音楽 POP/ROCK

シャナイア・トゥエイン 『カム・オン・オーヴァー』

2022.10.26
シャナイア・トゥエイン
『カム・オン・オーヴァー』
1997年作品


Shania Twain j1
 その数じつに4千万枚。女性アーティストのアルバムとしては史上最多にして、歴代7位のセールスを記録したと聞けば、マドンナやマライア・キャリーの作品を想像するのかもしれない。もしくはダイアナ・ロスやバーブラ・ストライサンドのそれか?

 果たして、1997年に発表したサード・アルバム『カム・オン・オーヴァー』(全米チャート最高2位)を4千万枚売ったのは、ほかでもなくオンタリオ州出身のカナダ人シンガー・ソングライター、シャナイア・トゥエインだった。小学生の頃から人前で歌って音楽界を志していた彼女は、亡くなった両親に代わって弟と妹を育て、独り立ちさせてからデビューに至った苦労人。ファースト・アルバム『Shania Twain』(1993年)を発表したのは27歳の時だった。

 その『Shania Twain』はわりと直球のカントリー・アルバムで、セールスはふるわず、自作曲をほとんど歌えなかったことから本人も仕上がりに不満を抱いていたという。流れを一気に変えたのが、のちに夫となるロバート・ジョン・"マット"・ラングとの出会いだ。ご存知、AC/DCやデフ・レパードのメガ・ヒット作を手掛けて、1980年代のスタジアム・ロックのテンプレートを確立したこの伝説的プロデューサー兼ソングライターはシャナイアの声に惚れ込み、セカンド『ザ・ウーマン・イン・ミー』(1995年)で初めてコラボ。ふたりで共作し、マットがプロデュースした曲のクオリティは段違いにアップし、大ヒットを記録すると、まずはグラミー賞の最優秀カントリー・アルバム賞に輝くなどしてカントリー界を制覇。彼女自身の視点が反映されたことで歌詞の説得力が増したことも、人気に寄与したことは間違いなく、続く『カム・オン・オーヴァー』でいよいよ彼女は、メインストリームへとクロスオーバーを果たす。

 じゃあ、それを可能にしたのは何か? アルバム終盤にずばり「ロック・ディス・カントリー」と題された曲があるのだが、これこそ本作の音楽的モットーだと言えるのだろう。マットはオハコのアンセミックなロックンロールの要素をカントリーに持ち込み、結果的にはカントリー・ロックではなく、来る者を拒まない懐豊かなポップ・ミュージックに着地しているところに、『カム・オン・オーヴァー』の勝因がある。フィドルやペダルスチールやアコーディオンと、時にはソロに興じるラウドなエレクトリック・ギター、そして、パンチの効いたドラムスをバランス良くアレンジ。バラードにはストリングスをあしらい、メイン・ヴォーカルに影のようにウィスパーを重ねるマット独特の手法を盛り込んだりしながら仕上げた16の曲には、一分の隙も無い。北米以外の地域に向けたインターナショナル盤では、カントリー色もロック色もさらに薄めて曲順を入れ替えて本作を提示したが、そちらはあまりに薄味で、シャナイアのプレイフルで大仰な歌には物足りないような気がしていて、個人的にはやはり、濃い味付けのオリジナル盤を薦めしたい。

 また、北米盤が勝っていると思う理由をもうひとつ挙げるとするならば、それは、バラードで始まるインターナショナル盤に対し、オープニングにアップビートなパーティー・ソング「フィール・ライク・ア・ウーマン」を配置していることにある。彼女は開口一番〈Let's go girls!〉と同性たちに呼び掛けて、〈The best thing about being a woman is the prerogative to have a little fun and go totally crazy!(女性であることの一番素晴らしいところは、楽しんで、思い切りクレイジーになる特権を手にしていること)〉と歌い、アルバムの前提的メッセージを最初にぶち上げているのである。

 そう、振り返ってみると、1990年代半ばに生まれた女性シンガー・ソングライターによる傑作は、アラニス・モリセットの『ジャグド・リトル・ピルズ』然り、フィオナ・アップルの『タイダル』然り、ジャネット・ジャクソンの『ザ・ヴェルヴェット・ロープ』然り、どうも〈女はしんどいな〉と痛感させられるアルバムが多かった。他方で、その流れへのカウンターというのか、〈色々あるけど女は楽しい!〉と訴えた二大作品が、本作とスパイス・ガールズの『スパイス』だったと筆者は思っている。もちろんスパガの面々より年上のシャナイアの視点は、余裕のある大人の女性のそれなのだが、このアルバムにも『スパイス』と同様、ガール・パワー・アンセムが少なくなかった。例えば前述した「アイ・フィール・ライク・ア・ウーマン」。〈ロマンスなんかいらない/踊りたいだけ〉という一行をとっても、自由を謳歌する女性の姿が投影されているし(MVはあのロバート・パーマーの『恋におぼれて』のパロディで、男女の役割をひっくり返していた)、「ラヴ・ゲッツ・ミー・エヴリ・タイム」の主人公も、選択する余裕のある自立した女性。そんな自分を納得させたラヴを讃える曲だ。その一方で、「ドント・ビー・スチューピッド」では女性を束縛したがる男を牽制し、「イフ・ユー・ウォナ・タッチ・ハー」はハートを重視する女性に対してやってはいけないことを、男性に根気強くアドバイス。自分に言い寄って来る男たちを次々に拒絶する「ドント・インプレス・ミー」からは、〈妥協するくらいならシングルでいるほうがハッピーよね〉というような想いが読み取れる。

 そして「ハニー、アイム・ホーム」は、タイトルを一瞥して、仕事を終えて帰宅した男性のセリフだと早合点しかねないが、シャナイアはジェンダーのステレオタイプを一蹴。何もかもうまく行かない一日にくたびれ切って、〈月経前症候群より辛いかも〉とぼやきながら我が家に帰ってきた女性が、ハニーに一杯注がせて〈何か美味しいもの作ってよ〉と要求する。かと思えば、「ブラック・アイズ、ブルー・ティアーズ」ではDV男から逃れて尊厳を取り戻そうとしている女性を描写。重い題材からも目を背けず、徹底して分かりやすい言葉でエンパワーするのである。

 このような姿勢は自分の見せ方にも現れていた。なぜって彼女のウリは、Y2K時代を先取りしていた、ボディコンシャスでグラマラスな、露出度の高いファッション。保守的なカントリー界では物議を醸したものだが、それで怯む人ではなく、カナダ人というアウトサイダーであることを盾に押し切っていたそうだ。そういう意味で、彼女は色んな意味で女性解放を体現するアーティストであり、当時はあまりそういう文脈で語られることはなかったと記憶しているが、『カム・オン・オーヴァー』はフェミニストと評せる側面を多分に含むアルバムなのである。

 さて、冒頭で触れた通りに、そんな本作の売り上げは現在までに4千万枚を突破し(これはカントリー・アルバムとしても史上最多のセールス数だ)、『ウーマン〜』は2千万、4作目の『アップ!』(2002年)も1千万枚を超え、彼女は音楽界で初めて3枚連続のダイアモンド・セールスを達成。とにかくシャナイア&マットのコンビは無敵だった。しかしそれから5作目が登場するまでに長い空白が生まれる。というのも、『アップ!』に伴うツアー中に彼女はライム病に感染。それが声帯にもダメージを与えて長期にわたるリハビリを要しただけでなく、マットの浮気に端を発する離婚〜音楽的パートナーシップの解消も、カムバックを遅らせた。

 結局、新進プロデューサーたちと作り上げた5作目の『ナウ』は2017年にリリースされたのだが、その頃にはテイラー・スウィフトやハイムからハリー・スタイルズまでシャナイアへの憧れを口にする若手アーティストが次々に現れ、ハリーはさる2022年4月のコーチェラ・フェスティバルで彼女と共演し、本作から2曲をデュエット。ほかにも今年はNetflixでドキュメンタリー映画『Shana Twain:Not Just A Girl』が公開され、2022年9月末にニューウェイヴ調のニュー・シングル「Waking Up Dreaming」を発表し、再評価を盛り上げる話題が続いている。しかも、ハリーとステージに立った時にはラメのミニドレスで踊っていたし、「Waking Up Dreaming」のジャケットにはトップレスで写り、MVではグラムロック・ファッションで歌う彼女から伝わってくるメッセージは、四半世紀前と変わっていない。ガールズ・ジャスト・ワナ・ハヴ・ファン!と。
(新谷洋子)


【関連サイト】
Shania Twain(Official)
Shania Twain『Come On Over』(CD)
『カム・オン・オーヴァー』収録曲
1.フィール・ライク・ア・ウーマン/2.ホールディング・オン・トゥ・ラヴ/3.ラヴ・ゲッツ・ミー・エヴリ・タイム/4.ドント・ビー・スチューピッド/5.フロム・ディス・モーメント・オン/6.カム・オン・オーヴァー/7.ホエン/8.ホワットエヴァー・ユー・ドゥ!/9.イフ・ユー・ウォナ・タッチ・ハー/10.スティル・ザ・ワン/11.ハニー、アイム・ホーム/12.ドント・インプレス・ミー/13.ブラック・アイズ、ブルー・ティアーズ/ 14.アイ・ウォント・リーヴ・ユー・ロンリー/15.ロック・ディス・カントリー/16.ユーヴ・ガット・ア・ウェイ

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