音楽 POP/ROCK

ザ・ペイル・ファウンテンズ 『パシフィック・ストリート』

2023.03.26
ザ・ペイル・ファウンテンズ
『パシフィック・ストリート』
1984年作品


pale foutains j1
 ちょうど2022年の今頃、筆者が購読している『The New Cue』(休刊になった英国の音楽雑誌『Q』の編集者たちがローンチしたニュースレター)を読んでいたら、次のような一文があった。〈We're extremely excited to announce that on Saturday 28 May the country's greatest singer-songwriter, Liverpool's Michael Head, is going to be playing a special acoustic show〉と。当時マイケル・ヘッド&レッド・エラスティック・バンド名義の最新作『Dear Scott』のリリースを間近に控えていたマイケル(もしくはミック)・ヘッドを、英国のグレイテスト・シンガー・ソングライターとさらりと呼んでいるのである。〈グレート〉でも〈ワン・オブ・ザ・グレイテスト〉でもなく。「この国」とは英国を指すのだからかなり大胆な物言いだが、ノエル・ギャラガーを筆頭に同業者にも熱狂的支持者は多いし、近年こういった評価がなされる機会は増えるばかりだ。

 じゃあ、特にヒット曲があるわけじゃなくブレイクという言葉とは無縁な彼が、なぜグレイテストなのか? もちろんマイケルの、どんなに絶望的なシチュエイションを描いていても優しさと希望を曲に注ぐ類稀なメロディのセンスや、生活感あふれる人間ドラマを3分半で伝え切る描写力にも理由はあるのだろうが、それだけじゃない。ソングライティングを天職と任じて、滾々と途切れることなくいい曲を生み続けている持久力とサバイバル本能みたいなものにも、〈グレイテスト〉の所以があるのではないかと思う。何しろ60歳にして発表した、通算10枚目のスタジオ・アルバムにあたる『Dear Scott』は、彼の作品では初めて全英トップ10圏内にチャートイン(最高6位)。最高傑作との呼び声も高かったくらいだ。

 2023年5月には来日も決まっているそんなマイケルの存在を、かれこれ40年以上前に我々に教えてくれたのが、ザ・ペイル・ファウンテンズだった。ヴォーカル&ギターを担当する彼は、故郷リヴァプールにて、親友のクリス・マッカファリー(ベース)、ケン・モス(ギター)、トーマス・ウイーラン(ドラムス)、アンディ・ダイアグラム(トランペット)とバンドを結成。デビュー・シングル「(There's Always)Something on My Mind」をレ・ディスク・デュ・クレプスキュール傘下のオペレーション・トワイライトからリリースしたのち大手ヴァージンと契約し、ハワード・グレイ(当時UB40からジャパンまで多彩な面々とコラボしていた、同じリヴァプール育ちのプロデューサー。のちにエレクトロニカ・ユニットのアポロ440を結成してアーティスト/コンポーザー活動も成功させた)と制作したこのファースト・アルバム『Pacific Street』を1984年に発表している。

 グレイテストと言えば、「ヒット曲はないけど、グレイテスト・ヒッツみたいなアルバム」とマイケルが本作を形容したという話が有名だが、内容のバラエティとクオリティにおいては、なるほど、グレイテスト・ヒッツぽい。計11曲が網羅する影響源は実に幅広くて、彼がこよなく愛するラヴやバーズといった西海岸サイケデリック・フォークを筆頭に、バート・バカラック/ハル・デヴィッド、エンリコ・モリコーネやジョン・バリーの映画音楽、ブラジリアン&カリビアン・ミュージック......と、身近なビートルズよりも主に海の向こうから聴こえる音楽に耳を澄ませ、前述したメロディと、アンディのトランペットやフルートやチェロやスティール・ドラムを盛り込んだユニークなアレンジで、微かにキッチュなメロドラマティック・ポップを丁寧にこしらえているのだから。

 例えば、乾いたマカロニウエスタン風ギターのイントロからボサノヴァへと展開する「Something On My Mind」、高らかに響く歌声をコンガが刻むラテン・ビートとストリングスで縁取る、「Unless」、フルートがエレガントに舞うバカラック/デヴィッド直系の「Southbound Excursion」、マンドリンのさざ波に彩られたラテン・ジャズ調の「Beyond Fridays Field」などなど、ここに並ぶのはネオアコと総称してしまうのはもったいない、技巧を凝らしたキャラの濃い曲ばかり。逆にリリシストとしてのマイケルは、こんがらがった気持ちを持て余してたくさんのクエスチョンを投げかけていて、まだまだ初々しい。のちに仲間を亡くしたり、ドラッグやアルコールに溺れたりといった人生体験を踏まえて綴る言葉とは一線を画しているがゆえに、今聴き直すと余計に、青春映画の主人公みたいなナイーヴさが鮮烈に迫る。中でも眩しくて切ないのが、「Abergele Next Time」と「Crazier」のふたつのラヴ・ストーリーであり、リヴァプールから遠くないウェールズのリゾート地アベルゲレを舞台にした前者は「恋はつかのま」、クレイジーだけど彼に元気をくれる〈sun drenched girl 陽だまりの女の子〉を描く後者は「楽園の少女」、それぞれの邦題が中身を如実に物語っているというものだ。「Crazier」で聞こえる〈人生は砂のよう、そしてどこまでも寛容だ〉のくだりは、20代前半の若者だからこそ書き得た、無限の可能性を感じさせる一節じゃないだろうか?

 また、ジャングリー・ギターと誇らしげなトランペットに乗せたオープニング曲「Reach」にも、今だからこそ深く沁みるくだりがある。〈夜が明けて目を覚ました時/自分の運命に確信を持っていなければ/それだけの意味があるから、無駄にはならないから〉と。ザ・ペイル・ファウンテンズはその後、マイケルの弟ジョンを交えて作ったセカンド『...From Across The Kitchen Table』(1985年)を送り出すと、あえなく解散。続いて彼はシャックとして再スタートを切り、マイケル・ヘッド・イントロデューシング・ザ・ストランズ、2010年代に入って始めたレッド・エラスティック・バンドへとバンドの形を変えながら、ファクトとフィクションを交え、他者を観察し自らを省みながら、聴き手がどれだけいようがいまいが関係なく、繰り返しになるが、ひたすら曲を書き続けてきた。マイケルは40年前から、自分の運命を知っていたのだ。
(新谷洋子)


【関連サイト】
The Pale Fountains 『Pacific Street』
『パシフィック・ストリート』収録曲
1.Reach/2.Something On My Mind/3.Unless/4.Southbound Excursion/5.Natural/6.Faithful Pillow (Part1)/7.You'll Start A War/8.Beyond Friday's Field/9.Abergele Next Time/10.Crazier/11.Faithful Pillow (Part2)

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