音楽 POP/ROCK

システム・オブ・ア・ダウン 『システム・オブ・ア・ダウン』

2022.11.19
システム・オブ・ア・ダウン
『システム・オブ・ア・ダウン』
1998年作品


system of a down j1
 かれこれ20年以上前、「苗字が〈ian〉や〈yan〉で終わっていたら、十中八九その人はアルメニア人なんだよ」と、自身のルーツに触れながら筆者に教えてくれたのは、アルメニア系英国人のアクセサリー・デザイナー、ロバート・タテオシアンだ。調べてみると、現在もロバートが作るジュエリーのようなカフリンクスは日本で大人気らしいが、それからしばらくしてシステム・オブ・ア・ダウン(以下SOAD)と出会った時、「なるほど」と彼の話を思い出した。サージ・タンキアン(ヴォーカル)、ダロン・マラキアン(ギター)、シャヴォ・オダジアン(べース)、ジョン・ドルマヤン(ドラムス)。メンバーが全員アルメニア系であることは、名前が如実に物語っている。マルチカルチュラルなバンドなら珍しくはないけど、民族的アイデンティティに則って結成されたというケースは、アメリカでも非常に珍しいのではないかと思う。

 そういう成り立ちもあって、本作『システム・オブ・ア・ダウン』(全米チャート最高113位)で1998年にデビューした当初から、彼らは未知の異質な存在として、強烈なオリジナリティを誇っていた。難解ではあるものの明らかに政治コメンタリーを含んだ歌詞や、朗々としたオペラティックな歌と不気味な咆哮を交互に繰り出すサージのヴォーカル然りで、音楽的な系図を描くとしたら、ミスター・バングルに代表されるアヴァンギャルドなミクスチュア・メタルを筆頭に、スラッシュ・メタル、1990年代オルタナティヴ・ロック、ハードコア・パンクに加えて、ヒップホップやファンク、アルメニアの伝統音楽を含んだ恐ろしく複雑な図になるはず。そのアグレッシヴでストレンジな音に初めて触れた時に、高揚と混乱で頭がクラクラしたのを記憶している。

 実際、活動を始めた頃はあまりにニッチだと見做されてレーベル探しに苦労したようだが、本作はリリースから2年近くをかけてゴールド・セールスを達成。セカンドの『毒性(Toxicity)』で大ブレイクし、アメリカ国内だけで600万枚の売り上げを記録することになる。こういう音と主張がラジオでもMTVでも普通に流れて、盟友のレイジ・アゲインスト・ザ・マシーン共々絶大な支持を誇っていたのだから、さすがに隔世の感を禁じ得ない。

 そんなSOADのメンバーのうち、ダロンはロサンゼルス出身、サージとジョンはレバノンで、シャヴォはソ連時代のアルメニアで生まれ、幼少期に家族と渡米。ジョン以外の3人は、ロサンゼルス郊外グレンデールにある、アルメニア系の子どもを対象にした学校を卒業している。そもそもグレンデールは国内で最もアルメニア系住人が多いことで知られる町だが、アメリカに大勢の人が移り住むきっかけとなったのは言うまでもなく、1910年代半ばに起きた、オスマン帝国によるアルメニア人の虐殺である。犠牲者は約150万人とされ、SOADが作品や発言を通じてこの問題を広く知らしめ、またアルメニアという国そのものの認知度を上げたことは間違いないし、1994年の結成前からジェノサイド認定を求めてアメリカ政府に働きかける活動を行なっていたサージの場合は、そもそもの音楽作りの目的がそこにあったのではないかと思う。

 リック・ルービンとの共同プロデュースで誕生した『システム・オブ・ア・ダウン』でも、彼らはもちろん虐殺事件に触れている。が、ジャケットに第二次世界大戦中にドイツ共産党が制作した、ファシズムへの抵抗を呼び掛けるポスターを流用している通り、SOADの関心事はグローバルかつ歴史を横断しており、究極的には、人々を欺いて主権を奪い、自由を抑制し、思想に介入しようとする国家や宗教やメディアの横暴を糾弾することを、メッセージの主眼としているようだ。或いは、〈個人の不可侵性〉とも言い換えられるのだろうか。これとて、古くから独自の文化を確立しながらも様々な王朝の支配下に置かれ、周辺勢力の覇権争いに巻き込まれたのち、オスマントルコとロシアという両帝国に分散して暮らすに至ったアルメニア人の歴史と、無関係ではないのかもしれない。「War?」はまさに、イデオロギーから経済まで古今の覇権争いの裏にある要因をあぶり出す曲だ。

 そして本作において最も具体的にアルメニア人の虐殺に触れた曲が、ラストの「P.L.U.C.K.」。〈摘み取る〉を意味するタイトルをフルに表記すると〈Politically Lying Unholy Cowardly Killers〉ーーつまり、〈政治的に嘘をまき散らす、穢れた、卑怯な、人殺したち〉となり、一切言葉に衣を着せず、Recognition(認知)とRestoration(回復)とReparation(賠償)をトルコ政府に要求している。というのも、この事件に関しては未だトルコとアルメニアの間で見解に相違があり、謝罪や補償には至っていない。アメリカの歴代政権もトルコとの関係悪化を危惧して公式にジェノサイドと認めることを拒んできたが、昨年春にバイデン大統領がようやく認定に踏み切った。SOADは、ライヴ活動は続行しながらも20年近くアルバムを発表しておらず、ジョンが前回の大統領選でトランプ氏支持を訴えたことでメンバーの関係がぎくしゃくしていたらしいが、この時はバイデン氏に感謝する声明をバンド名義で発表。これに先立つ2020年末には、ナゴルノ・カラバフ紛争の戦災者救済を目的に15年ぶりの新曲(「Protect the Land」と「Genocidal Humanoidz」)を送り出し、鈍らない舌鋒を見せつけた。つい最近もアゼルバイジャンによるアルメニア爆撃を非難して、国際社会に支援を求めるメッセージを発信したばかり。故郷のこととなると一致団結する4人の動きを追っていると、遠いアルメニアで起きていることがよく分かるのである。
(新谷洋子)


【関連サイト】
『システム・オブ・ア・ダウン』収録曲
01. Suite-Pee/02. Know/03. Sugar/04. Suggestions/05. Spiders/06. DDevil/07. Soil/08. War?/09. Mind/10. Peephole/11. CUBErt/12. Darts/13. P.L.U.C.K.

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