音楽 POP/ROCK

ドリー・パートン 『My Tennessee Mountain Home』

2021.01.17
ドリー・パートン
『My Tennessee Mountain Home』
1973年作品


dolly parton j1
 ドリー・パートンというアーティストは、日本でどう受け止められているのだろうか。そもそもカントリー・ミュージシャンというだけで多くの人にとっては縁遠いし、故ホイットニー・ヒューストンが歌った「オールウェイズ・ラヴ・ユー」が元々ドリーの曲であることも、あまり知られていないような気がするが、アメリカでは取り敢えず、国宝と呼ぶのが妥当だと思う。1960年を越えるキャリアを通じて築き上げた音楽的功績だけをとっても国宝級だし、常にポジティヴで謙虚でユーモアあふれる人柄、そしてエンタメ界きってのフィランソロピスト/ビジネスーマンとしての社会貢献にも、この女性が愛されてやまない理由がある。例えば、1990年代から彼女が世界数カ国で展開しているイマジネーション・ライブラリーは、貧富にかかわらず読書の機会を提供するべく、対象に選ばれた子供たちに、生まれた時から小学校に入るまで毎月本を1冊贈るというチャリティ(その数は合計1億冊を超える)。また、生まれ故郷にドリーウッドなる大型テーマパークを作ることで、地域に多くの雇用をもたらした。教育や医療関連施設の支援にも熱心で、昨年の春には、ナッシュヴィルのヴァンダービルト大学の新型コロナウイルス研究所に100万ドルを寄付。これがモデルナ社のワクチン開発に大きく役立てられたそうで、(認可されれば)我々日本人も、間接的にドリーのお世話になるというわけだ。

 彼女がこのようにして成功から得た富を社会に還元し、人助けに情熱を注いできたのは、この『My Tennessee Mountain Home』に描かれた生い立ちと無関係ではないはず。1973年のリリースだから、ソングライター活動を経てポーター・ワゴナーとのコンビでブレイクしたのち、ソロ・アーティストとしての評価を確立しつつあった時期のアルバムであり、ドリーウッドに程近いテネシー州東部のスモーキー・マウンテン山脈の山あいで過ごした子供時代を回想する、コンセプト作品だ。ジャケットには、両親及び11人の兄弟・妹たちと住んでいた家(正確には「小屋」に近いのかも?)の写真が使われていて、パートン一家が非常に貧しかったことが一目で分かるが、ドリーが伝えているのは貧しさや辛さではない。本作からは専ら、お金はなくても幸せで、愛情にあふれていた子供時代の思い出が聴こえてくる。〈うちの家族は貧しかったのかもしれないけど、私たちには自覚がなかった。貧しいっていう言葉を耳にしたことはあるけど、何を意味するのか知らなかったのよ〉と、「Old Black Kettle」で歌っているように――。

 そんな彼女は、1曲目「The Letter」で早速リスナーを半世紀前のアメリカ南部に誘い、切ない郷愁を醸す。というのもこの曲は、高校卒業と同時にカントリー音楽界を志してナッシュヴィルに移り住んだドリーが、実家に送った最初の手紙の朗読。その中で家族を懐かしんでいる彼女は、2曲目の「I Remember」以降、言葉のひとつひとつにノスタルジアを吹き込むあの唯一無二の歌声を優しいメロディに乗せて、故郷の記憶を辿っていく。黄金色の小麦畑や甘いサトウキビ、夏の風を甘く味付けるスイカズラ、或いは、両親から教わった価値観......。「Old Black Kettle」では水道も電気もない家で炊事をしていた母を、「Daddy's Working Boots」ではボロボロの靴を履いて畑を耕して家族を養った父を讃えているが、これまでに60枚以上のアルバム(最新作『A Holly Dolly Christmas』は2020年秋登場)を発表しているドリーの労働倫理は、親譲りなのだろう。他方で「Dr. Robert F. Thomas」は、ひとりの医師に捧げたトリビュート・ソング。曲によると彼は、馬に乗ってスモーキー・マウンテン周辺の集落を訪ねて、ほとんどお金を受け取らずに病人を診て回り、ドリー自身を含めて大勢の赤ちゃんを取り上げた人なんだそうだ。

 とはいえ、本作は美談ばかりのアルバムでもない。「In The Good Old Days(When Times Were Bad)」では、空腹のまま寝なければならなかった日々や、寒さで床に氷が張る日々もあったという厳しい現実を歌い、〈どれだけお金を積まれても帰りたくはない〉と率直に本音を白状する彼女。B面に入って「Wrong Direction Home」に至ると、〈手にはスーツケース、心には希望〉を抱えて、ナッシュヴィルを目指した日を振り返っている。

 続く「Back Home」と「Better Part of Life」には、その後一時帰郷した時の心境が綴られているのだが、この時にはすでに何かが決定的に変わったことを実感しているようだ。もう子供時代には戻れないのだな、と。そしてフィナーレ「Down On Music Row」ではナッシュヴィルで踏み出した、プロのミュージシャンとしての第一歩をドキュメントする。〈Music Row〉とは、カントリーのレーベルやマネージメント事務所やスタジオが集まる地区。〈スターになりたいなら、あそこに行かなきゃ!〉と、書き溜めた曲を誰かに聴いてもらうべくミュージック・ロウに乗り込んだドリーは、RCAレーベルの伝説的プロデューサー、チェット・アトキンスとボブ・モンゴメリーに認められてデビューに至った経緯を、活き活きと綴っている。

 実際にスーパースターになってからも彼女は、自分の貧しい出自を音楽と人生のインスピレーションの源と見做しており、ドリーウッドには、実際に使っていた家財道具を置いた実家のレプリカがあるのだとか。今ではホテルやウォーターパークを併設するドリーウッドは、3千人の従業員を抱える一大リゾートに発展した。でも彼女が、年間200万人を数えるという観光客に一番見て欲しいものは、もしかしたらこの小さな〈テネシーの山の我が家〉なのかもしれない。
(新谷洋子)


【関連サイト】
『My Tennessee Mountain Home』収録曲
01. The Letter/02. I Remember/03. Old Black Kettle/04. Daddy's Working Boots/05. Dr. Robert F. Thomas/06. In the Good Old Days(When Times Were Bad)/07. My Tennessee Mountain Home/08. The Wrong Direction Home/09. Back Home/10. The Better Part of Life/11. Down On Music Row

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