アヴリル・ラヴィーン 『レット・ゴー』
2022.02.20
アヴリル・ラヴィーン
『レット・ゴー』
2002年作品
その昔、ガービッジのシャーリー・マンソンにインタヴューした際、2000年代に入ってからのポップの隆盛とそれに伴うロックの衰退に言及して、「作品の好き嫌いは別にして、アヴリル・ラヴィーンとかミッシェル・ブランチとか、ギターを抱えて自分で曲を書いて歌う女性アーティストが残っていてくれていることは、すごく重要だと思う」と話していたのを覚えている。実際アヴリルがやったことは、ここにきて確かな実を結んだ。2021年最大のルーキーであるオリヴィア・ロドリゴを筆頭に、スネイル・メイルにクレイロにビーバドゥービーといったインディ・アーティストたち、或いはミート・ミー・アット・ジ・アルターやスタンド・アトランティックのような女性が率いるポップパンク・バンドなどなど、彼女のチルドレンみたいな若手ミュージシャンが俄かに増えているのである。恐らく子供の頃にMTVを見ていて、音楽は好きだけどブリトニーやビヨンセにはなれない、なりたくない、何か違うやり方があるはず......と思ったガールズが、まさにギターを練習して歌い始めた結果なのだろう。
そして彼女たちを触発したのが、世界で2千万枚のセールスを記録したこのアルバム『レット・ゴー』(全米チャート最高2位)だったのだと思う。カナダのオンタリオ州出身、地元のイベントなどで歌っていた時に音楽関係者の目に留まり、瞬く間に大手レーベルのアリスタと契約したアヴリルが、17歳の時に発表したデビュー・アルバムだ。クリフ・マグネス(ややAOR系アーティスト兼プロデューサー)とザ・マトリックス(シンガー・ソングライターのローレン・クリスティを中心とするプロダクション・ユニット)という2組のコラボレーターと曲を綴り、R&Bやダンスポップが支配的だったメインストリームをよそにロック志向を打ち出した彼女だが、子供時代は専ら、教会で親しんだゴスペルやカントリーを歌っていたという。ロックに開眼したのは、10代になってポップパンクとスケートボード・カルチャーに出会ってからのこと。時代は1990年代半ば、ちょうどオフスプリングやグリーン・デイがブレイクし、そのあとにブリンク182やグッド・シャーロットといった新鋭が次々登場していた頃で、これがファッション面でも独自のアイデンティティをアヴリルに与えることになる。そう、彼女の定番スタイルと言えばとことんボーイッシュで、ディッキーズのバギーなパンツにタンクトップ、バカでかいネクタイ、ヴァンスのスリッポン・シューズ、スタッズのアクセサリー......。鼻っ柱も強く、無駄に微笑んだりもしないし、露出度の高いファッションでセクシーさを競っていた他の若い女性アーティストを批判する発言も、度々していたものだ。
その媚びない姿勢は、ファースト・シングルの「コンプリケイテッド」にもしっかり投影されていた。マイナーコードのイントロに続いて聴こえてくるのは、〈自分を偽ってもいいことないし、バカみたいだからやめれば?〉という生き方の指南。〈転んで、這いつくばって、落ち込んで、でもありったけのものを誠実さに変えていく――それが人生よ〉と、17歳に遠慮なく諭されてしまうのである。
そして「コンプリケイテッド」がチャートを駆け上る中で登場した本作にも、ここに至るまでの彼女の人生が、徹底して率直な曲でドキュメントされていた。「マイ・ワールド」では人口5000人の故郷の町での生活を振り返り、「エニシング・バット・オーディナリー」ではそんな田舎町で抱いた逃避願望を歌って、「モバイル」では音楽活動のために渡米し、環境の変化に戸惑ってた時期を回想。そして「ノーバディズ・フール」では自分の意にそぐわないアーティスト像を押し付けるレーベルとのせめぎ合いを描いて舞台裏のドラマをさらけ出し、〈やれるもんならやってみなさいよ!〉と挑発したりもする。が、逆に「アイム・ウィズ・ユー」や「トゥモロウ」では孤独感や心細さも正直に吐露していて、強がるだけじゃない。また恋愛絡みの曲にしても、「ルージング・グリップ」然り、「アンウォンテッド」然り、専らフラストレーションの捌け口として機能しているのだが、最後の最後に素直なラヴソング「ネイキッド」が待ち受けている。心を許せる人と巡り会えたことのうれしさをストレートに表現して、新しい始まりを予感させる、秀逸なエンディングだ。
そんな『レット・ゴー』は、音楽的にはグランジやミクスチュア・ロックなど1990年代オルタナティヴの残り香を漂わせるポップ・ロックでまとめられ、ヴォーカル・スタイルを含めて、同じカナダ人の先輩アラニス・モリセットの影響を強く感じさせるが、中に1曲だけ、オーセンティックなポップパンク・ソングがある。言うまでもなく、名曲「スケ8ター・ボーイ」だ。タイトルのスケーターの男の子は、バレエを学ぶ可愛い女の子に恋するのだが、女の子は上から目線で、男の子を拒絶。数年後、彼女は平凡な人生を歩み、彼はロックスターになっていた......と、ストーリーは展開する。しかしクライマックスになって、曲のナレーターは実は彼の現在のガールフレンドであることが明かされ、〈アンタは気付かなかった彼の良さが、私には分かっていた〉と勝ち誇るようにアヴリルは歌うのだ。よってある種の訓話であり、スケーターへの偏見や社会的格差について問題提起をしているようでもあるのだが、愚かな女の子を嘲笑うイジワルなところも否定できず、なかなか複雑な成り立ちの曲なのである。と同時に、女性が歌う史上初のポップパンク・ソングのひとつでもあり、女性アーティストが入り込む余地がなかったシーンに風穴を開けたエポックメイキングな曲だったことも、特筆しておきたい。
あれからちょうど20年、ダンスポップからフォークまで作品を重ねるごとにスタイルの幅を広げていったアヴリルは、最新作『ラヴ・サックス』ではポップパンクに回帰して、全編でアップビートなロックンロールを鳴らしているという。トラックリストを見ると「ボーイズ・ライ(Bois Lie)」と題された曲があるが、そう言えば、「スケ8ター・ボーイ」の原題は「Sk8er Boi」。〈Boi〉というキーワードで20年前に自分と一直線に結んで、彼女なりにオマージュを込めたのだろう。
『レット・ゴー』
2002年作品
そして彼女たちを触発したのが、世界で2千万枚のセールスを記録したこのアルバム『レット・ゴー』(全米チャート最高2位)だったのだと思う。カナダのオンタリオ州出身、地元のイベントなどで歌っていた時に音楽関係者の目に留まり、瞬く間に大手レーベルのアリスタと契約したアヴリルが、17歳の時に発表したデビュー・アルバムだ。クリフ・マグネス(ややAOR系アーティスト兼プロデューサー)とザ・マトリックス(シンガー・ソングライターのローレン・クリスティを中心とするプロダクション・ユニット)という2組のコラボレーターと曲を綴り、R&Bやダンスポップが支配的だったメインストリームをよそにロック志向を打ち出した彼女だが、子供時代は専ら、教会で親しんだゴスペルやカントリーを歌っていたという。ロックに開眼したのは、10代になってポップパンクとスケートボード・カルチャーに出会ってからのこと。時代は1990年代半ば、ちょうどオフスプリングやグリーン・デイがブレイクし、そのあとにブリンク182やグッド・シャーロットといった新鋭が次々登場していた頃で、これがファッション面でも独自のアイデンティティをアヴリルに与えることになる。そう、彼女の定番スタイルと言えばとことんボーイッシュで、ディッキーズのバギーなパンツにタンクトップ、バカでかいネクタイ、ヴァンスのスリッポン・シューズ、スタッズのアクセサリー......。鼻っ柱も強く、無駄に微笑んだりもしないし、露出度の高いファッションでセクシーさを競っていた他の若い女性アーティストを批判する発言も、度々していたものだ。
その媚びない姿勢は、ファースト・シングルの「コンプリケイテッド」にもしっかり投影されていた。マイナーコードのイントロに続いて聴こえてくるのは、〈自分を偽ってもいいことないし、バカみたいだからやめれば?〉という生き方の指南。〈転んで、這いつくばって、落ち込んで、でもありったけのものを誠実さに変えていく――それが人生よ〉と、17歳に遠慮なく諭されてしまうのである。
そして「コンプリケイテッド」がチャートを駆け上る中で登場した本作にも、ここに至るまでの彼女の人生が、徹底して率直な曲でドキュメントされていた。「マイ・ワールド」では人口5000人の故郷の町での生活を振り返り、「エニシング・バット・オーディナリー」ではそんな田舎町で抱いた逃避願望を歌って、「モバイル」では音楽活動のために渡米し、環境の変化に戸惑ってた時期を回想。そして「ノーバディズ・フール」では自分の意にそぐわないアーティスト像を押し付けるレーベルとのせめぎ合いを描いて舞台裏のドラマをさらけ出し、〈やれるもんならやってみなさいよ!〉と挑発したりもする。が、逆に「アイム・ウィズ・ユー」や「トゥモロウ」では孤独感や心細さも正直に吐露していて、強がるだけじゃない。また恋愛絡みの曲にしても、「ルージング・グリップ」然り、「アンウォンテッド」然り、専らフラストレーションの捌け口として機能しているのだが、最後の最後に素直なラヴソング「ネイキッド」が待ち受けている。心を許せる人と巡り会えたことのうれしさをストレートに表現して、新しい始まりを予感させる、秀逸なエンディングだ。
そんな『レット・ゴー』は、音楽的にはグランジやミクスチュア・ロックなど1990年代オルタナティヴの残り香を漂わせるポップ・ロックでまとめられ、ヴォーカル・スタイルを含めて、同じカナダ人の先輩アラニス・モリセットの影響を強く感じさせるが、中に1曲だけ、オーセンティックなポップパンク・ソングがある。言うまでもなく、名曲「スケ8ター・ボーイ」だ。タイトルのスケーターの男の子は、バレエを学ぶ可愛い女の子に恋するのだが、女の子は上から目線で、男の子を拒絶。数年後、彼女は平凡な人生を歩み、彼はロックスターになっていた......と、ストーリーは展開する。しかしクライマックスになって、曲のナレーターは実は彼の現在のガールフレンドであることが明かされ、〈アンタは気付かなかった彼の良さが、私には分かっていた〉と勝ち誇るようにアヴリルは歌うのだ。よってある種の訓話であり、スケーターへの偏見や社会的格差について問題提起をしているようでもあるのだが、愚かな女の子を嘲笑うイジワルなところも否定できず、なかなか複雑な成り立ちの曲なのである。と同時に、女性が歌う史上初のポップパンク・ソングのひとつでもあり、女性アーティストが入り込む余地がなかったシーンに風穴を開けたエポックメイキングな曲だったことも、特筆しておきたい。
あれからちょうど20年、ダンスポップからフォークまで作品を重ねるごとにスタイルの幅を広げていったアヴリルは、最新作『ラヴ・サックス』ではポップパンクに回帰して、全編でアップビートなロックンロールを鳴らしているという。トラックリストを見ると「ボーイズ・ライ(Bois Lie)」と題された曲があるが、そう言えば、「スケ8ター・ボーイ」の原題は「Sk8er Boi」。〈Boi〉というキーワードで20年前に自分と一直線に結んで、彼女なりにオマージュを込めたのだろう。
(新谷洋子)
【関連サイト】
『レット・ゴー』収録曲
01. ルージング・グリップ/02. コンプリケイテッド/03. スケ8ター・ボーイ/04. アイム・ウィズ・ユー/05. モバイル/06. アンウォンテッド/07. トゥモロウ/08. エニシング・バット・オーディナリー/09. シングス・アイル・ネヴァー・セイ/10. マイ・ワールド/11. ノーバディズ・フール/12. トゥー・マッチ・トゥ・アスク/13. ネイキッド
01. ルージング・グリップ/02. コンプリケイテッド/03. スケ8ター・ボーイ/04. アイム・ウィズ・ユー/05. モバイル/06. アンウォンテッド/07. トゥモロウ/08. エニシング・バット・オーディナリー/09. シングス・アイル・ネヴァー・セイ/10. マイ・ワールド/11. ノーバディズ・フール/12. トゥー・マッチ・トゥ・アスク/13. ネイキッド
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