アラニス・モリセット 『ジャグド・リトル・ピル』
2019.11.22
アラニス・モリセット
『ジャグド・リトル・ピル』
1995年作品
1995年にこの『ジャグド・リトル・ピル』(全米チャート最高1位)がリリースされた時に正直言ってあまりピンと来なかった理由を考えてみると、言い訳は色々ある。特徴的なヴィジュアル・アイデンティティを持っていなかったこと。歌い方が大仰に感じられたこと。オルタナティヴなのかメインストリームなのかはっきりしないプロダクションが、中途半端に聴こえたこと......。でも恐らく本当の理由は、アラニス・モリセットが描く怒れる女、理屈っぽくて面倒臭い女の、あまりにもナマっぽい像に拒絶反応が起きたというか、実際は自分もそうだと分かっていながら、赤裸々な形で突きつけられて思わず引いてしまったというか。とにかく、「うわ」と感じたのを覚えている。
あれから25年近くが経った今、本作がミュージカル化されてブロードウェイで上演されているというニュースを読んで久々に聴き直してみたのだが、そのナマさは薄れていないし、よくもこんなアルバムが3,300万枚も売れたものだと感心せずにいられない。開口一番、「私ってウザい?」と問いかけるアラニスは、自分を精神的に満たしてくれない恋人へのフラストレーションをぶちまけ、恋愛関係から自分が何を欲しているのか論じながらアルバムをスタート。1曲目のタイトルはずばり「オール・アイ・リアリー・ウォント」だ。続いて畳みかけるように配置されているのが「ユー・オウタ・ノウ」である。彼女の人気を決定付けたシングルであり、恋人との破局を経てボロボロになった自分をよそに、さっさと次のガールフレンドを見つけた不実な男に呪詛を浴びせるこの曲は、音楽史上最もブチ切れたブレイクアップ・ソングと呼んでも過言じゃない。
以上ふたつのアグレッシヴな曲で聴き手を揺さぶると、アラニスはなぜ自分がそういう人間ーーセンシティヴで、高い理想を相手に求める人間になったのか、生い立ちに原因を求めるかのように、3曲目の「パーフェクト」で子供時代を回想する。実体験なのか定かではないが、親が子供に与えるプレッシャーと、その負の影響を掘り下げて。やはり生い立ちを題材にした「フォーギヴン」では、敬虔なカトリック信者として育った彼女が、純潔さを重んじ欲望を抱くことを罪とする教えが女性を抑圧し、自分もまだその呪縛を完全に解くに至っていないと嘆く。
こうしたセラピーじみた内容の曲が並んでいるのも、本作を作った時期のアラニスが置かれていた状況を鑑みると、無理ないのかもしれない。地元カナダで17歳の時にデビューした彼女は、2枚のアルバムを発表。国内ではそれなりの成功を収めたものの、ティーン・ポップ・シンガーとして売り出され、自分が望む音楽を作れないことに不満を募らせていたという。そこで19歳の時に、レーベルとの契約満了を機に一念発起。新天地を求めてLAに移り住み、グレン・バラードと出会う。1980年代からプロデューサー兼ソングライターとして広く活動していたグレンとアラニスは意気投合してソングライティング・パートナーとなり、彼女は長年胸につかえていた想いを曲に吐き出して、リリースされるか否かも分からないサード・アルバムを、グレンのプロデュースのもとに制作し始めたのである。
実際当初はなかなかレーベルが見つからず、お蔵入りする可能性もあったそうで、「ライト・スルー・ユー」ではこの時期の体験にも言及しているのではないかと思う。男性が牛耳る音楽業界で軽視されたり、見た目で評価されたりといった性差別の体験を振り返る曲だ。同時にここでのアラニスはアルバムの成功を予言して、自分を否定した業界人たちを「スターになった私を見てどんな気分?」と先回りして見返してもいるのが面白い。その通りに『ジャグド・リトル・ピル』は、マドンナが主宰するレーベル=マーヴェリックから発売されて破格のヒットを記録。彼女はグラミー賞でも最優秀アルバム賞ほか5冠を達成し、1990年代に入って俄かに勢い付いた〈黙らない女たち〉のムーヴメントーーホールやビキニ・キルといったグランジ/ライオット・ガール系のパンクバンド、メアリー・J.ブライジやTLCに代表される女性R&Bアーティスト、同性愛者としてカムアウトしたk.d.ラングやメリッサ・エスリッジなどなど、声高に女性の主張・女性の視点を音楽界のダイアローグに投げ込んだ女性たちのムーヴメントを、象徴する存在となった。
ただ、本作は「アングリー」の一言で形容し切れるアルバムではない。そこも筆者が見落としていた点であり、イメージが一人歩きしていたところもあると思う。「ハンド・イン・マイ・ポケット」がいい例で、人間が孕む様々な矛盾を受け入れて、「最終的にはなんだってうまく行く」と楽観的思考を打ち出すこの曲は、ユーモアさえ感じさせる。また、「ノット・ザ・ドクター」では人生のパートナーに求める条件を提示。自立した女を受け入れられない男には用はないと歌う彼女だが、「ヘッド・オーヴァー・フィート」でハッピーエンドを匂わせると共に、「ウェイク・アップ」と「ユー・ラーン」で自分が一連の体験から得た教訓を明らかにする。楽な道を選んでも満たされることはない、傷付いたり、過ちを犯したりしてこそ、つまり、小さなギザギザの薬(=jagged little pill)を思い切って呑み込んでこそ、生きることの意味が分かるのだーーと。20歳になるかならないかのアラニスがここまで達観していたことに今更ながら驚くばかりで、四半世紀ほど遅れてしまったが、確かにすごいアルバムだと素直に感服している。
【関連サイト】
『ジャグド・リトル・ピル』
1995年作品
1995年にこの『ジャグド・リトル・ピル』(全米チャート最高1位)がリリースされた時に正直言ってあまりピンと来なかった理由を考えてみると、言い訳は色々ある。特徴的なヴィジュアル・アイデンティティを持っていなかったこと。歌い方が大仰に感じられたこと。オルタナティヴなのかメインストリームなのかはっきりしないプロダクションが、中途半端に聴こえたこと......。でも恐らく本当の理由は、アラニス・モリセットが描く怒れる女、理屈っぽくて面倒臭い女の、あまりにもナマっぽい像に拒絶反応が起きたというか、実際は自分もそうだと分かっていながら、赤裸々な形で突きつけられて思わず引いてしまったというか。とにかく、「うわ」と感じたのを覚えている。
あれから25年近くが経った今、本作がミュージカル化されてブロードウェイで上演されているというニュースを読んで久々に聴き直してみたのだが、そのナマさは薄れていないし、よくもこんなアルバムが3,300万枚も売れたものだと感心せずにいられない。開口一番、「私ってウザい?」と問いかけるアラニスは、自分を精神的に満たしてくれない恋人へのフラストレーションをぶちまけ、恋愛関係から自分が何を欲しているのか論じながらアルバムをスタート。1曲目のタイトルはずばり「オール・アイ・リアリー・ウォント」だ。続いて畳みかけるように配置されているのが「ユー・オウタ・ノウ」である。彼女の人気を決定付けたシングルであり、恋人との破局を経てボロボロになった自分をよそに、さっさと次のガールフレンドを見つけた不実な男に呪詛を浴びせるこの曲は、音楽史上最もブチ切れたブレイクアップ・ソングと呼んでも過言じゃない。
以上ふたつのアグレッシヴな曲で聴き手を揺さぶると、アラニスはなぜ自分がそういう人間ーーセンシティヴで、高い理想を相手に求める人間になったのか、生い立ちに原因を求めるかのように、3曲目の「パーフェクト」で子供時代を回想する。実体験なのか定かではないが、親が子供に与えるプレッシャーと、その負の影響を掘り下げて。やはり生い立ちを題材にした「フォーギヴン」では、敬虔なカトリック信者として育った彼女が、純潔さを重んじ欲望を抱くことを罪とする教えが女性を抑圧し、自分もまだその呪縛を完全に解くに至っていないと嘆く。
こうしたセラピーじみた内容の曲が並んでいるのも、本作を作った時期のアラニスが置かれていた状況を鑑みると、無理ないのかもしれない。地元カナダで17歳の時にデビューした彼女は、2枚のアルバムを発表。国内ではそれなりの成功を収めたものの、ティーン・ポップ・シンガーとして売り出され、自分が望む音楽を作れないことに不満を募らせていたという。そこで19歳の時に、レーベルとの契約満了を機に一念発起。新天地を求めてLAに移り住み、グレン・バラードと出会う。1980年代からプロデューサー兼ソングライターとして広く活動していたグレンとアラニスは意気投合してソングライティング・パートナーとなり、彼女は長年胸につかえていた想いを曲に吐き出して、リリースされるか否かも分からないサード・アルバムを、グレンのプロデュースのもとに制作し始めたのである。
実際当初はなかなかレーベルが見つからず、お蔵入りする可能性もあったそうで、「ライト・スルー・ユー」ではこの時期の体験にも言及しているのではないかと思う。男性が牛耳る音楽業界で軽視されたり、見た目で評価されたりといった性差別の体験を振り返る曲だ。同時にここでのアラニスはアルバムの成功を予言して、自分を否定した業界人たちを「スターになった私を見てどんな気分?」と先回りして見返してもいるのが面白い。その通りに『ジャグド・リトル・ピル』は、マドンナが主宰するレーベル=マーヴェリックから発売されて破格のヒットを記録。彼女はグラミー賞でも最優秀アルバム賞ほか5冠を達成し、1990年代に入って俄かに勢い付いた〈黙らない女たち〉のムーヴメントーーホールやビキニ・キルといったグランジ/ライオット・ガール系のパンクバンド、メアリー・J.ブライジやTLCに代表される女性R&Bアーティスト、同性愛者としてカムアウトしたk.d.ラングやメリッサ・エスリッジなどなど、声高に女性の主張・女性の視点を音楽界のダイアローグに投げ込んだ女性たちのムーヴメントを、象徴する存在となった。
ただ、本作は「アングリー」の一言で形容し切れるアルバムではない。そこも筆者が見落としていた点であり、イメージが一人歩きしていたところもあると思う。「ハンド・イン・マイ・ポケット」がいい例で、人間が孕む様々な矛盾を受け入れて、「最終的にはなんだってうまく行く」と楽観的思考を打ち出すこの曲は、ユーモアさえ感じさせる。また、「ノット・ザ・ドクター」では人生のパートナーに求める条件を提示。自立した女を受け入れられない男には用はないと歌う彼女だが、「ヘッド・オーヴァー・フィート」でハッピーエンドを匂わせると共に、「ウェイク・アップ」と「ユー・ラーン」で自分が一連の体験から得た教訓を明らかにする。楽な道を選んでも満たされることはない、傷付いたり、過ちを犯したりしてこそ、つまり、小さなギザギザの薬(=jagged little pill)を思い切って呑み込んでこそ、生きることの意味が分かるのだーーと。20歳になるかならないかのアラニスがここまで達観していたことに今更ながら驚くばかりで、四半世紀ほど遅れてしまったが、確かにすごいアルバムだと素直に感服している。
(新谷洋子)
【関連サイト】
『ジャグド・リトル・ピル』収録曲
1. オール・アイ・リアリー・ウォント/2. ユー・オウタ・ノウ/3. パーフェクト/4. ハンド・イン・マイ・ポケット/5. ライト・スルー・ユー/6. フォーギヴン/7. ユー・ラーン/8. ヘッド・オーヴァー・フィート/9. メリー・ジェーン/10. アイロニック/11. ノット・ザ・ドクター/12. ウェイク・アップ
1. オール・アイ・リアリー・ウォント/2. ユー・オウタ・ノウ/3. パーフェクト/4. ハンド・イン・マイ・ポケット/5. ライト・スルー・ユー/6. フォーギヴン/7. ユー・ラーン/8. ヘッド・オーヴァー・フィート/9. メリー・ジェーン/10. アイロニック/11. ノット・ザ・ドクター/12. ウェイク・アップ
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