スージー・アンド・ザ・バンシーズ 『カレイドスコープ』
2017.06.15
スージー・アンド・ザ・バンシーズ
『カレイドスコープ』
1980年作品
初めて目にしたのは、レコード屋に並んでいたアルバムのジャケットだったのか、『NME』や『Melody Maker』の誌面だったのか、曲を聴く前にまず、〈SIOUXSIE〉という謎めいた名前にものすごく強烈なインパクトを感じたことを覚えている。そもそも読み方が分からなくて、ネイティヴ・アメリカンのスー族に因んでいることを知ったのは、随分あとになってからだ。とにかく、この名前が醸す神秘的なアウトサイダー感は、アイコニックなファッションやメイクから、威厳に満ちた歌声、彼女が率いるバンドの音楽性まで、スージー・スーにまつわる全てを象徴しているように思う。本名スーザン・バリオン、ロンドン生まれの彼女が、10代の頃から同年代の若者たちとザ・セックス・ピストルズの「追っかけ」をしていたことは広く知られているが、追っかけ仲間のスティーヴ・セヴェリン(べース)と一緒にスージー・アンド・ザ・バンシーズを結成し、1978年にシングル・デビューを果たす頃には、すでにフォロワーのポジションから脱却。パンクの次の時代ーーつまりポストパンクの、さらにはポストパンクのサブジャンルであるゴシックロックの先陣を切っていたと言って過言じゃない。ファースト『香港庭園(原題 The Scream)』は、同名のユニークな東洋趣味の先行シングル(東洋人に対して侮蔑的な態度をとる若者たちへの批判を込めた曲)が予告した独自性ーー怒りやフラストレーションだけでなく、より深い恐怖や不安感をかき立てる徹底してダークな音色、特異なアレンジメント、少女時代に体験したというスージーのトラウマティックな体験の数々や、ウィリアム・バロウズやJ.G.バラードらの文学作品にもインスパイアされた歌詞の世界ーーをフル・アルバムの尺に展開した傑作だった。が、個人的には初期バンシーズの名盤と言うと、サード『カレイドスコープ』(1980年/全英チャート最高5位)に軍配を上げてしまう。その理由? 当時のバンドのラインナップだ。
そもそもバンシーズのラインナップは、かなり頻繁に変わっている。1976年の初ライヴではシド・ヴィシャスがドラマーを、のちにアダム・アンド・ジ・アンツで活躍するマルコ・ピローニがギタリストを務め、『香港庭園』とセカンド『ジョイン・ハンズ』(1979年)はケニー・モリス(ドラムス)とジョン・マッケイ(ギター)の布陣で制作。その後ジョンとケニーが脱退し、本作に着手するにあたって、ポリリズムなど西欧圏外のリズム表現を好む元ザ・スリッツのバッジーことピーター・クラークと、ポストパンク期最高のギタリストと目されている元マガジンの故ジョン・マッギオーグが加わるのである。
このような技巧派の新メンバーに加えて、セックス・ピストルズのスティーヴ・ジョーンズも数曲でギターを弾き、ナイジェル・グレイ(ザ・ポリスの1970年代の作品で知られる。2016年死去)を共同プロデューサーに起用して、バンシーズはレコーディングを敢行。繊細なギタープレイ、多様なリズムパターン、ドラムマシーンやシンセサイザーを駆使したエレクトロニック・サウンド、ハーモニカからシタールに至るまでの雑多な楽器を導入して一気に音の材料を増やし、スージーもよりメロディックでニュアンスに富んだヴォーカル・スタイルを用いて、積極的に音響的実験を行なった。その成果はまさに、曲ごとにスタイルを変える万華鏡(kaleidoscope)のようなアルバムだ。モノクロームな佇まいの最初の2枚を特徴付けていた、単調なリズムと鋭角的なギターはほぼ姿を消し、メンバーが変わったことは如実に感じ取れた。
かくして、音色の違うふたつのギターサウンドをちりばめたオープニング曲「ハッピー・ハウス」、歪んだシンセとギターがサイケデリックなサウンドスケープを紡ぐ「テナント」、新メンバーふたりの変則的なプレイにサックスを絡めてバンシーズ流ギターロックを再構築する「ハイブリッド」、スティーヴ・ジョーンズの重厚なギターで貫いた事実上のインスト曲「クロックフェイス」、ミニマルなエレクトロ・ビートの上をオーロラのようなベースと歌声が浮遊する「ルナー・キャメル」、アコギのリフを主役にしたシングル曲「クリスティーヌ」(「kaleidoscope」という言葉はこの曲の主人公である解離性障害を抱えた女性の心理状態を表す際に登場する)、シタールとストリングスの音が渦巻く万華鏡感満点の「デザート・キッス」、カメラのシャッター音をパーカッション代わりにした、ほぼ完全にエレクトロニックなダンスポップ「レッド・ライト」......と、次々に異なる色と形を見せつける。オリジナリティにおいても、クリエイティヴィティにおいても、エキセントリシティにおいても、曲者揃いのこの時期のポストパンク・アーティストたちを凌駕しているんじゃないだろうか?
以来バンシーズはゴシックロックの代名詞としてしつこく引き合いに出されながらも、エクスペリメンタルな音楽作りを淡々と続行。5作目『キス・イン・ザ・ドリームハウス』(1982年)に至る頃にはダークというよりライトなサイケデリアに踏み込み、1988年の『ピープ・ショー』はヒップホップの要素などを導入してファンキーな表現を掘り下げ、1991年の『スーパースティション』ではタブラ奏者のタルヴィン・シンと全面的にコラボし......と、時代と合わせて新しい試みに取り組み、11枚目のアルバム『恍惚〜ラプチュアー』(1995年)を最後に解散。期間限定で再結成した2002年にはサマーソニック・フェスティバルで19年ぶりの来日も実現したものの、アルバム制作には至らず......。1990年代に入って結婚したスージーとバッジーのユニット=ザ・クリーチャーズも、ふたりの離婚をもって活動を休止し(最後のアルバムである『Hái!』は日本をインスピレーションとする鼓童とのコラボ作だった)、2007年になってスージーはようやく初のソロ・アルバム『Mantaray』をリリース。その後はあまり目立った動きがないまま、さる2017年5月に還暦を迎えた。今振り返ってみると、ここまで首尾一貫して冒険心を維持し続けたバンドはこの世代ではほかにいないし、かつ、スージーほどに長くミステリアスな存在であり続けているロック・アイコンも、ほかにそうそういないような気がする。数年前にエックス・レイ・スペックスのポリー・スタイリンとザ・スリッツのアリ・アップが相次いで亡くなり、数少ないオリジナル・パンク世代の女性アーティストとなってしまった今、カムバックしてもう一度我々を眩惑してもらいたいものだ。
【関連サイト】
siouxsie.com
Siouxsie & the Banshees(CD)
『カレイドスコープ』
1980年作品
初めて目にしたのは、レコード屋に並んでいたアルバムのジャケットだったのか、『NME』や『Melody Maker』の誌面だったのか、曲を聴く前にまず、〈SIOUXSIE〉という謎めいた名前にものすごく強烈なインパクトを感じたことを覚えている。そもそも読み方が分からなくて、ネイティヴ・アメリカンのスー族に因んでいることを知ったのは、随分あとになってからだ。とにかく、この名前が醸す神秘的なアウトサイダー感は、アイコニックなファッションやメイクから、威厳に満ちた歌声、彼女が率いるバンドの音楽性まで、スージー・スーにまつわる全てを象徴しているように思う。本名スーザン・バリオン、ロンドン生まれの彼女が、10代の頃から同年代の若者たちとザ・セックス・ピストルズの「追っかけ」をしていたことは広く知られているが、追っかけ仲間のスティーヴ・セヴェリン(べース)と一緒にスージー・アンド・ザ・バンシーズを結成し、1978年にシングル・デビューを果たす頃には、すでにフォロワーのポジションから脱却。パンクの次の時代ーーつまりポストパンクの、さらにはポストパンクのサブジャンルであるゴシックロックの先陣を切っていたと言って過言じゃない。ファースト『香港庭園(原題 The Scream)』は、同名のユニークな東洋趣味の先行シングル(東洋人に対して侮蔑的な態度をとる若者たちへの批判を込めた曲)が予告した独自性ーー怒りやフラストレーションだけでなく、より深い恐怖や不安感をかき立てる徹底してダークな音色、特異なアレンジメント、少女時代に体験したというスージーのトラウマティックな体験の数々や、ウィリアム・バロウズやJ.G.バラードらの文学作品にもインスパイアされた歌詞の世界ーーをフル・アルバムの尺に展開した傑作だった。が、個人的には初期バンシーズの名盤と言うと、サード『カレイドスコープ』(1980年/全英チャート最高5位)に軍配を上げてしまう。その理由? 当時のバンドのラインナップだ。
そもそもバンシーズのラインナップは、かなり頻繁に変わっている。1976年の初ライヴではシド・ヴィシャスがドラマーを、のちにアダム・アンド・ジ・アンツで活躍するマルコ・ピローニがギタリストを務め、『香港庭園』とセカンド『ジョイン・ハンズ』(1979年)はケニー・モリス(ドラムス)とジョン・マッケイ(ギター)の布陣で制作。その後ジョンとケニーが脱退し、本作に着手するにあたって、ポリリズムなど西欧圏外のリズム表現を好む元ザ・スリッツのバッジーことピーター・クラークと、ポストパンク期最高のギタリストと目されている元マガジンの故ジョン・マッギオーグが加わるのである。
このような技巧派の新メンバーに加えて、セックス・ピストルズのスティーヴ・ジョーンズも数曲でギターを弾き、ナイジェル・グレイ(ザ・ポリスの1970年代の作品で知られる。2016年死去)を共同プロデューサーに起用して、バンシーズはレコーディングを敢行。繊細なギタープレイ、多様なリズムパターン、ドラムマシーンやシンセサイザーを駆使したエレクトロニック・サウンド、ハーモニカからシタールに至るまでの雑多な楽器を導入して一気に音の材料を増やし、スージーもよりメロディックでニュアンスに富んだヴォーカル・スタイルを用いて、積極的に音響的実験を行なった。その成果はまさに、曲ごとにスタイルを変える万華鏡(kaleidoscope)のようなアルバムだ。モノクロームな佇まいの最初の2枚を特徴付けていた、単調なリズムと鋭角的なギターはほぼ姿を消し、メンバーが変わったことは如実に感じ取れた。
かくして、音色の違うふたつのギターサウンドをちりばめたオープニング曲「ハッピー・ハウス」、歪んだシンセとギターがサイケデリックなサウンドスケープを紡ぐ「テナント」、新メンバーふたりの変則的なプレイにサックスを絡めてバンシーズ流ギターロックを再構築する「ハイブリッド」、スティーヴ・ジョーンズの重厚なギターで貫いた事実上のインスト曲「クロックフェイス」、ミニマルなエレクトロ・ビートの上をオーロラのようなベースと歌声が浮遊する「ルナー・キャメル」、アコギのリフを主役にしたシングル曲「クリスティーヌ」(「kaleidoscope」という言葉はこの曲の主人公である解離性障害を抱えた女性の心理状態を表す際に登場する)、シタールとストリングスの音が渦巻く万華鏡感満点の「デザート・キッス」、カメラのシャッター音をパーカッション代わりにした、ほぼ完全にエレクトロニックなダンスポップ「レッド・ライト」......と、次々に異なる色と形を見せつける。オリジナリティにおいても、クリエイティヴィティにおいても、エキセントリシティにおいても、曲者揃いのこの時期のポストパンク・アーティストたちを凌駕しているんじゃないだろうか?
以来バンシーズはゴシックロックの代名詞としてしつこく引き合いに出されながらも、エクスペリメンタルな音楽作りを淡々と続行。5作目『キス・イン・ザ・ドリームハウス』(1982年)に至る頃にはダークというよりライトなサイケデリアに踏み込み、1988年の『ピープ・ショー』はヒップホップの要素などを導入してファンキーな表現を掘り下げ、1991年の『スーパースティション』ではタブラ奏者のタルヴィン・シンと全面的にコラボし......と、時代と合わせて新しい試みに取り組み、11枚目のアルバム『恍惚〜ラプチュアー』(1995年)を最後に解散。期間限定で再結成した2002年にはサマーソニック・フェスティバルで19年ぶりの来日も実現したものの、アルバム制作には至らず......。1990年代に入って結婚したスージーとバッジーのユニット=ザ・クリーチャーズも、ふたりの離婚をもって活動を休止し(最後のアルバムである『Hái!』は日本をインスピレーションとする鼓童とのコラボ作だった)、2007年になってスージーはようやく初のソロ・アルバム『Mantaray』をリリース。その後はあまり目立った動きがないまま、さる2017年5月に還暦を迎えた。今振り返ってみると、ここまで首尾一貫して冒険心を維持し続けたバンドはこの世代ではほかにいないし、かつ、スージーほどに長くミステリアスな存在であり続けているロック・アイコンも、ほかにそうそういないような気がする。数年前にエックス・レイ・スペックスのポリー・スタイリンとザ・スリッツのアリ・アップが相次いで亡くなり、数少ないオリジナル・パンク世代の女性アーティストとなってしまった今、カムバックしてもう一度我々を眩惑してもらいたいものだ。
(新谷洋子)
【関連サイト】
siouxsie.com
Siouxsie & the Banshees(CD)
『カレイドスコープ』収録曲
01. ハッピー・ハウス/02. テナント/03. トロフィー/04. ハイブリッド/05. クロックフェイス/06. ルナー・キャメル/07. クリスティーヌ/08. デザート・キッス/09. レッド・ライト/10. パラダイス・プレイス/11. スキン
01. ハッピー・ハウス/02. テナント/03. トロフィー/04. ハイブリッド/05. クロックフェイス/06. ルナー・キャメル/07. クリスティーヌ/08. デザート・キッス/09. レッド・ライト/10. パラダイス・プレイス/11. スキン
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