音楽 POP/ROCK

ワン・ダイレクション 『フォー』

2024.12.21
ワン・ダイレクション
『フォー』
2014年作品

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 先日テイク・ザットの29年ぶりの来日公演を観ながら、ふとワン・ダイレクションのことを思い出していた。ふたつのグループには共通項が色々あったなと。まずはテイク・ザットのキャリアを振り返ってみると、1991年にデビューした彼らは4年間に8曲の全英ナンバーワン・シングルを生む大成功を収めたわけだが、完璧なアイドルであり続ける重責に耐えられなくなったメンバーがまずひとり脱退し、グループも間もなく解散。各自ソロ活動をスタートし、ポップスターの座をキープするメンバーもいれば、苦戦するメンバーもいたし、音楽以外の道に活路を見出そうとしたメンバーもいた。そして10年ほどそれぞれの道を歩んだのちに再結成すると、1990年代の成功を凌ぐスケールアップを果たし、現在に至るまで国民的ポップ・グループであり続けている。

 他方でちょうど20年後に現れた同じ5人編成のワン・ダイレクションーー英国人のリアム・ペイン、ゼイン・マリク、ルイ・トムリンソン、ハリー・スタイルズ、アイルランド人のナイル・ホーランーーも、リアリティ番組で誕生したという経緯こそ時代の差を物語っているが(テイク・ザットは英国版ニュー・キッズ・オン・ザ・ブロックをデビューさせようと目論んだマネージャーがメンバーを募集し、オーディションで5人を選んだ)、良く似た道を歩んだ。2011年にファースト・シングル「What Makes You Beautiful」を送り出してからというもの、世界中で社会現象と呼べるほどの人気を博し、全米チャートでは5曲がトップ10入り。ザ・ビートルズの記録を刷新した。ところが2015年3月にゼインが「普通の人生を生きたい」とグループから離脱。その9カ月後には無期限で活動を休止し、以来10年にわたって全員がソロ活動に勤しんできたことはご存知の通りで、この間ファンは活動再開を期待し続けてきた。筆者も、再結成後のテイク・ザットが年齢と共に音楽を成熟させて、さらに素晴らしい作品を次々に生んでいるように、30代、40代の自分たちを歌うワン・ダイレクションの姿を見てみたかった。しかし2024年10月16日にリアムが亡くなったことでオリジナル・メンバーで復活する可能性は断たれてしまったわけだ。

 このショッキングな事件を受けて多くの人が、それぞれに思い入れのある作品に耳を傾けていたに違いないが、筆者の場合は迷わず、5人で作った最後のアルバム『フォー』(2014年/全英チャート最高1位)に手が伸びた。シンプルなタイトルは、結成から4年を経たことと、4枚目のアルバムであることを示し、つまり1年に1枚のペースで新作を作っていた彼ら。中でも本作は、メンバー全員が当時20代に突入したことも関係しているのか、最も大きな歩幅で前進したアルバムだったと思う。

 そもそもワン・ダイレクションと言えば、メンバーにはロック好きが多く、ボーイズグループでありながらもダンスポップを志向せず、踊らない(正確には「踊れない」か?)ことで異彩を放っていたが、前作『ミッドナイト・メモリーズ』で彼らはいよいよ本格的にロックに接近。『フォー』では、計12曲のうちエド・シーランが提供した「18」を除く11曲の曲作りにメンバーが関わり、ギターの音をさらに前面に押し出して、オーガニックかつアンセミックな曲をずらりと揃えた。影響源として想像が付くのは、ブルース・スプリングスティーン(「Steal My Girl」)、ジャーニー(「Where Do Broken Hearts Go」、チープ・トリック(「No Control」)、フリートウッド・マック(「Stockholm Syndrome」「Fireproof」)辺りだろうか? 当時マムフォード&サンズやザ・ルミニアーズが牽引していたインディ・フォーク・シーンからも明らかにインスピレーションを得ており、生楽器に縁取られることで各人の歌声の個性が強調され、従来以上に繊細なハーモニーを紡いでいたことも指摘しておきたい。

 そして、こうしたサウンド志向以上に「大人になったな」と印象付けたのは、5人が綴った歌詞だった。恋愛をテーマにしていることは変わっていなかったが、分かりやすいラヴソングとブレイクアップ・ソングの範疇から抜け出して、より曖昧な感情、不条理な感情に目を向けたり、恋愛関係を持続させることの難しさを歌ったり......。殊に、ワン・ダイレクションの曲としてはSpotifyで唯一再生回数10億回以上というダントツの人気を誇るノスタルジックなアコースティック・バラード「Night Changes」では、月日が経つスピードに戸惑いながら、時間と共に訪れる変化を自然なものとして受け入れなければと自他に訴える名曲だ。一人称ではなく、女性の三人称を用いてストーリー形式をとっているところも非常に新鮮だった(「Night Changes」は10月16日以降ストリーミング回数が急増し、英国で再チャートインした曲の中では最高の6位を記録している)。

 しかし本作のリリースから4カ月後の2015年3月にゼインが脱退。4人で活動を続行するも、5作目『メイド・イン・ザ・AM』を発表したのちに、ワン・ダイレクションは同年末に活動を休止する。それからというもの、ハリーはソロでも引き続きポップ・ミュージック界の頂点に君臨し、ゼインは自身の本来の嗜好に忠実にR&B/ソウル路線に切り替え、ナイルはややフォーキーな、ルイはブリットポップっぽいテイストを打ち出してマイペースにソロ活動をしているが、今思うと、メインストリーム・ポップを志したものの何でも器用にこなす人であるだけに自分のスタイルを確立できずにいたのが、リアムだったのかもしれない。安定したヴォーカル力を誇り(ファースト『アップ・オール・ナイト』の頃はほぼ全曲の歌い出しを担当していた)、ダンスも得意だった彼は、専門学校でミュージック・テクノロジーを学んだこともあって、ワン・ダイレクションでは多くの曲作りを担当。本作でも8曲にソングライターとしてクレジットされ、日本盤ボーナストラックだった「Steal My Girl」のハウス・リミックスも〈Big Payno〉の名義で手掛けたものだ。またインタヴューの時にも、みんなでふざけて話が脱線しがちな中でいつも真剣に、誠実に応えてくれたことも思い出され、事実上のリーダーだったと言って過言じゃないし、メンバーや他の親しいミュージシャンが寄せた追悼コメントからも、そういう立ち位置が浮き彫りになった気がする。

 そういう意味で、テイク・ザットに準えるとすると、グループを凌駕する成功を収めたロビー・ウィリアムスに該当するのがハリーであり、リアムはメイン・ソングライター兼メイン・シンガーだったゲイリー・バーロウに近い存在なのだろうか? ソロ・デビュー当初は将来を約束されていたように見えたゲイリーだが、間もなくして失速してしまった彼は精神的に落ち込んで、過食症などに長らく苦しんだという話は広く知られている。優等生に見えたリアムものちに、プレッシャーに苦しんでメンタルヘルスに不調を来していたこと、アルコールなどに依存していたことなど、自分の葛藤について率直に語り(ソロアルバム『LP1』に収めた「Live Forever」には当時を回想したのだと思われる〈どうやって生き延びることができたのか自分でも分からない〉と歌う箇所がある)、つい昨年も酒を断つために100日間をリハビリ施設で過ごしたばかりだった。亡くなった状況は未だはっきりしていないが、英国では彼の死を受けて、10代半ばの子どもをデビューさせて極端な環境の変化にさらし、過剰なプレッシャーを与えて心に深い傷を残す可能性がある以上、業界は彼らの心身をケアする仕組みを設けるべきではないかという声も上がっており、もしかしたら近い将来、リアムの名を冠した法律が制定されたりするのかもしれない。
(新谷洋子)


【関連サイト】
ONE DIRECTION(OFFICIAL)
One Direction YouTube
『フォー』収録曲
01. Steal My Girl/02. Ready To Run/03. Where Do Broken Hearts Go/04. 18/05. Girl Almighty/06. Fool`s Gold/07. Night Changes/08. No Control/09. Fireproof/10. Spaces/11. Stockholm Syndrome/12. Clouds

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