音楽 POP/ROCK

トーヤ 『聖歌』

2022.12.27
トーヤ
『聖歌』
1981年作品

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 パンデミック中にツアーができなくなったミュージシャンたちがオンラインで続々趣向を凝らしたライヴ・セッションを始めたことは、ここで指摘するまでもない。中でも最もエンターテイニングだったセッションとして『Sunday Lunch With Toyah & Robert』を挙げる人は、少なくないと思う。ここで言う〈Robert〉とはキング・クリムゾンの名ギタリスト=ロバート・フリップであり、〈Toyah〉はシンガー・ソングライター兼俳優のトーヤ・ウィルコックス。1986年に結婚した音楽界きってのおしどり夫婦の一組が、毎週日曜日のお昼に自宅のキッチンから、基本的にはギター(ロバート)とヴォーカル(トーヤ)だけで新旧雑多な曲をカヴァーするパフォーマンスをストリームするという、実にシンプルなフォーマットのセッションだ。にもかかわらず大反響を呼んで現在も続いており、視聴可能なクリップの数は100本を突破。来年はステージで再現するツアーまで予定されている。

 じゃあ何がそんなに面白いのか? もとを正せば、ツアーができなくなってふさぎ込んだロバートを元気付けるべく、トーヤが自宅で何かパフォーマンスをしようと提案したのが始まりなんだそうで、まずキッチンという空間が醸す暖かみ、学芸会っぽいホームメイド感、楽しそうなふたりのケミストリー、全てがほのぼのとしたヴァイブを醸している。そして、誰も予測していなかったコミカルなキャラをロバートから引き出したことも間違いなく勝因のひとつだし、彼の名演奏が聴けるという点も忘れてはならないのだが、成功の理由は何よりもトーヤのインパクトだと個人的には思っている。1980年代の英国を代表するポップスターのひとりにして今も現役のミュージシャン兼俳優として精力的に活動している彼女は、少々目のやり場に困る露出度の高い装いで、夫の畏敬の眼差しを浴びながら、レディオヘッドの「クリープ」だろうとオジー・オズボーンの「クレイジー・トレイン」だろうと、踊りながら朗々と歌いこなし、その姿に度肝を抜かれたのは筆者だけではあるまい。

 実際、『Sunday Lunch〜』をきっかけに再評価の声が高まっているトーヤだが、ミュージシャンとしての彼女を知るには、サード・アルバム『聖歌(Anthem)』(1981年/全英チャート最高2位)を聞くのが一番の近道かもしれない。2曲の全英トップ10シングル(最高5位の「It's a Mystery」と同8位の「I Want To Be Free」)を生み、キャリア最高のチャート・ポジションとセールスを記録した1枚だ。1958年にバーミンガムで生まれ、10代の頃から演技と音楽両方にのめり込み、故デレク・ジャーマンの『ジュビリー』や『テンペスト』、『さらば青春の光』といった映画に出演する一方で、自身の名前を冠したパンク・バンドを結成。1979年にデビューを果たしている。そして翌年ファースト『Sheep Farming in Barnett』を発表して早速インディ・チャートで1位を獲得するのだが、デビュー当時のインパクトもかなり強烈だっただろうことは想像に難くない。誰もが奇抜なファッションやヘアを競っていた時代だったとはいえ、鮮やかなオレンジ色に染めてギザギザにカットした髪、カラフルなメイク、浮世離れしたファッションで異彩を放ったトーヤは、言うなればジギー・スターダストの女性版。『聖歌』のジャケットでは、古代ケルト族の女王ブーディカにインスパイアされたという昆虫の羽を生やした戦士に扮し、よくよく見ると生首を手に持っている。聞けばこのヴィジュアルには、J・R・R・トールキンの諸作を始め、彼女がこよなく愛していたファンタジー文学の影響に加えて、社会が押し付ける枠組みへの抵抗――殊に女性でも男性でもないジェンダーへの憧れが、投影されていたという。

 こうした嗜好は、読んで字のごとくのフリーダム賛歌「I Want To Be Free」でスタートするアルバム本編からも聴き取れる。規律が厳しい女子校に通ったことをきっかけに、自分を解放できる表現活動に関心を抱いたというトーヤは、誰にも指図されずに自由に生きたいという欲求を「I Want To Be Free」に託し、続く「Obsolete」では自身のルーツであるパンク・ムーヴメントとそのスピリットにオマージュを捧げ、「I Am」は自分らしさを貫こうとするがゆえの孤独感に、言及しているのだとか。また、「Marionette」のテーマはサッチャー政権下の英国社会。鉄の女への批判を込めているものの、彼女の言葉からは、簡単に政府にコントロールされてしまう人々(タイトルの「操り人形」)への蔑みのほうが、より強く感じられはしないだろうか?

 他方で「Masai Boy」でのトーヤはトライバルなビートに乗せて、闘いの方法を習得するマサイ族の少年たちへの憧れをチャント風に歌い、「Demolition Men」では権力者たちの命を狙う暗殺者の視点に立って、背景にディストピアンな世界を伺わせるストーリーを描き出す。そしてさらに奇想天外なのが「Jungles Of Jupiter」。人類は地球で生まれたのではなく、他の惑星からやってきた生物によって何百万年も前に植え付けられたのだという、彼女のイマジネーションに基づいている。

 ただリリシストとしてのトーヤのスタイルは、徹底して直球の「I Want To Be Free」を除くと非常に暗喩的で、彼女が自らインスピレーション源を説明する映像を見て初めて筆者も全曲の意味を知ったのだが、一筋縄で行かないのは、サウンド・プロダクションも然り。バンド・メンバー唯一――ファーストから参加しているジョエル・ボーゲン(ギター)、フィル・スポールディング(ベース)、エイドリアン・リー(キーボード)、ナイジェル・グロックラー(ドラムス)――がここにきてほぼ刷新されたことも関係しているのか、パンクに軸足を置いた2作品に対し、シンセ主役の『聖歌』では一気にエクスペリメンタルかつシアトリカルな志向を強めていて、例えばスパークスみたいなアートポップ、でなければプログレの領域に踏み入れているように思うのだ。それだけに、本作をプロデュースしたニック・トーバー(シン・リジィ、ゼム)がこのあとマリリオンとコラボを始めたことにも納得がいく。

 また、シンガーとしてのトーヤの威力が本格的に示されたのも本作だった。この時代はほかにもスージー・スーやケイト・ブッシュを始め個性的な女性シンガーたちが活躍していたわけだが、役者でもある彼女のクセの強さと過剰なシアトリカリティは抜きん出ており、単なる歌というよりボイス・パフォーマンス、でなければミュージカルの舞台を想像させるもの。今更ながら、こんなにエキセントリックなアルバムでブレイクしたというのは驚くべき話で、そのエキセントリシティは40年が経った今も衰えていない。
(新谷洋子)


【関連サイト】
Toyah
Toyah(YouTube)
『聖歌』収録曲
01. I Want To Be Free/02. Obsolete/03. Pop Star/04. Elocution Lesson/05. Jungles Of Jupiter/06. I Am/It's a Mystery/07. Masai Boy/08. Marionette/09. Demolition Men/10. We Are

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