音楽 POP/ROCK

アース・ウィンド&ファイアー 「セプテンバー」

2011.09.21
アース・ウィンド&ファイアー
「セプテンバー」

(1978年/全米No.8、全英No.3)

 9月をテーマにした洋楽ナンバーで最も有名なのは、アース・ウィンド&ファイアー(EW&F/日本の洋楽愛好家の間では〈アース〉の略称で呼ばれることが多い)の「セプテンバー」(R&Bチャートでは堂々のNo.1を記録)である。そのことに異論を唱える人は少ないのではないか。とりわけ日本では、EW&Fイコール「セプテンバー」と思われているフシがある。彼らの楽曲の中でも、日本におけるオンエア回数は断トツであろう。

 軽快なリズムと覚え易い明るいメロディ。大したストーリーを持たないノリ一発のダンス・フロア向けナンバーを俗に〈パーティ・ソング〉と呼ぶが、この「セプテンバー」もその範疇に収まることが多い。が、壮大な宇宙をユートピアに見立て、楽曲やステージの演出にそれを反映させたリーダーのモーリス・ホワイトの狙いがEW&Fを大成功へと導いたことを考えればーー宇宙服を派手にしたようなコスチューム、1977年〜1983年にEW&Fがリリースしたアルバムのジャケットのデザイン画を担当した、長岡秀星氏による宇宙をイメージしたイラストの数々はその顕れーーパーティ・ソングといえども、一筋縄ではいかないのである。明るく楽しいパーティ大好き人間御用達ソングと侮ることなかれ。

 夏は人間の五感を刺激し、どこまでも高揚させる季節。とは言え、地球温暖化が危惧されてから久しい昨今では、そうばかりも言ってはいられない。特に3.11の東日本大震災の発生以降、2011年の夏は日本列島全体を節電ムードが覆い、いつもの〈浮かれた気分〉とはやや趣を異にしていたように思う。この〈セプテンバー〉がリリースされた1970年代後期、世界にはまだ浮かれた夏を享受する雰囲気が溢れていた。リーマン・ショックのような世界を巻き添えにする金融危機もなく、9.11のような大規模なテロ事件とも無縁でいられた時代。1970年代初期のアメリカのポピュラー・ミュージック・シーンでは、まだしも1960年代にアメリカ全土で繰り広げられた公民権運動の残り火を感じさせるメッセージ・ソング、或いはヴェトナム戦争で疲弊しきったアメリカ国民を励まそうという意図のもとに生まれたプロテスト・ソングやメッセージ・ソングが巷をにぎわしていたものだが、1970年代も半ばを迎えて終盤に近付くにつれ、社会に対する諦めムードから楽観的ムードが少しずつ芽生えていたものである。ディスコ・ミュージック全盛時代を迎えたのは、そうした時代背景と無関係ではない。

 EW&Fは、〈ディスコ・ミュージック〉と捉えられることが少なくないバンドである。彼らのヒット曲の多くがディスコ全盛時代と合致している、というのが最大の理由だが、残念なことに、彼らの歌詞が真剣に語られることは今まで皆無に等しかった。筆者は高校時代、クラスメイトに乞われてEW&Fの〈セプテンバー〉が収録された彼らのベスト盤とマイケル・ジャクソンの『オフ・ザ・ウォール』(1979年)をカセット・テープに録音してあげたことがある。それを手渡した後で、同級生から返ってきた感想は、「ただのディスコじゃないの」であった。未だにその言葉が忘れられないでいる。確かに、サウンドだけを聴けばディスコと断じられても仕方がない。が、EW&Fにしろマイケルにしろ、ダンス・フロア専用ミュージックを凌駕する緻密な音作りと歌詞の妙があったはずである。

 「セプテンバー」について言えば、歌詞の重要ポイントは、何と言っても〈the 21st night of September〉の〈21 st(21日)〉である。メロディ=オタマジャクシ(♪)への乗っかり具合を考えてみた場合、そこは〈23rd〉でもいいし、〈24th〉でも〈25th〉でも差し支えない。いっそのこと、9月最後の日〈30th〉でもいいわけだ。それらの日付を歌詞にして歌ってみても、メロディにちゃんと乗っかることが判る。が、敢えて〈21st〉にしたのには、それなりの理由があったはず。共作者のひとりであるM・ホワイトは曲を作った当時、「21日には大した定義なんかない」と語っているが、筆者はそれを彼なりの照れ隠しだと思った。或いは、彼自身も気付かないうちにその日付が偶然による必然によって導かれた、と考えた。何故なら、9月21日(の夜)は、欧米人にとって特別なものだからである。

 昔から北半球では、9月22日をもって夏が終わり秋が始まる、つまりその日のうちに夏から秋へと変わる、とされてきた。ここ日本でも、〈秋分〉は9月20日〜23日の間に訪れることが多い。北半球に位置するアメリカでも、9月22日は〈秋の始まりを告げる日〉なのである。つまり「セプテンバー」では、〈去年の9月21日、(夏の終わりを告げる)あの日の夜のことを憶えているかい?〉とかつての恋人に水を向け、もしも今でも自分に対する愛情が残っているのならば、〈あの夜のことを憶えている〉と僕に言って欲しい、という男のセンチメンタリズムが歌われているのであった。単純なパーティ・ソングではない、と言ったのには、そういう理由がある。恐らく一年前の9月21日、この曲の主人公である男性とその恋人は、一年後に関係が終わってしまうことなど予想だにせず、楽しくもロマンティックな夜を過ごしていたことだろう。野外パーティで身体を寄せ合って踊っていたかも知れない。やがて別れが訪れるであろう恋人同士が共に過ごした〈9月21日の夜〉には、季節感に敏感な日本人も感ずることの多い〈過ぎ行く夏への感傷的な想い〉が込められているのである。

 「セプテンバー」には、もうひとつ摩訶不思議なフレーズがある。コーラス部分で聞かれる♪Party on...。正しくは、ソングライターのひとりだったアリー・ウィリス(注:EW&Fのメンバーではない/優れたソングライター)の発案による言葉♪Bada-ya......だが、ヒンディー語ともアラビア語ともつかないその掛け声にも似たノリのいいフレーズには、〈特別な意味はない〉らしい。また、アメリカ英語の発音の特徴(tがdに聞こえる)を巧みに活かしたフレーズだった、とも思える。敢えてそこを日本語にするなら、〈今夜は楽しく踊り明かそう〉であろう。英語圏の人々にも♪Party on......と聞こえるような曖昧フレーズだ。

 夏が苦手の人であっても夏の終わりに感傷的になるのは、季節の移ろいに敏感な日本人だけではないらしい、ということをこの「セプテンバー」が教えてくれる。
(泉山真奈美)


【関連サイト】
The Official Earth, Wind & Fire Website
アース・ウィンド & ファイアー(日本語)
アース・ウィンド & ファイアー(CD)
【執筆者紹介】
泉山真奈美 MANAMI IZUMIYAMA
1963年青森県生まれ。訳詞家、翻訳家、音楽ライター。CDの訳詞・解説、音楽誌や語学誌での執筆、辞書の編纂などを手がける(近著『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』)。翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座マスターコース及び通学講座の講師。