レイ・ヴァンチュラと彼の仲間たち 「すべて順調でございます、侯爵夫人」
2015.08.05
レイ・ヴァンチュラと彼の仲間たち
「すべて順調でございます、侯爵夫人」
(1935年)
これは映画音楽の大家ポール・ミスラキが若い頃に書き上げた一風変わったシャンソンである。ミスラキは1908年生まれ。パリ音楽院では映画好きで有名だった作曲家シャルル・ケクランに師事していた。映画ファンの弟子が映画音楽を書くという成り行きになったわけである。しかし映画の世界で名を成すのは1930年代後半のことで、それまでは同い年のレイ・ヴァンチュラの楽団で腕を磨いていた。そんな彼が1935年に発表したのが「すべて順調でございます、侯爵夫人」だ。歌詞の着想はバックとラヴェルヌ(Bach et Laverne)から得たものだが、実質的にはミスラキ作と言って差し支えない。
歌詞は会話によって構成されている。軽快なリズムの中、旅行に出ている侯爵夫人が家に電話をかける。「何か変わったことはある?」ときくと、使用人のジェームスが「貴女様の馬が死にましたが、それ以外はすべて順調でございます」と答える。驚いた夫人は、御者のマルタンになぜ馬が死んだのか尋ねる。すると、マルタンは「厩舎が火事になって死んだのですが、それ以外はすべて順調でございます」と答える。動揺した夫人は、執事のパスカルになぜ厩舎が火事になったのか尋ねる。パスカルは「お城が火事になったため厩舎が燃えたのですが、それ以外はすべて順調でございます」と答える。取り乱した夫人は、ルカになぜお城が火事になったか尋ねる。ルカは「侯爵様が破産して自殺し、その拍子に蝋燭が倒れて全焼してしまいましたが、それ以外はすべて順調でございます」と答える。
何やら使用人たちが金持ちを弄んでいるようにも感じられるが、歴史的背景を考慮に入れると、もっと別の意味が見えてくる。当時のフランスは、政界を巻き込んだスタヴィスキー事件以来、スキャンダルにまみれた政府に対する不信感が市民の間で爆発、街頭デモが繰り返され、右派の運動が熱を帯びる一方、左派は左派で連携し、人民戦線の土台を固めていた。かたや隣国では国家社会主義が勢力をふるい、不穏なムードが拭えない。政府の発表も、マスコミの報道も、どこまで信用してよいのか分からない。そんな世相を反映し、ブラックユーモアを織り交ぜて風刺したのである。
何かよくないことがあるとき、取るに足らない情報を大々的に書き立て、深刻な情報を小出しにするやり方は、いつの時代にも繰り返される。私たちは段階的に情報を消化し、そのたびに「多少心配だが、まだ救いは残されている」と錯覚する。そして全部の情報が出た後で、どうにも収拾のつかない状態になっていることを悟るのだ。私たちはいつまでその手に乗せられるのだろうか。
対独協力のかどで逮捕され、不当な裁判にかけられ、銃殺刑に処せられたフランスの作家でジャーナリストでもあるロベール・ブラジヤックは、青春時代を回顧した名著『われらの戦前』(1941年)の中で、この曲に言及している。「当時、陽気なリズムで、辛辣な歌詞を持つシャンソンが流行していた。このシャンソンはいくつかの深刻な事件の顛末を語った後、『すべて順調でございます、侯爵夫人』という歌詞を繰り返していた。マスコミはというと、軽薄なことをまるで重大事件であるかのように報じていた」
この歌を大ヒットさせたレイ・ヴァンチュラは、サッシャ・ディステルの叔父にあたる人で、「Tiens, tiens, tiens!」などでも知られるフランス音楽界の偉大なヒットメーカーだ。アンリ・サルヴァドールは、若い頃、彼の楽団で研鑽を積んでいた。カラベリの才能を見出した名伯楽でもある。先にふれたように、ミスラキもヴァンチュラの楽団から巣立った才人で、「すべて順調でございます、侯爵夫人」の後、ダニエル・ダリュー主演の『暁に歸る』の音楽を手がけ、国外にも知られるようになった。ダリューが歌った「アニタの歌」も彼の曲だ。戦後は『素直な悪女』『いとこ同志』をはじめとする数多くのフランス映画に携わり、大きな足跡を残したが、戦前のフランスでは誰もが知るシャンソンの作者だったのである。
「すべて順調でございます、侯爵夫人」
(1935年)
これは映画音楽の大家ポール・ミスラキが若い頃に書き上げた一風変わったシャンソンである。ミスラキは1908年生まれ。パリ音楽院では映画好きで有名だった作曲家シャルル・ケクランに師事していた。映画ファンの弟子が映画音楽を書くという成り行きになったわけである。しかし映画の世界で名を成すのは1930年代後半のことで、それまでは同い年のレイ・ヴァンチュラの楽団で腕を磨いていた。そんな彼が1935年に発表したのが「すべて順調でございます、侯爵夫人」だ。歌詞の着想はバックとラヴェルヌ(Bach et Laverne)から得たものだが、実質的にはミスラキ作と言って差し支えない。
歌詞は会話によって構成されている。軽快なリズムの中、旅行に出ている侯爵夫人が家に電話をかける。「何か変わったことはある?」ときくと、使用人のジェームスが「貴女様の馬が死にましたが、それ以外はすべて順調でございます」と答える。驚いた夫人は、御者のマルタンになぜ馬が死んだのか尋ねる。すると、マルタンは「厩舎が火事になって死んだのですが、それ以外はすべて順調でございます」と答える。動揺した夫人は、執事のパスカルになぜ厩舎が火事になったのか尋ねる。パスカルは「お城が火事になったため厩舎が燃えたのですが、それ以外はすべて順調でございます」と答える。取り乱した夫人は、ルカになぜお城が火事になったか尋ねる。ルカは「侯爵様が破産して自殺し、その拍子に蝋燭が倒れて全焼してしまいましたが、それ以外はすべて順調でございます」と答える。
何やら使用人たちが金持ちを弄んでいるようにも感じられるが、歴史的背景を考慮に入れると、もっと別の意味が見えてくる。当時のフランスは、政界を巻き込んだスタヴィスキー事件以来、スキャンダルにまみれた政府に対する不信感が市民の間で爆発、街頭デモが繰り返され、右派の運動が熱を帯びる一方、左派は左派で連携し、人民戦線の土台を固めていた。かたや隣国では国家社会主義が勢力をふるい、不穏なムードが拭えない。政府の発表も、マスコミの報道も、どこまで信用してよいのか分からない。そんな世相を反映し、ブラックユーモアを織り交ぜて風刺したのである。
何かよくないことがあるとき、取るに足らない情報を大々的に書き立て、深刻な情報を小出しにするやり方は、いつの時代にも繰り返される。私たちは段階的に情報を消化し、そのたびに「多少心配だが、まだ救いは残されている」と錯覚する。そして全部の情報が出た後で、どうにも収拾のつかない状態になっていることを悟るのだ。私たちはいつまでその手に乗せられるのだろうか。
対独協力のかどで逮捕され、不当な裁判にかけられ、銃殺刑に処せられたフランスの作家でジャーナリストでもあるロベール・ブラジヤックは、青春時代を回顧した名著『われらの戦前』(1941年)の中で、この曲に言及している。「当時、陽気なリズムで、辛辣な歌詞を持つシャンソンが流行していた。このシャンソンはいくつかの深刻な事件の顛末を語った後、『すべて順調でございます、侯爵夫人』という歌詞を繰り返していた。マスコミはというと、軽薄なことをまるで重大事件であるかのように報じていた」
この歌を大ヒットさせたレイ・ヴァンチュラは、サッシャ・ディステルの叔父にあたる人で、「Tiens, tiens, tiens!」などでも知られるフランス音楽界の偉大なヒットメーカーだ。アンリ・サルヴァドールは、若い頃、彼の楽団で研鑽を積んでいた。カラベリの才能を見出した名伯楽でもある。先にふれたように、ミスラキもヴァンチュラの楽団から巣立った才人で、「すべて順調でございます、侯爵夫人」の後、ダニエル・ダリュー主演の『暁に歸る』の音楽を手がけ、国外にも知られるようになった。ダリューが歌った「アニタの歌」も彼の曲だ。戦後は『素直な悪女』『いとこ同志』をはじめとする数多くのフランス映画に携わり、大きな足跡を残したが、戦前のフランスでは誰もが知るシャンソンの作者だったのである。
(阿部十三)
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