マヌ・チャオ 『プロクシマ・エスタシオン・エスペランサ』
2016.11.19
マヌ・チャオ
『プロクシマ・エスタシオン・エスペランサ』
2001年作品
彼のキャリアを代表する名盤として、ここではソロ名義の2作目『プロクシマ・エスタシオン・エスペランサ(Próxima Estación: Esperanza=次の駅は希望)』(2001年)を選んだ。しかし、人によってはマノ・ネグラの傑作セカンド『プタズ・フィーヴァー』(1989年)を好む人もいるのかもしれない。ザ・クラッシュ(のちに故ジョー・ストラマーはマヌの大ファンとなり、前座に起用することに)などのパンクバンドにインスパイアされて、1980年代初めに音楽活動をスタートした彼の名前を世界に最初に知らしめたのが、1987年に誕生したマノ・ネグラだった。レ・ネグレス・ヴェルトと共にフランス発の新しいオルタナティヴ・ロックを代表するバンドとして、日本でも大いに注目されたものだが、このバンドを率いていた頃からマヌは、独特の折衷志向と社会正義を訴える活動家としての使命感を覗かせていた。
というのも前述した両親(母は化学者で、父は中南米を専門とするジャーナリスト)は、フランコ独裁政権下にあったスペインから政治的理由でフランスに逃れてきたそうで、社会主義者の祖父母もまた弾圧の対象となり、キューバやアルゼンチンで生活していたという。従って、パリ郊外の移民が多い地区で、左翼思想と西欧圏外の音楽に親しんで育った彼が、ボーダーレスな音楽表現を好み、弱者に目線を合わせて様々な社会問題を曲に託すようになったのは、ごく自然な成り行きだったに違いない。マノ・ネグラ時代には内戦中のコロンビアを隈なくツアーするといった数々の伝説を残したマヌは、1995年のバンド解散を経て、3年にわたって西アフリカと南米を旅行。簡単な録音機材を携行して曲の材料を収集すると、多国籍のバンド=レディオ・ベンバ・サウンド・システムを結成し、フランス人プロデューサーのルノー・レタン(ファイストやシャルロット・ゲンズブールらの作品でも活躍)と組んで新たに音楽制作を始めるのだ。
そうして誕生したファースト『クランデスティーノ』(1998年)では、旅行中に集めた材料をコラージュするようにして曲を構築。その延長上にある『プロクシマ・エスタシオン・エスペランサ』は、さらに旅をして見聞を広めたのちに、より音を作り込んで仕上げられ、マヌ節のミクスチュア様式が完成した形で提示されていると思う。そこに編みこまれているのは、ジプシー・スウィングやフラメンコ、レゲエやスカを含む中南米音楽のリズム、たっぷりのホーン、各地で録音したノイズや人々の声、様々な国のラジオ番組......。しかも、全17曲が切れ目無くつながっているため、いつの間にかリズムやテンポや言語が切り替わり、肌に感じる気温や匂いも変わってゆく。ジャマイカからキューバ、ペルー、コロンビア、ブラジル、そしてスペインに戻って......と、まさに彼と一緒に旅をしている気分だ。
つまり、トラヴェローグと海賊ラジオ局を兼ねたようなアルバムなのだが、その中心には常に、アコギを抱えて、マイナー・コードのメロディの反復で聴き手を優しく揺らしてくれるプロテスト・シンガーがいる。レゲエ仕立ての「Mr. Bobby」では「世界は正気を失って、非常事態に陥っている」と歌って、ボビー(=ボブ・マーリー)に助けを求め、軍事政権時代のアルゼンチンで起きた「汚い戦争」や、長年の差別に苦しむメキシコのチアパス州の先住民(同州の先住民に対する差別解消を訴えるサパティスタ民族解放軍の支持者としてマヌは知られている)を題材に取り上げるーーといった具合に。よって、アンチ・グローバリゼーション/資本主義に根差した彼の主張は、例えばレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンのそれと変わらない。ただ、表現方法が違う。ラウドなギターと怒りで抵抗したザック・デ・ラ・ロッチャ(彼もサパティスタの支持者だ)たちに対し、マヌはボーダーレスでカラフルなサウンドを鳴らし、スペインやイタリアでナンバーワンになった代表曲「Me Gustas Tú」みたいなラヴソングもたくさん歌って、誰もが歓迎される楽しいパーティーを開く。悲しいからこそ踊って、恋をして、ささやかな喜びを見つけ出している。だから、ラストの曲は「Infinita Tristeza」(=終わりのない悲しみ)と題されているものの、あとに残るのは全く逆の気分。マドリッドに実在する地下鉄の駅名に因んだアルバム・タイトル通りに。
そんな本作は、全ヨーロッパ合計では2001年最大のアルバム・セールスを記録したとされ、『クランデスティーノ』の時点ですでにヨーロッパや中南米で大スターだった彼の名前を、英国や北米にもある程度浸透させて、グラミー賞の最優秀ラテン・ロック/アーバン/オルタナティヴ・アルバム賞候補にも挙がったものだ。最近は、2007年の『La Radiolina』以来アルバムを発表していないのだが、引き続き貧困、人種差別、環境破壊、難民などなど多岐にわたる問題について発言し、弱者を支援する活動に取り組みつつ、精力的にツアーを行なっている。2016年9月末のバルセロナ公演では3時間にわたって演奏し、6万人を沸かせたとか。かと思えば、動画サイトを探してみると、世界各地のカフェや道端や野原(!)でほんの数人の前で、即興で演奏している映像も色々見つかった。かつてパリでバスキングをしていたマヌにとって、ステージの大きさや観客の数なんか、どうでもいいことなんだろう。世界はまったくもって正気を失って、非常事態に陥っているけど、そういう彼の姿を確認して、少し気持ちが軽くなったような気がする。
Manu Chao(www.manuchao.net)
『プロクシマ・エスタシオン・エスペランサ』
2001年作品
パリ生まれだから国籍はフランスなのだろうが、両親はスペイン出身で、民族的なアイデンティティで言えばスペイン人? それとて、母はバスク人で父はガリシア人と、ふたつの異なる文化圏の血を引いている。歌詞はスペイン語と英語とフランス語以外にイタリア語、ポルトガル語、アラビア語でも綴り、音楽的にはメキシコのランチェラからアルジェリアのライまで、ヨーロッパ、アラブ、アフリカ、中南米全域を網羅。でもってスピリットの部分はパンク・ロッカーだし、バルセロナを拠点としながらも、ひとつの場所に留まることなく常に旅しながら歌い続ける。色んな意味で〈ノマド〉と評するに相応しいアーティストが、マヌ・チャオだ。
彼のキャリアを代表する名盤として、ここではソロ名義の2作目『プロクシマ・エスタシオン・エスペランサ(Próxima Estación: Esperanza=次の駅は希望)』(2001年)を選んだ。しかし、人によってはマノ・ネグラの傑作セカンド『プタズ・フィーヴァー』(1989年)を好む人もいるのかもしれない。ザ・クラッシュ(のちに故ジョー・ストラマーはマヌの大ファンとなり、前座に起用することに)などのパンクバンドにインスパイアされて、1980年代初めに音楽活動をスタートした彼の名前を世界に最初に知らしめたのが、1987年に誕生したマノ・ネグラだった。レ・ネグレス・ヴェルトと共にフランス発の新しいオルタナティヴ・ロックを代表するバンドとして、日本でも大いに注目されたものだが、このバンドを率いていた頃からマヌは、独特の折衷志向と社会正義を訴える活動家としての使命感を覗かせていた。
というのも前述した両親(母は化学者で、父は中南米を専門とするジャーナリスト)は、フランコ独裁政権下にあったスペインから政治的理由でフランスに逃れてきたそうで、社会主義者の祖父母もまた弾圧の対象となり、キューバやアルゼンチンで生活していたという。従って、パリ郊外の移民が多い地区で、左翼思想と西欧圏外の音楽に親しんで育った彼が、ボーダーレスな音楽表現を好み、弱者に目線を合わせて様々な社会問題を曲に託すようになったのは、ごく自然な成り行きだったに違いない。マノ・ネグラ時代には内戦中のコロンビアを隈なくツアーするといった数々の伝説を残したマヌは、1995年のバンド解散を経て、3年にわたって西アフリカと南米を旅行。簡単な録音機材を携行して曲の材料を収集すると、多国籍のバンド=レディオ・ベンバ・サウンド・システムを結成し、フランス人プロデューサーのルノー・レタン(ファイストやシャルロット・ゲンズブールらの作品でも活躍)と組んで新たに音楽制作を始めるのだ。
そうして誕生したファースト『クランデスティーノ』(1998年)では、旅行中に集めた材料をコラージュするようにして曲を構築。その延長上にある『プロクシマ・エスタシオン・エスペランサ』は、さらに旅をして見聞を広めたのちに、より音を作り込んで仕上げられ、マヌ節のミクスチュア様式が完成した形で提示されていると思う。そこに編みこまれているのは、ジプシー・スウィングやフラメンコ、レゲエやスカを含む中南米音楽のリズム、たっぷりのホーン、各地で録音したノイズや人々の声、様々な国のラジオ番組......。しかも、全17曲が切れ目無くつながっているため、いつの間にかリズムやテンポや言語が切り替わり、肌に感じる気温や匂いも変わってゆく。ジャマイカからキューバ、ペルー、コロンビア、ブラジル、そしてスペインに戻って......と、まさに彼と一緒に旅をしている気分だ。
つまり、トラヴェローグと海賊ラジオ局を兼ねたようなアルバムなのだが、その中心には常に、アコギを抱えて、マイナー・コードのメロディの反復で聴き手を優しく揺らしてくれるプロテスト・シンガーがいる。レゲエ仕立ての「Mr. Bobby」では「世界は正気を失って、非常事態に陥っている」と歌って、ボビー(=ボブ・マーリー)に助けを求め、軍事政権時代のアルゼンチンで起きた「汚い戦争」や、長年の差別に苦しむメキシコのチアパス州の先住民(同州の先住民に対する差別解消を訴えるサパティスタ民族解放軍の支持者としてマヌは知られている)を題材に取り上げるーーといった具合に。よって、アンチ・グローバリゼーション/資本主義に根差した彼の主張は、例えばレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンのそれと変わらない。ただ、表現方法が違う。ラウドなギターと怒りで抵抗したザック・デ・ラ・ロッチャ(彼もサパティスタの支持者だ)たちに対し、マヌはボーダーレスでカラフルなサウンドを鳴らし、スペインやイタリアでナンバーワンになった代表曲「Me Gustas Tú」みたいなラヴソングもたくさん歌って、誰もが歓迎される楽しいパーティーを開く。悲しいからこそ踊って、恋をして、ささやかな喜びを見つけ出している。だから、ラストの曲は「Infinita Tristeza」(=終わりのない悲しみ)と題されているものの、あとに残るのは全く逆の気分。マドリッドに実在する地下鉄の駅名に因んだアルバム・タイトル通りに。
そんな本作は、全ヨーロッパ合計では2001年最大のアルバム・セールスを記録したとされ、『クランデスティーノ』の時点ですでにヨーロッパや中南米で大スターだった彼の名前を、英国や北米にもある程度浸透させて、グラミー賞の最優秀ラテン・ロック/アーバン/オルタナティヴ・アルバム賞候補にも挙がったものだ。最近は、2007年の『La Radiolina』以来アルバムを発表していないのだが、引き続き貧困、人種差別、環境破壊、難民などなど多岐にわたる問題について発言し、弱者を支援する活動に取り組みつつ、精力的にツアーを行なっている。2016年9月末のバルセロナ公演では3時間にわたって演奏し、6万人を沸かせたとか。かと思えば、動画サイトを探してみると、世界各地のカフェや道端や野原(!)でほんの数人の前で、即興で演奏している映像も色々見つかった。かつてパリでバスキングをしていたマヌにとって、ステージの大きさや観客の数なんか、どうでもいいことなんだろう。世界はまったくもって正気を失って、非常事態に陥っているけど、そういう彼の姿を確認して、少し気持ちが軽くなったような気がする。
(新谷洋子)
Manu Chao(www.manuchao.net)
『プロクシマ・エスタシオン・エスペランサ』収録曲
01. Merry Blues/02. Bixo/03. El Dorado 1997/04. Promiscuity/05. La Primavera/06. Me Gustas Tú/07. Denia/08. Mi Vida/09. Trapped By Love/10. Le Rendez-Vous/11. Mr. Bobby/12. Papito/13. La Chinita/14. La Marea/15. Homens/16. La Vacaloca/17. Infinita Tristeza
01. Merry Blues/02. Bixo/03. El Dorado 1997/04. Promiscuity/05. La Primavera/06. Me Gustas Tú/07. Denia/08. Mi Vida/09. Trapped By Love/10. Le Rendez-Vous/11. Mr. Bobby/12. Papito/13. La Chinita/14. La Marea/15. Homens/16. La Vacaloca/17. Infinita Tristeza
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