音楽 POP/ROCK

スクリッティ・ポリッティ 『キューピッド&サイケ85』

2017.09.18
スクリッティ・ポリッティ
『キューピッド&サイケ85』
1985年作品


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 信条に反するからと頑なにアンダーグラウンドに留まり、限られたファンに向けてラディカルなメッセージを発信するのもいい。でもそれを続けるだけでは限界があるわけで、例えばレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンの場合は、このままでは世界は変えられないと悟って、反資本主義を掲げながらもメジャー・レーベルと契約。大手企業のシステムと資金力を利用して世界最大級のバンドに成長し、大きな影響力を誇るようになった。その10数年前、ザック・デ・ラ・ロッチャやトム・モレロに勝るハードコアな左翼思想を掲げて音楽活動を始めて、同様のジレンマに直面して自分なりの答えを出したのが、スクリッティ・ポリッティのグリーン・ガートサイド(本名ポール・ストローメイヤー)である。

 ウェールズの労働者階級の家庭に生まれ、高校時代にマルクス主義に傾倒した彼は、アートスクールで学んでいた1977年、ザ・クラッシュやセックス・ピストルズに触発されて、思想面で意気投合したふたりの友人とスクリッティ・ポリッティを結成。イタリア共産党の結党メンバーだった思想家アントニ・グラムシへの敬意をバンド名を託し(「政治的文書」を指すイタリア語に因む)、ロンドンのカムデン地区の空き家を不法占拠してアジトを構えると、マルクス主義思想を落とし込んだ音楽的アート・プロジェクトというか、ピュアに理想を追う若者らしい試みを実行に移す。

 つまり思想が先行していた彼らの音楽は、微かにレゲエ/ダブのリズムを刻むビート、不協和音を鳴らすギター、その奥深くに埋めたヴォーカル、哲学や文学作品にインスパイアされた歌詞で構成された、いたってローファイな代物。ギャング・オブ・フォーらと並べて語られ、それなりの注目を集めるのだが、グリーンがライヴ中にパニック障害を起こして活動休止を余儀なくされてしまう。そして故郷で療養していた時に、彼はブラック・ミュージックに傾倒。その影響を汲んで制作し、ラフ・トレードから発表したファースト『ソングス・トゥ・リメンバー』(1982年)で、よりファンキーでメロディックな新路線を打ち出した。これをきっかけに、当時インディ・シーンに息苦しさ感じ、ロックを重視しポップを使い捨ての音楽として見下す風潮に疑問を抱いていたグリーンは、発想を大胆に転換。これまで否定してきた美しさや完璧さを徹底追及して、最上級のポップ・ミュージックを作ってみようと思い立つ。その成果が、メジャー移籍を経て1985年に送り出したセカンド『キューピッド&サイケ85』(全英チャート最高5位)だった。

 メンバーも入れ替わり、プログラム術に長けたふたりの米国人ミュージシャンーーキーボード奏者のデヴィッド・ガムソン(現在ではメインストリーム・ポップの売れっ子ソングライター/プロデューサーに)とドラマーのフレッド・マー(ビル・ラズウェルやマイケル・バインホーンが在籍したマテリアルの元メンバー)を新たに迎え入れて、彼が向かった先はニューヨーク。ご存知、アレサ・フランクリンやチャカ・カーンからビージーズに至る大物たちの名盤に、洗練を極めたプロダクションを施してきた大御所アリフ・マーディンとレコーディングするためだ。

 そのアリフとデヴィッドとフレッドに加え、ジャズ畑のマーカス・ミラーやポール・ジャクソン・ジュニアといった敏腕セッションマンを交えて、最先端のスタジオ技術とデジタル機材を駆使し、一音一音を磨き上げてこれらの曲を組み立てたグリーン。R&B/ソウル、ファンク、ディスコ、初期のヒップホップ、そして定番のレゲエなどなどを独自に消化して、それまでは抑制していた天賦のメロディセンスとソウルフルで甘い歌声の魅力を強調し、まさに当時最上級の音質のファンクポップ・アルバムを完成。そこには結成当初の面影はなく、ほかにもエヴリシング・バット・ザ・ガールやトーク・トークなど音楽的に大変貌を遂げたバンドが少なくないUKポストパンク世代の中でも、その潔さは突出している。

 もっとも、〈girl〉〈baby〉〈love〉の3語を不自然なほど頻繁に散りばめた歌詞は、従来より分かりやすくなったのかと思いきや、相変わらず一筋縄では行かなかった。ラヴソングを装いながら恋心を表すのではなく、ラヴソングそのものについて論じているかのような、実に奇妙な歌詞だ。例えばシングル曲のひとつ「ザ・ワード・ガール」は最後に作った曲だそうで、本作に向けて書いた歌詞を全て読み返した際にグリーンは、〈girl〉の使用頻度に愕然とし、この単語を巡る一種の記号論を展開。リアリティとイリュージョンの境界が曖昧になりがちなラヴソングにおける、言語の在り方を考察しているアルバムーーと解釈するのが正しいのだろうか? ラストの「ヒプノタイズ」はいみじくも、「君にアイ・ラヴ・ユーと伝えるのはなんて難しいんだろう」と歌って締め括られている。

 ほかにも本作には様々な哲学・思想に言及している箇所があるらしく(〈hermeneutic=解釈学的〉なんて単語をポップソングで使う人は滅多にいない)、「ラヴァー・トゥ・フォール」には「金持ちの世は続かないだろう」とひと言忍ばせて、思想面では昔と変わっていないのだと伝えていた彼は、アートに昇華させたポップ、ラディカルなアイデアの伝達手段としてのポップのパワーを証明したというわけだ。

 そう、当時の筆者がまさにそうだったが、歌詞の意味はさておいて、何よりも音の気持ち良さで人々を魅了した本作はキャリア最大のセールスを記録し、3曲がUKトップ40入りを果たして、「パーフェクト・ウェイ」が米国でも大ヒット。スクリッティ・ポリッティを一気にメインストリームに押し出す。でもサード『Provision』(1988年)に至って、グリーンはポップスターを演じる精神的負担に耐えられなくなり、またもや活動を休止。ウェールズの田舎で10年に及ぶ隠遁生活に突入する。この間にハマったヒップホップが4作目『アノミー&ボノミー』(1999年)のインスピレーションと化し、独りで作り上げたシンガー・ソングライター的趣の最新作『ホワイト・ブレッド・ブラック・ビアー』は、さらに7年後にラフ・トレードからお目見え。それからはや11年、次のアルバムは「完成間近」と報じられて久しい。時折ライヴも行なっているのだが、最近は地元のパブで知り合った呑み仲間をバンドメンバーとして従えているらしく、DIYなルーツに回帰した感がある。そんなマイペースな生き方ができるのも、『キューピッド&サイケ85』のヒットあってこそ。どんなに音楽性が変わろうと今も我々がスクリッティ・ポリッティのアルバムを待ちわびる理由も然りで、このマルキシストは究極的に、神経をすり減らして取り組んだ実験から、自由というかけがえのないものを得たのかもしれない。
(新谷洋子)


【関連サイト】
Scritti Politti(CD)
『キューピッド&サイケ85』収録曲
01. ザ・ワード・ガール/02. スモール・トーク/03. アブソルート/04. ア・リトル・ノリッジ/05. ドント・ワーク・ザット・ハード/06. パーフェクト・ウェイ/07. ラヴァー・トゥ・フォール/08. ウッド・ビーズ(アレサ・フランクリンに捧ぐ)/09. ヒプノタイズ

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