音楽 POP/ROCK

グレアム・コクソン 『ハピネス・イン・マガジンズ』

2021.09.24
グレアム・コクソン
『ハピネス・イン・マガジンズ』
2004年作品


graham coxon j1
 1990年代半ばに起きたブラーVSオアシス合戦は、もちろん捏造とまでは言わないけど、メディアが面白おかしく煽ってエスカレートさせた騒動であって、デーモン・アルバーンとノエル・ギャラガーがゴリラズの曲で仲良く共演している四半世紀後の世界から振り返ると、バカバカしいことこの上ない。実際にはどっちも好きな人が大勢いただろうし、長い目で見るとそれぞれのファンにとってはむしろ、ノエルVSリアム・ギャラガー、或いはデーモンVSグレアム・コクソンというバンド内の対立構造のほうが大きな関心事だったんじゃないかと思う。殊に、相変わらず仲は悪いが音楽的にはそう遠くない場所にいるギャラガー兄弟に対し、一度壊れた関係を修復してバンドを存続させつつ、全く異なる趣向のソロ・キャリアをエンジョイとしているブラーのシンガーとギタリストは、観察のしがいがある。

 そもそもブラーにおいて、ブリットポップの時代はデーモンが主導し、その後のよりエクスペリメンタルな時代の方向付けをしたのが、本稿の主人公グレアムであることは広く知られている通り。つまり1997年発表の『ブラー』と1999年発表の『13』で、彼は本領を発揮したことになる。どちらも賞賛を浴び、後者からは自ら歌うシングル「コーヒー&TV」がヒットを博したものだが、この頃にはバンド内での対立が深まり、メンバーは相次いでソロ活動をスタート。グレアムはと言えば、思い切りローファイなフォークやガレージ・パンクに振り切れた3枚のアルバムーー『ザ・スカイ・イズ・トゥ・ハイ』(1998年)、『ザ・ゴールデン・D』(2000年)、『クロウ・シット・オン・ブラッド・トゥリー』(2001年)ーーを立て続けにリリースし、とにかくブラーから距離を置きたい、売れる音楽は作らないという、トゲトゲしい厭世的なスタンスを突きつけた。しかも毎回セルフ・プロデュースで全パートを自分でプレイしていたのだから、コラボレーションを基本とするゴリラズ(=デーモン)の対極にあったわけだ。

 そうこうしているうちにブラーの7作目『シンク・タンク』(2003年)のレコーディングが始まるのだが、当時アルコール依存やメンタルヘルスの問題を抱えていたグレアムはほとんどスタジオに現れず、結局そのままバンドを脱退。しかし創作欲は衰えなかった。ちょうど脱退が報じられた2002年秋に、今度はアメリカン・ルーツ・ミュージックに傾倒した4作目『ザ・キス・オブ・モーニング』を発表。依存症の治療を終えていた彼は、同作で自分が直面した危機を冷静に見つめ、そこから立ち直るのだという決意を感じさせていた。

 長い前置きになったが、こうして毒を出し切ったグレアムが2004年に世に問うたのが、ソロでは最大のヒットを博した『ハピネス・イン・マガジンズ』(全英チャート最高19位)である。彼の変わりようはあまりにも分かりやすくて、内向きで俯きがちだったそれまでの路線から踵を返し、積極的なコミュニケーションを取ろうとする社交的ポップ・アルバムを完成。引き続き多数の楽器を演奏しているものの、たまに外部のミュージシャンも交え、プロデューサーにはスティーヴン・ストリートを起用した。そう、ファースト『レジャー』(1991年)から『ザ・グレイト・エスケープ』までの、ブラーの最初の4作品に関わった盟友である。さすがに音のクオリティには雲泥の差があるし、全編にわたってベーシックなバンド・アンサンブル(グレアムのワンマン・バンドではあるが......)で、パワーポップとニュー・ウェイヴに寄ったキャッチーでメロディックなロックンロールを楽し気に鳴らす姿には、びっくりさせられたものだ。逆に『シンク・タンク』でのブラーは、デーモンが傾倒する中東やアフリカの音楽にインスパイアされたエクスペリメンタルな表現を模索していただけに、志向が逆転した感さえあった。

 同作にもしウィークポイントがあるのだとしたら、それは抑揚が少し足りないところなのかもしれないし、それを歌で補えるほどグレアムは巧いシンガーではないんだが、ちっとも聴いていて飽きないのは、やはりギタリストとして多芸であるがゆえ(ブラーを愛するエルトン・ジョンは「恐らく世界最高のギタリスト」と称賛したことがある)。「ビタースウィート・バンドル・オブ・ミザリー」では「コーヒー&TV」に通ずるジャングリーなギターを、「アー・ユー・レディ?」は前作でもちらっと聴こえたエンニオ・モリコーネ的なテイストのギターをかき鳴らし、「オール・オーヴァー・ミー」ではストリングスやシンセを絡めてサイケデリックなバラードを織り上げていて、ローファイ時代に比べれば、ギタープレイにも圧倒的にバリエーションと華がある。

 そうはいっても、決して突如ハッピーなストーリーを綴り始めるのではなく、目線のアングルは、グレアムらしく斜に傾いたまま。ラヴソングかと思いきや相手はヴァーチャルだったという「スペクタキュラー」や、〈行っちまった彼女〉というタイトル通りの「ガール・ダン・ゴーン」を聴く限り色恋関係は冴えないし、何も考えていないパリピーや偏見に満ちた人間、ファッションや音楽のセンスを欠いたヤツ、似非ロックスターなどなど次々にターゲットを見つけて、これまでひたすら自分に向けていた怒りを他者にも投げつけている。少々八つ当たり気味なのだがタガのハズレ方は痛快で、解放感は半端じゃないし、〈人生よ、お前を愛している〉と繰り返してアルバムを締め括る「リボンズ・アンド・リーヴズ」は、まさに、どん底から生還した男の快哉の歌だ。

 さて、そんなグレアムはこの4年後にブラーに戻り、バンドは活動を再開。15年には『ザ・マジック・ウィップ』という素晴らしいアルバムも生まれた。でもソロ活動のペースもゆるめず、最近はTVドラマのサントラを手掛けて高い評価を得たかと思えば、デュラン・デュランの最新作でギターを弾いているし、2021年8月末には、自作のグラフィック・ノベルとそのサントラから成るマルチメディア・プロジェクト『Superstate』をローンチしたばかり。サントラでは曲ごとに異なるコラボレーターを起用し、やたらファンキーでダンサブルなポップソングをプレイしていて、コミックと音楽の融合というコンセプトにしてもサウンドにしても、ゴリラズに接近していなくもない。こんな具合に、彼とデーモンが歩む道は、接近したり、離れたり、交差したりしながら、これからも続いていくんだろう。
(新谷洋子)


【関連サイト】
Graham Coxon 『Happiness in Magazines』(CD)
『ハピネス・イン・マガジンズ』収録曲
1. スペクタキュラー/2. ノー・グッド・タイム/3. ガール・ダン・ゴーン/4. ビタースウィート・バンドル・オブ・ミザリー/5. オール・オーヴァー・ミー/6. フリーキン・アウト/7. ピープル・オブ・ジ・アース/8. ホープレス・フレンド/9. アー・ユー・レディ?/10. ボトム・バンク/11. ドント・ビー・ア・ストレンジャー/12. リボンズ・アンド・リーヴズ

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