ヘヴン17 『ペントハウス・アンド・ペイヴメント』
2016.10.26
ヘヴン17
『ペントハウス・アンド・ペイヴメント』
1981年作品
そもそも、より実験的なサウンドを鳴らすこと、より明確に労働者階級出身者の立場からメッセージを発することこそ、ヘヴン17がヒューマン・リーグから分離・独立する形で誕生した所以だと言って、過言じゃないだろう。故郷はイングランド北部シェフィールド。1970年代末にはほかにもキャバレー・ヴォルテールやクロックDVAを輩出し、エレクトロニック・ポップの最前線のような町だった。そんな町で1977年に結成されたヒューマン・リーグは、2枚のアルバムを発表してから、1980年に方向性を巡って分裂。シンセとドラムマシーンを操作する、事実上の音楽的ブレインだったイアン・クレイグ・マーシュとマーティン・ウェアが脱退する。まずはブリティッシュ・エレクトリック・ファウンデーション(B.E.F)なるユニットを作ったふたりの当初の構想は、B.E.Fをプロダクション・チームとして運営し、様々なアーティストを仕掛けるというものだった。しかしその第1弾として、同郷のシンガー=グレン・グレゴリーを迎えてスタートしたヘヴン17が成功し、図らずも本業になってゆくのである。
そして、グレンが加入する以前に真っ先に生まれた曲が「Fascist Groove Thang」であり、続いてファースト・アルバム『ペントハウス・アンド・ペイヴメント(Penthouse and Pavement)』(全英最高14位)が、1981年秋にお目見え。ペントハウスとペイヴメント(舗道)とは、すなわち天と地であり、階級や貧富の格差を示すメタファーだ。彼らはまた、アナログ盤で言うA面をペントハウス、B面をペイヴメントとし、それぞれサウンド志向を微妙に変えてアルバムを構成している。「Fascist Groove Thang」で幕を開けるA面は、ギター、ピアノ、サックスといった生楽器で作り上げ、ブラック・ミュージックにインスパイアされたファンク/ディスコで統一。その厚く太い土台を成している絶品のスラップ・ベースをプレイしているのは、たまたまグレンがアルバイト先で出会った、当時17歳のジョン・ウィルソンなるアマチュアのミュージシャン。中でも「Fascist Groove Thang」のベース・ソロは、アルバムのハイライトだ。他方、モードの切り替えを印象付ける長いシンセ音のイントロから始まるB面は、マシーン・サウンド一色。クラフトワークの影響が色濃い、フューチャリスティックなエレクトロニック・ポップに徹している。
だが歌詞の内容は全編一貫しており、英国では1979年にサッチャー首相が、米国では1981年にレーガン大統領が就任し、相次ぐ保守政権の誕生を受けてメンバーが抱いていた危機感を、ユーモアやアイロニーを織り交ぜて投影。具体的に題材として扱っているのは、冷戦、核戦争の脅威、拝金主義、ヤッピー・カルチャー、資本主義の暴走、経済格差の広がり......。B.E.Fの会社案内パンフレットを模して「世界中でドアを開く新たなパートナーシップ」と謳い、ビジネスマンに扮したメンバーが登場するジャケットも、敢えてステレオタイプな資本主義的イメージを装ったものだ。
そんなわけで、例えば「Fascist Groove Thang」ではレーガン大統領を「動き始めたファシストの神」と呼び(それゆえにBBCラジオで放送禁止の憂き目にあいながらも、全米ダンス・チャートのトップ30に入った)、ヒトラーの名も引いてヨーロッパの暗黒の歴史に触れて、「歴史は繰り返す」と警告。タイトルトラックは社会や企業の歯車の一部になって人間性を失う怖さを指摘し、「Let's All Make A Bomb」は「話をする必要なんかない/みんなで爆弾を作ろう」と人間の破壊欲をユーモラスに歌う。恋愛関係を題材にした曲でさえ、「Soul Warfare(魂の交戦)」と命名し、駆け引きを虐殺や紛争になぞらえているくらいだ。また「The Height of Fighting」が軍国主義のマントラだとしたら、ラストの「We're Going To Live For A Very Long Time」は、信じる者だけが救われ、異質な者は排除されるディストピアを描く専制国家のアンセム? 終盤は、硬質なダンスビートと、抑揚をおさえたグレンのヴォーカルが不気味な虚無感を醸し、反抗の歌に始まり服従の歌に終わるという流れに、背筋がゾクリとするんじゃないだろうか。
このあと1983年のセカンド『ザ・ラクシャリー・ギャップ(The Luxury Gap)』では、消費文化をテーマに掲げた彼らは(タイトルで経済格差を示唆している)、先行シングル「Temptation」の大ヒットに後押しされて、いよいよ本格的にブレイク。デペッシュ・モードや新生ヒューマン・リーグほか、他の同期のエレクトロニック・アーティストたちと共に大きな波を作り出していったわけだが、彼らは一過的なムーヴメントとして消えることなく、多くのバンドは今も健在だ。ヘヴン17/B.E.Fも、1990年代に一旦活動をスローダウンしたものの、2000年代に入って再び精力的にツアーや作品制作を行ない(2006年にイアンが脱退し現在はデュオに)、この秋もまさに本作の再現ツアーを敢行中だ。また再現ライヴと言えば、ここ数年のグレンは、デヴィッド・ボウイのアルバム『世界を売った男』を再現するプロジェクトに参加。同作で演奏したトニー・ヴィスコンティとウッディー・ウッドマンジーを含むバンドで、シンガーを務めている。昨年夏に来日もし、相変わらず威厳のあるあの声で見事にボウイの代役をこなし、後半は「チェンジス」や「ジギー・スターダスト」といった名曲も歌って会場を沸かせたものだ。が、ヘヴン17は少なくとも30年は来日していないわけで、心中で密かに「『Fascist Groove Thang』や『Temptation』を聴けたらなあ」と願わずにいられなかった......。
【関連サイト】
Heaven 17
『ペントハウス・アンド・ペイヴメント』
1981年作品
いわゆる「タイムレスネス」は、しばしば良質な音楽の条件に挙がる要素だ。しかし「(We Don't Need This)Fascist Groove Thang(こんなファシストのグルーヴはいらない)」と題された名曲が、リリースから35年も経った今もまるで昨日書かれたようなリアリティを醸すという事実は、ただただ嘆かわしいと言わざるを得ない。「邪悪な男たちが差別的な声をあちこちに広めている」と聞いて、思い当たることがあり過ぎやしないだろうか。ちなみにこの曲でデビューしたヘヴン17のメンバーも、むしろ「こういう曲が今生まれないことが嘆かわしい」と最近のインタヴューで語っていた。「こういう曲」とは、単にポリティカルな内容の曲を指しているわけじゃないと思う。「Fascist Groove Thang」はラディカルなメッセージ性もさることながら、「速すぎて踊れない超高速ホワイト・ファンク」とでも言うのだろうか、サウンド・プロダクションにおいても斬新で刺激的で、脳内に届く前に体が反応する偉大なシングルだった。そう、キャッチーなポップソングを装い、思想面ではザ・クラッシュやギャング・オブ・フォーに近いというトロイの木馬戦略を、彼らはここで打ち出していたのである。踊って抗議の意思を示そうじゃないか、と。
そもそも、より実験的なサウンドを鳴らすこと、より明確に労働者階級出身者の立場からメッセージを発することこそ、ヘヴン17がヒューマン・リーグから分離・独立する形で誕生した所以だと言って、過言じゃないだろう。故郷はイングランド北部シェフィールド。1970年代末にはほかにもキャバレー・ヴォルテールやクロックDVAを輩出し、エレクトロニック・ポップの最前線のような町だった。そんな町で1977年に結成されたヒューマン・リーグは、2枚のアルバムを発表してから、1980年に方向性を巡って分裂。シンセとドラムマシーンを操作する、事実上の音楽的ブレインだったイアン・クレイグ・マーシュとマーティン・ウェアが脱退する。まずはブリティッシュ・エレクトリック・ファウンデーション(B.E.F)なるユニットを作ったふたりの当初の構想は、B.E.Fをプロダクション・チームとして運営し、様々なアーティストを仕掛けるというものだった。しかしその第1弾として、同郷のシンガー=グレン・グレゴリーを迎えてスタートしたヘヴン17が成功し、図らずも本業になってゆくのである。
そして、グレンが加入する以前に真っ先に生まれた曲が「Fascist Groove Thang」であり、続いてファースト・アルバム『ペントハウス・アンド・ペイヴメント(Penthouse and Pavement)』(全英最高14位)が、1981年秋にお目見え。ペントハウスとペイヴメント(舗道)とは、すなわち天と地であり、階級や貧富の格差を示すメタファーだ。彼らはまた、アナログ盤で言うA面をペントハウス、B面をペイヴメントとし、それぞれサウンド志向を微妙に変えてアルバムを構成している。「Fascist Groove Thang」で幕を開けるA面は、ギター、ピアノ、サックスといった生楽器で作り上げ、ブラック・ミュージックにインスパイアされたファンク/ディスコで統一。その厚く太い土台を成している絶品のスラップ・ベースをプレイしているのは、たまたまグレンがアルバイト先で出会った、当時17歳のジョン・ウィルソンなるアマチュアのミュージシャン。中でも「Fascist Groove Thang」のベース・ソロは、アルバムのハイライトだ。他方、モードの切り替えを印象付ける長いシンセ音のイントロから始まるB面は、マシーン・サウンド一色。クラフトワークの影響が色濃い、フューチャリスティックなエレクトロニック・ポップに徹している。
だが歌詞の内容は全編一貫しており、英国では1979年にサッチャー首相が、米国では1981年にレーガン大統領が就任し、相次ぐ保守政権の誕生を受けてメンバーが抱いていた危機感を、ユーモアやアイロニーを織り交ぜて投影。具体的に題材として扱っているのは、冷戦、核戦争の脅威、拝金主義、ヤッピー・カルチャー、資本主義の暴走、経済格差の広がり......。B.E.Fの会社案内パンフレットを模して「世界中でドアを開く新たなパートナーシップ」と謳い、ビジネスマンに扮したメンバーが登場するジャケットも、敢えてステレオタイプな資本主義的イメージを装ったものだ。
そんなわけで、例えば「Fascist Groove Thang」ではレーガン大統領を「動き始めたファシストの神」と呼び(それゆえにBBCラジオで放送禁止の憂き目にあいながらも、全米ダンス・チャートのトップ30に入った)、ヒトラーの名も引いてヨーロッパの暗黒の歴史に触れて、「歴史は繰り返す」と警告。タイトルトラックは社会や企業の歯車の一部になって人間性を失う怖さを指摘し、「Let's All Make A Bomb」は「話をする必要なんかない/みんなで爆弾を作ろう」と人間の破壊欲をユーモラスに歌う。恋愛関係を題材にした曲でさえ、「Soul Warfare(魂の交戦)」と命名し、駆け引きを虐殺や紛争になぞらえているくらいだ。また「The Height of Fighting」が軍国主義のマントラだとしたら、ラストの「We're Going To Live For A Very Long Time」は、信じる者だけが救われ、異質な者は排除されるディストピアを描く専制国家のアンセム? 終盤は、硬質なダンスビートと、抑揚をおさえたグレンのヴォーカルが不気味な虚無感を醸し、反抗の歌に始まり服従の歌に終わるという流れに、背筋がゾクリとするんじゃないだろうか。
このあと1983年のセカンド『ザ・ラクシャリー・ギャップ(The Luxury Gap)』では、消費文化をテーマに掲げた彼らは(タイトルで経済格差を示唆している)、先行シングル「Temptation」の大ヒットに後押しされて、いよいよ本格的にブレイク。デペッシュ・モードや新生ヒューマン・リーグほか、他の同期のエレクトロニック・アーティストたちと共に大きな波を作り出していったわけだが、彼らは一過的なムーヴメントとして消えることなく、多くのバンドは今も健在だ。ヘヴン17/B.E.Fも、1990年代に一旦活動をスローダウンしたものの、2000年代に入って再び精力的にツアーや作品制作を行ない(2006年にイアンが脱退し現在はデュオに)、この秋もまさに本作の再現ツアーを敢行中だ。また再現ライヴと言えば、ここ数年のグレンは、デヴィッド・ボウイのアルバム『世界を売った男』を再現するプロジェクトに参加。同作で演奏したトニー・ヴィスコンティとウッディー・ウッドマンジーを含むバンドで、シンガーを務めている。昨年夏に来日もし、相変わらず威厳のあるあの声で見事にボウイの代役をこなし、後半は「チェンジス」や「ジギー・スターダスト」といった名曲も歌って会場を沸かせたものだ。が、ヘヴン17は少なくとも30年は来日していないわけで、心中で密かに「『Fascist Groove Thang』や『Temptation』を聴けたらなあ」と願わずにいられなかった......。
(新谷洋子)
【関連サイト】
Heaven 17
『ペントハウス・アンド・ペイヴメント』収録曲
01. (We Don't Need This)Fascist Groove Thang/02. Penthouse And Pavement/03. Play To Win/04. Soul Warfare/05. Geisha Boys And Temple Girls/06. Let's All Make A Bomb/07. The Height Of The Fighting/08. Song With No Name/09. We're Going To Live For A Very Long Time
01. (We Don't Need This)Fascist Groove Thang/02. Penthouse And Pavement/03. Play To Win/04. Soul Warfare/05. Geisha Boys And Temple Girls/06. Let's All Make A Bomb/07. The Height Of The Fighting/08. Song With No Name/09. We're Going To Live For A Very Long Time
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