ミシェル・ローラン 「サバの女王」
2016.10.08
ミシェル・ローラン
「サバの女王」
(1967年)
レイモン・ルフェーヴル楽団の「シバの女王」は1969年に日本でシングル・カットされ、同楽団の代表曲として知られるようになり、それと同時に、ムードミュージック界を象徴する名曲の一つになった。そのため、レコードを買うまで、私はレイモン・ルフェーヴルが作曲したものと思い込んでいた。
原曲は1967年にフランスで流行ったシャンソンである。作詞作曲を手がけたのはチュニジア出身の歌手ミシェル・ローラン。彼のレコードが日本で発売されたのは、オーケストラ用に編曲されたルフェーヴル版「シバの女王」が売れた直後のことで、原題「MA REINE DE SABA」に従い、「サバの女王」と題された。日本だと「シバ」の呼び方が一般的だが、歌手が「サバ」とはっきり発音しているため、「シバ」ではしっくりこないし、レコード会社も違うし、歌なしのバージョンと区別する意味合いもあったのだろう。ちなみに、ルフェーヴル版の原題は「LA REINE DE SABA」。男の主観を前面に出した「MA REINE〜」とは異なり、内に熱い想いを秘めた女王の肖像を艶やかに、しっとりと描いたイメージ音楽と言えそうだ。
ミシェル・ローランは1944年生まれ。本名はミシェル・タイエブ。父親はヴァイオリン奏者で、母親は女優だった。1961年からフランスに住み、1963年に「C'est bien Fini」で正式に歌手デビュー。同年発売の「Le Pantin」で知名度を上げ、1967年に「サバの女王」を大ヒットさせて脚光を浴びた(当時のライナーには、これがデビュー曲だと書かれている)。幼年時クラシック音楽に親しんでいたのを強みにして作られたこのロマンティックな曲は、現在までに250人以上の歌手にカバーされているらしい。
「サバの女王」は失われた恋の歌。静かに始まり、サビで高らかに絶唱するローランの声は、若いエネルギーと迫力に溢れている。ぼくの生活を掻き乱したあの熱狂をもう一度取り戻したい、と歌いながらも、じめじめした感じはない。「さあ君の王国をまた建てるのだ/ぼくのサバの女王よ/ぼくのところに戻ってきて/いくらかの施しをしておくれ」と強く訴えるのだ。
旧約聖書に登場するシバ王国の女王について語る際、必ず挙がる名前がソロモン王である。ただし、歌詞の「ぼく」はソロモン王のポジションにはなく、あくまでもシバ王国の忠僕レベルの印象にとどまる。おそらく恋の主導権を握っていたのは女性の方で、男性は振り回されていたのだろう。自由に生きる女性が刺激をもたらし、男性の地味な生活を変えていたことが歌詞からうかがえる。あるいは、谷崎潤一郎が松子夫人に「忠僕として御奉公申上げ主従の分を守り候」と書き送ったように、男性の方が女性上位の関係性を望んでいた可能性もある。日本とフランスは共に女性崇拝が率直に表現された芸術や、倒錯した状態で表現された芸術が多い国だ。
しかし、肝心の女性の方は支配するのに飽きたのか、元々そういうことに向いている性格ではなかったのか、男性のもとを去った。自由であることに疲れ、ソロモン的存在を求めるようになったのかもしれない。感化された末、置き去りにされた忠僕は、ほかの女性を受け入れることもできず、誰もいない王宮で帰らぬ女王を待ち続けている。王国再建の日を夢見ながら......。いろいろと想像させる歌詞である。
当時慣例だった「日本語版」もある。日本語詞を手がけたのは、なかにし礼。これは一転して女性の一人称となっており、ローランが日本語で女心を歌っている。歌詞は、「私はあなたの愛の奴隷/たとえきらわれても愛してるわ」というもので、女王然とした雰囲気はない。女王が一人の女として情念と諦観をみせる歌だ。
「日本語版」がヒットしたのは1972年のことで、その際、歌手を務めたのは、菅原洋一が南米から招いたグラシェラ・スサーナである。オリジナル曲のカバーでは、1974年にリリースされたシルヴィ・バルタンの歌の人気が高い。とはいえ、やはり最も有名なのは、レイモン・ルフェーヴルのバージョンだろう。
ルフェーヴルのアレンジは実に耽美的かつ雰囲気満点で、これがなければ、私自身、曲に惚れ込んだかどうか分からない。情報の少ない田舎で暮らしていた頃、テレビやラジオで一度耳にしただけで心に残り、曲名も知らぬまま、口ずさんでいたメロディーはいくつもあるが、レイモン・ルフェーヴル楽団の「シバの女王」は、そういう曲の代表格だった。ギターの爪弾きに始まり、切なくも流麗なストリングスが波打って、女声コーラスと溶け合うこの曲は、私の思春期の一ページを飾っている。
【関連サイト】
mareinedesaba.com
「サバの女王」
(1967年)
レイモン・ルフェーヴル楽団の「シバの女王」は1969年に日本でシングル・カットされ、同楽団の代表曲として知られるようになり、それと同時に、ムードミュージック界を象徴する名曲の一つになった。そのため、レコードを買うまで、私はレイモン・ルフェーヴルが作曲したものと思い込んでいた。
原曲は1967年にフランスで流行ったシャンソンである。作詞作曲を手がけたのはチュニジア出身の歌手ミシェル・ローラン。彼のレコードが日本で発売されたのは、オーケストラ用に編曲されたルフェーヴル版「シバの女王」が売れた直後のことで、原題「MA REINE DE SABA」に従い、「サバの女王」と題された。日本だと「シバ」の呼び方が一般的だが、歌手が「サバ」とはっきり発音しているため、「シバ」ではしっくりこないし、レコード会社も違うし、歌なしのバージョンと区別する意味合いもあったのだろう。ちなみに、ルフェーヴル版の原題は「LA REINE DE SABA」。男の主観を前面に出した「MA REINE〜」とは異なり、内に熱い想いを秘めた女王の肖像を艶やかに、しっとりと描いたイメージ音楽と言えそうだ。
ミシェル・ローランは1944年生まれ。本名はミシェル・タイエブ。父親はヴァイオリン奏者で、母親は女優だった。1961年からフランスに住み、1963年に「C'est bien Fini」で正式に歌手デビュー。同年発売の「Le Pantin」で知名度を上げ、1967年に「サバの女王」を大ヒットさせて脚光を浴びた(当時のライナーには、これがデビュー曲だと書かれている)。幼年時クラシック音楽に親しんでいたのを強みにして作られたこのロマンティックな曲は、現在までに250人以上の歌手にカバーされているらしい。
「サバの女王」は失われた恋の歌。静かに始まり、サビで高らかに絶唱するローランの声は、若いエネルギーと迫力に溢れている。ぼくの生活を掻き乱したあの熱狂をもう一度取り戻したい、と歌いながらも、じめじめした感じはない。「さあ君の王国をまた建てるのだ/ぼくのサバの女王よ/ぼくのところに戻ってきて/いくらかの施しをしておくれ」と強く訴えるのだ。
旧約聖書に登場するシバ王国の女王について語る際、必ず挙がる名前がソロモン王である。ただし、歌詞の「ぼく」はソロモン王のポジションにはなく、あくまでもシバ王国の忠僕レベルの印象にとどまる。おそらく恋の主導権を握っていたのは女性の方で、男性は振り回されていたのだろう。自由に生きる女性が刺激をもたらし、男性の地味な生活を変えていたことが歌詞からうかがえる。あるいは、谷崎潤一郎が松子夫人に「忠僕として御奉公申上げ主従の分を守り候」と書き送ったように、男性の方が女性上位の関係性を望んでいた可能性もある。日本とフランスは共に女性崇拝が率直に表現された芸術や、倒錯した状態で表現された芸術が多い国だ。
しかし、肝心の女性の方は支配するのに飽きたのか、元々そういうことに向いている性格ではなかったのか、男性のもとを去った。自由であることに疲れ、ソロモン的存在を求めるようになったのかもしれない。感化された末、置き去りにされた忠僕は、ほかの女性を受け入れることもできず、誰もいない王宮で帰らぬ女王を待ち続けている。王国再建の日を夢見ながら......。いろいろと想像させる歌詞である。
当時慣例だった「日本語版」もある。日本語詞を手がけたのは、なかにし礼。これは一転して女性の一人称となっており、ローランが日本語で女心を歌っている。歌詞は、「私はあなたの愛の奴隷/たとえきらわれても愛してるわ」というもので、女王然とした雰囲気はない。女王が一人の女として情念と諦観をみせる歌だ。
「日本語版」がヒットしたのは1972年のことで、その際、歌手を務めたのは、菅原洋一が南米から招いたグラシェラ・スサーナである。オリジナル曲のカバーでは、1974年にリリースされたシルヴィ・バルタンの歌の人気が高い。とはいえ、やはり最も有名なのは、レイモン・ルフェーヴルのバージョンだろう。
ルフェーヴルのアレンジは実に耽美的かつ雰囲気満点で、これがなければ、私自身、曲に惚れ込んだかどうか分からない。情報の少ない田舎で暮らしていた頃、テレビやラジオで一度耳にしただけで心に残り、曲名も知らぬまま、口ずさんでいたメロディーはいくつもあるが、レイモン・ルフェーヴル楽団の「シバの女王」は、そういう曲の代表格だった。ギターの爪弾きに始まり、切なくも流麗なストリングスが波打って、女声コーラスと溶け合うこの曲は、私の思春期の一ページを飾っている。
(阿部十三)
【関連サイト】
mareinedesaba.com
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