパー/11. ヴィクティムズ(いつもふたりで)
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