音楽 POP/ROCK

ザ・スミス『ザ・クイーン・イズ・デッド』

2011.05.07
THE SMITHS
ザ・スミス
『ザ・クイーン・イズ・デッド』

1986年発表


 結成から解散まで僅か5年間でその寿命は尽きた。しかしザ・スミスは80年代はおろか史上最もオリジナルで重要なロックバンドのひとつである。そして、サード・アルバム『ザ・クイーン・イズ・デッド』が彼らの最高傑作であることも、疑いようのない史実だ。

 そもそも80年代という時代について、昨今のリバイバルの目線から抜け落ちている箇所がある。〈80年代特集〉を謳ったファッション雑誌をめくれば、キッチュでポップ、華やかでバブリーな部分しか見えない。だが現実の80年代は暗かった。まだベルリンには壁があり、クライマックスを迎えた冷戦は核戦争で決着か?と真剣に取り沙汰されたものだ。そして米英共に保守政党が政権を維持し、市場経済至上主義を推し進め、貧富の差は拡大するばかり。特にパンクの〈ノー・フューチャー〉宣言で幕を開け、大不況に伴う未曾有の高失業率と相次ぐIRAのテロに象徴される英国の80年代は暗鬱だった。金を持たぬ若者たちは、ニュー・ロマンティックという現実逃避のパーティーに興じたり、あるいは極左的アジテーションを叫んだ。けれど、そういったイデオロギーにも享楽志向にも共感できずに取り残された者も大勢いたのである。ルーザー、フリーク、居場所のない孤独な異端児たちが。彼らの代弁者がザ・スミスであり、輝かしいルーザーのためのアンセムを鳴り響かせていたのだ。

 ザ・スミスがマンチェスターで結成されたのは1982年のこと。モリッシーことスティーヴン・パトリック・モリッシー(ヴォーカル)とジョニー・マー(ギター)のソングライティング・チームに、アンディ・ローク(ベース)とマイク・ジョイス(ドラムス)が加わり、翌年インディの名門ラフトレードからデビューを果たす。彼らが登場した時の衝撃は、まさに未知の存在に遭遇した時の素朴な驚きにほかならなかった。初めて耳にする、誰に影響を受けたのか見当がつかない突然変異サウンド。唯一確かなのは純英国産であることだけ。そして何より奇怪だったのがモリッシーである。彼は完全なるアンドロジナスだった。一世代前のグラムロッカーたちがまとった中性的イメージはあくまで表面的装飾だったが、独身主義を公言し、グラジオラスの花を手にしたモリッシーの場合、セクシュアリティさえも謎のまま。詞の語り手は男とも女ともつかなかった。そのため男女双方が等距離から彼の言葉を受け止めたのである。そう、彼の出現は、ロックが初めて完全に特定の性から解放された瞬間だった。

 また彼は知性と無二の言語センスを携えていた。鋭いユーモアとウィットをもって綴る言葉は笑いと涙を同時に誘い、フレーズのひとつひとつが的の中央を射抜き、世の不条理を炙り出した。〈族〉を拒絶して徹底的に〈個〉を追及し、王室、宗教、学校......あらゆる権威を断罪した。さらには、容姿や性的魅力における劣等感を容赦なく白日に晒し、自己憐憫に浸り孤独感に酔った。しかし彼も、彼を愛した若者たちも、心の奥底で確信していたのである、我々異端児こそが真の勝者なのだと。理解してもらう必要などない、〈ヤツら〉に理解できようはずがないのだからーー。そんな尊大なまでのナルシシズムとプライドこそがザ・スミスの真髄だったと言えよう。

 しかしモリッシーの独力では、彼の言葉は紙の上のドグマや風刺に過ぎなかった。リズムと色彩と温度とテクスチュアをその指の間で流麗に描き、神々しいまでのメロディを紡いだジョニーというパートナーを得て初めて、それらはマジカルなポップ・ソングへと羽化する。だからこそ、〈モリッシー/マー〉のクレジットは80年代の一時期、〈レノン/マッカートニー〉以上に神聖なものだったのだ。そしてこの『ザ・クイーン・イズ・デッド』において、バンドのクリエイティヴィティはピークを迎える。モリッシー流ミゼラブリズム(=自己憐憫主義)とジョニーが主導したサウンド・プロダクションが絶妙な洗練性を確立し、両者の化学反応も最高値を記録したのである。

 若き日のアラン・ドロンがジャケットでまどろむ本作は86年初夏に発売され、UKチャート最高2位を記録。過激極まりない英国社会批判をこめた表題曲に始まり、以下『フランクリー、ミスター・シャンクリー』の可笑しさ、『アイ・ノウ・イッツ・オーヴァー』の声を押し殺してむせび泣く切なさ、『ネヴァー・ハッド・ノー・ワン・エヴァー』の一縷の救いも残さぬ無常さ、『ゼア・イズ・ア・ライト』(ザ・スミス的ロマンティシズムの極地!)の恍惚感......。全10曲が包含する、天国から地獄まで果てしなく広いエモーションの容量は、比較対象を見つけることすら困難だ。もちろんここでも異端児たちが闊歩し、モリッシーが愛してやまなかった全世紀末のフリーク、オスカー・ワイルドへもオマージュを捧げている。それでもってラストの『サム・ガールズ』は何度聴いても意味不明なのだが、この歯がゆい引き際もまた彼ららしい。というのも、翌年のバンドの幕引きも決して美しくはなかった。ジョニーとモリッシーの不仲。アンディのドラッグ癖。人間関係の破綻に伴い、登場した時と同じくらい唐突にシーンから姿を消したのである。

 その後アシッドハウスの到来と共にザ・スミスの名はあっさり忘れ去られたかのように見えたが、90年代半ばのブリットポップには彼らの強い英国アイデンティティの影響がありありと窺えた。そして今日、大西洋の対岸でザ・スミスの洗礼を受けたフォロワーたちがアメリカのロック界には溢れている。マイ・ケミカル・ロマンスからAFI、ストロークスにインターポール......。アメリカ進出に失敗したにもかかわらず、当時の主流だったマッチョなロックに抵抗を覚えたアメリカ人キッズに彼らが多大なインスピレーションを与えていたことが、ここにきて表面化したのであろう。当のモリッシーは個人崇拝の重圧にずっと喘ぎ続けていようにも見えるが、誇り高きルーザーの血統は確実に引き継がれているのである。
(新谷洋子)

【関連サイト】
ザ・スミス(ワーナーミュージック・ジャパン)
『ザ・クイーン・イズ・デッド』収録曲
01. ザ・クイーン・イズ・デッド/02. フランクリー、ミスター・シャンクリー/03. アイ・ノウ・イッツ・オーヴァー/04. ネヴァー・ハッド・ノー・ワン・エヴァー/05. セメタリー・ゲイツ/06. ビッグマウス・ストライクス・アゲイン/07. 心に茨を持つ少年/08. ヴィカー・イン・ア・テュテュ/09. ゼア・イズ・ア・ライト/10. サム・ガールズ

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