トム・ロビンソン・バンド 『パワー・イン・ザ・ダークネス』
2022.07.27
トム・ロビンソン・バンド
『パワー・イン・ザ・ダークネス』
1978年作品
真っ黒に塗られた背景がダークネスを象徴し、オレンジに近いイエローの突き上げられた拳がパワーを象徴する――。もうすぐ23年ぶりに来日するトム・ロビンソン・バンド(TRB)が、1978年に発表したデビュー作『Power In The Darkness』(全英チャート最高4位)ほどに、タイトルとジャケット、そしてジャケットと中身が一致しているアルバムも珍しいと思う。裏を返すと、(少なくとも筆者が所持しているアナログ盤については)上半分はバンドの写真(撮影したのは『ダイアモンドの犬』期のボウイの写真でも有名なフォトグラファー、故テリー・オニールだ)に占められ、下半分にはぎっしり文字が詰め込まれていて、右端に見えるのはロック・アゲインスト・レイシズム(極右政党の台頭を受けて結成され、TRBほか多数のミュージシャンが関わった反差別ムーヴメント)のマニフェストや連絡先。左端には各曲に関連するテキストを添えたトラックリストがあり、中央には『NME』紙から引用したフロントマン/メイン・ソングライターのトム(ベース/ヴォーカル)の発言が記されている。中でも本作を理解する上で、筆者が重要だと思うのは以下の箇所だ。
「政治とは......君の妹が中絶手術を受けられないことであり、君の親友がアジア系だからといって差別を受けることであり、マリファナを1本持ってただけで投獄されることであり......それはロックファンにとって、いや、ラクチンな仕事や金持ちの親を持たないあらゆる人にとっての日常生活そのもの。......もしも音楽が、ほんの僅かでも世界にある偏見や不寛容を取り除くことができるとしたら、試す価値はある......それは僕に言わせれば、自分の権利のために立ち上がることなんだよ」
このような明確なミッションを掲げるバンドの誕生を促したのは何なのか? まずは言うまでもなく、当時の英国の社会情勢と密接な関係がある。1970年代末、経済は停滞し社会不安が高まる中で、排外主義的な極右勢力が台頭。移民を始めとするマイノリティがスケープゴートとして排斥・差別にさらされていた。躊躇なく自身が同性愛者であることを公言していたトムの場合、まさに自分自身が差別の対象だったわけで、危機感を覚え、同様の立場にある人々と連帯して闘うというのは当然の帰結。TRB誕生以前からゲイ解放運動のみならず、あらゆる被差別者の人権擁護を訴えるアクティヴィズムに関わっていた彼にとって、音楽はその強力な武器だった。
そう、1950年にケンブリッジで生まれた彼が自身のセクシュアリティを悟ったのは、まだ英国で男性同士の関係が違法だった10代の頃。苦悩の末に自殺を図ったことも広く知られている。その後ロンドンで音楽活動を始め、カフェ・ソサエティを経て1977年初めに、友人のダニー・カストウ(ギター、ヴォーカル/2019年に死去)、マーク・アンブラ―(オルガン/ピアノ)、ドルフィン・テイラー(ドラムス)のラインナップでTRBを結成。パンク・ムーヴメントの盛り上がりに後押しされて注目を集め、10カ月後にはEMIから発表したデビュー・シングル「2-4-6-8 Motorway」を全英チャート5位に送り込み、史上最強のゲイ・アンセムと呼んで過言ではない「Glad To Be Gay」を翌年リリース。BBCラジオがオンエアを拒んだにもかかわらずこれまたトップ20ヒットを記録し、追い風に乗って世に問うたのが本作だった。(注:日本盤には「2-4-6-8 Motorway」が収録されていたが、本稿はこの曲を含まない英国盤に基づく)
プロデューサーは、ザ・ビートルズやピンク・フロイドとの仕事で名を馳せていたクリス・トーマス。一足早く登場したセックス・ピストルズの『勝手にしやがれ!!』もクリスのプロデュース作で、TRBも一般的にパンクバンドと見做されてはいるが、世代的にはやや上とあって演奏力は高く、アルバムから聴こえる音はどちらかというと古典的なロックに近い。ジャズ畑で経験を積んだマークが弾くハモンド・オルガンを前面に押し出した、時にファンキーで華のあるアンサンブル然り、随所に配されたそのハモンドやギターのソロ然り。むしろ精神面におけるパンクバンドなのであって、ピストルズやザ・クラッシュと同様にこの時期の英国社会の産物だったTRBは、ピリピリと張りつめた一触即発の空気を本作で伝えている。何しろトムが描く若者たちは、不況や社会保障の削減、人種間の対立といった問題の数々に追い詰められ(「Up Against the Wall」)、未来への希望を失っていて(「Too Good To Be True」)、実際「Winter of '79」で提示する未来の姿は、持つ者と持たざる者が衝突し血を流すディストピア。それが1979年だという設定がまた恐ろしく、血こそ流れなかったものの、まるで同年の総選挙での保守党の圧勝とサッチャー政権の誕生を予期していたかのよう。続く「Man You Never Saw」の舞台も引き続きディストピアなのか、主人公は、何らかのデモに参加したことで誰かに追われている(或いはそう思い込んでいる?)男だ。
もちろん彼は同時にそんな状況への抵抗を呼び掛けるわけだが、マイノリティ当事者であるトムのスタンスを特徴付けるのはやはり、インクルーシヴィティなのだと思う。「Ain't Gonna Take It」などに顕著なように、具体的に女性、子供たち、移民、それぞれが直面する苦境に想いを馳せ、差異を乗り越えて、一人より二人と数の力で大きな敵と闘うべく、あの朴訥とした暖かい歌声で団結を訴える。そして「Better Decide Which Side You're On」では、自分には関係ないと高を括っている人々に態度を決めろと迫り、ラストのタイトルトラックで対立軸を明確に打ち出すのだ。自分たちの望み――同性を愛する自由、男性による支配からの自由、自分が望む人生を生きる自由などなど――と、敵対する抑圧者側の望み――有色人種やフーリガン、労働組合、性的マイノリティ、〈左翼のクズども〉が存在しない英国――をそれぞれ声色を変えてリストアップして対比させ、まさに「自分の権利のために立ち上がれ」と繰り返しながら。
驚いたことにそんな本作は、トムの公式ホームページによると、英国に加えて日本でもゴールド・セールス(10万枚)を記録したという。1978年の日本と言えば高度経済成長の時代はとうに終わっていたものの、まだまだ英国ほどの窮地に陥ってはおらず、音楽界の頂点にはピンク・レディーが君臨していた時期。海外アーティストのプロテスト・アルバムが売れる余地があったとは信じた難い話だが、ヒットしたからこそ1979年に早々と初来日が実現したのだろうか?
もっとも、前述した通りその1979年には保守党が政権の座に就き、TRBはセカンド『TRB TWO』のリリースから間もなく解散してしまう。以後トムはソロに転向して現在までに10枚以上のアルバムを発表する傍ら、アクティヴィスト活動も続け、1980年代後半からBBCラジオのDJを務めるようになり、現在はオルタナティヴ系の6MUSICで2本の番組を担当。実はそのひとつ(毎週日曜日の『Now Playing@6MUSIC』)を流しながらこの原稿を書いている。72歳になった彼の物柔らかでウィッティーな語り口、或いは、朗らかな笑い声を聴いていると隔世の感があるが、時折披露する武勇伝からは静かな誇りが伝わってくるし、ああ、この人に信頼を預けて間違いはないなと改めて実感できるのである。
(新谷洋子)
【関連サイト】
『パワー・イン・ザ・ダークネス』収録曲
01. Up Against the Wall/02. Grey Cortina/03. Too Good to Be True/04. Ain't Gonna Take It/05. Long Hot Summer/06. The Winter of '79/07. Man You Never Saw/08. Better Decide Which Side You're On/09. You Gotta Survive/10. Power in the Darkness
01. Up Against the Wall/02. Grey Cortina/03. Too Good to Be True/04. Ain't Gonna Take It/05. Long Hot Summer/06. The Winter of '79/07. Man You Never Saw/08. Better Decide Which Side You're On/09. You Gotta Survive/10. Power in the Darkness
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