音楽 POP/ROCK

M.I.A. 『アルラー』

2021.05.26
M.I.A.
『アルラー』
2005年作品


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 1951年に国連が採択した『難民の地位に関する条約』は「人種、宗教、国籍、政治的意見やまたは特定の社会集団に属するなどの理由で、自国にいると迫害を受けるかあるいは迫害を受けるおそれがあるために他国に逃れた」人々を、難民を定義付けている。また国連難民高等弁務官事務所によれば、現在ではその定義は「政治的な迫害のほか、武力闘争や人権侵害などを逃れるために、国境を超えて他国に庇護を求めた人々」と、より広い解釈されているという。だとするとミュージシャンで言えば、アジア系住民の虐殺が起きたザンジバル革命を機に英国に逃れたフレディ・マーキュリーや、レバノン内戦を受けてフランスに移り住んだ逃れたMIKAも該当するわけだが、中でも難民かつ戦災児という出自を揺るがぬ立脚地として活動を行っているのが、『アルラー』(2005年)でデビューしたM.I.A.ことマタンギ(=マヤ)・アラルプラガサムだろう。2000年代以降の英国で、最も独創的かつ革新的なポップスターのひとり、と呼んで差し支えない。

 1975年、当時ロンドンに滞在していたタミル系スリランカ人の両親の元に生まれ、半年後に家族とスリランカに帰国し、タミル人が多い都市ジャフナで子供時代を過ごした彼女。仏教徒のシンハラ人が多数派を占めるスリランカで、主にヒンドゥー教徒の少数派タミル人は長年迫害を受けてきたが、1983年にはタミル人国家の設立を目指す武装勢力LTTEと政府軍の間で内戦が勃発。マヤの父(アルラーは彼の名前だ)は、やはりスリランカからの分離・独立を訴える非暴力のタミル人学生団体EROSの設立者だったことから政府に追われる身となり、家族とほとんど接触を持たずに暮らしいたという。当然妻子も嫌がらせや脅迫の標的となり、戦闘が激化する中、彼女は11歳の時に母と姉弟と共にスリランカから脱出し、今度は難民として再びロンドンの低所得者住宅で生活し始めるのだ。

 そして名門美大セントラル・セント・マーティンズで映像制作などを学び、卒業後まずはヴィジュアル・アーティストとして活動を始めている。が、その後エラスティカのツアーに同行してバンドの撮影を行なった時に、前座を務めるピーチズからシーケンサーの手ほどきを受け、音楽の可能性に開眼。見よう見まねでヒップホップとダンスホールを融合させた曲作りにのめり込み、駆け出しの頃のディプロやパルプのスティーヴ・マッケイの手を借りて完成させたのが本作だった。

 じゃあマヤのどこが独創的で革新的なのか? そもそも人生体験からして特異なのだから前例のない表現が生まれることに不思議はないのだが、本作のリリースを前に初来日した本人に取材した時「グローバリゼーションを受け入れること」からこのアルバムが始まったという興味深い話をしていた。「もはや止められない動きに抗っても仕方ないし、だったらポジティヴに転化するしかないでしょ?」と。つまり『アルラー』で披露したのは、故郷やアイデンティティを失うことを余儀なくされた自分のユニークな視点から、自らのチョイスで、あるいは必要に迫られて人とモノが国境を自由に行き交い、異質なものが入り混じるのが当たり前となった時代に、人間やカルチャーを分断することの無意味さを突きつける――そういう音楽だと思うのだ。「アンタたち、バッカじゃないの?」とせせら笑っているかのような。しかも彼女は、そんな意図を驚くほどミニマルなトラックとラップで伝えているのである。南アジアのパーカッションからカリブのスティールパン・ドラム、ブラジルのバイーレ・ファンクのビートに至るまで世界中から集めたリズムとノイズをラフに継ぎはぎしたトラックと、同じく世界各地を転々と旅し、言葉遊びを多分に含んだラップで。そこには爆弾やスナイパーやゲリラといったキナ臭い単語がちりばめられているが、これは暴力を肯定するものではなく、子供時代に爆撃に遭い、銃を突き付けられた体験を持つマヤにとっては内在化された肌感覚を伴うヴォキャブラリーなのだろう。

 またこうした彼女のアジ(テーション)・ラップは、物語や主張をストレートに伝えてはいない。いかにもヴィジュアル・アーティストらしい、鮮烈なイメージの連打だ。でも全編ブレない視線もはっきり認められる。かつての自分と同じ、"持たざる"弱者/アウトサイダーに寄り添う視線だ。例えば筆者が思うに、「Sunshowers」では混沌とした911後の世界で、人種差別や労働搾取に苦しむ人々に心を寄せている。「Fire, Fire」では音楽業界を舞台に、アーティストを手なずけてコントロールしようとする権力者を押し返している。タミル語も交えた「10 Dollar」では、サバイバルのために手段を選ばず国境を超える、貧しい女性たちの逞しさを讃えている。「Galang」では、異質な存在を排除しようとする力に抗っている。そしてアルバムを締め括る隠しトラックの「MIA」や「Pull Up The People」では、弱者として生きることを拒み、行動を起こしてリーダーにならなければと訴えている。「フォロワーのままでも構わない。でもあんたのリーダーは誰? サイクルを断ち切らなきゃ自分が滅ぼされるだけ」と警告を発して。

 実際マヤはリーダーかつ扇動者の道を選び、反資本主義・反戦・反差別を貫いて、刺激と示唆に富んだ作品を続々制作。内戦に敗れたタミル人の窮状を訴え、難民問題を語り続けて、音楽界のルールに従うことなく度々騒動――妊娠9カ月にしてシースルーの衣装でステージに立った2009年のグラミー賞授賞式でのパフォーマンス、マドンナにゲストとして招かれるも、1億人の視聴者の前で中指を突き立ててNFLに訴えられた2012年のスーパーボウルのハーフタイム・ショウなどなど――を起こしつつ、我が道を強引に切り拓いてきた。過激な映像表現で物議を醸すこともしばしばだし、遠慮なく自分の考えを口にし、災いを招いた発言の数々も思い出される。そして時にはテロリストのシンパなどと的外れな批判を浴びながらも、昨年、英国音楽界への貢献を讃えるMBE(大英帝国勲章の「メンバー」)を受勲。日本における文化勲章、いや、王室の名で与えられるのだから褒章に近いかもしれない栄誉だ。どちらにせよ、難民のお騒がせポップ・ミュージシャン兼アクティビストが国の文化を豊かにしたと認められる――などという話は、別のスリランカ人女性を巡る悲劇に揺れている2021年5月現在の日本では、夢のまた夢、か。
(新谷洋子)


【関連サイト】
M.I.A. 『Arular』
『アルラー』収録曲
01. Banana Skit/02. Pull Up the People/03. Bucky Done Gun/04. Fire Fire/05. Freedom Skit/06. Dash the Curry Skit/07. Amazon/08. Bingo/09. Hombre/10. One for the Head Skit/11. Dollar/12. U.R.A.Q.T./13. Sunshowers/14. Galang/15. M.I.A.

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