音楽 POP/ROCK

ジ・アンダートーンズ 『ジ・アンダートーンズ』

2018.07.20
ジ・アンダートーンズ
『ジ・アンダートーンズ』
1979年作品

the undertones
 アイルランド共和国と英国の間で和平条約が結ばれて、北アイルランド紛争に終止符が打たれたベルファスト合意から、2018年でちょうど20年。にもかかわらず、つい7月半ばに、シン・フェイン党の元党首ジェリー・アダムスの自宅に爆破物に投げ込まれる事件が起きたり、英国のEU離脱に際して北アイルランドとアイルランド共和国の国境の扱いが大きな争点になっていたり、ニュースを追っている限り、今も非常にリアルな現在進行形の問題であるかのように感じられる。

 その北アイルランド紛争が最も激化したのは1970年代。殊に第二の都市デリーは、のちにU2が歌ったあの〈血の日曜日〉事件が1972年に起きるなど、激しい武力衝突の舞台となり、町の随所にバリケードが築かれていたという。が、事件の3年後にジ・アンダートーンズを結成した5人のデリー育ちのティーンエイジャー、メイン・ソングライティングでもあったジョンとダミアンのオニール兄弟(ギター)、フィアガル・シャーキー(ヴォーカル)、ビリー・ドハーティ(ドラムス)、マイケル・ブラッドリー(ベース)は、キナ臭い現実にきっぱりと背を向けることを選んだ。何が起きていようと自分たちが若さを謳歌し、ロックンロールに夢を託すことを、邪魔されるものか!と。

 もっとも、こんな時代だからたくさんのアーティストが北アイルランドをツアーで訪れるわけでもなく、音楽の情報源はラジオと、たまに入手できる雑誌程度。結成当初はザ・ローリング・ストーンズら、ひと昔前の王道ロックバンドのカヴァーをしていたそうだが、BBCラジオのジョン・ピールの番組を通じてパンクに開眼。中でもラモーンズの影響を強く受けて曲を書き、ライヴ体験を重ねて自分たちのスタイルを模索しているうちに、テリー・フーリーという理解者を得る。テリーはベルファストで、Good Vibrationsという名のレコード店兼レーベルを経営し、北アイルランドのパンクシーンを支えたキーパーソンで(2013年にはこれまた『Good Vibrations』と題された彼の伝記映画も公開された)、彼の支援の下に、デビューEP「Teenage Kicks」をGood Vibrationsから1978年に発表。中でも表題曲は、甘酸っぱい恋のトキメキを2分半に詰め込んだパーフェクトなポップパンク・ソングであり、歴史的名曲と目されていることはご存知の通り(決め手は、2秒でイントロ当てができる2発のドラムビートじゃないかと、個人的には思っている)。ワン・ダイレクションがカヴァーしているくらいだから、そのキャッチーさは尋常ではない。テリーからレコードを受け取ったジョン・ピールもすっかり魅了され、自身の番組でオンエアしまくり、「史上最高の曲」と宣言。早速全英チャートのトップ40入りを果たした。

 しかも、ピールの番組をロンドン滞在中にたまたま聴いていた、米サイアー・レコードの名物社長シーモア・スタインも曲に惚れ込み(ラモーンズも彼が発掘してサイアーと契約しているから想像に難くない)、それまで地元の外でライヴをやる機会もあまりなかった5人は、いきなりメジャー契約に漕ぎつけるのだ。そして、ニック・ロウやエルヴィス・コステロらスティッフ・レコーズ所属アーティストとの仕事で知られる、ロジャー・ベキリアンをプロデューサーに迎えて、書き溜めた曲をさくっと録音。1979年春にこのファースト・アルバム『ジ・アンダートーンズ』(全英最高13位)を送り出した。ちなみに14曲入りのオリジナル盤には「Teenage Kicks」は収められていなかったのだが、半年後にはセカンド・シングル「Get Over You」共々追加収録した新ヴァージョンで、再発もされている。

 そんなアルバムの路線はまさに、「Teenage Kicks」で確立したプロトタイプに則った、1〜2分の胸キュン3コード・ポップパンク。とことんシンプルな言葉で綴られた、タイムレスな青春日記だ。時には、悩みを抱えて自殺した少年が主人公だと思われる「Jimmy Jimmy」など青春のダークサイドに目を向けることもあるのだが、最大のインスピレーション源はずばりホルモン。女の子を喜ばせようと右往左往している「Girls Don't Like It」然り、毎日街で姿を見かける女の子に恋心を募らせている「I Know a Girl」然り、「Wrong Way」や「True Confessions」然り。反復的な曲の構成は聴き手を退屈させるどころか、不器用な少年の悶々とした気分を絶妙にすくいとっているように思う。「Male Model」もやはり、イケメンのモデルに憧れて、〈古着ばかりじゃなくて雑誌に載ってるようなオシャレな服が着たいな〉とぼやいている、やたら可愛らしい1曲。少年たちの悩みはつきないのだ。

 そしてシンセを配したニューウェイヴ調の「Here Comes the Summer」は、タイトルが示唆している通りに、さらに屈託ない。ビーチに寝転がっている、小麦色に日焼けしたガールズを探しに行こう!と張り切っているこのカリフォルニア気分のサマー・アンセムに、どれだけの現実味があるのだろうかしらと調べてみたところ、確かにデリーの近郊には素敵なビーチがたくさんあるらしい。しかし、8月でも平均最高気温は18度。果たして小麦色になれるのか......?

 いや、これもまた逃避願望の現れであり、現実味なんか必要ないのである。とにかく紛争の影を一切感じさせない、いや、断固毒されることを拒絶する徹底したオプティミズムにこそ、彼らのパンクな反抗心がある。それに1〜2分のポップパンクと言っても、この時点で3年以上地道にプレイしていたバンドだけに、ワンパターンでは決してない。ツイン・ギターで紡ぐアンサンブルは厚く、「I Know a Girl」や「Here Comes the Summer」のギター・ブレイクのヒネリから、「Jump Boy」のグラムっぽい華まで、よくよく耳を澄ますと色んな味付けがなされており、メロディやコーラス処理には、ビーチ・ボーイズや1960年代のガールズ・グループを想起させるところがある。そう、ジ・アンダートーンズの曲を他と差別化しているのは、こういった幅広い影響源だったり、細かく震えるフィアガルの風変わりな声と、オニール兄弟によるコール&レスポンス的なバッキング・ヴォーカルのコントラスト。だからこそフィアガルが1983年に脱退した時に、バンドは呆気なく解散してしまった。その後彼はソウル・ポップ路線のソロ作品をリリースし、オニール兄弟はこれまた偉大なノーザン・アイリッシュ・バンド、ザット・ペトロール・エモーションを結成して、大幅に路線を変更。一気にポリティカルになったものだ。当時まだ20歳にもなっていなかった兄弟だが、逃避のあとで今度はじっくりリアリティと向き合うーーという成長の軌跡も、若者としてすごく正しいんじゃないだろうか。
(新谷洋子)



『ジ・アンダートーンズ』収録曲(オリジナル)
01. Family Entertainment/02. Girls Don't Like It/03. Male Model/04. I Gotta Getta/05. Wrong Way/06. Jump Boys/07. Here Comes The Summer/08. Billy's Third/09. Jimmy Jimmy/10. True Confessions/11. (She's A)Runaround/12. I Know a Girl/13. Listening In/14. Casbah Rock

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