音楽 POP/ROCK

ヴェルヴェット・アンダーグラウンド 『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・アンド・ニコ』

2011.12.08
ヴェルヴェット・アンダーグラウンド
『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・アンド・ニコ』
1967年発表


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 一般的には、アーティストグッズとは、そのアーティストのファンが身に付けるための商品だ。しかし、必ずしもそうとは言えないものも多々ある。例えば、AC/DCのTシャツを着ている女の子を時々見かけるが、「やっぱ『ハイ・ヴォルテージ』だよね!」とか話しかける勇気は僕にはない。「こいつ、何言ってるの?」と睨まれる可能性が高いからだ。AC/DCのロゴがカッコイイからなのか、バンドの名前すら知らない人が着用している例に、僕は何度も出会っている。ブラック・フラッグの4本縦線ロゴ、ピンク・フロイド『狂気』のプリズムのイラスト、グレイトフル・デッドのベアなども、意外なところで目にする。いや別に「知らないくせに着るな!」とか、うるさいことを言うつもりは全くない。「折角グッズを手にしたのだから、その縁が作品の鑑賞にまで繋がれば良いな」と、ただピュアに願うのみだ。そして、音楽好きの可愛い女の子が世の中に溢れて、1人でも僕と仲良くなってくれれば言うことはない。

 ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの1stアルバム『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・アンド・ニコ』のレコードジャケットも、幅広い層に独特な浸透の仕方をしている代表格だろう。バンド名、作品名を知らなくても、このジャケットに見覚えのある人は多いはずだ。手掛けたのはアンディ・ウォーホール。彼が描いたバナナの横には〈PEEL SLOWLY AND SEE〉と書かれている。バナナはシールになっているのだが(この仕様は初期盤のみ。後に再現したものもあるが、大半の盤はただの印刷)、剥がしてみると赤紫のバナナが現れる。実に洒落が利いている仕掛けだ。エッチな感じがするところも良い。ウォーホールのレコードジャケットと言えばローリング・ストーンズの『スティッキー・フィンガーズ』も有名だが、それと並ぶインパクトがある。しかし、本作はグラフィック・アート史上のみで燦然と輝いているわけではない。紛れもなく永遠に聴き継がれるべき名盤なのだ。

 レコード会社の雇われソングライターだったルー・リード。現代音楽の勉強のためにアメリカにやって来たウェールズ出身のジョン・ケイル。彼らの出会いによって始まったバンドは、スターリング・モリソン、モーリン・タッカーの加入により基礎が固まり、1965年にグループ名を「ヴェルヴェット・アンダーグラウンド」とした。NYのグリニッジ・ヴィレッジを拠点としてライヴを精力的に行っていたヴェルヴェット・アンダーグラウンドは、やがてアンディ・ウォーホールと出会う。そして、彼が企画した「Exploding Plastic Inevitable」に出演するようになった。これは音楽、映像、ダンス、ライティングなどが融合したイヴェントであり、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドはNYのアートシーンとの結びつきを強めていった。ウォーホールはヴェルヴェット・アンダーグラウンドのパトロンとして、援助を惜しまなかった。そして、彼のプロデュースと資金援助の下、ついにヴェルヴェット・アンダーグラウンドのレコードデビューが決まった。但し、条件がひとつあった。ニコの加入だ。

 ニコは1960年代前半からフランスなどでモデル、女優として活動し、レコードデビューをしたこともあった。ウォーホールと出会ってからは、彼の実験映画などに出演していた。ヴェルヴェット・アンダーグラウンドと出自も背景も異なるニコ。両者の関係性が永続するのは、やはり難しかったのだろう。1枚のアルバムのみで、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドは4人編成へと戻る。しかし、異物同士の緊張感が刻まれている1stアルバム『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・アンド・ニコ』は、奇跡のように美しい。

 『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・アンド・ニコ』は、リリース当時は商業的には全く成功しなかった。チャートの100位以内にすら入らなかったという。しかし、本作が後のロックシーンに与えた影響は計り知れない。多彩な音色が渦巻くサイケデリックなサウンドメイキングは、様々なタイプの音響を聴き慣れている現代の我々にとっても、強烈なまでに刺激的だ。例えば「黒い天使の死の歌」は、何度聴いてもゾクゾクする。ヴァイオリンの調べが悪魔の歯軋りのように不穏に渦巻き、呪文のように言葉が溢れ出してゆくこの曲は、足を踏み入れてはいけない世界、例えば阿片窟のような不気味さをプンプンと漂わせている。この曲の他、非日常の恍惚へと突き抜ける様を描いている「ラン・ラン・ラン」、あるいはその名もズバリ「ヘロイン」など、本作にはドラッグをモチーフとしていると思われる曲が多々ある。ビートルズ、ローリング・ストーンズ、ボブ・ディランを挙げるまでもなく、このテーマ自体は当時としても珍しいものではないはずだが、「黒い天使の死の歌」「ラン・ラン・ラン」「ヘロイン」などは常軌を逸して毒々しい。また、本作には売人との取引をイメージさせる「僕は待ち人」(男娼の曲として解釈する人もいる)や、明らかにSMプレイを描いている「毛皮のヴィーナス」も収録されている。ストリートカルチャーの暗部を生々しく抉りだす曲が、このアルバムにはたくさん詰まっているのだ。この創作姿勢、アプローチは、後の様々なストリートミュージックの源流と言っても過言ではない。ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの本拠地NYからパンクが始まったのも、決して偶然ではないのだろう。

 何やらいろいろと能書きを並べてしまったが、そんな理屈を抜きにしても、『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・アンド・ニコ』は美しい。やるせないまどろみのような「日曜の朝」で幕開けつつも、突然異様なドスを利かせる「僕は待ち人」へと雪崩れ込み、透明感溢れる空気とメロディを高鳴らせる「宿命の女」で少しホッとする。しかし、うっとり聴き惚れたのも束の間、「毛皮のヴィーナス」が暴力的に鞭をビシバシ振るう......全く油断のならないアルバムだが、この悦楽は決して一部の酔狂人だけのものではないと思う。オシャレ上手な女性も、妖しい香りに魅了されずにはいられないはずだ。
(田中大)


【関連サイト】
THE VELVET UNDERGROUND WEB PAGE
『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・アンド・ニコ』収録曲
01. 日曜の朝/02. 僕は待ち人/03. 宿命の女/04. 毛皮のヴィーナス/05. ラン・ラン・ラン/06. オール・トゥモローズ・パーティーズ/07. ヘロイン/08. もう一度彼女が行くところ/09. ユア・ミラー/10. 黒い天使の死の歌/11. ヨーロピアン・サン

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