音楽 POP/ROCK

ジョン・プライン 『ジョン・プライン』

2020.05.26
ジョン・プライン
『ジョン・プライン』
1971年作品


john prine j1
 洋楽ファンにとって、多くのアーティストがツアー・スケジュールに含めてくれる日本(厳密には東京か?)は恵まれた場所ではある。ただそれもジャンルによりけりで、地味なジャンルだとそうもいかない。〈アメリカーナ〉と括られるアメリカのルーツ音楽、特にカントリー音楽もそのひとつで、ゆえに筆者は、2005年にボナルー・フェスティバルに遊びに行った際、「今しかない」と思ってこの手のアーティストのライヴを観まくった。特に詳しいわけでもないが、本場で体験するチャンスを逃す手はない。ボナルーはご存知、毎年テネシー州ナッシュヴィルの郊外で開催される大型フェス。場所柄フォーク、カントリー、ブルース、ブルーグラス系が充実していて、あの年観た中で特に印象に残ったのが、当時は代表曲を1〜2曲知っていただけの、ジョン・プラインのステージだ。周りでは若者も大人もみんな当然のように一緒に歌っているし、暖かで飄々とした佇まいと、しわがれ声で編んでいく巧みなストーリーテリングに引き込まれ、「この人を今まで聴かずにいたのか!」と自分の至らなさを後悔したものだ。

 そこでライヴが終わると、会場に出店していたCDショップのブースで、当時の最新作『Fair & Square』とベスト盤『Great Days』、そしてこのデビュー・アルバム『John Prine』(1971年/全米チャート最高55位)を購入。遅ればせながらジョンについて学び始めたので、ファン歴は長くないけど、彼の旺盛なウィット、悲痛な現実を直視する誠実さと厳しさ、曲には描かれていないその人の生き様まで思い浮かぶようなキャラクター描写に魅せられてきた人間として、新型コロナウイルス感染症による合併症で亡くなったというニュースが2020年4月初めに報じられた時は、手を合わせずにいられなかった。そして追悼を寄せた人の名前を追っていて、いかに幅広い表現者に愛されていたのか、改めて思い知らされた。カントリー界の名立たるミュージシャンはほぼ全員、ロジャー・ウォーターズからボン・イヴェールのジャスティン・ヴァーノン、ブラーのグレアム・コクソン、映画監督のワイカ・タイティティ、作家のスティーヴン・キング......。エルトン・ジョンの相棒バーニー・トーピンは「ソングライティングにおけるウィリアム・フォークナー」と讃え、ブルース・スプリングスティーンは「1970年代初めに僕らは揃って〈新しいディラン〉と称されたっけ」と懐かしんだ。確かにふたりは同世代で、ブルースの2歳上にあたるジョンは1946年生まれ。シカゴ郊外で育っているが、両親は、本作収録の「Paradise」でオマージュを捧げているケンタッキー州の田舎町パラダイス出身で、幼い頃から頻繁に訪れていたケンタッキーで触れた音楽を原点としている。また家族は代々炭鉱で働いていたそうで、ワーキングクラス出身というアイデンティティ意識が、労働を尊んで慎ましい生活を送る人々の誇り、苦しみ、ささやかな喜びを歌う道を選ばせたらしい。

 そんなジョンは10代の時に音楽作りをスタート。高校卒業後徴兵され、ドイツの米軍基地に配属されて空き時間にアコギ片手に曲を書いていたーーというエピソードは、先輩のエルヴィス・プレスリーやジョニー・キャッシュと全く同じだ。除隊してからは郵便配達員として働きつつ、シカゴでシンガー・ソングライター活動を行ない、クリス・クリストファーソンの後ろ盾を得て本作でデビュー。契約先はアトランティック、プロデューサーはアレサ・フランクリンの名盤の数々でお馴染みのアリフ・マーディン、バック・ミュージシャンはザ・メンフィス・ボーイズ(本作が録音されたメンフィスのアメリカン・サウンド・スタジオのハウスバンドで、エルヴィスらのレコーディングに参加)の面々を含み、新人にしては非常に恵まれた環境で制作されたアルバムである。が、つくりはいたってシンプル。鍵盤やペダルスティールが控えめな合の手を入れるのみで、ギターを弾きながらストーリーを伝える彼を前面に押し出していて、開口一番「今朝目を覚ましたら困った状況にあった」と、ひとりの男の冴えない日常に聴き手を放り込む。

 とことん落ち込んで現実逃避に走る、この1曲目「Illegal Smile」の主人公の生業は定かではないけど、ベトナム戦争中である上に、ジョン自身が軍隊で少なからぬインスピレーション得たことから、兵士が登場する曲が少なくない。バーで出会ったストリッパーと兵士が、日々戦況を報じるテレビを叩き壊し、召集令状を破り捨てて、田舎で質素で幸せな人生を送るという筋書きの「Spanish Pipedream」も然り。彼はいわゆるプロテスト・シンガーではないものの、明らかに反戦の意が読み取れるし、『Great Days』の解説文によると「反戦を歌う人は兵士自身に触れてくれない」と彼は不満を抱いていたといい、スローガンを掲げるのではなく人間ドラマに仕立てるのがジョンのやり方なのだ。名曲「Sam Stone」はまさに好例で、主人公はベトナム帰還兵。心身共に傷を負って妻子の元に戻ってきた彼が、痛みを和らげる薬物に依存し、過剰摂取で亡くなってしまう、救いのない物語を淡々と描く。「こんなことが許されるならキリストは無駄死にしたってことかい?」という問いかけはかなり過激に響いたに違いないし、激しい憤りがにじみ出ている。「Your Flag Decal Won't Get You Into Heaven Anymore」も、ジョンらしい滑稽かつ辛辣な反戦歌。「国旗のステッカーを貼っても天国には行けないよ」というタイトル通り、星条旗のステッカーを貼りまくった車で事故死した男を、「戦争のせいで天国は満員です」と神が突っぱねて昇天させない。政府による愛国心の押し付けを非難しているのだろう。

 一方、老夫婦を主人公に据えた「Hello In There」では朝鮮戦争で戦死した息子に言及しているのだが、本題は戦争ではなく、〈老い〉。ふたりの孤立感を掘り下げて、〈ぼんやりした目をした老人と出会ったら声をかけてあげて〉と訴えるこの曲は、君もいずれこうなるんだよと諭しているようで、何度聴いても終わる前に涙目になってしまう。同等に切ない「Angel From Montgomery」のナレーターは、人生を無駄にしたのではないかと悔やむ中年女性だ。全てを捨ててやり直そうと夢見ているが、残念ながら、もはや他人同然の夫との会話のない生活を続けている彼女の姿が想像できる。

 このようにキャラクター主導の曲が大半を占める中、前述したブルーグラス調の「Paradise」は、ジョンと父の対話形式をとったパーソナルな曲だ。アメリカ最大手の石炭会社ピーボディに町ごと買い取られ、露天掘りのために爆破されてしまったパラダイスの悲しい運命を語り、文明のためと称して故郷を奪われたことに対する怒りを染み渡らせる。権力や企業に翻弄される老若男女の弱者に向けた、慈しみ深い眼差しといい、彼らへの共感といい、20代前半で書いたという事実は驚きでしかない。

 そんな傑出した人間観察眼が高く評価されてグラミー賞新人賞にノミネートされた彼は、メインストリームな成功には縁がなかったものの、数多のアーティストに曲は歌い継がれ、今年のグラミー賞で永年功労賞を受賞したばかり。グラミーといえば、最新作『ゴールデン・アワー』で最優秀アルバム賞ほか4冠を達成したケイシー・マスグレイヴスに筆者がインタヴューした時も、ジョンの話になった。ケイシーやスタージル・シンプソン、ジェイソン・イズベル、ブランディ・カーライルなどなど、主流からはみ出たカントリー・アーティストにとって彼はお手本であり師であり、近年のグラミー賞のカントリーとアメリカーナ・アルバム部門は、ジョンのチルドレンがほぼ独占していると言って過言じゃない。彼の最新作『The Tree of Forgiveness』(2018年)がキャリア最高の全米6位を記録したのも、後続の活躍で再評価されていたからだと思うのだ。

 そしてここ数年間にスタージルもジェイソンも来日を果たし、ケイシーはフジ・ロック・フェスティバル出演に続いて、昨年単独来日公演をソールドアウトにした。在日アメリカ人らしき人たちが会場に多かったとはいえカントリー系としては快挙であり、もはや「アメリカ人にしか分からない音楽」ではなくなりつつあるのかもしれない。そのケイシーに「日本のカントリー初心者には誰を薦める?」と訊ねたら、迷わずジョンの名を挙げていた。ナマで観ることはもう叶わないが、「人間としても本当に素敵な人なんですよ!」という彼女のダメ押しも添えておこう。
(新谷洋子)


【関連サイト】
『ジョン・プライン』収録曲
01. Illegal Smile/02. Spanish Pipedream/03. Hello In There/04. Sam Stone/05. Paradise/06. Pretty Good/07. Your Flag Decal Won't Get You Into Heaven Anymore/08. Far From Me/09. Angel From Montgomery/10. Quiet Man/11. Donald And Lydia/12. Six O'Clock News/13. Flashback Blues

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