音楽 POP/ROCK

SZA 『Ctrl』

2024.03.21
SZA
『Ctrl』
2017年作品


SZA j1
 直後に来日したことも関係しているのか、日本での報道を見ている限り、2024年2月初めに開催された第66回グラミー賞の受賞式の話題は、テイラー・スウィフトが独占してしまった感がある。確かにテイラーは史上初めて4度目の年間最優秀アルバム賞に輝いて、見事に記録を更新。ただ、受賞数で言えば今回は2部門のみで、最多の4冠を達成したのはフィービー・ブリジャーズだったし、そもそもノミネーション数で群を抜いていたのは、ほかでもなくSZA(シザ)だった。初来日にしていきなり今年のフジ・ロック・フェスティバルの初日ヘッドライナーを務める彼女、2023年に発表したセカンド・アルバム『SOS』などを対象に実に9部門――最優秀アルバム賞、プログレッシブR&Bアルバム賞、レコード賞、楽曲賞、R&Bパフォーマンス賞、R&B楽曲賞、メロディック・ラップ・パフォーマンス賞、ポップ・デュオ/グループ・パフォーマンス賞、トラディショナルR&Bパフォーマンス賞――の候補に挙がり、うち3部門(プログレッシブR&Bアルバム賞、R&B楽曲賞、ポップ・デュオ/グループ・パフォーマンス賞)で受賞に至ったが、そのただならぬ才能は、2017年にこのファースト『Ctrl』(全米チャート最高3位)が登場した時から大いに注目されていたものだ。

 ちなみに『Ctrl』も第60回グラミー賞で新人賞ほか5部門にノミネートされ、様々なメディアが選ぶ年間ベスト・アルバムのトップ3圏内に軒並みランクイン。ゆえに、新作を待ち望む声は早くから高まっていた。にもかかわらず『SOS』の完成までに7年の空白が生まれたわけだが、『Ctrl』のリリースまでに要した時間も長かった。本名ソラーナ・ロウ、1989年にセントルイスで生まれ、ニュージャージーで育ったSZAは、大学で海洋生物学を専攻しながらも中退して音楽界を志し、2012年に自主制作のデビューEPを発表。そして本作に客演しているケンドリック・ラマーやスクールボーイQを擁するヒップホップ・レーベル=トップ・ドッグ・エンターテインメントと契約し、2014年に正式なファーストEP『Z』を送り出した。以後、ライヴ活動に力を入れつつソングライターとしてリアーナやビヨンセにヒットを提供し、多数のアーティストの曲にゲスト参加するなどして評価を高め、ツアーバンドの一員でもあるカーター・ラングと、トップ・ドッグのお抱えサウンドメイカーのThe Antydoteをメイン・プロデューサーに選んでアルバムに着手。しかしレコーディングに延々と時間を費やし、最終的にはトップ・ドッグが音源を収めたハードドライヴを取り上げて無理やり本作をリリースしたという噂も、まことしやかに囁かれたものだ。

 もっともこの『Ctrl』を聞く限り未完成な印象は全く受けないし、それどころか、人生の助言を与える母と祖母の言葉を随所に挿入した構成も相俟って、コンセプチュアルな作品だと評せなくもない。〈Ctrl〉は言うまでもなく〈control〉の略で、〈支配〉や〈主導権〉といった日本語に置き換えられるわけだが、それがまさに全編に共通するテーマ。アルバムの冒頭でまずは彼女の母が、「私が最も恐れているのはコントロールを失うこと」と宣言し、1曲目の「Supermodel」でSZAは早速主導権を奪還するべく、浮気者の恋人に別れを切り出す。相手に依存しがちな自分の弱さを省みると共に、実は彼女も腹いせに恋人の友達と浮気をしたという爆弾を用意して。

 こうして幕を開ける本作でSZAは自分の人生を振り返り、恋愛の様々なシチュエーションにおけるコントロールの駆け引きを描写。例えば「Drew Barrymore」では、孤独感に苛まれて自分を安売りしてしまいがちな傾向を恥じていて(俳優のドリュー・バリモアが若い頃によく出演していたタイプの映画にインスパイアされたことから彼女の名前をタイトルに冠しているのだとか)、「The Weekend」はフタマタどころかミツマタ男に騙されたエピソードを通じて、男性の心をつなぎ止めることを人生の最優先事項とすることの愚かさを説く。その合間で容姿にまつわるコンプレックス(「Garden(Say It Like Dat)」)や仕事と恋愛の時間配分(「Broken Clocks」)といった題材にも言及し、欲望に正直に生きて自由を謳歌しながら、良くも悪くもたくさんの学びを得ていく、非常にリアルな女性像を浮き彫りにするのだ。強がったり、不都合な部分も取り繕ったりもせず、徹底してあけすけに。

 リアルと言えばSZAの語り口も然りで、作詞のアプローチがユニーク極まりない。推敲を重ねて選び抜いた言葉を残すのではなく、明らかにフリースタイルで心のままに歌詞を綴っている彼女は、自分の身に起きたことを思い出しつつ、時には「ああ、そういえば」と脇道に逸れたり、立ち止まって考え込んだり、ユーモアを挿んだりしながら、話を進める。だから言葉数は多く、ほとんどリピートすることもないし、場合によっては雑然としているのだが、意識の自然な流れを追いかけているからこそ聞いていて気持ちいい。途中でつい「へええ」とか「そうなんだ」とか「分かる分かる」とか、相槌を入れたくなる。またその気持ち良さを担保しているのは、SZAの言葉を運ぶなめらかなメロディであり、決して歌い上げないナチュラルな歌声であり、生楽器とエレクトロニック・サウンドとサンプルを引き算志向で重ねて、彼女の声に寄り添うサウンドスケープ。大胆なジャンル・クロッシングで聴き手を驚かせた『SOS』に比べると(よって前述した通りグラミー賞でも多様なカテゴリーでノミネートされた)、本作はR&Bの枠内にだいたい収まってはいるものの、エレクトロポップからフォークまでを網羅するアンビエントかつドリーミーな表現の緩やかな抑揚が、アンビバレントな心境を引き出している。

 そう、アンビバレントと言ったのは、「Prom」などに顕著に表れているように、本作でのSZAは自分の人間としての成長のスピードに不安を抱いていて、焦りと希望を交互ににじませているからだ。発表当時28歳、ラストソングの「20 Something(=20代)」では、独り身で、まだこれといったことを達成できていなくて、本当の愛から逃げていて、それなりに経験は積んでいながら居場所が定まっていない、自分の微妙な立ち位置を検証。20代をなんとか生き抜いて、みんなで向こう側に突き抜けられますようにと、自身の世代の全ての人々にエールを送っている。晴れて全米ナンバーワンを記録した、計23曲から成る大作『SOS』で見せた野心と自信から察するに、30代半ばになった今のSZAは、無事向こう側に突き抜けたのだと思う。
(新谷洋子)


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SZA 『Ctrl』
『Ctrl』収録曲
1. Supermodel/2. Love Galore - Sza Feat. Travis Scott/3. Doves in the Wind - Sza Feat. Kendrick Lamar/4. Drew Barrymore/5. Prom/6. The Weekend/7. Go Gina/8. Garden(Say It Like Dat)/9. Broken Clocks/10. Anything/11. Wavy(Interlude)- Sza Feat. James Fauntleroy/12. Normal Girl/13. Pretty Little Birds - Sza Feat. Isaiah Rashad/14. 20 Something

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