音楽 POP/ROCK

カーディガンズ 『ロング・ゴーン・ビフォー・デイライト』

2019.01.23
カーディガンズ
『ロング・ゴーン・ビフォー・デイライト』
2003年作品


cardigans j1
 それはまさに一目惚れだった。カーディガンズの1995年のシングル「カーニヴァル」は、ポップソングとしての完璧さもさることながら、PVでフロントウーマンのニーナ・パーションが見せたあまりにもスウィートな佇まいや、ブリティッシュでもフレンチでもないレトロで洒脱な美意識で、日本人をすっかり魅了。彼らはどこよりも早く日本で大ブレイクを果たすことになる。しかし、2003年に本作『ロング・ゴーン・ビフォー・デイライト』を発表した時のカーディガンズは、『カーニヴァル』での彼らとはまるで別のバンドだったと言っても過言じゃない。

 故郷はスウェーデン中部の町ヨンコピン、元々ハードロック・バンドで活動していたピーター・スヴェンソン(ギター)とマグナス・スヴェニングソン(ベース)が、よりポップなサウンドを掘り下げるべく、ニーナ(ヴォーカル)、ラッセ・ヨハンソン(キーボード/ギター)、ベン・ラガーバーグ(ドラムス)を交えてバンドを結成したのは、1992年のことだ。その後マルメに拠点を移し、デモテープに惚れ込んだ新進プロデューサーのトーレ・ヨハンソンと、彼が所有するタンバリン・スタジオで3枚のアルバムーー『エマーデイル』(1994年)、『ライフ』(1995年)、『ファースト・バンド・オン・ザ・ムーン』(1996年)ーーを制作。他の同世代のバンドたちと共にスウェディッシュ・ポップのプロトタイプを確立した5人は、「ラヴフール」(『ファースト・バンド〜』より)のヒットで世界進出するのだが、あとから思うとあの曲は、可愛いだけのカーディガンズーーいや、正確には、可愛いだけのニーナの終焉を予告していた。

 そもそもカーディガンズに加わった当時、特に歌や曲作りの経験があったわけではなかった彼女。ピーターとマグナスは何よりも、無二の存在感に惚れ込んでシンガーに起用したという。そんなニーナがいよいよ本格的にピーターと共作を行ない、自分の言葉で歌い始めたのが『ファースト・バンド〜』であり、以後どこか殺伐とした恋愛のリアリティを、甘口のサウンドに包んで差し出すようになる。〈嘘で構わない、私を騙して〉という「ラヴフール」のねじくれた懇願も然り。そして4作目『グラン・トゥーリスモ』(1998年)では音楽性においてもオルタナティヴ・ロックに接近し、今までになくタフな表情を見せたカーディガンズは、キャリア最大のセールス(250万枚)を記録。それから5年後に登場した『ロング・ゴーン・ビフォー・デイライト』でさらに大胆な変身を遂げたのである。

 重要なのはその5年のインターバルだ。結成から6年間にアルバムを4枚立て続けに送り出した彼らは、ここにきて一旦活動を休止。マグナスはソロ作品を作り、ピーターとベンはケントのメンバーとPausを結成するなど、メンバーは課外プロジェクトに勤しんだ。一方のニーナは、2001年にアメリカのポストハードコア・バンド、シャダー・トゥ・シンクのフロントマンだったネイサン・ラーソンと結婚。エイ・キャンプ名義でふたりでアルバムをレコーディングし、ブロンドからブラックへと髪の色も変えてカーディガンズに戻ってきたのだが、本作で披露したサウンドもまたエイ・キャンプのそれに通ずるもの。そう、ポップなきらめきを払拭し、メロディックさは維持して、一気にアメリカーナ/カントリー・ロックの世界へと飛び込んだ。当初は過去4枚と同様にトーレとコラボする予定だったものの、さすがにバンドが目指している音にそぐわないと判断され、代わりに先輩バンドのエッグストーンのフロントマン、ペール・スンディング(タンバリン・スタジオの共同設立者でもある)の手を借りてセルフ・プロデュース。完成したのは、ザ・バンドやニール・ヤングをインスピレーション源に、オーガニックでライヴ感を強調したバンド・アンサンブルで貫いた、久しぶりに再会した5人が一部屋に集まってケミストリーを再構築している情景が思い浮かぶアルバムなのだ。

 そんな暖かなサウンドと優しいメロディはしかし、愛の不毛さを問う不穏なストーリーを伝えて、ニーナの声からメランコリックな影を引き出している。ずばり「コミュニケーション」と題された曲ではコミュニケーションの断絶を、「ユア・ザ・ストーム」では受け身のいびつな関係を歌い、「アンド・ゼン・ユー・キスト・ミー」にいたってはDVを題材に選ぶなど(「甘い愛、美味しい血」といった言葉に背筋が寒くなる!)、どこを見てもハピネスが見当たらない。また、〈どうでもいい〉を意味するタイトルそのままの行き詰った関係を描く「クドゥント・ケア・レス」然り、〈なんの意味もないかもしれないけど、あなたを愛している〉と気怠く訴えるフリートウッド・マック調の「フォー・ホワット・イッツ・ウォース」然り、ある種の無力感が漂っているのも本作の特徴のひとつ。終盤の「リヴ・アンド・ラーン」でのニーナは、痛い目にあった自分は果たして経験から学んでいるのだろうかと自問している。答えは最後まで出ないままだ。

 答えが出ないと言えば、新婚の彼女がこういう歌詞を綴ったことも少々不可解に感じられるが、逆に自分が幸せだからこそ、安心して闇を覗きこむことができたのかもしれない。或いは、ネイサンという公私にわたる申し分ないパートナーと出会った今、カーディガンズの一員として活動を再開する以上、軽いポップソングでやり過ごすつもりはなかったのかもしれない。どちらにせよ、当時のバンドのモードは、2000年代に入ってからの地元の音楽シーンにも合致していた気がする。なぜって、スウェーデン発の音楽はもはやラヴリーなギターポップではなく、ザ・ハイヴスやシーザーズのガレージロックであり、ザ・サウンドトラック・オブ・アワ・ライヴス(ヴォーカルのエボット・ルンベリは本作に客演している)やドゥンエンのヘヴィなサイケデリアであり、ザ・ナイフのハードなエレクトロニカであり、ダークに進化することで彼らは21世紀に居場所を確保できたのだろう。海外では戸惑うファンも多く、メディアの評価は割れ、セールスは『グラン・トゥーリスモ』を大きく下回ったが、本国では2枚連続の1位を獲得。売り上げも維持し、スウェーデン版グラミー賞で最優秀アルバムと最優秀バンド賞に輝いたものだ。

 そして、次の『スーパー・エキストラ・グラヴィティ』(2005年)で再びトーレと組み、いくらかポップネスを取り戻したカーディガンズは、「アンド・ゼン・ユー・キスト・ミー」の続編「アンド・ゼン・ユー・キスト・ミーII」を聴かせてくれた。渦中にあった第一部に対し、第二部では、終止符を打った忌むべき関係を冷静に回想しつつ、なぜ人は危険だと承知の上でそういう関係に陥ってしまうのかと、引き続き答えを探している。愛のためにどこまで闘うべきなのか、どこまで犠牲にするべきなのか、どこまで許すのか。愛のリミットを見極めようとしていた本作はクエスチョンをたくさん残し、ホロ苦い後味が未だ消えていない。
(新谷洋子)


【関連サイト】
The Cardigans(official website)

『ロング・ゴーン・ビフォー・デイライト』収録曲
1. コミュニケーション/2. ユア・ザ・ストーム/3. ア・グッド・ホース/4. アンド・ゼン・ユー・キスト・ミー/5. クドゥント・ケア・レス/6. プリーズ・シスター/7. フォー・ホワット・イッツ・ウォース/8. リード・ミー・イントゥ・ザ・ナイト/9. リヴ・アンド・ラーン/10. フェザース・アンド・ダウン/11. 03.45:ノー・スリープ/12. イフ・ゼア・イズ・ア・チャンス(ボーナス・トラック)

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