音楽 POP/ROCK

ザ・キラーズ 『ホット・ファス』

2024.07.27
ザ・キラーズ
『Hot Fuss』
2004年作品


the killers j1
 ザ・キラーズが先日ふたつのギネス記録を樹立した。どちらも、2004年に登場したこのファースト・アルバム『ホット・ファス』からの先行シングルであり彼らのデビュー曲にあたる「Mr.Brightside」の、全英チャート上での記録である。2004年6月に100位圏内に初めて顔を見せた「Mr.Brightside」の最高ポジションは10位に過ぎないのだが、現在までに実に約420週(約8年に相当)にわたってランクイン。これは1組のアーティストとしては最長記録であり、1曲の累積在籍週数においても最多記録にあたる。要するに、英国出身ではなくラスベガスからやってきたアメリカン・バンドでありながら、ほかの誰よりも、ほかのどの曲よりも長い間、全英トップ100圏内に居座っているわけだ。しかも今年に入ってストリーミング数はアップし、7月19日付けのチャートで60位につけており(加えて5月にはオアシスの「Wonderwall」を抜いて、全英ナンバーワンを獲得していないシングルの中では最大のヒット曲にもなった)、本作を含め今までに発表した7枚のアルバムは、全てナンバーワンを獲得済み。20年前に始まったザ・キラーズと英国のラヴアフェアは、現在も続いている。

 もっともリーダーのブランドン・フラワーズ(ヴォーカル/キーボード)にしてみれば、英国への一方通行の恋は、年の離れた兄の影響でデヴィッド・ボウイからザ・キュアーやニュー・オーダー(ザ・キラーズという名前が彼らの2001年の曲「Crystal」のPVに登場する架空のバンドの名であることは有名な話だ)、ザ・スミス、ペット・ショップ・ボーイズ、デュラン・デュラン、オアシスに至る英国人ミュージシャンに夢中だった、自身の少年時代に始まっていた。当時グランジそっちのけで大西洋の向こう側の音楽に耳をそばだてていた彼は、2001年、ギタリストのデイヴ・キューニングが地元のフリーペーパーに出したバンド・メンバーの募集告知に、「オアシス」という名前を見つけて早速連絡をとる。そしてデイヴのデモをもとに真っ先に書き上げて、マーク・ストーマー(ベース)とロニー・ヴァヌッチ(ドラムス)を交えた布陣で初めてレコーディングしたのが「Mr.Brightside」だった。サウンドにブリティッシュ・アーティストたちへのオマージュが込められていることは指摘するまでもないが、ちょっと上ずったブランドンの声もザ・キュアーのロバート・スミスなどを想起させるもので、アメリカでこの手の歌い方をするフロントマンはあまりいないように思う。

 そんな彼の声によくよく耳を傾けると、「Mr.Brightside」は1番と2番の歌詞が全く同じの、ものすごくシンプルなつくりの曲だということに気付くはず。なのにそう感じさせないのは、恋人に裏切られて嫉妬に燃える主人公の言葉が、一度目は怒り、二度目はそれが悲しみを帯びているように聴こえて、受ける印象がいつの間にかシフトしているからだろうか? ビターな内容なのに曲調はアップビートで、ポジティヴな未来を予感させるところにもヒネリが効いている。何しろ彼は〈Mr.Brightside〉=楽観主義者なのだから――。

 1曲を語るのに随分行数を割いてしまったが、「Mr.Brightside」をひな型にした惚れ惚れする出来のスリリングなポップソングが、『ホット・ファス』にはこれでもかとラインナップされている。1980年代の英国から直送したキラキラなシンセ・サウンド、そのシンセとコントラストを成すアンセミックなギター、ファンキーなリズム・セクションが絶妙に絡み合い、キャッチーなサビが「一緒に歌おうよ」と手招きしていて。なんでもブランドンは、ザ・ストロークスのデビュー作『Is This It』(2001年)の素晴らしさに圧倒され、それがソングライターとして奮起するきっかけになったというエピソードがある。もちろん音楽は競技スポーツではないし、いい曲がヒットするとも限らないわけだが、同世代が作った傑作を聴いて競争心を燃やす、野心や負けん気があってこそ生まれたアルバムだと言えるんだろう。だいたい最初に聴こえてくるのがオアシスの「Morning Glory」を思わせるヘリコプターのローター音だという点からして、デビュー作にしてはかなり強気なオープニングだろう。その1曲目「Jenny Was A Friend Of Mine」は、〈殺人者たち〉を名乗るバンドに相応しく、ジェニーという女性の殺人事件を描いた、3部作を構成する曲のひとつ。元恋人である彼女の殺人を疑われている男が尋問を受けている場面から、本作は幕を開ける(残る2曲は10曲目の「Midnight Show」と、この数年後に公開される「Leave the Bourbon on the Shelf」だ)。

 そう、ザ・キラーズの曲はこういう想像力を暴走させたストーリーと、ブランドンの実体験を元にしたと思われる胸キュンなストーリーが混在していて、非日常と日常がせめぎあっているところが大きな特徴でもある。例えば1980年代のニューヨークを舞台に、エイズで亡くなってしまう女性を通じてディスコ時代の終焉に想いを馳せる「Believe Me Nathalie」は前者の典型例で、ハイスクールを舞台に人気のスポーツ・チームのスター選手だと思われる男子への憧れと妬みを持て余す、ストーカーじみた生徒の視線で綴った「Andy, You're a Star」も然り。密かに同性にときめいているという設定において、フランツ・フェルディナンドの「Michael」にも通ずる隠れ名曲だと思う。逆に、恋の終わりと共に青春そのものに別れを告げているかのような「Smile Like You Mean It」、気になる女性に振り向いてもらえない焦燥感を歌う「Somebody Told Me」はリアリティ満々なのだが、どっちに転んでも映画的なドラマ性を湛え、どっちも説得力満々に歌える役者っぷりを備えているのがブランドンなのである。

 そんな中でも筆者が考えるに本作のハートに相当する曲が、かつてエルヴィス・プレスリーやアレサ・フランクリンと歌った伝説的クワイア、ザ・スウィート・インスピレーションがバッキング・コーラスを添えるゴスペル仕立ての「All These Things That I've Done」だ。「Mr.Brightside」が彼の音楽的な属性を明確にしたのなら、こちらはスピリチャルな属性を明らかにしているというか。というのも、最近とあるポッドキャスト(名曲のメイキングを掘り下げる『The Story Behind the Song』)でも語っていたが、ここでのブランドンは、ボノが自身の信仰心を論じたU2の「I Still Haven't Found What I'm Looking For」にサウンド面でも歌詞の面でもインスパイアされ(『The Story Behind the Song』によるとベースラインはボウイの「Slow Burn」からパクったそうだ)、敬虔なモルモン教徒である自分がロックンロール・ドリームを追うことに矛盾はないのか? ふたつのアイデンティティは両立し得るのか?と自問し、肯定的な答えに到達するまでのプロセスを辿っている。つまり、これらの曲を書きながら彼が大きな葛藤を抱いていたことを物語っており、フィナーレの「Everything Will Be Alright」の〈全てはうまくいくから〉というリフレインとも呼応している気がするのだ。

 実際、全てはうまくいった。ザ・キラーズは英国先行で大ブレイクし、〈America's Best British Band(アメリカが生んだ最高のブリティッシュ・バンド)〉などと揶揄されながら、アメリカでもじきにこの世代のバンドとしては最大級の成功を収め、ブランドンはロックスターになった。日本でも先日6度目の来日にして、20年前の初来日の舞台だったフジロックフェスティバルにヘッドライナーとしてカムバックしたばかりだが、冒頭の記録然りで、ザ・キラーズにまつわる話題と言えば、相変わらず英国から伝わってくる確率が非常に高い。最近ではこんなのがあった。7月10日に行われたロンドン公演がたまたま、UEFA欧州選手権の準決勝(イングランド対オランダ)と重なったことから、スコアを気にするオーディエンスを気遣って、彼らは演奏を中断。試合のラスト数分をステージの巨大スクリーンに映して一緒に観戦し、イングランドの勝利を見届けると紙吹雪を盛大に散らせ、急遽曲順を変更し決勝での健闘を祈るようにして「Mr.Brightside」を披露したという。ご存知の通り決勝ではスペインに敗れてしまうのだが、粋な計らいでオーディエンスを熱狂させたザ・キラーズの英国愛は留まるところを知らない。
(新谷洋子)


【関連サイト】
『ホット・ファス』収録曲
1. Jenny Was A Friend Of Mine/2. Mr. Brightside/3. Smile Like You Mean It/4. Somebody Told Me/5. All These Things That I've Done/6. Andy, You're a Star/7. On Top/8. Change Your Mind/9. Believe Me Natalie/10. Midnight Show/11. Everything Will Be Alright

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