U2 『ヨシュア・トゥリー』
2017.02.19
U2
『ヨシュア・トゥリー』
1987年作品
そんなサウンド面でのアイデアが『ヨシュア・トゥリー』の経糸だとしたら、歌詞にまつわる横糸はふたつ。まずはアメリカのダークサイドである。中南米の貧しい小作農を支援するNGOの誘いを受けてニカラグアとエルサルバドルを訪れ、レーガン政権の介入によって勃発した内戦の悲惨な状況を目の当たりにしたボノは、アメリカの外交政策や経済政策に強い疑問を抱き、アメリカが完璧な国ではないことを思い知らされる。と同時に、本作に着手する寸前に、U2が中心になって企画したアムネスティ・インターナショナルのチャリティ・ツアー〈Conspiracy of Hope〉が行なわれ、大成功を収めた。この時に自分たちが及ぼす影響力を再確認したことも、彼らが現代アメリカのリアリティを歌詞に反映させて、従来以上にポリティカルな主張をする後押しをしたに違いない。
その一方で、音楽のみならず文学の面でもアメリカから刺激を得ていた4人。レイモンド・カーヴァー、フラナリー・オコナー、アレン・ギンズバーグといった作家たちが描くアメリカの情景が、2本目の横糸として重要な役割を果たし、ダニエル・ラノワとブライアン・イーノのふたりの名匠の手を借りて実現させたシネマティックなサウンドに寄与したのだとか。つまり、十分過ぎるほどのインスピレーション源と目的意識が、『ヨシュア・トゥリー』という名盤の誕生を可能にしたわけだ。そして彼らは、未知の世界を切り開こうという旺盛な冒険心を冒頭で印象付ける。まるでアイルランドから新世界に渡った先人のスピリットを受け継ぐかのように。そう、1曲目は、まだ名前もつけられていない土地に踏み出す「ホエア・ザ・ストリーツ・ハヴ・ノー・ネイム(約束の地)」。続くゴスペル調の「アイ・スティル・ハヴント・ファウンド・ホワット・アイム・ルッキング・フォー(終りなき旅)」も然りで、3曲目「ウィズ・オア・ウィズアウト・ユー」には、旅の途中で一瞬立ち止まり、アーティストであることと家庭人であることの狭間で、様々な誘惑と向き合いながら苦悩するボノがいる。
以上、相次いで大ヒットを記録した3つのアンセムを経て、いよいよアメリカのダークサイドへーー。キーとなる曲はやはり、前述した中南米での悲劇を歌う「ブリット・ザ・ブルー・スカイ」と「マザーズ・オブ・ザ・ディサピアード」だろう。前者は旧約聖書から引用したかのような重々しい語調で、廃墟を描出。そこでドル札をちらつかせるスーツ姿の男こそアメリカであり、悪魔そのものだ。そしてスパニッシュ・ギターで彩った後者は、内戦下の国々で反政府勢力の協力者として多くの若者が逮捕され、行方不明になった事件に言及。実際に現地で、子供を探し求める母たちに出会ったボノが、彼女たちに敬意を表する1曲である。そして、「イグジット」も、様々な形で顕在化するアメリカのヴァイオレンスを理解するべく、トルーマン・カポーティの『冷血』やノーマン・メイラーの『死刑執行人の歌』を下敷きに、殺人者の心境を掘り下げた曲。ここに登場する、愛を培うだけでなく破壊することもできる〈手〉もまた、アメリカを指しているんじゃないだろうか?
それでもアメリカ人はこのアルバムを歓迎し、国内だけで1千万枚のセールスを記録。自分たちの国のカルチャーを掘り下げて讃えると同時に、暗部を鋭く指摘するU2の誠実さは、結果的には両者の絆を強めることにもなり、ご存知の通り彼らは1991年の『アクトン・ベイビー』以降ヨーロッパに視線を転じるのだが、9・11後の傷ついたアメリカを癒すなどして、ずっと寄り添い続けてきた。2017年はリリース30周年を受けて、『ヨシュア・トゥリー』の再現ツアーも控えている。トランプ新政権の下、30年前より不穏な時期を迎えたアメリカに、友として伝えるべきことを伝え、エールを送る機会にもなりそうだ。
【関連サイト】
U2
U2 The Joshua Tree(CD)
『ヨシュア・トゥリー』
1987年作品
ヨーロッパのミュージシャンにとってアメリカはひとつの理想であり、ゴールであり、時にして憂慮というか疎ましさというか、反感の対象にもなり得る。U2はまさに、そういうアメリカとの複雑な関係性を体現するバンドだ。中でも5作目『ヨシュア・トゥリー』(1987年/全米・全英最高1位)には相反するアメリカ観が完璧なバランスで混在しているのだが、面白いことに、若い頃に彼らが聴いていたのは専ら、ザ・ビートルズからパンク勢に至る英国のアーティストたち。アメリカのルーツ音楽は見事なまでに音楽体験から欠落していた。そのことをボノに痛感させたのは、ザ・ローリング・ストーンズだったという。なんでも4作目『焔』(1984年)を発表してから間もなく、ストーンズのメンバーと話していた際に、あまりにも彼がブルースを知らないことに驚いたキース・リチャーズにジョン・リー・フッカーやロバート・ジョンソンのアルバムを聴かせられて、一躍その魅力に開眼。また『焔』に伴う大規模な全米ツアー中に、ラジオを通じてカントリー・ミュージックにも親しみ、ホットハウス・フラワーズのようにアイルランドとアメリカの音楽を融合する同世代のバンドに刺激を受け、それまで触れたことがなかったアメリカのルーツ音楽を自らの表現に取り入れようと考え始めたそうだ。
そんなサウンド面でのアイデアが『ヨシュア・トゥリー』の経糸だとしたら、歌詞にまつわる横糸はふたつ。まずはアメリカのダークサイドである。中南米の貧しい小作農を支援するNGOの誘いを受けてニカラグアとエルサルバドルを訪れ、レーガン政権の介入によって勃発した内戦の悲惨な状況を目の当たりにしたボノは、アメリカの外交政策や経済政策に強い疑問を抱き、アメリカが完璧な国ではないことを思い知らされる。と同時に、本作に着手する寸前に、U2が中心になって企画したアムネスティ・インターナショナルのチャリティ・ツアー〈Conspiracy of Hope〉が行なわれ、大成功を収めた。この時に自分たちが及ぼす影響力を再確認したことも、彼らが現代アメリカのリアリティを歌詞に反映させて、従来以上にポリティカルな主張をする後押しをしたに違いない。
その一方で、音楽のみならず文学の面でもアメリカから刺激を得ていた4人。レイモンド・カーヴァー、フラナリー・オコナー、アレン・ギンズバーグといった作家たちが描くアメリカの情景が、2本目の横糸として重要な役割を果たし、ダニエル・ラノワとブライアン・イーノのふたりの名匠の手を借りて実現させたシネマティックなサウンドに寄与したのだとか。つまり、十分過ぎるほどのインスピレーション源と目的意識が、『ヨシュア・トゥリー』という名盤の誕生を可能にしたわけだ。そして彼らは、未知の世界を切り開こうという旺盛な冒険心を冒頭で印象付ける。まるでアイルランドから新世界に渡った先人のスピリットを受け継ぐかのように。そう、1曲目は、まだ名前もつけられていない土地に踏み出す「ホエア・ザ・ストリーツ・ハヴ・ノー・ネイム(約束の地)」。続くゴスペル調の「アイ・スティル・ハヴント・ファウンド・ホワット・アイム・ルッキング・フォー(終りなき旅)」も然りで、3曲目「ウィズ・オア・ウィズアウト・ユー」には、旅の途中で一瞬立ち止まり、アーティストであることと家庭人であることの狭間で、様々な誘惑と向き合いながら苦悩するボノがいる。
以上、相次いで大ヒットを記録した3つのアンセムを経て、いよいよアメリカのダークサイドへーー。キーとなる曲はやはり、前述した中南米での悲劇を歌う「ブリット・ザ・ブルー・スカイ」と「マザーズ・オブ・ザ・ディサピアード」だろう。前者は旧約聖書から引用したかのような重々しい語調で、廃墟を描出。そこでドル札をちらつかせるスーツ姿の男こそアメリカであり、悪魔そのものだ。そしてスパニッシュ・ギターで彩った後者は、内戦下の国々で反政府勢力の協力者として多くの若者が逮捕され、行方不明になった事件に言及。実際に現地で、子供を探し求める母たちに出会ったボノが、彼女たちに敬意を表する1曲である。そして、「イグジット」も、様々な形で顕在化するアメリカのヴァイオレンスを理解するべく、トルーマン・カポーティの『冷血』やノーマン・メイラーの『死刑執行人の歌』を下敷きに、殺人者の心境を掘り下げた曲。ここに登場する、愛を培うだけでなく破壊することもできる〈手〉もまた、アメリカを指しているんじゃないだろうか?
それでもアメリカ人はこのアルバムを歓迎し、国内だけで1千万枚のセールスを記録。自分たちの国のカルチャーを掘り下げて讃えると同時に、暗部を鋭く指摘するU2の誠実さは、結果的には両者の絆を強めることにもなり、ご存知の通り彼らは1991年の『アクトン・ベイビー』以降ヨーロッパに視線を転じるのだが、9・11後の傷ついたアメリカを癒すなどして、ずっと寄り添い続けてきた。2017年はリリース30周年を受けて、『ヨシュア・トゥリー』の再現ツアーも控えている。トランプ新政権の下、30年前より不穏な時期を迎えたアメリカに、友として伝えるべきことを伝え、エールを送る機会にもなりそうだ。
(新谷洋子)
【関連サイト】
U2
U2 The Joshua Tree(CD)
『ヨシュア・トゥリー』収録曲
01. ホエア・ザ・ストリーツ・ハヴ・ノー・ネイム(約束の地)/02. アイ・スティル・ハヴント・ファウンド・ホワット・アイム・ルッキング・フォー(終りなき旅)/03. ウィズ・オア・ウィズアウト・ユー/04. ブリット・ザ・ブルー・スカイ/05. ラニング・トゥ・スタンド・スティル/06. レッド・ヒル・マイニング・タウン/07. 神の国/08. トゥリップ・スルー・ユア・ワイアーズ/09. ワン・トゥリー・ヒル/10. イグジット/11. マザーズ・オブ・ザ・ディサピアード
01. ホエア・ザ・ストリーツ・ハヴ・ノー・ネイム(約束の地)/02. アイ・スティル・ハヴント・ファウンド・ホワット・アイム・ルッキング・フォー(終りなき旅)/03. ウィズ・オア・ウィズアウト・ユー/04. ブリット・ザ・ブルー・スカイ/05. ラニング・トゥ・スタンド・スティル/06. レッド・ヒル・マイニング・タウン/07. 神の国/08. トゥリップ・スルー・ユア・ワイアーズ/09. ワン・トゥリー・ヒル/10. イグジット/11. マザーズ・オブ・ザ・ディサピアード
月別インデックス
- October 2024 [1]
- September 2024 [1]
- August 2024 [1]
- July 2024 [1]
- June 2024 [1]
- May 2024 [1]
- April 2024 [1]
- March 2024 [1]
- February 2024 [1]
- January 2024 [1]
- December 2023 [1]
- November 2023 [1]
- October 2023 [1]
- September 2023 [1]
- August 2023 [1]
- July 2023 [1]
- June 2023 [1]
- May 2023 [1]
- April 2023 [1]
- March 2023 [1]
- February 2023 [1]
- January 2023 [1]
- December 2022 [1]
- November 2022 [1]
- October 2022 [1]
- September 2022 [1]
- August 2022 [1]
- July 2022 [1]
- June 2022 [1]
- May 2022 [1]
- April 2022 [1]
- March 2022 [1]
- February 2022 [1]
- January 2022 [1]
- December 2021 [1]
- November 2021 [1]
- October 2021 [1]
- September 2021 [1]
- August 2021 [1]
- July 2021 [1]
- June 2021 [1]
- May 2021 [1]
- April 2021 [1]
- March 2021 [1]
- February 2021 [1]
- January 2021 [1]
- December 2020 [1]
- November 2020 [1]
- October 2020 [1]
- September 2020 [1]
- August 2020 [1]
- July 2020 [1]
- June 2020 [1]
- May 2020 [1]
- April 2020 [1]
- March 2020 [1]
- February 2020 [1]
- January 2020 [1]
- December 2019 [1]
- November 2019 [1]
- October 2019 [1]
- September 2019 [1]
- August 2019 [1]
- July 2019 [1]
- June 2019 [1]
- May 2019 [1]
- April 2019 [2]
- February 2019 [1]
- January 2019 [1]
- December 2018 [1]
- November 2018 [1]
- October 2018 [1]
- September 2018 [1]
- August 2018 [1]
- July 2018 [1]
- June 2018 [1]
- May 2018 [1]
- April 2018 [1]
- March 2018 [1]
- February 2018 [1]
- January 2018 [2]
- November 2017 [1]
- October 2017 [1]
- September 2017 [1]
- August 2017 [1]
- July 2017 [1]
- June 2017 [1]
- May 2017 [1]
- April 2017 [1]
- March 2017 [1]
- February 2017 [1]
- January 2017 [1]
- December 2016 [1]
- November 2016 [1]
- October 2016 [1]
- September 2016 [1]
- August 2016 [1]
- July 2016 [1]
- June 2016 [1]
- May 2016 [1]
- April 2016 [1]
- March 2016 [1]
- February 2016 [1]
- January 2016 [1]
- December 2015 [2]
- October 2015 [1]
- September 2015 [1]
- August 2015 [1]
- July 2015 [1]
- June 2015 [1]
- May 2015 [1]
- April 2015 [1]
- March 2015 [1]
- February 2015 [1]
- January 2015 [1]
- December 2014 [1]
- November 2014 [1]
- October 2014 [1]
- September 2014 [1]
- August 2014 [1]
- July 2014 [2]
- June 2014 [1]
- May 2014 [1]
- April 2014 [1]
- March 2014 [1]
- February 2014 [1]
- January 2014 [1]
- December 2013 [2]
- November 2013 [1]
- October 2013 [1]
- September 2013 [2]
- August 2013 [2]
- July 2013 [1]
- June 2013 [1]
- May 2013 [2]
- April 2013 [1]
- March 2013 [2]
- February 2013 [1]
- January 2013 [1]
- December 2012 [1]
- November 2012 [2]
- October 2012 [1]
- September 2012 [1]
- August 2012 [2]
- July 2012 [1]
- June 2012 [2]
- May 2012 [1]
- April 2012 [2]
- March 2012 [1]
- February 2012 [2]
- January 2012 [2]
- December 2011 [1]
- November 2011 [2]
- October 2011 [1]
- September 2011 [1]
- August 2011 [1]
- July 2011 [2]
- June 2011 [2]
- May 2011 [2]
- April 2011 [2]
- March 2011 [2]
- February 2011 [3]