『トレインスポッティング オリジナル・サウンドトラック』
2016.08.14
『トレインスポッティング
オリジナル・サウンドトラック』
1996年作品
今からちょうど20年前(1996年)に公開された、『トレインスポッティング』という映画のタイトルを耳にして真っ先に思い出すのは、アンダーワールドの「ボーン・スリッピー」? それとも、冒頭で聴こえたイギー・ポップの「ラスト・フォー・ライフ」の、アイコニックなドラムビートだろうか? 或いは、主人公のレントンが下水の中を泳ぎながら、ドラッグの禁断症状を抑える坐薬を探すシーンに重ねた、ブライアン・イーノの静謐なアンビエント・トラック「ディープ・ブルー・デイ」?
とにかく、ドラッグに溺れて暮らすエディンバラの若者たちを描いたこの映画は、音楽と切り離して捉えることが不可能な作品だった。英国スコットランド出身の作家アーヴィン・ウェルシュによる同名のベストセラー小説を映像化したのはご存知、当時まだ新進監督だったダニー・ボイル。サウンドトラックもまた、熱狂的音楽ファンである彼自身がイメージ作りに役立てた曲・アーティストを中心に構成されたものだ。1990年代のブリティッシュ・ミュージックの集大成として成立していることは言うまでもないが、現在も相次いで傑作を発表しているアーティストがずらりと並んでおり、ボイル監督の予見力を思い知らされる。
そもそもタイミングが絶妙だった。公開時期は1990年代の折り返し地点にあたり、ブリットポップはピークを迎えたばかりで、ビッグビート/エレクトロニカがちょうど台頭。両ムーヴメントを網羅する本作には、ブリットポップ勢からは、ブラー(1991年のファースト『ブラー』収録の「シング」)、エラスティカ(1995年のファースト『エラスティカ』収録の「2:1」)、スリーパー(ブロンディーの「銀河のアトミック」のカヴァー)、パルプ(未発表曲の「マイル・エンド」)と代表格がずらり並ぶ。しかも、敢えてマイナー・コードのメランコリックな曲が選ばれ、間もなく訪れるムーヴメントの終焉を予告しているかのよう。逆にアップビートで享楽的な高揚感を担うのは、中盤以降に収められたエレクトロニカ勢だ。今もトップDJとして活躍するジョン・ディグウィード率いるベッドロック(1993年のシングル「フォー・ホワット・ユー・ドリーム・オブ」)、レフトフィールド(書き下ろし曲「ア・ファイナル・ヒット」)、アンダーワールドといった具合に。そして両者の中間点に佇むのが、『スクリーマデリカ』時代に回帰した、トリッピー&ダビーな10分に及ぶ書き下ろしの表題曲を提供する、プライマル・スクリームだろうか? まだまだダンス・ミュージックに抵抗を感じるロックファンが多かった時期に、どちらも平等に扱う監督のオープンマインドな音楽観が、切々と伝わって来るセレクションだ。
このほかに、冒頭で触れた「ディープ・ブルー・デイ」(1983年の『アポロ』より)ほか、1970〜1980年代からピックアップした曲が5曲ある。中でも注目すべきは、例外的な米国人アーティストによる3曲ーーこれまた前述したイギーの「ラスト・フォー・ライフ」(1977年の『ラスト・フォー・ライフ』より)と「ナイトクラビング」(1977年の『イディオット』より)、ルー・リードの「パーフェクト・デイ」(1972年の『トランスフォーマー』より)だ。ある意味、ドラッグとロックンロールが切り離せなかった時代を象徴するサウンドと位置付けることもできるのだろうが、3曲に共通するのはずばり、デヴィッド・ボウイがプロデュースしたという点である。これは2016年1月にボウイが亡くなってから判明した話だが、ボウイを敬愛する監督は当初彼の曲使用を切に望んでいたものの許可を得られず、代わりにイギーとルーに白羽の矢を立てたのだとか。つまり、本人はいないものの、その存在感はしっかりとアルバムに刻まれているというわけだ。ここに集められた後続のオルタナティヴ系英国人アーティストのインスピレーション源として、監督自身のインスピレーション源としてーー。
またイギーに関しては、『トレインスポッティング』に曲が使用されたことで新たな若いファンを獲得し、再評価を得たと言っても過言じゃないが、アンダーワールドもやはり、結成10年を経て本作を介して悲願のブレイクに至っている。実は「ボーン・スリッピー(原題Born Slippy.NUXX)」は、1995年に発売された地味なシングル(A面曲は「Born Slippy」と題されているが全く異なる曲)のB面曲に過ぎなかった。それを監督が偶然耳にして惚れ込み、映画公開後に改めてシングル発売されたところ、全英チャート最高2位を記録。以来、アンダーワールド×ダニー・ボイルのパートナーシップは、映画『サンシャイン2057』(2008年)のサウンドトラックや、2012年のロンドンオリンピック開会式(監督がディレクションを担当し、アンダーワールドのリック・スミスが音楽を制作)といった実を結び、現在までずっと続いている。
そしてもうひとり、ブラーのフロントマンであるデーモン・アルバーンも、本作で新しい一歩を踏み出したと言えるのだろう。エンドロールに少々コミカルな趣を添え、アルバムのラストを飾っていた彼の書き下ろし曲「クローゼット・ロマンティック」は、デーモンにとって初の課外プロジェクト。今や映画音楽はもちろんのこと、オペラやミュージカルを手掛けるまでになった彼の、コンポーザーとしての出発点がここにあったのだ。
そんな『トレインスポッティング』のパート2が、アーヴィンが綴った続編『Porno』を下敷きに、2017年1月の公開を目指して制作されていることはご承知の通り。4人の主要キャストは変わらず、先頃公開された予告編では、すっかりオジサンになった彼らが、ほかでもなく「ラスト・フォー・ライフ」のドラムビートに乗って姿を見せた。残念ながらルー・リードとボウイは故人となってしまったが、イギーもアンダーワールドもイーノもプライマル・スクリームもブラーもレフトフィールドも、この1年ほどに素晴らしい新作をリリースしており、バリバリの現役だ。キャストだけでなくサウンドトラックも"同窓会"の様相を呈したとしても、ちっとも不思議じゃない。
【関連サイト】
T2 Official Teaser Trailer
オリジナル・サウンドトラック』
1996年作品
今からちょうど20年前(1996年)に公開された、『トレインスポッティング』という映画のタイトルを耳にして真っ先に思い出すのは、アンダーワールドの「ボーン・スリッピー」? それとも、冒頭で聴こえたイギー・ポップの「ラスト・フォー・ライフ」の、アイコニックなドラムビートだろうか? 或いは、主人公のレントンが下水の中を泳ぎながら、ドラッグの禁断症状を抑える坐薬を探すシーンに重ねた、ブライアン・イーノの静謐なアンビエント・トラック「ディープ・ブルー・デイ」?
とにかく、ドラッグに溺れて暮らすエディンバラの若者たちを描いたこの映画は、音楽と切り離して捉えることが不可能な作品だった。英国スコットランド出身の作家アーヴィン・ウェルシュによる同名のベストセラー小説を映像化したのはご存知、当時まだ新進監督だったダニー・ボイル。サウンドトラックもまた、熱狂的音楽ファンである彼自身がイメージ作りに役立てた曲・アーティストを中心に構成されたものだ。1990年代のブリティッシュ・ミュージックの集大成として成立していることは言うまでもないが、現在も相次いで傑作を発表しているアーティストがずらりと並んでおり、ボイル監督の予見力を思い知らされる。
そもそもタイミングが絶妙だった。公開時期は1990年代の折り返し地点にあたり、ブリットポップはピークを迎えたばかりで、ビッグビート/エレクトロニカがちょうど台頭。両ムーヴメントを網羅する本作には、ブリットポップ勢からは、ブラー(1991年のファースト『ブラー』収録の「シング」)、エラスティカ(1995年のファースト『エラスティカ』収録の「2:1」)、スリーパー(ブロンディーの「銀河のアトミック」のカヴァー)、パルプ(未発表曲の「マイル・エンド」)と代表格がずらり並ぶ。しかも、敢えてマイナー・コードのメランコリックな曲が選ばれ、間もなく訪れるムーヴメントの終焉を予告しているかのよう。逆にアップビートで享楽的な高揚感を担うのは、中盤以降に収められたエレクトロニカ勢だ。今もトップDJとして活躍するジョン・ディグウィード率いるベッドロック(1993年のシングル「フォー・ホワット・ユー・ドリーム・オブ」)、レフトフィールド(書き下ろし曲「ア・ファイナル・ヒット」)、アンダーワールドといった具合に。そして両者の中間点に佇むのが、『スクリーマデリカ』時代に回帰した、トリッピー&ダビーな10分に及ぶ書き下ろしの表題曲を提供する、プライマル・スクリームだろうか? まだまだダンス・ミュージックに抵抗を感じるロックファンが多かった時期に、どちらも平等に扱う監督のオープンマインドな音楽観が、切々と伝わって来るセレクションだ。
このほかに、冒頭で触れた「ディープ・ブルー・デイ」(1983年の『アポロ』より)ほか、1970〜1980年代からピックアップした曲が5曲ある。中でも注目すべきは、例外的な米国人アーティストによる3曲ーーこれまた前述したイギーの「ラスト・フォー・ライフ」(1977年の『ラスト・フォー・ライフ』より)と「ナイトクラビング」(1977年の『イディオット』より)、ルー・リードの「パーフェクト・デイ」(1972年の『トランスフォーマー』より)だ。ある意味、ドラッグとロックンロールが切り離せなかった時代を象徴するサウンドと位置付けることもできるのだろうが、3曲に共通するのはずばり、デヴィッド・ボウイがプロデュースしたという点である。これは2016年1月にボウイが亡くなってから判明した話だが、ボウイを敬愛する監督は当初彼の曲使用を切に望んでいたものの許可を得られず、代わりにイギーとルーに白羽の矢を立てたのだとか。つまり、本人はいないものの、その存在感はしっかりとアルバムに刻まれているというわけだ。ここに集められた後続のオルタナティヴ系英国人アーティストのインスピレーション源として、監督自身のインスピレーション源としてーー。
またイギーに関しては、『トレインスポッティング』に曲が使用されたことで新たな若いファンを獲得し、再評価を得たと言っても過言じゃないが、アンダーワールドもやはり、結成10年を経て本作を介して悲願のブレイクに至っている。実は「ボーン・スリッピー(原題Born Slippy.NUXX)」は、1995年に発売された地味なシングル(A面曲は「Born Slippy」と題されているが全く異なる曲)のB面曲に過ぎなかった。それを監督が偶然耳にして惚れ込み、映画公開後に改めてシングル発売されたところ、全英チャート最高2位を記録。以来、アンダーワールド×ダニー・ボイルのパートナーシップは、映画『サンシャイン2057』(2008年)のサウンドトラックや、2012年のロンドンオリンピック開会式(監督がディレクションを担当し、アンダーワールドのリック・スミスが音楽を制作)といった実を結び、現在までずっと続いている。
そしてもうひとり、ブラーのフロントマンであるデーモン・アルバーンも、本作で新しい一歩を踏み出したと言えるのだろう。エンドロールに少々コミカルな趣を添え、アルバムのラストを飾っていた彼の書き下ろし曲「クローゼット・ロマンティック」は、デーモンにとって初の課外プロジェクト。今や映画音楽はもちろんのこと、オペラやミュージカルを手掛けるまでになった彼の、コンポーザーとしての出発点がここにあったのだ。
そんな『トレインスポッティング』のパート2が、アーヴィンが綴った続編『Porno』を下敷きに、2017年1月の公開を目指して制作されていることはご承知の通り。4人の主要キャストは変わらず、先頃公開された予告編では、すっかりオジサンになった彼らが、ほかでもなく「ラスト・フォー・ライフ」のドラムビートに乗って姿を見せた。残念ながらルー・リードとボウイは故人となってしまったが、イギーもアンダーワールドもイーノもプライマル・スクリームもブラーもレフトフィールドも、この1年ほどに素晴らしい新作をリリースしており、バリバリの現役だ。キャストだけでなくサウンドトラックも"同窓会"の様相を呈したとしても、ちっとも不思議じゃない。
(新谷洋子)
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T2 Official Teaser Trailer
『トレインスポッティング オリジナル・サウンドトラック』収録曲
01. ラスト・フォー・ライフ/02. ディープ・ブルー・デイ/03. トレインスポッティング/04. 銀河のアトミック/05. テンプテーション/06. ナイトクラビング/07. シング/08. パーフェクト・デイ/09. マイル・エンド/10. フォー・ホワット・ユー・ドリーム・オブ(フル・オン・ルネッサンス・ミックス)/11. 2:1/12. ア・ファイナル・ヒット/13. ボーン・スリッピー(Nuxx)/14. クローゼット・ロマンティック
01. ラスト・フォー・ライフ/02. ディープ・ブルー・デイ/03. トレインスポッティング/04. 銀河のアトミック/05. テンプテーション/06. ナイトクラビング/07. シング/08. パーフェクト・デイ/09. マイル・エンド/10. フォー・ホワット・ユー・ドリーム・オブ(フル・オン・ルネッサンス・ミックス)/11. 2:1/12. ア・ファイナル・ヒット/13. ボーン・スリッピー(Nuxx)/14. クローゼット・ロマンティック
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