ジーザス・アンド・メリー・チェイン 『サイコ・キャンディ』
2011.10.03
ジーザス・アンド・メリー・チェイン
『サイコ・キャンディ』
1985年発表
ウィリアム(G,Vo)とジム(Vo,G)のリード兄弟を中心に、彼らJ&MC(またはジザメリ)が結成されたのは1983年、スコットランドはグラスゴーでのことだ。ポスト・パンク〜ニュー・ウェイヴの勢いが、メインストリームの商業的な流れに呑み込まれてしまっていた時代。しかし草の根では、一番尖っていた頃のパンク/NWに触発されたキッズたちが、やがて楽器を手にし、本格的にバンドを始めていた時期でもあった。英北部の工業都市グラスゴーで労働者階級の型にハマった一生を送ることに、出口のなさを感じていた20歳そこそこの仲間たちーーリード兄弟、ダグラス・ハート(B)、ボビー・ギレスピー(Ds)、そしてアラン・マッギー。彼らは制御不能な衝動のはけ口と人生の活路とを、音楽に見い出していた。ボビーとは勿論、現プライマル・スクリームのボビーのこと。アランは、(プライマルズやオアシスらを輩出した)インディ・レーベル『クリエイション』の創設者である。彼は同レーベルからJ&MCの1stシングル「アップサイド・ダウン」をリリース(1984年10月)する一方、バンドのマネージャーも務めた。
彼らの名前を一躍有名にしたのは、1985年3月のロンドンでの〈暴動ギグ〉だ。MCもなければ、観客側に背を向けて演奏したりするなど、オーディエンスに一切媚びを売らず、カオスのようなサウンドをまき散らしては20分前後で終わってしまうという、彼らの過激なライヴの評判に、人々は好奇心を煽られていた。純粋に音的な刺激を求めていた者もいる反面、野次馬的な気持ちから足を運んだり、ただ暴れる目的でやって来た不心得な客がいたのも確かである。そんな清濁入り交じった期待感が頂点に達したその晩。会場内の異常なテンションが観客同士のケンカに発展し、バンド側にも酒ビンが投げつけられるわ、機材や内装が破壊されるわの、暴動状態に。こんなライヴがしばらく何度か続いた。
初期の彼らはこのように、スキャンダラスでセンセーショナルな面が取り沙汰されることも少なくなかった。けれど真の意味で攻撃的であり扇情的だったのは、決してバンド自身ではなく、その音楽性だったのである。横殴りの嵐のように襲う、フィードバックのバイオレンス。それがお互い微妙にズレながらオーケストラのように何層にも重なり、音の壁を築く。そしてその壁の内部の核は、あくまでドリーミーなメロディだ。ブライアン・ウィルソン(ビーチ・ボーイズ)直系のポップ・センスと、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドやストゥージズらから継承した歪みと荒々しさ。それらをルール無用なポスト・パンク精神のフィルターと、激しいディストーションを通して叩きつけた彼らの曲は、この時代においては前人未到の領域へと切り込む革新性を帯びていた。「全部好きなんだから、混ぜてしまえ!」というその発想は、ある意味〈コロンブスの卵〉だったのである。
クリエイションからはシングル1枚出したのみで、ワーナー傘下の『ブランコ・イ・ネグロ』と契約。そして彼らはこの1stアルバム『サイコ・キャンディ』を発表する。オープニングは、PVでボビーが気怠そうにスネアを鳴らしていた、4thシングル「ジャスト・ライク・ハニー」。その幻惑的な美しさに耽溺して漂っていると、次の「ザ・リヴィング・エンド」ではいきなりウィリアムの殺人的ギターに横っ面を張り倒されるという、ジェットコースターのような展開だ。物憂気なムードに揺れたかと思えば、「ザ・ハーデスト・ウォーク」は、(ひしゃげた窓ガラスを通した)米西海岸の太陽のように輝く。そして3rdシングル「ユー・トリップ・ミー・アップ」の放つ、脳神経に障る嗜虐的ノイズがいつしか快感に変わっていく頃には、ジムの頽廃的で内省的なヴォーカルと相まって、このアルバムは中毒性のある陶酔感を聴き手に与えてくれるだろう。
本作に大いに刺激され、マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン(MBV)もまた、甘く繊細なハーモニーと轟音ギターの融合を図る。そしてそのMBVを元祖として、90年代初頭に一気にUKシーンで開花したのが、いわゆるシューゲイザー(「うつむいて靴を見つめながらギターを弾く人」の意)系のバンドたちだ。ライド、ラッシュ、ペイル・セインツ、スローダイヴ、チャプターハウスらによる数多くの良質の作品が、そこから誕生。またJ&MCは海を渡った米国でも、ピクシーズにインスピレーションを与え、ダイナソーJr.らに道を開いた。「J&MC無くしてはニルヴァーナも存在し得なかった」と言われるのは、その所以である。
バンドを掛け持ちしていたボビーは、プライマルズに専念するため、本作発表後にジザメリを脱退。ジザメリはその後、音楽的冒険を重ねながら、長年緊張していた兄弟仲の亀裂を要因に、1999年に解散した(2007年再結成)。彼らのサウンドの流れを汲んだあまたのバンドの商業的成功に比べれば、本家の彼らが受けた栄光は限定的なものだったかもしれない。しかし、轟音&ポップ・メロという幾多の作品の源流を遡れば、みなこのアルバムに繋がるはず。それは現在進行形のガレージ/ロックンロール系にも当てはまることだ。今聴いてなお、本作が新鮮な感動を呼び起こすのは、人々の心の中にある「両極端なものを融合させたい」という欲求を、原始的なほど率直に実現しているからに他ならない。立脚点はシンプルだったが、彼らが既成概念を排して『サイコ・キャンディ』で踏み出した一歩は、音楽界にとって巨大な一歩だった。
【関連サイト】
ジーザス・アンド・メリー・チェイン
ジーザス・アンド・メリー・チェイン(CD)
『サイコ・キャンディ』
1985年発表
炸裂するフィードバック・ギター・ノイズと、甘美なメロディの融合ーーこの音楽スタイルの開拓者として、シューゲイザーからグランジ/オルタナまで、後に続くムーヴメントや数々のバンドに影響を与えてきた、ジーザス・アンド・メリー・チェイン。「キリストと聖母マリアとを結ぶ絆」という、意味深な宗教的冒涜ともとれるバンド名を冠した彼らのデビューは、「セックス・ピストルズ以来の衝撃!」として、当時の英プレスと音楽ファンに異様な興奮をもって迎えられた。
ウィリアム(G,Vo)とジム(Vo,G)のリード兄弟を中心に、彼らJ&MC(またはジザメリ)が結成されたのは1983年、スコットランドはグラスゴーでのことだ。ポスト・パンク〜ニュー・ウェイヴの勢いが、メインストリームの商業的な流れに呑み込まれてしまっていた時代。しかし草の根では、一番尖っていた頃のパンク/NWに触発されたキッズたちが、やがて楽器を手にし、本格的にバンドを始めていた時期でもあった。英北部の工業都市グラスゴーで労働者階級の型にハマった一生を送ることに、出口のなさを感じていた20歳そこそこの仲間たちーーリード兄弟、ダグラス・ハート(B)、ボビー・ギレスピー(Ds)、そしてアラン・マッギー。彼らは制御不能な衝動のはけ口と人生の活路とを、音楽に見い出していた。ボビーとは勿論、現プライマル・スクリームのボビーのこと。アランは、(プライマルズやオアシスらを輩出した)インディ・レーベル『クリエイション』の創設者である。彼は同レーベルからJ&MCの1stシングル「アップサイド・ダウン」をリリース(1984年10月)する一方、バンドのマネージャーも務めた。
彼らの名前を一躍有名にしたのは、1985年3月のロンドンでの〈暴動ギグ〉だ。MCもなければ、観客側に背を向けて演奏したりするなど、オーディエンスに一切媚びを売らず、カオスのようなサウンドをまき散らしては20分前後で終わってしまうという、彼らの過激なライヴの評判に、人々は好奇心を煽られていた。純粋に音的な刺激を求めていた者もいる反面、野次馬的な気持ちから足を運んだり、ただ暴れる目的でやって来た不心得な客がいたのも確かである。そんな清濁入り交じった期待感が頂点に達したその晩。会場内の異常なテンションが観客同士のケンカに発展し、バンド側にも酒ビンが投げつけられるわ、機材や内装が破壊されるわの、暴動状態に。こんなライヴがしばらく何度か続いた。
初期の彼らはこのように、スキャンダラスでセンセーショナルな面が取り沙汰されることも少なくなかった。けれど真の意味で攻撃的であり扇情的だったのは、決してバンド自身ではなく、その音楽性だったのである。横殴りの嵐のように襲う、フィードバックのバイオレンス。それがお互い微妙にズレながらオーケストラのように何層にも重なり、音の壁を築く。そしてその壁の内部の核は、あくまでドリーミーなメロディだ。ブライアン・ウィルソン(ビーチ・ボーイズ)直系のポップ・センスと、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドやストゥージズらから継承した歪みと荒々しさ。それらをルール無用なポスト・パンク精神のフィルターと、激しいディストーションを通して叩きつけた彼らの曲は、この時代においては前人未到の領域へと切り込む革新性を帯びていた。「全部好きなんだから、混ぜてしまえ!」というその発想は、ある意味〈コロンブスの卵〉だったのである。
クリエイションからはシングル1枚出したのみで、ワーナー傘下の『ブランコ・イ・ネグロ』と契約。そして彼らはこの1stアルバム『サイコ・キャンディ』を発表する。オープニングは、PVでボビーが気怠そうにスネアを鳴らしていた、4thシングル「ジャスト・ライク・ハニー」。その幻惑的な美しさに耽溺して漂っていると、次の「ザ・リヴィング・エンド」ではいきなりウィリアムの殺人的ギターに横っ面を張り倒されるという、ジェットコースターのような展開だ。物憂気なムードに揺れたかと思えば、「ザ・ハーデスト・ウォーク」は、(ひしゃげた窓ガラスを通した)米西海岸の太陽のように輝く。そして3rdシングル「ユー・トリップ・ミー・アップ」の放つ、脳神経に障る嗜虐的ノイズがいつしか快感に変わっていく頃には、ジムの頽廃的で内省的なヴォーカルと相まって、このアルバムは中毒性のある陶酔感を聴き手に与えてくれるだろう。
本作に大いに刺激され、マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン(MBV)もまた、甘く繊細なハーモニーと轟音ギターの融合を図る。そしてそのMBVを元祖として、90年代初頭に一気にUKシーンで開花したのが、いわゆるシューゲイザー(「うつむいて靴を見つめながらギターを弾く人」の意)系のバンドたちだ。ライド、ラッシュ、ペイル・セインツ、スローダイヴ、チャプターハウスらによる数多くの良質の作品が、そこから誕生。またJ&MCは海を渡った米国でも、ピクシーズにインスピレーションを与え、ダイナソーJr.らに道を開いた。「J&MC無くしてはニルヴァーナも存在し得なかった」と言われるのは、その所以である。
バンドを掛け持ちしていたボビーは、プライマルズに専念するため、本作発表後にジザメリを脱退。ジザメリはその後、音楽的冒険を重ねながら、長年緊張していた兄弟仲の亀裂を要因に、1999年に解散した(2007年再結成)。彼らのサウンドの流れを汲んだあまたのバンドの商業的成功に比べれば、本家の彼らが受けた栄光は限定的なものだったかもしれない。しかし、轟音&ポップ・メロという幾多の作品の源流を遡れば、みなこのアルバムに繋がるはず。それは現在進行形のガレージ/ロックンロール系にも当てはまることだ。今聴いてなお、本作が新鮮な感動を呼び起こすのは、人々の心の中にある「両極端なものを融合させたい」という欲求を、原始的なほど率直に実現しているからに他ならない。立脚点はシンプルだったが、彼らが既成概念を排して『サイコ・キャンディ』で踏み出した一歩は、音楽界にとって巨大な一歩だった。
(今井スミ)
【関連サイト】
ジーザス・アンド・メリー・チェイン
ジーザス・アンド・メリー・チェイン(CD)
『サイコ・キャンディ』収録曲
01. ジャスト・ライク・ハニー/02. ザ・リヴィング・エンド/03. テイスト・ザ・フロア/04. ザ・ハーデスト・ウォーク/05. カット・デッド/06. イン・ア・ホール/07. テイスト・オブ・シンディ/08. ネヴァー・アンダースタンド/09. インサイド・ミー/10. ソーイング・シーズ/11. マイ・リトル・アンダーグラウンド/12. ユー・トリップ・ミー・アップ/13. サムシング・ローング/14. イッツ・ソー・ハード
01. ジャスト・ライク・ハニー/02. ザ・リヴィング・エンド/03. テイスト・ザ・フロア/04. ザ・ハーデスト・ウォーク/05. カット・デッド/06. イン・ア・ホール/07. テイスト・オブ・シンディ/08. ネヴァー・アンダースタンド/09. インサイド・ミー/10. ソーイング・シーズ/11. マイ・リトル・アンダーグラウンド/12. ユー・トリップ・ミー・アップ/13. サムシング・ローング/14. イッツ・ソー・ハード
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