ジャーヴィス・コッカー 『ジャーヴィス』
2023.05.25
ジャーヴィス・コッカー
『ジャーヴィス』2006年作品
今話題の再結成ツアーと言えば、ブラーもさることながら、今年デビュー40周年を迎えるパルプのそれが気になっている。正確には解散はしていないから〈再結成〉にはあたらないのかもしれないが、日本へは1996年に一度来たきりで、2007年のフジ・ロック・フェスティバルにはジャーヴィス・コッカーがソロで出演してくれたものの、あれからはや16年......。はて、どんなステージだったかなと記憶をリフレッシュするべくネットを探してみたら、映像が出てきた。自身の名義によるファースト・アルバム『Jarvis』(2006年/全英チャート最高37位)のヒドゥン・トラック「Running the World」を、細長い体をくねらせながら中指を立てて歌う姿の――。
そう、当初はすぐにでもソロ活動をスタートすると思われていたこのアイコニックなフロントマンは、バンドの活動休止から4年を経てソロ・デビューを果たしている。それまでに彼は、映画『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』の劇中バンド〈ザ・ウィアード・シスターズ〉のシンガーを演じたり、レナード・コーエンやセルジュ・ゲンスブールのトリビュート企画に参加。リラックスド・マッスルなるエレクトロニック・ユニットを結成したり、マリアンヌ・フェイスフルやナンシー・シナトラに楽曲を提供するなど、神出鬼没な4年を過ごしたわけだが、『ハリー・ポッター』映画に出たからといってその毒が少しも薄まっていないと証明したのが「Running the World」。2006年夏に登場した衝撃的なソロ・デビュー・シングルだ。
何しろ、タイトルを含むこの曲のサビはずばり、〈c***s are still running the world〉であり、ジャーヴィスは〈みんな世の中は変わったと勘違いしてるようだけど、相変わらずクソ野郎どもが世界を支配してるんだよ〉と吐き捨てるように歌う。表記を省略した放送禁止用語が〈クソ野郎〉に該当するわけだが、実際は〈クソ野郎〉どころか遥かにダーティーな言葉。新自由主義が加速する中で打ち捨てられる労働者階級の困窮と、権力者/支配階級の傲慢さを、実に簡潔な歌詞で描き切る曲なのだ。2006年はブレア政権の終盤、労働党政権下でこんな曲が生まれたことは意外ではあるのだが、同政権が世論の反対を押し切ってイラク戦争に参戦しただけでなく、〈第三の道〉を掲げて保守党の政策を一部継承したことで労働者階級の政党というアイデンティティを失い、格差の拡大につながったことを思うと、納得もいく。
では、それから間もなくして登場したアルバムも全編このノリなのかと言えば、そう単純な話ではないのだが、少なくとも音楽性に関しては、「Running the World」は『Jarvis』を予告していた。本作でのジャーヴィスはパルプの曲を特徴付けていたシンセ・サウンドから距離を置き、類稀なメロディ・センスを駆使して、1960〜70年代テイストのギター・ロックとピアノ・ポップを志向。自ら多数の鍵盤類を操り、ベースは2023年3月初めに急逝したパルプのスティーヴ・マッキー、ギターはリチャード・ホウリー(ロングピッグスを経て2001年以降はソロ・アーティストとして活動)、ドラムスはロス・オートン(元々ドラマーだったがのちにプロデューサーに転向し、アークティック・モンキーズらの作品を手掛ける)という、地元シェフィールドのオールスター的なバンドでレコーディングを行なった。ほかにも共同プロデューサーに元バーク・サイコシスのグレアム・サットン(ジーズ・ニュー・ピューリタンズ、ブリティッシュ・シー・パワー)を迎え、ジョー・ストラマー&ザ・メスカレロスのマーティン・スラッタリー(ピアノ、サックス)らの参加を得ている。
そんなアルバムは、何気ないピアノのイントロ「The Loss Adjuster(Excerpt Pt.1)」で幕を開け(ストリーミングで聴くと「Running the World」が1曲目に配置されていて印象が異なるのだが、ヒドゥン・トラックというのはCDでこそ成立するのだろう)、グラムロック調の2曲ーー「Don't Let Him Waste Your Time」と「Black Magic」ーーを挿んで「Heavy Weather」に至ってから〈死と破壊〉が待ち受けていると不気味に仄めかす。なるほど、5曲目の「I Will Kill Again」はバカラック/デヴィッド調のポップソングだというのに、一見平凡な家庭生活を送っている主人公の正体は殺人鬼。〈I will kill again〉と優しく繰り返したかと思えば、続く『Fat Children』は逆に、〈太った子どもたち〉にケータイ目当てに殺されてしまい、恨んでバケて出る男の話。アンダークラスは〈勝手に殺し合ってればいい〉とも歌っている「Running the World」に直結するストーリーであり、人々が批判やフラストレーションを権力者には向ける代わりに自分よりさらに弱い立場の人間にぶつけるという構図を重ねているわけだ。オマケに、〈警官は特段理由もなく誰かの頭に銃を打ち込む〉とさらっと歌って、警察の暴力というアングルからも権力の暴走に言及する。
他方でタイトルからしてキナ臭い「From Auschwitz To Ipswich(アウシュヴィッツからイプスウィッチへ)」は恐らく、外国人に対して国境を閉ざそうとする閉鎖的思考が国を衰退させるのだと、示唆しているのではないかと思う。ジャーヴィスは、外国人・移民排斥を主張する人々の決まり文句である〈They want our way of life(我々みたいにいい暮らしをしたいんだろう)〉を引用しつつ、〈こんな生活でよけりゃいつでもくれてやるよ〉と言い返して、大英帝国はローマ帝国と同じ道を辿ると予告しているのだから。「Disney Time」もタイトルが意味深だが、こちらは、現実からかけ離れた心地いいモノだけを見せられて、まやかしの幸福感に浸ることの百害を指摘。そういう意味で、「Baby's Coming Back To Me」が提示する平和でハッピーな楽園の風景は不気味な張りぼて感を醸し、ララバイ風のフィナーレ「Quantum Theory」は、〈Everything is gonna be alright〉と繰り返しながら、全く逆のことを仄めかしてフェイドアウトする。
それから30分の空白のあとに「Running the World」のイントロが聴こえるのだが、実はこの曲、2019年のクリスマス時期にファンがSNSでキャンぺーを仕掛けて、ワム!の「ラスト・クリスマス」などと全英ナンバーワンを競ったことがある。さすがに1位獲得は実現しなかったが、その数週間前にあった総選挙で、緊縮財政を推し進めていた保守党が大勝したことを受け、社会的不平等へのプロテスト・ソングとしてリバイバル・ヒットを記録。ジャーヴィスは収益を全額ホームレス支援団体に寄付している。あれからさらに4年が経ち、英国ではそろそろ政権交代の可能性が高まっているものの、2023年の日本で聴いているとアルバム全編が既視感を醸してならないと言ったら、ちょっとばかり言い過ぎだろうか?
(新谷洋子)
【関連サイト】
JARVIS COCKER(YouTube)
『ジャーヴィス』収録曲
01. The Loss Adjuster(Excerpt 1)/02. Don't Let Him Waste Your Time/03. Black Magic/04. Heavy Weather/05. I Will Kill Again/06. Baby's Coming Back to Me/07. Fat Children/08. From Auschwitz to Ipswich/09. Disney Time/10. Tonite/11. Big Julie/12. The Loss Adjuster(Excerpt 2)/13. Quantum Theory/Running The World
01. The Loss Adjuster(Excerpt 1)/02. Don't Let Him Waste Your Time/03. Black Magic/04. Heavy Weather/05. I Will Kill Again/06. Baby's Coming Back to Me/07. Fat Children/08. From Auschwitz to Ipswich/09. Disney Time/10. Tonite/11. Big Julie/12. The Loss Adjuster(Excerpt 2)/13. Quantum Theory/Running The World
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