サイモン&ガーファンクル 「明日に架ける橋」
2011.09.12
サイモン&ガーファンクル
「明日に架ける橋」
(1970年/全米No.1、全英No.1)
ポピュラー・ミュージック・シーンにおいて、いわゆる〈protest song(反体制の歌、反戦歌)〉が集中的に発表された期間は、大まかに言って1960年代後期〜1970年代初期である。言わずもがなだが、ヴェトナム戦争への反戦運動が熱を帯びた時期だった。また、戦争反対を声高に唱えた楽曲が一段落すると、今度は閉塞感と疲弊感が充満する曲が登場するようになる(例えばイーグルスの「ホテル・カリフォルニア」)。
そんな中、サイモン&ガーファンクルの「明日に架ける橋」は、一服の清涼剤を思わせる清々しいメッセージ・ソングとして多くの人々の心を捉えたに違いない。全米チャートとアメリカのアダルト・コンテンポラリー・チャートでは6週間にわたってNo.1の座を守り抜き、全英チャートでも3週間にわたってNo.1にランクされた。更に言えば、1971年のグラミー賞では5部門を制覇。後に複数のアーティストによってカヴァーされ、アレサ・フランクリンによるヴァージョンは1971年にR&BチャートNo.1、全米No.6を記録して大ヒットしている。オリジナル・ヴァージョンが大ヒットした翌年にカヴァーが立て続けに大ヒットするというのは、他に余り例を見ない。この曲の神通力が如何に凄まじかったかが判ろうというものだ。
出口の見えない息苦しいまでの社会の閉塞感。国中に充満する鬱々とした疲弊感。そこに投じられたのが、〈荒れ狂う濁流=troubled waterを乗り越えるための橋〉になってあげる、という頼もしいメッセージだった。蛇足ながら、この曲が大ヒットした翌1971年、ジェームス・テイラーが歌った「きみの友だち(You've Got A Friend)」(全米No.1/キャロル・キング作/彼女がオリジナル)が大ヒットしたのは偶然の一致ではないだろう。同曲のメッセージが「明日に架ける橋」と一脈相通ずるからである。
英語の決まり文句に、子供がベッドに入る前に口にする〈Now I lay me down to sleep.(神様へのお祈りを終えて、これから横になって寝ます)〉というのがある。「明日に架ける橋」のサビの部分で歌われるのは、〈我が身を横たえる〉情況を比喩的に表したフレーズだ。自分自身を実際に濁流の上に横たえて橋代わりになる、というのではない。〈困難を乗り越えるための支えになってあげる〉と言っているのである。息詰まるような日々の中、前途を見失った人々にとって、そのフレーズは心に響き渡ったことだろう。と考えれば、カギになる言葉〈troubled water〉もやはり比喩であり、この世に存在するあらゆる艱難辛苦、と受け止めることもできるのではないか。
サイモン&ガーファンクル名義の最後のアルバム『明日に架ける橋』からの大ヒット曲でありながら、ポール・サイモン作のこのアルバム・タイトル曲は、実質的にはアート・ガーファンクルのソロ・ナンバーである。ポールが古いゴスペル・ナンバー「Mary Don't You Weep」から着想を得て歌詞を綴ったという背景を、筆者は彼のインタヴュー映像で知った。ポールは後々まで自らこの曲をレコーディングしなかったことを悔いたそうだが、アートの朗々とした独唱は、今なお多くの人々を惹きつけてやまない。静けさをまとったピアノの音色が、曲が進むにつれて華麗かつ勇壮なそれへと変化し、聴き終わった後に熱い感動を呼び覚ます。まるで一筋の光明が心に射してくるかのように。
曲の発表当時から、次のフレーズに関する論争があった。後半に登場する〈Silver girl〉とは誰を指すのか? 何を意図しているのか? そもそも英単語にはそうした言葉がない。これはある熱心なファンが探り当てたエピソードだが、ある時、ポールのガールフレンドで後の妻になるペギー・ハーパーなる女性が、自分の頭に白髪を何本か発見して大騒ぎしたのを目の当たりにし、白髪=silver、愛する女性=girl、と表現してそこのフレーズを思いついたという。日本語でも一時期〈ロマンス・グレー〉なる言葉が流行したが、英語圏でも白髪を〈gray〉と表現する以外に、ごくまれに〈silver〉ともいう。♪進め、シルバー・ガール......という摩訶不思議なフレーズには、ポールが愛する女性に対して、そしてこの曲を耳にする不特定多数の人々に対して〈そのままの君でいい=自分に自信を持っていいんだよ〉と言っているように聞こえる。ポールの洒落っ気が溢れるフレーズだが、実はそこには励ましも込められているのだ。
原題の「Bridge Over Troubled Water」が、英語の成句〈bridge over many difficulties(多くの困難を乗り越える)〉にヒントを得たことは疑いの余地がない。が、それにしても、今も多くの人々に親しまれている「明日に架ける橋」は、実に的を射た、またとない素晴らしい邦題である。
【関連サイト】
Simon & Gerfunkel(英語)
サイモン&ガーファンクル(日本語)
「明日に架ける橋」
(1970年/全米No.1、全英No.1)
ポピュラー・ミュージック・シーンにおいて、いわゆる〈protest song(反体制の歌、反戦歌)〉が集中的に発表された期間は、大まかに言って1960年代後期〜1970年代初期である。言わずもがなだが、ヴェトナム戦争への反戦運動が熱を帯びた時期だった。また、戦争反対を声高に唱えた楽曲が一段落すると、今度は閉塞感と疲弊感が充満する曲が登場するようになる(例えばイーグルスの「ホテル・カリフォルニア」)。
そんな中、サイモン&ガーファンクルの「明日に架ける橋」は、一服の清涼剤を思わせる清々しいメッセージ・ソングとして多くの人々の心を捉えたに違いない。全米チャートとアメリカのアダルト・コンテンポラリー・チャートでは6週間にわたってNo.1の座を守り抜き、全英チャートでも3週間にわたってNo.1にランクされた。更に言えば、1971年のグラミー賞では5部門を制覇。後に複数のアーティストによってカヴァーされ、アレサ・フランクリンによるヴァージョンは1971年にR&BチャートNo.1、全米No.6を記録して大ヒットしている。オリジナル・ヴァージョンが大ヒットした翌年にカヴァーが立て続けに大ヒットするというのは、他に余り例を見ない。この曲の神通力が如何に凄まじかったかが判ろうというものだ。
出口の見えない息苦しいまでの社会の閉塞感。国中に充満する鬱々とした疲弊感。そこに投じられたのが、〈荒れ狂う濁流=troubled waterを乗り越えるための橋〉になってあげる、という頼もしいメッセージだった。蛇足ながら、この曲が大ヒットした翌1971年、ジェームス・テイラーが歌った「きみの友だち(You've Got A Friend)」(全米No.1/キャロル・キング作/彼女がオリジナル)が大ヒットしたのは偶然の一致ではないだろう。同曲のメッセージが「明日に架ける橋」と一脈相通ずるからである。
英語の決まり文句に、子供がベッドに入る前に口にする〈Now I lay me down to sleep.(神様へのお祈りを終えて、これから横になって寝ます)〉というのがある。「明日に架ける橋」のサビの部分で歌われるのは、〈我が身を横たえる〉情況を比喩的に表したフレーズだ。自分自身を実際に濁流の上に横たえて橋代わりになる、というのではない。〈困難を乗り越えるための支えになってあげる〉と言っているのである。息詰まるような日々の中、前途を見失った人々にとって、そのフレーズは心に響き渡ったことだろう。と考えれば、カギになる言葉〈troubled water〉もやはり比喩であり、この世に存在するあらゆる艱難辛苦、と受け止めることもできるのではないか。
サイモン&ガーファンクル名義の最後のアルバム『明日に架ける橋』からの大ヒット曲でありながら、ポール・サイモン作のこのアルバム・タイトル曲は、実質的にはアート・ガーファンクルのソロ・ナンバーである。ポールが古いゴスペル・ナンバー「Mary Don't You Weep」から着想を得て歌詞を綴ったという背景を、筆者は彼のインタヴュー映像で知った。ポールは後々まで自らこの曲をレコーディングしなかったことを悔いたそうだが、アートの朗々とした独唱は、今なお多くの人々を惹きつけてやまない。静けさをまとったピアノの音色が、曲が進むにつれて華麗かつ勇壮なそれへと変化し、聴き終わった後に熱い感動を呼び覚ます。まるで一筋の光明が心に射してくるかのように。
曲の発表当時から、次のフレーズに関する論争があった。後半に登場する〈Silver girl〉とは誰を指すのか? 何を意図しているのか? そもそも英単語にはそうした言葉がない。これはある熱心なファンが探り当てたエピソードだが、ある時、ポールのガールフレンドで後の妻になるペギー・ハーパーなる女性が、自分の頭に白髪を何本か発見して大騒ぎしたのを目の当たりにし、白髪=silver、愛する女性=girl、と表現してそこのフレーズを思いついたという。日本語でも一時期〈ロマンス・グレー〉なる言葉が流行したが、英語圏でも白髪を〈gray〉と表現する以外に、ごくまれに〈silver〉ともいう。♪進め、シルバー・ガール......という摩訶不思議なフレーズには、ポールが愛する女性に対して、そしてこの曲を耳にする不特定多数の人々に対して〈そのままの君でいい=自分に自信を持っていいんだよ〉と言っているように聞こえる。ポールの洒落っ気が溢れるフレーズだが、実はそこには励ましも込められているのだ。
原題の「Bridge Over Troubled Water」が、英語の成句〈bridge over many difficulties(多くの困難を乗り越える)〉にヒントを得たことは疑いの余地がない。が、それにしても、今も多くの人々に親しまれている「明日に架ける橋」は、実に的を射た、またとない素晴らしい邦題である。
(泉山真奈美)
【関連サイト】
Simon & Gerfunkel(英語)
サイモン&ガーファンクル(日本語)
【執筆者紹介】
泉山真奈美 MANAMI IZUMIYAMA
1963年青森県生まれ。訳詞家、翻訳家、音楽ライター。CDの訳詞・解説、音楽誌や語学誌での執筆、辞書の編纂などを手がける(近著『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』)。翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座マスターコース及び通学講座の講師。
泉山真奈美 MANAMI IZUMIYAMA
1963年青森県生まれ。訳詞家、翻訳家、音楽ライター。CDの訳詞・解説、音楽誌や語学誌での執筆、辞書の編纂などを手がける(近著『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』)。翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座マスターコース及び通学講座の講師。
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