音楽 POP/ROCK

トーリ・エイモス 『Native Invader』

2024.11.23
トーリ・エイモス
『Native Invader』

2017年作品


tori amos j1
 というわけで、しばらくの間ニュースを独占していたアメリカ大統領選挙が終わった。音楽界からはご存知の通り、圧倒的多数のミュージシャンが民主党候補カマラ・ハリス氏への支持を表明。応援活動を行なって話題を呼んだが結局ああいう結果に終わり、「そもそもセレブリティの応援に意味はあるのか?」などという問いかけをメディアで見かけたものだ。確かに、それはそれで厄介な問いかけではある。でも、少なくとも海外ではエンタメ界に身を置く人たちが政治・社会に積極的に関わり、自分の立ち位置を明確に表すのは当たり前。表現の自由が制限されかねないことだけをとってもドナルド・トランプ氏に危機感を抱くのは当然で、意味があるかないかという話ではなく、みんな居ても立っても居られなかったというのが実情だと思う。

 じゃあこの先ミュージシャンたちはどう動くのか? それを考えるにあたって、選挙戦中から2017〜2020年のトランプ政権第一期にかけてリリースされた作品を振り返ってみた。まず曲単位では、フィオナ・アップルの名曲「Tiny Hands」を筆頭にエミネムの「Like Home」、ア・トライブ・コールド・クエストの「We the People...」、或いはフランツ・フェルディナンドの「Demagogue」などなど、世界中で無数のプロテスト・ソングが誕生。アルバム単位でも良作が幾つか思い出される。例えば、共に2017年に登場したゴリラズの『Humanz』とビョークの『Utopia』は、単純にポリティカルと評せる作品ではなかったものの明らかに当時のアメリカの政情を受けて生まれた、解毒剤みたいなアルバムだった。逆にポリティカルに振り切れていたのが、現代サザン・ロックの雄ドライヴ・バイ・トラッカーズの『American Band』(2016年)。社会を分断する保守勢力を糾弾するこの痛烈なアンセム集は、その後のアメリカのあり様を予告していたように思う。

 そしてトーリ・エイモスも、15枚目のアルバム『Native Invader』(2017年/全米チャート最高39位)で、まったくもって彼女らしいユニークな視点に立つプロテストを行なったひとりだ。そもそもシンガー・ソングライター/ピアニスト/プロデューサーとして1990年代初めに頭角を現したトーリと言えば、ジェンダーや歴史、神話、宗教といった題材を巡るコンセプチュアルな作品が多いのだが、本作も例外ではなかった。しかも『Native Invader』の場合は、制作中にふたつの事件が起きたことで、当初抱いていたコンセプトを再考。このまま黙ってはいられないと、想定外の方向に発展したという。

 そう、彼女が考えていたのは、チェロキー族の血が流れる自身の出自を探るアルバムだった。トーリは9.11事件が起きた時も、チェロキー族が受け継ぐストーリーに根差したアルバム『Scarlet Walk』(2002年)を制作しているから、時代に不穏な空気が立ち込めると自分の足元を見つめたくなるということなのだろうか? とにかく当時のインタヴューによると、2016年夏に彼女は、チェロキー族の血を引く母方の家族が代々暮らしてきたアパラチア山脈に連なるスモーキー・マウンテンを訪問。そこで祖父の足跡を辿った旅が、アルバムの出発点になったそうだ。

 ところが秋に大統領選があって、さらに翌2017年1月に母メアリーが心臓発作で半身不随になったことを受けて(アルバムのフィナーレ「Mary's Eyes」はその母へのオマージュだ)、母の命とアメリカの理想が同時に脅威にさらされていると実感。そこで、旅で再確認したネイティヴ・アメリカンのスピリチャリティや叡智や自然観を踏まえ、それらも歌詞のメタファーに用いて抵抗の意を示そうと考えるに至ったらしい。聞けば、父方の家族は南北戦争時代に南部連合の支持者だったこともあって、再びアメリカ社会に深い亀裂が入ったことにトーリは心を痛め、怒りや憤りや絶望感が渦巻いていても自分は破壊的な空気に与することなく、音楽で森を作り出し、人々がそこに分け入って抵抗のための力や癒しを得られる避難所を提供しようと試みたという。

 7分に及ぶオープニング曲「Reindeer King」に途方もない喪失感を投影してスタートする本作は、そんな成り立ちのアルバムであるがゆえに何よりもまず、トランプ政権が否定した気候変動を始め、環境問題に繰り返し言及している。気候変動の否定を自然界に対する裏切りとして批判する「Bats」然り、自然の不可侵性を訴える娘ナターシャとのデュエット曲で、アメリカがパリ協定から脱退したことをきっかけに生まれたという「Up the Creek」然り。他方で「Benjamin」でのトーリは、ジュリアナ対アメリカ連邦政府訴訟(2015年に化石燃料の使用が温暖化につながることを知りながら放置したとして若者たちが政府を提訴した訴訟。5年後に棄却された)にインスパイアされ、環境保護関連の施策が骨抜きにされている現実を知らせようと奔走する人々を讃えている。言うまでもなく、彼女の澄み渡った声に終始寄り添うのは、トレードマークのピアノの響きであり、曲ごとに趣向を微妙に変えて細やかに作り込んだテクスチュアとリズム。歌詞が専ら抵抗のための力を与えているのだとしたら、サウンドは癒しを担っていると言うべきか?

 ほかにもレゲエのグルーヴに乗った「Wings」では、優しく諭すような調子でアメリカを毒する有害なマスキュリニティを論じ、ややプログレに寄った「Bang」は移民差別とヘイトを宇宙論的なヴォキャブラリーで語るなど、多彩なアプローチでトランプ政権下の社会の歪みを指摘。中でも最も直接的にメッセージを伝えているのは、ブルース調の「Broken Arrow」かもしれない。〈Broken Arrow(折れた矢)〉はネイティヴ・アメリカンと縁の深い言葉であると同時に、核兵器が紛失したことを示唆するアメリカ軍の暗号でもあり、つまり緊急事態を指す。トーリは〈我々は自由の女神の解放者なのか、それとも抑圧者なのか?〉と疑問を投げかけ、今の緊急事態と真剣に向き合って、自由の女神が象徴するところのアメリカの理想を救わなければと警告を発しているのである。

 〈先住の侵略者〉という矛盾をはらんだタイトルもまた、「Broken Arrow」とメッセージを共有している。これはアルバム本編ではなくボーナストラックの「Russia」の歌詞(〈Time to wake, activate our native invader/目を覚まして、先住の侵略者を稼働させよう〉)から引用したフレーズであり、彼女が言う〈侵略者〉とは、内側から抵抗する自分たち自身のこと。トランプ政権と右派勢力に奪われて意味を捻じ曲げられた、〈自由〉や〈解放〉といった言葉を奪還しようと訴えている。実際あの4年間を通じて我々は、トランプ政権がイスラム教徒の入国を全面禁止した時、前述したパリ協定脱退を発表した時、声を上げ、全米の都市でデモを行なう〈先住の侵略者〉たちの姿を目の当たりにし、来年も恐らく同じことが繰り返されるのだろう。当然ながらミュージシャンたちも黙ってはいないはず。殊に、第一期の時はまだ子どもだった、気候変動や性的マイノリティの権利についてさらにセンシティヴなZ世代のアーティストがどんなアンサーを提示するのか、〈楽しみ〉という言葉を使うのは不謹慎かもしれないが、非常に興味深くはある。
(新谷洋子)


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『Native Invader』収録曲
1.Reindeer King/2.Wings/3.Broken Arrow/4.Cloud Riders/5.Up The Creek/6.Breakaway/7.Wildwood/8.Chocolate Song/9.Bang/10.Climb/11.Bats/12.Benjamin/13.Mary's Eyes

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