マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン 『ラヴレス』
2011.08.21
マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン
『ラヴレス』
1991年作品
厳密には今も存続しているにもかかわらず、本作を最後に新作が出ていない謎のバンドとして、近年の音楽ファンには実体が掴みづらいMBV。『ラヴレス』制作時は4人組だったが、現在は事実上、中心人物である奇才ケヴィン・シールズ(G、Vo、サンプリング、作詞作曲)のソロ・ユニット的な存在となっている。幼い頃、両親の実家があるアイルランド共和国の首都ダブリンに(NYから)移り住んだケヴィンは、ラモーンズに影響を受け、10代半ばに友人のコルム・オシオソイグ(Ds)とバンド活動を開始。1983年にMBVの原型を結成する。やがてベルリンに渡り、パースデイ・パーティの影響が色濃いポスト・パンク/ゴス調のミニ・アルバムを制作。その後ロンドンに活動の場を移し、ギター・ポップ/サイケ系のシングルやEPを何枚か発表した。
メンバーの入れ替わりや嗜好の変化に従って、音楽性の定まらなかった彼らだったが、ビリンダ・ブッチャー(Vo&G)が1987年に加入すると、後のMBV節を決定づける、囁くような男女混声スタイルが誕生。よりハードで一風変わったギター・サウンドを創り出すことに、ケヴィンが関心を深めていったのもこの頃だ。そして、怒濤のフィードバックの中に漂う甘美な旋律という、新たな方向性が固まっていく。アメリカン・ハードコアに触発された爆裂ノイズ・ギターは、特にライヴではフィジカル/エモーショナルの両面において、暴力的なほどの音圧で観客を圧倒。それが、ジーザス&メリー・チェイン(以下J&MC)を輩出したレーベル、クリエイションの上層部の心を動かし、彼らは同社と契約を果たす。
当時彼らは、「ポップ・メロを織り込んだディストーションの洪水」という点で、J&MCと頻繁に比較されていた。ケヴィン自身、J&MCから受けた影響も、彼らに対するリスペクトも認めていたが、余りに度重なる比べられように、苛立ちを感じていたのも確かだ。そして独自のサウンドを確立したいというバンド内の欲求が高まっていく中、ケヴィンが強く惹かれたのが、リヴァース・リヴァーブである。空間系エフェクトの中でも、残響を逆回転させることによって創造される、異空間に引き込まれてしまうかのような音像。そして、トレモロアームを効果的に用いた、揺らぎとうなり。それらはMBVのトレードマーク的なサウンドの核となり、バンドは独創性を強めた初のフル・アルバム『イズント・エニシング』を1988年にリリースした。
『イズント〜』の成功によって、より潤沢な資金と高品質の機材を使用できるようになると、あらゆる音楽的な実験を試みたいという彼らの想像/創造力は、限りなく広がっていく。少し前よりケヴィンやビリンダはヒップ・ホップ等のダンス音楽にも傾倒しており、ドラムループやサンプリングを取り入れることも、打ち込みと生音を融合させることも、彼らには自然な流れだった。そして様々な機材を満足ゆくまで試し、ギターの可能性を限界まで追求しながら、時間をかけて自分達のオリジナルなサウンドを極めること、頭の中で描いた音を完璧に具現化することに、彼らは没頭していく。
『ラヴレス』を発表したのは、制作開始から約3年後のことだ。その年月と作品の完成度は、正に比例していると言っていいだろう。前作を遥かに凌ぐ統一感。炸裂するホワイト・ノイズの分厚い壁。それでいて細部には、キラキラ光る繊細な音の粒子がちりばめられており、捻れ、歪み、不協和音を響かせるギターは、自虐的な快感の源となって、聴き手に恍惚感をもたらす。ココでない何処かへと連れ去ってくれる浮遊感。弾けるビートとうねるグルーヴ。(実際寝起きに録音したという)気怠さと透明感のある歌声。私達はそれらに身を任せながら、ズブズブと悦楽の海に沈み、再浮上し、そして酩酊するように、狂気を孕んだノイズと甘いメロディの波間を漂流していくのだ。
この隙のないサウンドは、何重ものオーバーダブの産物と考えられがちだが、ケヴィン曰く「2、3重程度」。自らのフィードバックをサンプリングしたりもしているが、最大の鍵は、彼の多用するオープン・チューニング、コードの転回、リヴァース・リヴァーブ、トレモロ等々の組み合わせにある。また完全主義者として有名なケヴィンだけれども、ここに収められているギター・プレイは、「その瞬間を切り取って形に残すことが大事だから」(ケヴィン)、ほぼ全て1〜2テイク目のものだというのも驚異的だ。
芸術家ゆえの求道精神は、傑作を生んだが、同時にまた犠牲をも強いた。理想の音を完成させるまでに、18人のエンジニアと19ケ所のスタジオを用い、本作の制作費は約5000万円(実際は3000万円程とケヴィンは主張)に上って、クリエイションの財政を圧迫。レーベルは破産の危機に追い込まれ、バンドは本作発表後に移籍した。それ以後今日まで、新作リリースの噂は常に絶えたことはないが、MBVは1枚たりとも作品を出していない。
MBVの〈発明〉した斬新なサウンドは、数多くのフォロワーを生み、90年代初頭にはシューゲイザー(靴をじっと見つめている人:ステージでは演奏に専念し、動き回ったり観客と目を合わせたりしないことから)と呼ばれるバンド群(ライド、ラッシュ、チャプターハウス、スロウダイヴら)がシーンに登場。また、その後のオルタナティヴ、そして現在のギター音響系バンドで、彼らの影響を受けた者は枚挙に暇がない。ギター・ロックの新しい地平を切り拓きつつ、前衛性とポップ性を両立させた歴史的記念碑として、本作は、(非主流派の)ギター音楽を愛する者ならば、何れかの時点で必ず出会っておくべき作品の1つである。
【関連サイト】
My Bloody Valentine(MySpace)
『ラヴレス』
1991年作品
マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン(以下MBV)が1991年に発表した『ラヴレス』は、90年代前半の英国シーンを代表する名盤。革新的なノイズ・ギターとドリーミーなメロディとが溶け合った、美しい混沌と陶酔の世界は、時を越えて、今なお多くの人々を魅了し続けている。
厳密には今も存続しているにもかかわらず、本作を最後に新作が出ていない謎のバンドとして、近年の音楽ファンには実体が掴みづらいMBV。『ラヴレス』制作時は4人組だったが、現在は事実上、中心人物である奇才ケヴィン・シールズ(G、Vo、サンプリング、作詞作曲)のソロ・ユニット的な存在となっている。幼い頃、両親の実家があるアイルランド共和国の首都ダブリンに(NYから)移り住んだケヴィンは、ラモーンズに影響を受け、10代半ばに友人のコルム・オシオソイグ(Ds)とバンド活動を開始。1983年にMBVの原型を結成する。やがてベルリンに渡り、パースデイ・パーティの影響が色濃いポスト・パンク/ゴス調のミニ・アルバムを制作。その後ロンドンに活動の場を移し、ギター・ポップ/サイケ系のシングルやEPを何枚か発表した。
メンバーの入れ替わりや嗜好の変化に従って、音楽性の定まらなかった彼らだったが、ビリンダ・ブッチャー(Vo&G)が1987年に加入すると、後のMBV節を決定づける、囁くような男女混声スタイルが誕生。よりハードで一風変わったギター・サウンドを創り出すことに、ケヴィンが関心を深めていったのもこの頃だ。そして、怒濤のフィードバックの中に漂う甘美な旋律という、新たな方向性が固まっていく。アメリカン・ハードコアに触発された爆裂ノイズ・ギターは、特にライヴではフィジカル/エモーショナルの両面において、暴力的なほどの音圧で観客を圧倒。それが、ジーザス&メリー・チェイン(以下J&MC)を輩出したレーベル、クリエイションの上層部の心を動かし、彼らは同社と契約を果たす。
当時彼らは、「ポップ・メロを織り込んだディストーションの洪水」という点で、J&MCと頻繁に比較されていた。ケヴィン自身、J&MCから受けた影響も、彼らに対するリスペクトも認めていたが、余りに度重なる比べられように、苛立ちを感じていたのも確かだ。そして独自のサウンドを確立したいというバンド内の欲求が高まっていく中、ケヴィンが強く惹かれたのが、リヴァース・リヴァーブである。空間系エフェクトの中でも、残響を逆回転させることによって創造される、異空間に引き込まれてしまうかのような音像。そして、トレモロアームを効果的に用いた、揺らぎとうなり。それらはMBVのトレードマーク的なサウンドの核となり、バンドは独創性を強めた初のフル・アルバム『イズント・エニシング』を1988年にリリースした。
『イズント〜』の成功によって、より潤沢な資金と高品質の機材を使用できるようになると、あらゆる音楽的な実験を試みたいという彼らの想像/創造力は、限りなく広がっていく。少し前よりケヴィンやビリンダはヒップ・ホップ等のダンス音楽にも傾倒しており、ドラムループやサンプリングを取り入れることも、打ち込みと生音を融合させることも、彼らには自然な流れだった。そして様々な機材を満足ゆくまで試し、ギターの可能性を限界まで追求しながら、時間をかけて自分達のオリジナルなサウンドを極めること、頭の中で描いた音を完璧に具現化することに、彼らは没頭していく。
『ラヴレス』を発表したのは、制作開始から約3年後のことだ。その年月と作品の完成度は、正に比例していると言っていいだろう。前作を遥かに凌ぐ統一感。炸裂するホワイト・ノイズの分厚い壁。それでいて細部には、キラキラ光る繊細な音の粒子がちりばめられており、捻れ、歪み、不協和音を響かせるギターは、自虐的な快感の源となって、聴き手に恍惚感をもたらす。ココでない何処かへと連れ去ってくれる浮遊感。弾けるビートとうねるグルーヴ。(実際寝起きに録音したという)気怠さと透明感のある歌声。私達はそれらに身を任せながら、ズブズブと悦楽の海に沈み、再浮上し、そして酩酊するように、狂気を孕んだノイズと甘いメロディの波間を漂流していくのだ。
この隙のないサウンドは、何重ものオーバーダブの産物と考えられがちだが、ケヴィン曰く「2、3重程度」。自らのフィードバックをサンプリングしたりもしているが、最大の鍵は、彼の多用するオープン・チューニング、コードの転回、リヴァース・リヴァーブ、トレモロ等々の組み合わせにある。また完全主義者として有名なケヴィンだけれども、ここに収められているギター・プレイは、「その瞬間を切り取って形に残すことが大事だから」(ケヴィン)、ほぼ全て1〜2テイク目のものだというのも驚異的だ。
芸術家ゆえの求道精神は、傑作を生んだが、同時にまた犠牲をも強いた。理想の音を完成させるまでに、18人のエンジニアと19ケ所のスタジオを用い、本作の制作費は約5000万円(実際は3000万円程とケヴィンは主張)に上って、クリエイションの財政を圧迫。レーベルは破産の危機に追い込まれ、バンドは本作発表後に移籍した。それ以後今日まで、新作リリースの噂は常に絶えたことはないが、MBVは1枚たりとも作品を出していない。
MBVの〈発明〉した斬新なサウンドは、数多くのフォロワーを生み、90年代初頭にはシューゲイザー(靴をじっと見つめている人:ステージでは演奏に専念し、動き回ったり観客と目を合わせたりしないことから)と呼ばれるバンド群(ライド、ラッシュ、チャプターハウス、スロウダイヴら)がシーンに登場。また、その後のオルタナティヴ、そして現在のギター音響系バンドで、彼らの影響を受けた者は枚挙に暇がない。ギター・ロックの新しい地平を切り拓きつつ、前衛性とポップ性を両立させた歴史的記念碑として、本作は、(非主流派の)ギター音楽を愛する者ならば、何れかの時点で必ず出会っておくべき作品の1つである。
(今井スミ)
【関連サイト】
My Bloody Valentine(MySpace)
『ラヴレス』収録曲
01. オンリー・シャロウ/02. ルーマー/03. タッチト/04. トゥ・ヒア・ノウズ・ホエン/05. ホエン・ユー・スリープ/06. アイ・オンリー・セッド/07. カム・イン・アローン/08. サムタイムス/09. ブロウン・ア・ウィッシュ/10. ホワット・ユー・ウォント/11. スーン
01. オンリー・シャロウ/02. ルーマー/03. タッチト/04. トゥ・ヒア・ノウズ・ホエン/05. ホエン・ユー・スリープ/06. アイ・オンリー・セッド/07. カム・イン・アローン/08. サムタイムス/09. ブロウン・ア・ウィッシュ/10. ホワット・ユー・ウォント/11. スーン
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