音楽 POP/ROCK

アウトキャスト 『Aquemini』

2023.12.26
アウトキャスト
『Aquemini』
1998年作品


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「信じて欲しい、俺は本気でラップ・アルバムを作ろうとした。でも今回は、こっちの方角に風に運ばれたんだ」
 これは、さる2023年11月にアンドレ3000ことラッパー/プロデューサーのアンドレ・ベンジャミンが48歳にして発表した、ソロ・デビュー作『New Blue Sun』のオープニング・トラックのタイトルだ。つまりここでのアンドレはラップをしていない。代わりになんと、独学で習得したフルートを全編で演奏する、アンビエント・アルバムを作るという変化球を投げてきたのである。当然この作品は驚きをもって受け止められたわけだが、よくよく考えてみると、この程度のことをやらかすのも決して不思議じゃない。だってアンドレはアウトキャストの片割れなのだから。

 そう、今でこそなんでもありのヒップホップ界だが、高校時代に出会ったアンドレとビッグ・ボーイことアントワン・パットンが1992年にアトランタで結成したアウトキャストは、30年前から何でもありだった。昨今のポップ・ミュージックのポスト・ジャンル志向を先駆けていたところもあるのかもしれない。地元のプロデューサー集団オーガナイズド・ノイズと組んで、まだ10代だった1994年にアルバム『Southernplayalisticadillacmuzik』でデビューしたふたりは、ファンクやソウルやジャズはもちろんのこと、セカンド『ATLiens』(1996年)に顕著に影響が表れていたジャマイカ音楽、テクノ、サイケデリック・ロック、或いは英国のポストパンクまで恐ろしく広く網を張って、当時誰も試みたことがなかった折衷ヒップホップを構築。それがいよいよ尋常じゃないレベルに達し、ブルースやカントリーやゴスペルといったルーツ音楽にまで食指を延ばしてリリック共々南部カラーを強調することで、それまでニューヨークと西海岸という東西の軸で回っていたヒップホップ・シーンに南北の軸をプラスすることになったのが、1998年発表のサード『Aquemini』(全米チャート最高2位)だった。

 パーラメント/ファンカデリックのそれを思わせるジャケットからして異彩を放つ本作は、オーガナイズド・ノイズが引き続き関わっているものの、ふたりがプロダクションを主導。ゲストも豪華に、当時アンドレと交際していたエリカ・バドゥ、ヒップホップ・グループのグディ・モブやシンガーのシーロー・グリーンといった同郷の盟友に加えて、初めて圏外からもコラボレーターを起用した。ニューヨークとの橋渡し役がウータン・クランのレイクォンならば、歴史との橋渡し役としてはジョージ・クリントン御大が参加。そしてオーケストラがクレジットされていることが物語る通り、基本的には生演奏が主体だ。例えば冒頭の「Hold On Be Strong」はアンドレがつま弾くカリンバが主役だったり、オーガニックなジャムで生まれたことが推察できるサウンドスケープが、そこかしこに広がっていたりする。

 リリックのテーマも予測不能で、ハーモニカとアコギを織り込んだ代表曲のひとつ「Rosa Parks」は、言うまでもなく55年にアラバマ州で白人客にバスの席を譲らなかったために逮捕され、公民権運動の激化に寄与した活動家の名をタイトルに冠しているが、直接的にポリティカルなメッセージはなく、バスという乗り物から色んなメタファーを引き出すのみ。まあ、同じ南部の人間であるローザを看板にすることそのものが、「忘れるな」というメッセージとも読めるのかもしれない。ジョージをフィーチャーし、赤ちゃんの泣き声(エリカとアンドレの間に生まれた息子セヴンの声だ)を敷いた「Synthesizer」はと言えば、デジタル社会の本格到来前夜にテクノロジーへの不信感を表し、「Da Art of Storytellin'(Pt.1)」では世界の終わりをテーマに選んだかと思えば、「Nathaniel」と「Liberation」の2曲は拘束と自由を対比。当時服役していた知人が獄中での体験を語る前者に対し、後者はジャンルを渡り歩きながら9分近く続くジャムに、アンドレ、ビッグ・ボーイ、シーロー、エリカの4人が、スポークンワードやヴォーカルをまさに自由にリレーしていく。恐らく本作の収録曲の中では最も社会性を帯びており、誰もが憎しみや不平等から解き放たれることを希求する、スピリチャルな1曲だ。

 そんな『Aquemini』についてもうひとつ指摘しておくべき点は、より強く表出しているメンバーの奇妙なケミストリーだ。何しろアルバム・タイトルはふたりの星座(ビッグ・ボーイのAquarius=水瓶座とアンドレのGemini=ふたご座)をくっつけた造語。ややシアトリカルな佇まいで、時に浮世離れしたファンタジー・ワールドに迷い込むアンドレと、リズミカルでパンチがきいた話術で、ストリートにしっかり足を着けたリアルな語りを志向するビッグ・ボーイ、見事なまでにラップのスタイルもキャラも異なるふたりのダイアローグにこそ、アウトキャストの面白さがある。例えば「Da Art of Storytellin'(Pt.1)」ではふたりがそれぞれ一人の女性を取り上げてストーリーテリングの妙を披露するわけだが、同じお題に全く異なるアングルからアプローチ。と同時に、それでも固い絆で結ばれていることも彼らはしっかり印象付けていて、〈確かなもの、永遠に続くものなど何もないけど、俺たちは終わり来るその日までひとつに結ばれている〉と宣言し、Gファンクを独自に解釈した「Return of the "G"」でもふたりのブラザーフッドを讃えている。というのも、一カ所に留まらない特異な音楽性ゆえに彼らは聴き手を困惑させもし、アンドレについてはあらぬ噂が色々立っていたが、ドラッグをやっているとか新興宗教の信者だとかいった説を彼は一蹴。これを受けてビッグ・ボーイは、〈俺らは水と粉みたいに混ざり合ってパン生地を作り出す〉などとふたりの関係を表現し、〈親が違う兄弟〉を徹底擁護するのだ。

 また、アルバムを通して言及しているサザン・ルーツへの誇りも彼らの共通点であり、中でもラウドなギターに乗せたフィナーレの「Chonkyfire」は、南部人の矜持を満々と湛えている。その終盤でふと、「受賞者はアウトキャスト!」と叫ぶ男女の声が聞こえるのだが、これは1995年にふたりが新人賞を受賞したソース・アワード(かつてヒップホップのご意見番だった雑誌『ザ・ソース』が主催するアワード)からの引用だ。ニューヨークで開催されたことも関係しているのか、拍手よりブーイングに近いどよめきのほうが大きくて、南部出身のアーティストに向けられていた当時の眼差しが窺える。そしてこのあとに続くふたりのスピーチでは、まずビッグ・ボーイがニューヨークのパイオニアたちに敬意を表し、アンドレはこう言葉を引き継ぐ。〈心の狭い人たちには辟易しているよ。俺らのデモテープを誰も聞いてくれようとしなかった。でもサウスにも言いたいことはある。俺が伝えたいのはそれだけだ〉

 ちなみに本作はサザン・ヒップホップの作品としては初めて同誌のアルバム評で満点を得て、新人賞受賞共々ひとつの重要な転機をもたらしたとされ、その後続々南部の出身者がブレイクする。アトランタのT.I.やリュダクリス、ヴァージニア・ビーチのザ・クリプス、ニューオーリンズのマスター・Pやリル・ウェイン、メンフィスのスリー・6・マフィアといった具合に。が、スタイルは一様ではなかったものの、やっぱりエキセントリシティにおいてアウトキャストを凌ぐアーティストは現れなかった。アンドレとビッグ・ボーイが、その後の作品で自らのエキセントリシティをアップデートしていったというだけで、『New Blue Sun』も然りと言うべきか? コンビとしては17年間アルバムを作っていないし、最後にステージに一緒に立ってから10年が経とうとしているが、ふたりのストーリーに続きがあることを期待したい。
(新谷洋子)


【関連サイト】
『Aquemini』収録曲
1. ホールド・オン、ビー・ストロング/2. リターン・オブ・ザ・G/3. ローザ・パークス/4. スキュー・イット・オン・ザ・バービー(featuring Raekwon)/5. アクエミナイ/6. シンセサイザー(featuring George Clinton)/7. スランプ/8. ウエスト・サヴァンナ/9. ダ・アート・オブ・ストーリーテリン(パート1)/10. ダ・アート・オブ・ストーリーテリン(パート2)/11. ママシータ/12. スポッティオッティ・ドパリシャス/13. ヤオール・スケアード(featuring T-MO, Big Gipp And Khujo)/14. ネイサニエル/15. リベレーション(featuring Cee-Lo)/16. チョンキーファイア

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