音楽 POP/ROCK

U2 『ヨシュア・トゥリー』

2017.02.19
U2
『ヨシュア・トゥリー』
1987年作品


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 ヨーロッパのミュージシャンにとってアメリカはひとつの理想であり、ゴールであり、時にして憂慮というか疎ましさというか、反感の対象にもなり得る。U2はまさに、そういうアメリカとの複雑な関係性を体現するバンドだ。中でも5作目『ヨシュア・トゥリー』(1987年/全米・全英最高1位)には相反するアメリカ観が完璧なバランスで混在しているのだが、面白いことに、若い頃に彼らが聴いていたのは専ら、ザ・ビートルズからパンク勢に至る英国のアーティストたち。アメリカのルーツ音楽は見事なまでに音楽体験から欠落していた。そのことをボノに痛感させたのは、ザ・ローリング・ストーンズだったという。なんでも4作目『焔』(1984年)を発表してから間もなく、ストーンズのメンバーと話していた際に、あまりにも彼がブルースを知らないことに驚いたキース・リチャーズにジョン・リー・フッカーやロバート・ジョンソンのアルバムを聴かせられて、一躍その魅力に開眼。また『焔』に伴う大規模な全米ツアー中に、ラジオを通じてカントリー・ミュージックにも親しみ、ホットハウス・フラワーズのようにアイルランドとアメリカの音楽を融合する同世代のバンドに刺激を受け、それまで触れたことがなかったアメリカのルーツ音楽を自らの表現に取り入れようと考え始めたそうだ。

 そんなサウンド面でのアイデアが『ヨシュア・トゥリー』の経糸だとしたら、歌詞にまつわる横糸はふたつ。まずはアメリカのダークサイドである。中南米の貧しい小作農を支援するNGOの誘いを受けてニカラグアとエルサルバドルを訪れ、レーガン政権の介入によって勃発した内戦の悲惨な状況を目の当たりにしたボノは、アメリカの外交政策や経済政策に強い疑問を抱き、アメリカが完璧な国ではないことを思い知らされる。と同時に、本作に着手する寸前に、U2が中心になって企画したアムネスティ・インターナショナルのチャリティ・ツアー〈Conspiracy of Hope〉が行なわれ、大成功を収めた。この時に自分たちが及ぼす影響力を再確認したことも、彼らが現代アメリカのリアリティを歌詞に反映させて、従来以上にポリティカルな主張をする後押しをしたに違いない。

 その一方で、音楽のみならず文学の面でもアメリカから刺激を得ていた4人。レイモンド・カーヴァー、フラナリー・オコナー、アレン・ギンズバーグといった作家たちが描くアメリカの情景が、2本目の横糸として重要な役割を果たし、ダニエル・ラノワとブライアン・イーノのふたりの名匠の手を借りて実現させたシネマティックなサウンドに寄与したのだとか。つまり、十分過ぎるほどのインスピレーション源と目的意識が、『ヨシュア・トゥリー』という名盤の誕生を可能にしたわけだ。そして彼らは、未知の世界を切り開こうという旺盛な冒険心を冒頭で印象付ける。まるでアイルランドから新世界に渡った先人のスピリットを受け継ぐかのように。そう、1曲目は、まだ名前もつけられていない土地に踏み出す「ホエア・ザ・ストリーツ・ハヴ・ノー・ネイム(約束の地)」。続くゴスペル調の「アイ・スティル・ハヴント・ファウンド・ホワット・アイム・ルッキング・フォー(終りなき旅)」も然りで、3曲目「ウィズ・オア・ウィズアウト・ユー」には、旅の途中で一瞬立ち止まり、アーティストであることと家庭人であることの狭間で、様々な誘惑と向き合いながら苦悩するボノがいる。

 以上、相次いで大ヒットを記録した3つのアンセムを経て、いよいよアメリカのダークサイドへーー。キーとなる曲はやはり、前述した中南米での悲劇を歌う「ブリット・ザ・ブルー・スカイ」と「マザーズ・オブ・ザ・ディサピアード」だろう。前者は旧約聖書から引用したかのような重々しい語調で、廃墟を描出。そこでドル札をちらつかせるスーツ姿の男こそアメリカであり、悪魔そのものだ。そしてスパニッシュ・ギターで彩った後者は、内戦下の国々で反政府勢力の協力者として多くの若者が逮捕され、行方不明になった事件に言及。実際に現地で、子供を探し求める母たちに出会ったボノが、彼女たちに敬意を表する1曲である。そして、「イグジット」も、様々な形で顕在化するアメリカのヴァイオレンスを理解するべく、トルーマン・カポーティの『冷血』やノーマン・メイラーの『死刑執行人の歌』を下敷きに、殺人者の心境を掘り下げた曲。ここに登場する、愛を培うだけでなく破壊することもできる〈手〉もまた、アメリカを指しているんじゃないだろうか?

 それでもアメリカ人はこのアルバムを歓迎し、国内だけで1千万枚のセールスを記録。自分たちの国のカルチャーを掘り下げて讃えると同時に、暗部を鋭く指摘するU2の誠実さは、結果的には両者の絆を強めることにもなり、ご存知の通り彼らは1991年の『アクトン・ベイビー』以降ヨーロッパに視線を転じるのだが、9・11後の傷ついたアメリカを癒すなどして、ずっと寄り添い続けてきた。2017年はリリース30周年を受けて、『ヨシュア・トゥリー』の再現ツアーも控えている。トランプ新政権の下、30年前より不穏な時期を迎えたアメリカに、友として伝えるべきことを伝え、エールを送る機会にもなりそうだ。
(新谷洋子)


【関連サイト】
U2
U2 The Joshua Tree(CD)
『ヨシュア・トゥリー』収録曲
01. ホエア・ザ・ストリーツ・ハヴ・ノー・ネイム(約束の地)/02. アイ・スティル・ハヴント・ファウンド・ホワット・アイム・ルッキング・フォー(終りなき旅)/03. ウィズ・オア・ウィズアウト・ユー/04. ブリット・ザ・ブルー・スカイ/05. ラニング・トゥ・スタンド・スティル/06. レッド・ヒル・マイニング・タウン/07. 神の国/08. トゥリップ・スルー・ユア・ワイアーズ/09. ワン・トゥリー・ヒル/10. イグジット/11. マザーズ・オブ・ザ・ディサピアード

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