
ブランディ・カーライル 『バイ・ザ・ウェイ・アイ・フォーギヴ・ユー』
2025.02.27
ブランディ・カーライル
『バイ・ザ・ウェイ・アイ・フォーギヴ・ユー』
ツアー活動を引退し、その後の動きに注目が集まっていたエルトン・ジョンがニュー・アルバム『天使はどこに』を発表すると報じられたのは、2025年2月に入ってからのことだ。近年は企画盤が続いたため、新曲ばかりの作品が登場するのは約10年ぶりなのだが、ソロではなく、ソングライティングの段階からコラボしたブランディ・カーライルとの連名アルバムだと聞いて、日本では「ブランディって誰?」という反応が多かったのではないかと思う。確かに間もなく78歳の誕生日を迎えるエルトンと、親子ほど年の離れたブランディ(43歳)の共演は意外に感じられるのかもしれない。でも、後続のアーティストたちを積極的にサポートしている彼らしい企画とも言えるし、第61回グラミー賞で最優秀アルバム賞を含む同年最多の6部門で候補に挙がり、アメリカーナ・アルバム賞、アメリカン・ルーツ・ソング賞、アメリカン・ルーツ・パフォーマンス賞の3冠に輝いたこの6作目『By The Way, I Forgive You』(2018年/全米チャート最高5位)を聴けば、エルトンが惚れ込んだことに納得がいくのではないだろうか。
それにふたりのコラボは今に始まったことではない。もとを正せば、ブランディが自分のマニアックなほどのファン(派手なスーツを好むファッションのセンスにもエルトンの影響が窺える)であることを知ったエルトンが、彼女にアプローチしたのをきっかけに交流が始まり、まずはブランディのサード『Give Up The Ghost』(2009年)にピアノで参加。以来共演を重ねてきた彼らは、現在ではお互いをソウルメイトと呼び合う家族同然の関係にある。ちなみにブランディもエルトンと同様に同性愛者で、2012年に結婚した妻(合衆国レベルで同性婚が合法化されたのは2015年だが州によっては以前から合法だった)と2児を育てている。
そんな彼女はシアトル郊外の小さな町レイヴンズデイルで生まれ育ち、エルトンのほかジョニー・キャッシュを始めとするカントリー・シンガーたちにも憧れてミュージシャンを志し、高校中退後シアトルを拠点に音楽活動をスタート。2005年にはデビュー作『Brandi Carlile』を送り出し、T・ボーン・バーネットをプロデューサーに起用した『The Story』(2007年)の収録曲がCMなどに使われたことをきっかけにブレイクするのだが、当初はアメリカーナの枠で捉えられていたブランディにより幅広い認知と人気をもたらしたのが、『By The Way, I Forgive You』だった。プロデューサーはルーツ音楽界のベテラン、デヴィッド・コブと、ウェイロン・ジェニングスの息子で自らもソロ・アーティストとして活動するシューター・ジェニングス。プレイヤーに関してはツアーバンドのメンバー、双子のフィル(ベース)&ティム(ギター)・ハンセロス、クリス・パウエル(ドラムス)がそのまま参加しており、このうち下積み時代から行動を共にし、共作者としてもブランディを支えるハンセロス兄弟は、今回も全曲を一緒に綴り、ヴォーカル・ハーモニーを添えている。
以上のメンツで制作した本作は、ギター/ベース/ドラムスに、曲によってブランディかシューターが弾くピアノが加わるという編成をとり、エルトンやデヴィッド・ボウイの作品で知られる大御所アレンジャーのポール・バックバスター(彼は2017年11月亡くなったのでこれが最後の仕事だったのかもしれない)がストリングスをプラス。全般的にいつになく重厚に、かつドラマティックに作り込まれ、簡素でフォーク色が濃かった従来の作品に比べると彼女のポップセンスを強調。女性版ロイ・オービソンと呼ぶに相応しい類稀な歌声にも(もちろんそれはシンプルな弾き語りに似合うし、『The Story』が好例なのだが)、絶妙な相乗効果をもたらしていると言えよう。
また、アルバム全編をひとつのテーマで貫いたのもこれが初めてだったと思う。厳密には全曲で扱っているわけではないが、そのテーマは、〈あなたを許そう〉というタイトルに含まれたフレーズに集約されている。そう、許すことと心を寄せることだ。当時のインタヴューを幾つか読んでみると、自分を苦しめ人間を許して受け入れるという行為がいかに困難でラディカルで美しいことなのか、改めて示したかったのだといい、冒頭の「Every Time I Hear That Song」からして別れた恋人への手紙のように仕立てられ、「深く傷つけられたけど私はあなたを許す」とブランディは歌う。他方でバッファロー・スプリングフィールドの「For What It's Worth」を思わせるフォークロック仕立ての「Fulton County Jane Doe」は、フィルが新聞で読んだという、ジョージア州フルトン郡で起きたフェミサイドがインスピレーション源。身元が分からない犠牲者の尊厳を回復したいという想いが伝わってくるし、薬物依存に陥った挙句自殺した友人に手向けた、1970年代のエルトンぽい「Sugartooth」では、愚かな人間だと切り捨てるのではなく彼の苦悩に想いを馳せる。そして「The Mother」と「Most of All」は共にブランディの家族にインスパイアされており、前者での彼女は、母親になったことで失ったものがあると認めつつ得たものの大きさに心を躍らせ、後者では両親から学んだことを列挙。ここにも父から授かった知恵のひとつとして、〈許す術〉を挙げている。
そんな中で紛れもないハイライトと言えばやはり、ブランディの代表曲となる「The Joke」だろう。バラク・オバマ元米大統領が毎年発表しているお気に入り曲のプレイリストの2017年版に含まれていたことでも注目されたこの曲は(両者は以前から交流があり、『The Story』の収録曲を様々なアーティストが歌うチャリティ・アルバム『Cover Stories』にもオバマ氏は序文を寄せている)、彼女の歌唱力を最大限にショウケースするアンセミックなピアノ・バラード。第一次トランプ政権の最初の1年間に同政権が打ち出した政策や、米国社会に作り出した空気に苦しめられ疎外された人々――国境を閉ざされた難民、差別を恐れて自分らしさを抑圧する性的マイノリティ、初の女性大統領誕生の希望を断たれミソジニーの広がりを恐れる若い女性――にブランディは共感し、「あなたは一人じゃない」と寄り添っている。保守的なルーツ音楽の世界に身を置くリベラルな同性愛者だという自身の立ち位置を、明確に印象付ける曲でもあった。
ピアノの弾き語りでアルバムを締め括る「Party Of One」もまた、当時の政情を背景にした1曲だ。結婚の権利が奪われかねない状況下で、同性カップルとしての自分と妻の関係を捉え直し、絆を確認している――と評するのが適当なのだろうか。8年が経って同じ場所に戻ってきた感がある今の米国が、本作の背後に重なって見える。
【関連サイト】
Brandi Carlile
Brandi Carlile YouTube
『バイ・ザ・ウェイ・アイ・フォーギヴ・ユー』
2018年作品

それにふたりのコラボは今に始まったことではない。もとを正せば、ブランディが自分のマニアックなほどのファン(派手なスーツを好むファッションのセンスにもエルトンの影響が窺える)であることを知ったエルトンが、彼女にアプローチしたのをきっかけに交流が始まり、まずはブランディのサード『Give Up The Ghost』(2009年)にピアノで参加。以来共演を重ねてきた彼らは、現在ではお互いをソウルメイトと呼び合う家族同然の関係にある。ちなみにブランディもエルトンと同様に同性愛者で、2012年に結婚した妻(合衆国レベルで同性婚が合法化されたのは2015年だが州によっては以前から合法だった)と2児を育てている。
そんな彼女はシアトル郊外の小さな町レイヴンズデイルで生まれ育ち、エルトンのほかジョニー・キャッシュを始めとするカントリー・シンガーたちにも憧れてミュージシャンを志し、高校中退後シアトルを拠点に音楽活動をスタート。2005年にはデビュー作『Brandi Carlile』を送り出し、T・ボーン・バーネットをプロデューサーに起用した『The Story』(2007年)の収録曲がCMなどに使われたことをきっかけにブレイクするのだが、当初はアメリカーナの枠で捉えられていたブランディにより幅広い認知と人気をもたらしたのが、『By The Way, I Forgive You』だった。プロデューサーはルーツ音楽界のベテラン、デヴィッド・コブと、ウェイロン・ジェニングスの息子で自らもソロ・アーティストとして活動するシューター・ジェニングス。プレイヤーに関してはツアーバンドのメンバー、双子のフィル(ベース)&ティム(ギター)・ハンセロス、クリス・パウエル(ドラムス)がそのまま参加しており、このうち下積み時代から行動を共にし、共作者としてもブランディを支えるハンセロス兄弟は、今回も全曲を一緒に綴り、ヴォーカル・ハーモニーを添えている。
以上のメンツで制作した本作は、ギター/ベース/ドラムスに、曲によってブランディかシューターが弾くピアノが加わるという編成をとり、エルトンやデヴィッド・ボウイの作品で知られる大御所アレンジャーのポール・バックバスター(彼は2017年11月亡くなったのでこれが最後の仕事だったのかもしれない)がストリングスをプラス。全般的にいつになく重厚に、かつドラマティックに作り込まれ、簡素でフォーク色が濃かった従来の作品に比べると彼女のポップセンスを強調。女性版ロイ・オービソンと呼ぶに相応しい類稀な歌声にも(もちろんそれはシンプルな弾き語りに似合うし、『The Story』が好例なのだが)、絶妙な相乗効果をもたらしていると言えよう。
また、アルバム全編をひとつのテーマで貫いたのもこれが初めてだったと思う。厳密には全曲で扱っているわけではないが、そのテーマは、〈あなたを許そう〉というタイトルに含まれたフレーズに集約されている。そう、許すことと心を寄せることだ。当時のインタヴューを幾つか読んでみると、自分を苦しめ人間を許して受け入れるという行為がいかに困難でラディカルで美しいことなのか、改めて示したかったのだといい、冒頭の「Every Time I Hear That Song」からして別れた恋人への手紙のように仕立てられ、「深く傷つけられたけど私はあなたを許す」とブランディは歌う。他方でバッファロー・スプリングフィールドの「For What It's Worth」を思わせるフォークロック仕立ての「Fulton County Jane Doe」は、フィルが新聞で読んだという、ジョージア州フルトン郡で起きたフェミサイドがインスピレーション源。身元が分からない犠牲者の尊厳を回復したいという想いが伝わってくるし、薬物依存に陥った挙句自殺した友人に手向けた、1970年代のエルトンぽい「Sugartooth」では、愚かな人間だと切り捨てるのではなく彼の苦悩に想いを馳せる。そして「The Mother」と「Most of All」は共にブランディの家族にインスパイアされており、前者での彼女は、母親になったことで失ったものがあると認めつつ得たものの大きさに心を躍らせ、後者では両親から学んだことを列挙。ここにも父から授かった知恵のひとつとして、〈許す術〉を挙げている。
そんな中で紛れもないハイライトと言えばやはり、ブランディの代表曲となる「The Joke」だろう。バラク・オバマ元米大統領が毎年発表しているお気に入り曲のプレイリストの2017年版に含まれていたことでも注目されたこの曲は(両者は以前から交流があり、『The Story』の収録曲を様々なアーティストが歌うチャリティ・アルバム『Cover Stories』にもオバマ氏は序文を寄せている)、彼女の歌唱力を最大限にショウケースするアンセミックなピアノ・バラード。第一次トランプ政権の最初の1年間に同政権が打ち出した政策や、米国社会に作り出した空気に苦しめられ疎外された人々――国境を閉ざされた難民、差別を恐れて自分らしさを抑圧する性的マイノリティ、初の女性大統領誕生の希望を断たれミソジニーの広がりを恐れる若い女性――にブランディは共感し、「あなたは一人じゃない」と寄り添っている。保守的なルーツ音楽の世界に身を置くリベラルな同性愛者だという自身の立ち位置を、明確に印象付ける曲でもあった。
ピアノの弾き語りでアルバムを締め括る「Party Of One」もまた、当時の政情を背景にした1曲だ。結婚の権利が奪われかねない状況下で、同性カップルとしての自分と妻の関係を捉え直し、絆を確認している――と評するのが適当なのだろうか。8年が経って同じ場所に戻ってきた感がある今の米国が、本作の背後に重なって見える。
(新谷洋子)
Brandi Carlile
Brandi Carlile YouTube
『バイ・ザ・ウェイ・アイ・フォーギヴ・ユー』収録曲
1. Every Time I Hear That Song/2. The Joke/3. Hold Out Your Hand/4. The Mother/5. Whatever You Do/6. Fulton County Jane Doe/7. Sugartooth/8. Most Of All/9. Harder To Forgive/10. Party Of One
1. Every Time I Hear That Song/2. The Joke/3. Hold Out Your Hand/4. The Mother/5. Whatever You Do/6. Fulton County Jane Doe/7. Sugartooth/8. Most Of All/9. Harder To Forgive/10. Party Of One
月別インデックス
- February 2025 [1]
- January 2025 [1]
- December 2024 [1]
- November 2024 [1]
- October 2024 [1]
- September 2024 [1]
- August 2024 [1]
- July 2024 [1]
- June 2024 [1]
- May 2024 [1]
- April 2024 [1]
- March 2024 [1]
- February 2024 [1]
- January 2024 [1]
- December 2023 [1]
- November 2023 [1]
- October 2023 [1]
- September 2023 [1]
- August 2023 [1]
- July 2023 [1]
- June 2023 [1]
- May 2023 [1]
- April 2023 [1]
- March 2023 [1]
- February 2023 [1]
- January 2023 [1]
- December 2022 [1]
- November 2022 [1]
- October 2022 [1]
- September 2022 [1]
- August 2022 [1]
- July 2022 [1]
- June 2022 [1]
- May 2022 [1]
- April 2022 [1]
- March 2022 [1]
- February 2022 [1]
- January 2022 [1]
- December 2021 [1]
- November 2021 [1]
- October 2021 [1]
- September 2021 [1]
- August 2021 [1]
- July 2021 [1]
- June 2021 [1]
- May 2021 [1]
- April 2021 [1]
- March 2021 [1]
- February 2021 [1]
- January 2021 [1]
- December 2020 [1]
- November 2020 [1]
- October 2020 [1]
- September 2020 [1]
- August 2020 [1]
- July 2020 [1]
- June 2020 [1]
- May 2020 [1]
- April 2020 [1]
- March 2020 [1]
- February 2020 [1]
- January 2020 [1]
- December 2019 [1]
- November 2019 [1]
- October 2019 [1]
- September 2019 [1]
- August 2019 [1]
- July 2019 [1]
- June 2019 [1]
- May 2019 [1]
- April 2019 [2]
- February 2019 [1]
- January 2019 [1]
- December 2018 [1]
- November 2018 [1]
- October 2018 [1]
- September 2018 [1]
- August 2018 [1]
- July 2018 [1]
- June 2018 [1]
- May 2018 [1]
- April 2018 [1]
- March 2018 [1]
- February 2018 [1]
- January 2018 [2]
- November 2017 [1]
- October 2017 [1]
- September 2017 [1]
- August 2017 [1]
- July 2017 [1]
- June 2017 [1]
- May 2017 [1]
- April 2017 [1]
- March 2017 [1]
- February 2017 [1]
- January 2017 [1]
- December 2016 [1]
- November 2016 [1]
- October 2016 [1]
- September 2016 [1]
- August 2016 [1]
- July 2016 [1]
- June 2016 [1]
- May 2016 [1]
- April 2016 [1]
- March 2016 [1]
- February 2016 [1]
- January 2016 [1]
- December 2015 [2]
- October 2015 [1]
- September 2015 [1]
- August 2015 [1]
- July 2015 [1]
- June 2015 [1]
- May 2015 [1]
- April 2015 [1]
- March 2015 [1]
- February 2015 [1]
- January 2015 [1]
- December 2014 [1]
- November 2014 [1]
- October 2014 [1]
- September 2014 [1]
- August 2014 [1]
- July 2014 [2]
- June 2014 [1]
- May 2014 [1]
- April 2014 [1]
- March 2014 [1]
- February 2014 [1]
- January 2014 [1]
- December 2013 [2]
- November 2013 [1]
- October 2013 [1]
- September 2013 [2]
- August 2013 [2]
- July 2013 [1]
- June 2013 [1]
- May 2013 [2]
- April 2013 [1]
- March 2013 [2]
- February 2013 [1]
- January 2013 [1]
- December 2012 [1]
- November 2012 [2]
- October 2012 [1]
- September 2012 [1]
- August 2012 [2]
- July 2012 [1]
- June 2012 [2]
- May 2012 [1]
- April 2012 [2]
- March 2012 [1]
- February 2012 [2]
- January 2012 [2]
- December 2011 [1]
- November 2011 [2]
- October 2011 [1]
- September 2011 [1]
- August 2011 [1]
- July 2011 [2]
- June 2011 [2]
- May 2011 [2]
- April 2011 [2]
- March 2011 [2]
- February 2011 [3]