ドアーズ 『まぼろしの世界』
2012.01.17
ドアーズ
『まぼろしの世界』
1967年発表
1曲目「ストレンジ・デイズ」が始まるや否や、普通ではない気配を感じてしまう。ハモンドオルガンがイントロを奏で、他の楽器パートが合流することによって劇的に広がるアンサンブル。そのど真ん中に、ジム・モリソンが虎視眈々と歌声を刻みつける。物憂げなトーンでありながらも強烈に立ち昇る殺意。その気配が我々の身も心も張りつめさせて止まない。この感覚は一体何なのだろう? そして、「迷子の少女」「ラヴ・ミー・トゥー・タイムズ」......聴き進めるにつれて、日常生活では味わったことのないようなタイプのさざめきに包まれてしまう。幻想的な音像を渦巻かせながら、ジム・モリソンがポエトリーリーディングを行う「放牧地帯」は、高濃度のアルコール以上に妖しい酩酊を誘う。メロディが抜群にキャッチーな「アンハッピー・ガール」で一息ついたり、LP盤ではA面のラストである「月光のドライヴ」が終わった瞬間にふと我に返ったりもするが、B面の1曲目「まぼろしの世界」が始まると、再び彼らの世界へと深く潜り込む外ない。ラグタイム的な軽快なノリがありつつも、緊張感が漂う「まぼろしの世界」。スピード感溢れるサウンドが駆ければ駆ける程、きな臭さを醸し出す「マイ・アイズ・ハヴ・シーン・ユー」。曲中で時折訪れる奇妙な間が背筋をゾクリとさせる「おぼろな顔」。そして、アルバム全体を締めくくるのが、約11分に亘る「音楽が終わったら」。長尺の中で辿る起伏は、まるで生き物のように艶めかしい動きを示す。劇的な高鳴りへと突き抜け、全てが終わった瞬間に我々に突きつけられるのは、感嘆の吐息/恐怖の余り呑み込む息......どちらなのか判別しかねる複雑な呼吸でしか表現し得ない震えだ。
このアルバムの各曲は、どれも幻想的な世界を描いている。リスナーによって様々な解釈が出来るだろう。しかし、全曲の根底に一貫して明らかに脈打っているのは、「只ならぬ感覚」とでも言うべきものだ。自分が自分ではないような感覚、他者と自分自身との境界線があやふやに感じられる不気味さ、何処へ行っても執拗につきまとう疎外感......何か正体の分からない、具体的な形を持っているわけではないのに確実に存在して我々を蝕む「漠然とした不安」を全10曲を通して表現したのが、この『まぼろしの世界』なのだと、僕は受け止めている。20年ぐらい本作と付き合っているが、突きつけてくる生々しさは繰り返し聴く程に高まるばかりだ。
余談にはなるが......僕はレイ・マンザレクと会ったことがある。2007年にリリースされたデビュー40周年リミックス&デジタル・リマスター・ベストアルバムのプロモーションのために来日した彼にインタヴューしたのだ。取材依頼の連絡があった時、思わず訊き返してしまった。「レイ・マンザレクって......あのレイ・マンザレクですか?」と。少々ふざけたトーンの喩えになってしまうのだが、ドアーズをリアルタイムでは知らない僕にとって、彼らの活動は関ヶ原の合戦や黒船来航といった出来事に等しい。レイ・マンザレクは徳川家康やマシュー・ペリーといった歴史上の人物と何ら変わりない。同時代に生きている人物だという実感がどうしても湧かなかったのだ。しかし、レイ・マンザレクは、僕と同じ世界に存在した。
ワーナーミュージック・ジャパンの会議室で対面したレイ・マンザレクは、品の良さと教養の高さを感じさせる初老の紳士であった。非常に緊張しながらインタヴューを行った僕であったが、彼は丁寧且つ的確に質問に答えてくれた。1stアルバムの収録曲「ブレーク・オン・スルー」(シングルでもリリースされた)の歌詞の一節《She gets high》の《high》が問題視され、《high》の部分が消された音源がリリースされたことについて触れた時、「アメリカでは悪態に該当する7つの言葉を使うとラジオでかからないんだ。「ブレーク・オン・スルー」に関してもレコード会社の規制で《high》を落とした。今は言っていい言葉が広がっているのはたしかだよ。でも、その一方で戦争に対する批判は良く思われない。今は《high》とは言えるけど、《Stop the war!》とは言えない。本当に自由になったのかというと、そうとも言えない。それが今のアメリカなんだよね」と怒りを露わにしていたことが、とても印象に残っている。そして何よりも忘れられないのは、インタヴューが一通り終わり、彼がジム・モリソンについて語った時のことだ。「UCLAを卒業した後、ヴェニス・ビーチでジムと再会したんだけど、その時に彼が「月光のドライヴ」を歌ってくれたんだ。僕は特に歌詞に感心した。それで、『こういう歌詞でロックンロールをやろうよ』って持ちかけたんだ。ジムも『まさに僕もそう思ってた』って言ってくれて。それがドアーズの始まりだね。ジムの詞を聴いた時に頭の中で鳴っていたサウンドが、まさにドアーズの音楽になったと言っていいんじゃないかな」。また、こんな思い出も語ってくれた。「ヴェニス・ビーチをジムと一緒に歩いている時、太平洋に夕陽が沈もうとしているのを見て、『太陽が沈んでるあっちに何があるか知ってる?』って彼が僕に訊いたんだ。僕が考えていると、ジムは『日本があるんだよ』って言った。何気ない言葉だったけど、彼は全世界を視野に入れていろんなことを考えている人なんだなと、僕はすごく感じた。いい思い出だよ」。心から懐かしそうに、そして何処か寂しそうな表情でレイは語っていた。
別れ際にレイは握手をしてくれた。様々な名曲を生み、奏でた人物の手に触れたことが、今でも僕は信じられない。そして、その後の僕の行動はさらに信じられない。鼻息荒く帰宅した僕は『まぼろしの世界』のCDのブックレットを取り出し、レイと握手した手でベタベタと触れたのだ。いささか変質者じみた行動ではあるが、何とかしてドアーズの生の息吹を所有しているCDに刻みつけたかったのだと思う。
【関連サイト】
ドアーズ
ドアーズ『まぼろしの世界』
『まぼろしの世界』
1967年発表
ドアーズはUCLAの映画学科で顔見知りの間柄だったジム・モリソンとレイ・マンザレクを中心として結成された。ナイトクラブ「ウィスキー・ア・ゴーゴー」でのライヴが評判となり、1967年1月に1stアルバム『ハートに火をつけて』でデビュー。「ハートに火をつけて」がビルボードチャートの1位となり、ドアーズは瞬く間に人気バンドとなった。『まぼろしの世界』は、彼らへの注目が爆発的に高まっていた真っ只中、67年10月にリリースされた2ndアルバムだ。
1曲目「ストレンジ・デイズ」が始まるや否や、普通ではない気配を感じてしまう。ハモンドオルガンがイントロを奏で、他の楽器パートが合流することによって劇的に広がるアンサンブル。そのど真ん中に、ジム・モリソンが虎視眈々と歌声を刻みつける。物憂げなトーンでありながらも強烈に立ち昇る殺意。その気配が我々の身も心も張りつめさせて止まない。この感覚は一体何なのだろう? そして、「迷子の少女」「ラヴ・ミー・トゥー・タイムズ」......聴き進めるにつれて、日常生活では味わったことのないようなタイプのさざめきに包まれてしまう。幻想的な音像を渦巻かせながら、ジム・モリソンがポエトリーリーディングを行う「放牧地帯」は、高濃度のアルコール以上に妖しい酩酊を誘う。メロディが抜群にキャッチーな「アンハッピー・ガール」で一息ついたり、LP盤ではA面のラストである「月光のドライヴ」が終わった瞬間にふと我に返ったりもするが、B面の1曲目「まぼろしの世界」が始まると、再び彼らの世界へと深く潜り込む外ない。ラグタイム的な軽快なノリがありつつも、緊張感が漂う「まぼろしの世界」。スピード感溢れるサウンドが駆ければ駆ける程、きな臭さを醸し出す「マイ・アイズ・ハヴ・シーン・ユー」。曲中で時折訪れる奇妙な間が背筋をゾクリとさせる「おぼろな顔」。そして、アルバム全体を締めくくるのが、約11分に亘る「音楽が終わったら」。長尺の中で辿る起伏は、まるで生き物のように艶めかしい動きを示す。劇的な高鳴りへと突き抜け、全てが終わった瞬間に我々に突きつけられるのは、感嘆の吐息/恐怖の余り呑み込む息......どちらなのか判別しかねる複雑な呼吸でしか表現し得ない震えだ。
このアルバムの各曲は、どれも幻想的な世界を描いている。リスナーによって様々な解釈が出来るだろう。しかし、全曲の根底に一貫して明らかに脈打っているのは、「只ならぬ感覚」とでも言うべきものだ。自分が自分ではないような感覚、他者と自分自身との境界線があやふやに感じられる不気味さ、何処へ行っても執拗につきまとう疎外感......何か正体の分からない、具体的な形を持っているわけではないのに確実に存在して我々を蝕む「漠然とした不安」を全10曲を通して表現したのが、この『まぼろしの世界』なのだと、僕は受け止めている。20年ぐらい本作と付き合っているが、突きつけてくる生々しさは繰り返し聴く程に高まるばかりだ。
余談にはなるが......僕はレイ・マンザレクと会ったことがある。2007年にリリースされたデビュー40周年リミックス&デジタル・リマスター・ベストアルバムのプロモーションのために来日した彼にインタヴューしたのだ。取材依頼の連絡があった時、思わず訊き返してしまった。「レイ・マンザレクって......あのレイ・マンザレクですか?」と。少々ふざけたトーンの喩えになってしまうのだが、ドアーズをリアルタイムでは知らない僕にとって、彼らの活動は関ヶ原の合戦や黒船来航といった出来事に等しい。レイ・マンザレクは徳川家康やマシュー・ペリーといった歴史上の人物と何ら変わりない。同時代に生きている人物だという実感がどうしても湧かなかったのだ。しかし、レイ・マンザレクは、僕と同じ世界に存在した。
ワーナーミュージック・ジャパンの会議室で対面したレイ・マンザレクは、品の良さと教養の高さを感じさせる初老の紳士であった。非常に緊張しながらインタヴューを行った僕であったが、彼は丁寧且つ的確に質問に答えてくれた。1stアルバムの収録曲「ブレーク・オン・スルー」(シングルでもリリースされた)の歌詞の一節《She gets high》の《high》が問題視され、《high》の部分が消された音源がリリースされたことについて触れた時、「アメリカでは悪態に該当する7つの言葉を使うとラジオでかからないんだ。「ブレーク・オン・スルー」に関してもレコード会社の規制で《high》を落とした。今は言っていい言葉が広がっているのはたしかだよ。でも、その一方で戦争に対する批判は良く思われない。今は《high》とは言えるけど、《Stop the war!》とは言えない。本当に自由になったのかというと、そうとも言えない。それが今のアメリカなんだよね」と怒りを露わにしていたことが、とても印象に残っている。そして何よりも忘れられないのは、インタヴューが一通り終わり、彼がジム・モリソンについて語った時のことだ。「UCLAを卒業した後、ヴェニス・ビーチでジムと再会したんだけど、その時に彼が「月光のドライヴ」を歌ってくれたんだ。僕は特に歌詞に感心した。それで、『こういう歌詞でロックンロールをやろうよ』って持ちかけたんだ。ジムも『まさに僕もそう思ってた』って言ってくれて。それがドアーズの始まりだね。ジムの詞を聴いた時に頭の中で鳴っていたサウンドが、まさにドアーズの音楽になったと言っていいんじゃないかな」。また、こんな思い出も語ってくれた。「ヴェニス・ビーチをジムと一緒に歩いている時、太平洋に夕陽が沈もうとしているのを見て、『太陽が沈んでるあっちに何があるか知ってる?』って彼が僕に訊いたんだ。僕が考えていると、ジムは『日本があるんだよ』って言った。何気ない言葉だったけど、彼は全世界を視野に入れていろんなことを考えている人なんだなと、僕はすごく感じた。いい思い出だよ」。心から懐かしそうに、そして何処か寂しそうな表情でレイは語っていた。
別れ際にレイは握手をしてくれた。様々な名曲を生み、奏でた人物の手に触れたことが、今でも僕は信じられない。そして、その後の僕の行動はさらに信じられない。鼻息荒く帰宅した僕は『まぼろしの世界』のCDのブックレットを取り出し、レイと握手した手でベタベタと触れたのだ。いささか変質者じみた行動ではあるが、何とかしてドアーズの生の息吹を所有しているCDに刻みつけたかったのだと思う。
(田中大)
【関連サイト】
ドアーズ
ドアーズ『まぼろしの世界』
『まぼろしの世界』収録曲
01. ストレンジ・デイズ/02. 迷子の少女/03. ラヴ・ミー・トゥー・タイムズ/04. アンハッピー・ガール/05. 放牧地帯/06. 月光のドライヴ/07. まぼろしの世界/08. マイ・アイズ・ハヴ・シーン・ユー/09. おぼろな顔/10. 音楽が終わったら
01. ストレンジ・デイズ/02. 迷子の少女/03. ラヴ・ミー・トゥー・タイムズ/04. アンハッピー・ガール/05. 放牧地帯/06. 月光のドライヴ/07. まぼろしの世界/08. マイ・アイズ・ハヴ・シーン・ユー/09. おぼろな顔/10. 音楽が終わったら
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