トーキング・ヘッズ 『リメイン・イン・ライト』
2018.03.24
トーキング・ヘッズ
『リメイン・イン・ライト』
1980年作品
ブライアン・イーノとデヴィッド......と聞けば多くの人が、ブライアンが神秘的なエレクトロニック・サウンドをあしらったデヴィッド・ボウイのベルリン3部作を思い浮かべるに違いない。が、実はほぼ同時期にブライアンはもうひとりのデヴィッドと、さらに密なコラボレーションを行なっていた。トーキング・ヘッズのデヴィッド・バーンである。1978年のセカンド『モア・ソングス』、1979年のサード『フィア・オブ・ミュージック』、1980年の4作目『リメイン・イン・ライト』、計3枚のトーキング・ヘッズのアルバムを彼はプロデュース。ニューヨークのアンダーグラウンド・シーンで頭角を現したこのアートパンク・バンドがメインストリームでブレイクするまでの、言わば成長期に寄り添ったことになる。中でも『リメイン・イン・ライト』(全米チャート最高19位)は、両者の革新的スピリットがひとつに結晶した傑作中の傑作だろう。ファーストから順番に聴き直すと、最初の数秒だけで、何かが大きく変わったことが分かる。それはリズムの感触であり、昨日作られたと言われても驚かない奇妙なタイムレスネスであり、圧倒的な超俗性だ。
思えばここに辿り着くまでの彼らは、アルバムを発表するごとにディスコやファンクに接近し、ダンサブルな志向を強めていた。そんなリズムの探求がさらに飛躍するきっかけとなったのが、本作に着手する前にブライアンとデヴィッドが連名で制作したアルバム『My Life in the Bush of Ghosts』(発売は1981年)。フェラ・クティを介してアフロビートに傾倒していたふたりが、アンビエント・ミュージックをベースに、アフリカや中近東の音楽の影響をポリリズム表現やサンプリング技術で取り入れながら作り上げた、実験的作品である。その一方で、夫婦のリズム隊=ティナ・ウェイマウス(べース)とクリス・フランツ(ドラムス)も、カリブの島々を旅行した際にアフロ・カリビアン音楽にハマり、ギタリストのジェリー・ハリソンを交えて一同がスタジオに集まった時には、インスピレーションに事欠かなかったようだ。そして、従来のようにデヴィッドがほぼ完成した曲を用意するのではなく、白紙の状態から作業をスタート。まず全員でのジャムを録音すると、その音源をサンプリングやループ手法を取り入れながら加工・編集し、そこに他の材料をプラスして各曲を構築したのだという。しかも、メンバーとブライアンがシンセやオルガンを演奏しているほか、これまたベルリン3部作に関わったエイドリアン・ブリューがギターを弾き、プエルトリコ出身の名人ホセ・ロッシー(この後間もなくウェザー・レポートに加入することに)がパーカッションを叩き、ミニマル音楽界のレジェンド=ジョン・ハッセルがホーンをアレンジ......と、敏腕ミュージシャンを惜しみなく配している。
こうして作り上げたポリリズミックな曲の数々は、用いた手法においても反復的なフォーマットにおいても、ヒップホップのトラックを彷彿とさせる。ファンク、ディスコ......と来れば当然ヒップホップにも彼らは食指を動かしていたようで、半ば喋るようなデヴィッドのヴォーカル・スタイルとの互換性に優れていることは言うまでもない。1981年にはブロンディが「Rapture」でラップによる曲としては史上初めて全米ナンバーワンを獲得するわけだが、B-52'sもヒップホップの影響を感じさせるし、この時期のニューウェイヴとヒップホップは親和性が高かったことを、今更ながら思い知らされる。
つまり本作は、アフロビートからヒップホップに至るブラック・ミュージックの歴史をそっくり飲み込んで咀嚼し、独自解釈したアルバムでもあり(アフリカ大陸を代表するアーティストとしてお馴染みのベナン人シンガー、アンジェリック・キジョが、逆にアフリカ側の視点から本作を解釈して全編を再現する目下ツアーを敢行しており、本作のカバー・アルバムも制作中)、デヴィッドはフェラから受け継いだコール&レスポンスのスタイルを用いたり、カットアップ技法を試したり、言葉の表現についても様々なアプローチで実験。殊に本作では宣教師たちの語りのスタイルにヒントを得たそうで、内容は不可解なのに煙に巻かれるような説得力を備えたところはなるほど、宣教師っぽい。
そう、歌詞から得られる情報は限定的ではあるのだが、代表曲のひとつ「ワンス・イン・ア・ライフタイム」や、自分の顔を変えて理想に近づけようとする男を描く「シーン・アンド・ノット・シーン」が好例で、多くの曲はアイデンティティ・クライシスをテーマにしているらしい。パラノイアがつきまとうデヴィッドのモノローグは、ミステリアスでテンション満々のサウンドと相俟って、聴き手を惹きつけるのと同時に、いい意味で狼狽させる。身震いさせる。何しろ終盤の「リスニング・ウィンド(風は友)」の歌詞が仄めかすのは、自分の国に何らかの形で介入したアメリカに報復するべく、テロを企てる男の物語(異なるカルチャーから音楽を拝借している自らの〈侵略者〉としての立場を意識していたのだろうか?)。そしてラストの「オーヴァーロード」では微妙な均衡が崩れて、アポカリプティックなエンディングを迎える。まもなく始まろうとしていたレーガン時代を予言するかのようにーー。
そんなアルバムだから今の世の中にも怖いくらいしっくり馴染むのだが、翻って、2018年のデヴィッドが発するメッセージは、ポジティヴ極まりない。14年ぶりのソロ・アルバムは『アメリカン・ユートピア』と題され、リリースに先立って彼は、アルバムと連動する「Reasons to Be Cheerful」なるウェブサイトを設立。各地でレクチャーを行なった。この暗黒の時代に、ポジティヴな変化をもたらそうとしている人々や、希望を与えてくれる出来事を紹介するというものだ。今回もブライアンと共同プロデュースしており、音楽的に『リメイン・イン・ライト』との接点が多々あるものの、アメリカの厳しい現実を直視する彼の語り口はエンパシーに溢れ、メロディは優しい。それはもしかしたら、アポカリプスを空想するのと、本物のアポカリプスの渦中にいることの違い、なのかもしれない。
【関連サイト】
TALKING HEADS
davidbyrne.com
Reasons to Be Cheerful
『リメイン・イン・ライト』
1980年作品
ブライアン・イーノとデヴィッド......と聞けば多くの人が、ブライアンが神秘的なエレクトロニック・サウンドをあしらったデヴィッド・ボウイのベルリン3部作を思い浮かべるに違いない。が、実はほぼ同時期にブライアンはもうひとりのデヴィッドと、さらに密なコラボレーションを行なっていた。トーキング・ヘッズのデヴィッド・バーンである。1978年のセカンド『モア・ソングス』、1979年のサード『フィア・オブ・ミュージック』、1980年の4作目『リメイン・イン・ライト』、計3枚のトーキング・ヘッズのアルバムを彼はプロデュース。ニューヨークのアンダーグラウンド・シーンで頭角を現したこのアートパンク・バンドがメインストリームでブレイクするまでの、言わば成長期に寄り添ったことになる。中でも『リメイン・イン・ライト』(全米チャート最高19位)は、両者の革新的スピリットがひとつに結晶した傑作中の傑作だろう。ファーストから順番に聴き直すと、最初の数秒だけで、何かが大きく変わったことが分かる。それはリズムの感触であり、昨日作られたと言われても驚かない奇妙なタイムレスネスであり、圧倒的な超俗性だ。
思えばここに辿り着くまでの彼らは、アルバムを発表するごとにディスコやファンクに接近し、ダンサブルな志向を強めていた。そんなリズムの探求がさらに飛躍するきっかけとなったのが、本作に着手する前にブライアンとデヴィッドが連名で制作したアルバム『My Life in the Bush of Ghosts』(発売は1981年)。フェラ・クティを介してアフロビートに傾倒していたふたりが、アンビエント・ミュージックをベースに、アフリカや中近東の音楽の影響をポリリズム表現やサンプリング技術で取り入れながら作り上げた、実験的作品である。その一方で、夫婦のリズム隊=ティナ・ウェイマウス(べース)とクリス・フランツ(ドラムス)も、カリブの島々を旅行した際にアフロ・カリビアン音楽にハマり、ギタリストのジェリー・ハリソンを交えて一同がスタジオに集まった時には、インスピレーションに事欠かなかったようだ。そして、従来のようにデヴィッドがほぼ完成した曲を用意するのではなく、白紙の状態から作業をスタート。まず全員でのジャムを録音すると、その音源をサンプリングやループ手法を取り入れながら加工・編集し、そこに他の材料をプラスして各曲を構築したのだという。しかも、メンバーとブライアンがシンセやオルガンを演奏しているほか、これまたベルリン3部作に関わったエイドリアン・ブリューがギターを弾き、プエルトリコ出身の名人ホセ・ロッシー(この後間もなくウェザー・レポートに加入することに)がパーカッションを叩き、ミニマル音楽界のレジェンド=ジョン・ハッセルがホーンをアレンジ......と、敏腕ミュージシャンを惜しみなく配している。
こうして作り上げたポリリズミックな曲の数々は、用いた手法においても反復的なフォーマットにおいても、ヒップホップのトラックを彷彿とさせる。ファンク、ディスコ......と来れば当然ヒップホップにも彼らは食指を動かしていたようで、半ば喋るようなデヴィッドのヴォーカル・スタイルとの互換性に優れていることは言うまでもない。1981年にはブロンディが「Rapture」でラップによる曲としては史上初めて全米ナンバーワンを獲得するわけだが、B-52'sもヒップホップの影響を感じさせるし、この時期のニューウェイヴとヒップホップは親和性が高かったことを、今更ながら思い知らされる。
つまり本作は、アフロビートからヒップホップに至るブラック・ミュージックの歴史をそっくり飲み込んで咀嚼し、独自解釈したアルバムでもあり(アフリカ大陸を代表するアーティストとしてお馴染みのベナン人シンガー、アンジェリック・キジョが、逆にアフリカ側の視点から本作を解釈して全編を再現する目下ツアーを敢行しており、本作のカバー・アルバムも制作中)、デヴィッドはフェラから受け継いだコール&レスポンスのスタイルを用いたり、カットアップ技法を試したり、言葉の表現についても様々なアプローチで実験。殊に本作では宣教師たちの語りのスタイルにヒントを得たそうで、内容は不可解なのに煙に巻かれるような説得力を備えたところはなるほど、宣教師っぽい。
そう、歌詞から得られる情報は限定的ではあるのだが、代表曲のひとつ「ワンス・イン・ア・ライフタイム」や、自分の顔を変えて理想に近づけようとする男を描く「シーン・アンド・ノット・シーン」が好例で、多くの曲はアイデンティティ・クライシスをテーマにしているらしい。パラノイアがつきまとうデヴィッドのモノローグは、ミステリアスでテンション満々のサウンドと相俟って、聴き手を惹きつけるのと同時に、いい意味で狼狽させる。身震いさせる。何しろ終盤の「リスニング・ウィンド(風は友)」の歌詞が仄めかすのは、自分の国に何らかの形で介入したアメリカに報復するべく、テロを企てる男の物語(異なるカルチャーから音楽を拝借している自らの〈侵略者〉としての立場を意識していたのだろうか?)。そしてラストの「オーヴァーロード」では微妙な均衡が崩れて、アポカリプティックなエンディングを迎える。まもなく始まろうとしていたレーガン時代を予言するかのようにーー。
そんなアルバムだから今の世の中にも怖いくらいしっくり馴染むのだが、翻って、2018年のデヴィッドが発するメッセージは、ポジティヴ極まりない。14年ぶりのソロ・アルバムは『アメリカン・ユートピア』と題され、リリースに先立って彼は、アルバムと連動する「Reasons to Be Cheerful」なるウェブサイトを設立。各地でレクチャーを行なった。この暗黒の時代に、ポジティヴな変化をもたらそうとしている人々や、希望を与えてくれる出来事を紹介するというものだ。今回もブライアンと共同プロデュースしており、音楽的に『リメイン・イン・ライト』との接点が多々あるものの、アメリカの厳しい現実を直視する彼の語り口はエンパシーに溢れ、メロディは優しい。それはもしかしたら、アポカリプスを空想するのと、本物のアポカリプスの渦中にいることの違い、なのかもしれない。
(新谷洋子)
【関連サイト】
TALKING HEADS
davidbyrne.com
Reasons to Be Cheerful
『リメイン・イン・ライト』収録曲
01. ヒート・ゴーズ・オン(ボーン・アンダー・パンチズ)/02. クロスアイド・アンド・ペインレス/03. グレイト・カーヴ/04. ワンス・イン・ア・ライフタイム/05. ハウシズ・イン・モーション/06. シーン・アンド・ノット・シーン/07. リスニング・ウィンド(風は友)/08. オーヴァーロード
01. ヒート・ゴーズ・オン(ボーン・アンダー・パンチズ)/02. クロスアイド・アンド・ペインレス/03. グレイト・カーヴ/04. ワンス・イン・ア・ライフタイム/05. ハウシズ・イン・モーション/06. シーン・アンド・ノット・シーン/07. リスニング・ウィンド(風は友)/08. オーヴァーロード
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