テイラー・スウィフト 『フィアレス』
2021.03.25
テイラー・スウィフト
『フィアレス』2008年作品
自分が聴き親しんできたアルバムがあって、リリースから10年以上経った頃に「ちょっと納得いってないからレコーディングし直すわ」とアーティストに言われたら、多分不可解な気持ちを抱くに違いない。しかもそれが、高く評価されて大ヒットを記録した作品なら尚更のこと。完璧じゃない部分も含めて愛されているなら、それで良いのではないかと。もちろんロック・アルバムをジャズ風に作り変えるとか、アレンジを刷新するのであればまだ分かるけど、そういう話でもないのが、今回のテイラー・スウィフトのリメイク・プロジェクトだ。
最初の6枚のアルバムの再録に取り組んでいる彼女の場合、当時所属していたレーベルBig Machineが買収され、その際にマスターテープを買い戻そうと試みたものの、不本意な形で人手に渡ってしまったという事情がある。今の自分の実力で、改めてパーフェクトなヴァージョンを作ることで、オリジナル盤は無用!とまではいかないまでも、価値は下がると踏んだようだ。
そこでテイラーが第一弾に選んだのが、2008年にリリースしたセカンド・アルバム『フィアレス』(全米チャート最高1位)である。デビュー作ではなく2枚目から始めた理由は、想像に難くない。『フィアレス』は、16歳の時にファースト『テイラー・スウィフト』(2006年)でカントリー・シンガー・ソングライターとしてスタートした彼女が、ジャンルに限定されないポテンシャルを示し、より広義なポップ・ミュージックの世界へとクロスオーバーし始めた過渡的アルバムだった。
そう、本作は基本的に、カントリーのカテゴリーに入る作品ではある。スティール・ギターやマンドリン、バンジョー、フィドルを用いたバンド編成のサウンドも、微かにこぶしの効いたヴォーカルも、ノスタルジックな響きのハーモニーもカントリー由来だし、ソングライターとしての巧みなストーリーテリングも然り。でもこのアルバムに至って彼女のカントリー・ミュージックには、アラニス・モリセットからアヴリル・ラヴィーンにザ・クランベリーズまで、1990年代以降の女性ロック・アーティストの影響が色濃く反映されるようになった。その上、ジャンルの壁に阻まれることのないずば抜けたメロディセンスを備え、日記調の等身大の歌詞を綴るテイラーだから、同世代の共感を広く呼ぶのは時間の問題だったんだろう。
何しろこの時期の彼女は今ほどグラマラスじゃなかったし、同時期に人気を競ったビヨンセやレディー・ガガみたいに近寄りがたい存在でもなかった。どこにでもいる普通の10代の女の子を代表するテイラーの曲の舞台は、アメリカの田舎町。題材はロマンス。しかもハッピー・エンドを迎える物語は少ないし、本作での彼女は往々にして何かを失う側、負けて涙する側に立つ。冒頭の表題曲で、思い切って恋に飛び込むことの勇気を歌うテイラーが、以後アルバムを通じて次々試練に直面し、その勇気が必要だった理由が明らかになっていくーーそんな印象を与える作品なのだ。大ヒット曲「ラヴ・ストーリー」では『ロミオとジュリエット』に準えて、周囲の人に反対されながら恋愛を続けることの難しさを嘆き、「ホワイト・ホース」は〈白馬の王子さま〉のファンタジーに騙されたことを悔いていたり......。「ユー・ビロング・ウィズ・ミー」ではチアリーダーである恋のライバルを眩しそうに眺めながら、劣等感に苛まれていて、イタい自虐キャラとして自分を描くことが多々ある。
また、これはティーンエイジャーならではの時間感覚なのだろうけど、1〜2年前に起きた出来事を、遠い昔の思い出として懐かしんでいるかのような目線も非常に興味深い。殊に、タイトル通りに15歳の自分を記録した「フィフティーン」はそういう趣が強く、親友との出会い、初恋、初失恋......と重要な事件を振り返って、〈恋なんかするものじゃないわ〉と結論付けている。イノセンスを失い、ここから本当の人生が始まるのだという覚悟を感じさせはしないだろうか?
ちなみに2010年代のテイラーと言えば、人気ミュージシャンや俳優と次々に恋をして、その体験を曲の題材にし、時にリベンジも兼ねた暴露ソングでメディアを騒がせたわけだが、本作にはこれに先駆ける曲も見つけられる。ジョー・ジョナス(ジョナス・ブラザーズ)との恋の破局を題材にした「フォーエヴァー&オールウェイズ」然り、「ヘイ・スティーヴン」は、彼女のツアーで前座を務めたラヴ&セフトというカントリー・グループのメンバー、スティーヴン・バーカー・ライルズに宛てられた一曲。彼に抱いていた密かな想いを切々と綴って、いみじくも、〈ほかの女の子たちもそりゃキレイでしょうけど、あなたのために曲を書いてくれる子なんて、私しかいないでしょ?〉と迫るのだ。
そんなテイラーが手こずったのは恋だけじゃない。若くしてブレイクした彼女だったけど、ラストを飾る「チェンジ」には、キナ臭いメタファーをちりばめて〈命がけの闘いの末に私たちはチャンピオンになった〉などと綴られており、平坦ではなかった成功までの道のりを仄めかす。というのも、テイラーが契約した時のBig Machineは、設立されたばかりの弱小レーベル。ラジオで1曲かけてもらうのも楽ではなかったそうで、ここでの彼女は〈I〉ではなく〈we〉を用いて、共に闘ったBig Machineの社長以下、レーベルのスタッフと勝利を祝っている。
それから13年、現在は別のレーベルを移籍し、買収劇を巡って社長との関係はすっかりこじれてしまっただけに、「チェンジ」を聴いていると少々複雑な気持ちにならないでもないが、今ではむしろ、その後の彼女の闘いと成長を讃えているかのような新しい意味が備わった気がする。やや保守的な環境に身を置いていた、曲を書いて歌うことをだけに熱中していたティーンエイジャーが、世界を旅して見聞を広め、アーティストとしての自分の価値を認識して、権利を取り戻そうと立ち上がったのだから。音楽的にも、2020年に相次いで発表したインディー・フォーク寄りの2部作『フォークロア』と『エヴァーモア』で新境地を拓いたことも記憶に新しいし、〈テイラーズ・ヴァージョン〉と副題を添えた2021年版『フィアレス』に13年分の年輪がどう刻まれているのか、2021年4月には明らかにされる。
(新谷洋子)
【関連サイト】
Taylor Swift
Taylor Swift(YouTube)
『フィアレス』収録曲
1. フィアレス/2. フィフティーン/3. ラヴ・ストーリー/4. ヘイ・スティーブン/5. ホワイト・ホース/6. ユー・ビロング・ウィズ・ミー/7. ブリーズFEAT.コルビー・キャレイ/8. テル・ミー・ホワイ/9. ユー・アー・ノット・ソーリー/10. ザ・ウェイ・アイ・ラヴド・ユー/11. フォーエヴァー&オールウェイズ/12. ザ・ベスト・デイ/13. チェンジ
1. フィアレス/2. フィフティーン/3. ラヴ・ストーリー/4. ヘイ・スティーブン/5. ホワイト・ホース/6. ユー・ビロング・ウィズ・ミー/7. ブリーズFEAT.コルビー・キャレイ/8. テル・ミー・ホワイ/9. ユー・アー・ノット・ソーリー/10. ザ・ウェイ・アイ・ラヴド・ユー/11. フォーエヴァー&オールウェイズ/12. ザ・ベスト・デイ/13. チェンジ
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