ザ・ライチャス・ブラザーズ 「アンチェインド・メロディ」
2012.03.17
ザ・ライチャス・ブラザーズ
「アンチェインド・メロディ」
(1965年)
万人に愛され、数多くのシンガー/アーティストによってカヴァーされた楽曲は少なくないが、この「アンチェインド・メロディ」に関して言えば、オリジナル・ヴァージョン以来、ほぼ毎年のように誰かがカヴァーしており、過去にレコーディングされたカヴァー・ヴァージョンの数は優に150を超える。最近では、スーザン・ボイルが3rdアルバム『SOMEONE TO WATCH OVER ME』(2011年)でカヴァーしていた。
この曲の不可思議なところは、何と言っても歌詞の内容とは無関係のタイトル。直訳するなら「鎖から解き放たれたメロディ」ーー意味不明である。が、そもそもこの曲がアメリカ映画『UNCHAINED』(1955年)の劇中歌だった、ということが判れば、その疑問も瞬時にして氷解。従って、敢えて邦題を変えるなら、「アンチェインドのテーマ」となろうか。映画の内容を要約してみる。主人公である服役中の男性が、真面目に刑期を務めあげて一日も早く妻や子供たちの待つ家に帰りたいと望む気持ちと、比較的、監視が緩やかな刑務所ーー彼が服役している刑務所には鉄格子もなく、もちろん、受刑者は手枷足枷(=鎖)をはめられているわけでもない。故に映画のタイトルが「鎖から解き放たれて=鎖をはめない状態で」なのであるーーから、脱走したいと願う気持ちとの間で揺れ動く、というもの。ここで肝心なのは、「愛する人が自分を待っている家に早く帰りたい」という願望。その心情が切々と綴られているのが、この「アンチェインド・メロディ」なのである。
驚くべきことに、この曲が初めてお披露目された映画『UNCHAINED』が公開された1955年の1年間だけで、4組ものアーティストによるカヴァー・ヴァージョンが全米チャートでヒットしている(注:アフリカン・アメリカンのオペラ歌手だったトッド・ダンカンによる劇中歌は、当時、レコード化されなかった)。最初にレコード化してヒットさせたのは、自らオーケストラを率いていたレス・バクスターで、堂々の全米No.1を記録。同ヴァージョンとほぼ同時期にリリースされたアル・ヒブラー(レイ・チャールズやスティーヴィー・ワンダー同様、盲目のR&Bシンガー)によるヴァージョンは、全米No.3を記録している。その直後に、R&Bシンガーのロイ・ハミルトン(1969年に40歳の若さで急死)のカヴァーも全米No.6を記録する大ヒット。更に、それから1ヶ月足らずのうちに、女性ポップ・シンガー/声優のジューン・ヴァリのカヴァーが全米No.29を記録して中ヒット。その後の10年間も、毎年この曲はくり返しカヴァーされ続けた。
ビル・メドレーとボビー・ハットフィールド(2003年死去)がコンビを組んだザ・ライチャス・ブラザーズによるカヴァーにして代表曲の「アンチェインド・メロディ」は、劇中歌だったオリジナル・ヴァージョンから10年の歳月を経て大ヒットした(全米No.4)。A.ヒブラーとR.ハミルトンによるカヴァーは、テンポをやや速めながらも朗々とした歌いっぷりだが、〈朗々とした〉という形容詞は、むしろザ・ライチャス・ブラザーズのカヴァーに当てはまるかも知れない。また、エルヴィス・プレスリーによるカヴァー(1977年/ライヴ・ヴァージョン)は、ピアノの弾き語りで、これまたかなり〈朗々とした〉歌いっぷり。名義こそザ・ライチャス・ブラザーズだが、実際にはボビーの独唱である。身体を顫わせんばかりに、ありったけの思いの丈を込めて歌う彼の歌声に、当時、多くの人々が酔いしれたことだろう。また、デミ・ムーア&パトリック・スウェイジ主演の映画『GHOST(邦題:ゴースト/ニューヨークの幻)』(1990年)の劇中歌に使用されてリヴァイヴァル・ヒット(全米No.13)したことも、ザ・ライチャス・ブラザーズによるヴァージョンを一層、忘れ難いものにした。更に驚嘆に値するのは、同映画が大ヒットしたことを受けて、新たに彼ら名義でレコーディングし直したセルフ・カヴァーとも言うべきヴァージョン(1990年)が、全米No.19を記録し、アメリカ国内だけで100万枚以上を売り上げたこと。快挙と言う外ない。と同時に、本当に良い曲は、長い歳月を経ても決して色褪せない、ということを改めて痛感させられたものだ。奇をてらわず、1965年のヴァージョンを実直なまでになぞったセルフ・カヴァーだが、単なる〈二匹目のドジョウ〉には留まらない出来映えで、非常に好感が持てる。
映画『UNCHAINED』で初めてこの曲が世の人々の耳に届いた時、サブ・タイトルがカッコ付きの〈Lonely River〉だった。〈寂しい河=大量の涙〉という意味。愛する女性と離れ離れになってしまっている男性が、彼女への思慕を募らせ、身悶えする様を切々と歌い上げるもので、彼は寂しさの余り、〈河の水量にも匹敵するほどの大量の涙〉を流すのだ。映画でのオリジナル・ヴァージョンは、主人公の男性が収監されているために愛する女性(妻)と離れ離れになっている状態を歌ったものだが、ザ・ライチャス・ブラザーズによるカヴァーで歌われている男性の心境は、それとはちょっと違う気がする。その根拠は、彼らのヴァージョンがヒットした1965年という時期。想像力を逞しくするなら、同年は、ヴェトナム戦争においてアメリカ軍が勢力を拡大しつつあった頃で、1965年2月の時点で23,000人だった兵士は、同年12月までに一気に18万人へと増加している。そうした時代背景を鑑みた場合、ザ・ライチャス・ブラザーズによるカヴァーの主人公に、ヴェトナムに派兵された男性、あるいはその男性の妻や恋人の女性たちが自らの思いを重ねた、とは考えられないだろうか。ヴァース1+ブリッジ+ヴァース2から成る歌詞には、ヴァース1と2の最後に、英語の決まり文句〈God speed you!(ご成功を祈ります!)〉にヒントを得たフレーズが登場しているが、「君の愛が僕のもとへ届きますように!」というその悲痛な叫びには、国に残してきた愛する女性への狂おしいまでの激情が滲み出ている気がしてならない。オリジナルから10年後に、彼らのヴァージョンがいきなり大ヒットしたことと、そのこととは決して無関係ではないと考えるのだが、穿ち過ぎだろうか。
オリジナル・ヴァージョンを歌っていたのが男性のオペラ歌手だったから、というわけではない。さりとて、ザ・ライチャス・ブラザーズによるカヴァーが強烈な印象を残すから、というわけでもない。が、どうしてもこの曲の歌詞は、男性シンガーが歌ってこそ真実味を帯びてくると思うのだ。もちろん、夫や恋人と離れて服役中の女性や、戦地に送られた女性兵士の心境を代弁している歌詞にも聞こえなくもないが、女性が歌うと、かなり即物的になってしまうフレーズ(例えば「君の手の感触に飢えている」といった表現)が随所にみられるせいもあって、逆に白々しく聞こえてしまう。子供の頃、初めて聴いたヴァージョンがザ・ライチャス・ブラザーズによるカヴァーだったため、その強烈な印象を拭えないせいもあるかも知れないが......。
ここ日本でも人気の高いこの曲は、過去にCMソングとして何度か起用されてきた。が、お洒落なCMの映像とどこか不釣り合いだと感じてしまったのは、彼らのヴァージョンが大ヒットしていた頃のアメリカが背負っていた時代背景に、ついつい思いを馳せてしまうからだろう。カヴァーされた年やアーティスト個々のイメージ、そしてリリース時の社会情勢によって、こんなにも受ける印象が異なる楽曲も珍しい。
【関連サイト】
ザ・ライチャス・ブラザーズ「アンチェインド・メロディ」(CD)
「アンチェインド・メロディ」
(1965年)
万人に愛され、数多くのシンガー/アーティストによってカヴァーされた楽曲は少なくないが、この「アンチェインド・メロディ」に関して言えば、オリジナル・ヴァージョン以来、ほぼ毎年のように誰かがカヴァーしており、過去にレコーディングされたカヴァー・ヴァージョンの数は優に150を超える。最近では、スーザン・ボイルが3rdアルバム『SOMEONE TO WATCH OVER ME』(2011年)でカヴァーしていた。
この曲の不可思議なところは、何と言っても歌詞の内容とは無関係のタイトル。直訳するなら「鎖から解き放たれたメロディ」ーー意味不明である。が、そもそもこの曲がアメリカ映画『UNCHAINED』(1955年)の劇中歌だった、ということが判れば、その疑問も瞬時にして氷解。従って、敢えて邦題を変えるなら、「アンチェインドのテーマ」となろうか。映画の内容を要約してみる。主人公である服役中の男性が、真面目に刑期を務めあげて一日も早く妻や子供たちの待つ家に帰りたいと望む気持ちと、比較的、監視が緩やかな刑務所ーー彼が服役している刑務所には鉄格子もなく、もちろん、受刑者は手枷足枷(=鎖)をはめられているわけでもない。故に映画のタイトルが「鎖から解き放たれて=鎖をはめない状態で」なのであるーーから、脱走したいと願う気持ちとの間で揺れ動く、というもの。ここで肝心なのは、「愛する人が自分を待っている家に早く帰りたい」という願望。その心情が切々と綴られているのが、この「アンチェインド・メロディ」なのである。
驚くべきことに、この曲が初めてお披露目された映画『UNCHAINED』が公開された1955年の1年間だけで、4組ものアーティストによるカヴァー・ヴァージョンが全米チャートでヒットしている(注:アフリカン・アメリカンのオペラ歌手だったトッド・ダンカンによる劇中歌は、当時、レコード化されなかった)。最初にレコード化してヒットさせたのは、自らオーケストラを率いていたレス・バクスターで、堂々の全米No.1を記録。同ヴァージョンとほぼ同時期にリリースされたアル・ヒブラー(レイ・チャールズやスティーヴィー・ワンダー同様、盲目のR&Bシンガー)によるヴァージョンは、全米No.3を記録している。その直後に、R&Bシンガーのロイ・ハミルトン(1969年に40歳の若さで急死)のカヴァーも全米No.6を記録する大ヒット。更に、それから1ヶ月足らずのうちに、女性ポップ・シンガー/声優のジューン・ヴァリのカヴァーが全米No.29を記録して中ヒット。その後の10年間も、毎年この曲はくり返しカヴァーされ続けた。
ビル・メドレーとボビー・ハットフィールド(2003年死去)がコンビを組んだザ・ライチャス・ブラザーズによるカヴァーにして代表曲の「アンチェインド・メロディ」は、劇中歌だったオリジナル・ヴァージョンから10年の歳月を経て大ヒットした(全米No.4)。A.ヒブラーとR.ハミルトンによるカヴァーは、テンポをやや速めながらも朗々とした歌いっぷりだが、〈朗々とした〉という形容詞は、むしろザ・ライチャス・ブラザーズのカヴァーに当てはまるかも知れない。また、エルヴィス・プレスリーによるカヴァー(1977年/ライヴ・ヴァージョン)は、ピアノの弾き語りで、これまたかなり〈朗々とした〉歌いっぷり。名義こそザ・ライチャス・ブラザーズだが、実際にはボビーの独唱である。身体を顫わせんばかりに、ありったけの思いの丈を込めて歌う彼の歌声に、当時、多くの人々が酔いしれたことだろう。また、デミ・ムーア&パトリック・スウェイジ主演の映画『GHOST(邦題:ゴースト/ニューヨークの幻)』(1990年)の劇中歌に使用されてリヴァイヴァル・ヒット(全米No.13)したことも、ザ・ライチャス・ブラザーズによるヴァージョンを一層、忘れ難いものにした。更に驚嘆に値するのは、同映画が大ヒットしたことを受けて、新たに彼ら名義でレコーディングし直したセルフ・カヴァーとも言うべきヴァージョン(1990年)が、全米No.19を記録し、アメリカ国内だけで100万枚以上を売り上げたこと。快挙と言う外ない。と同時に、本当に良い曲は、長い歳月を経ても決して色褪せない、ということを改めて痛感させられたものだ。奇をてらわず、1965年のヴァージョンを実直なまでになぞったセルフ・カヴァーだが、単なる〈二匹目のドジョウ〉には留まらない出来映えで、非常に好感が持てる。
映画『UNCHAINED』で初めてこの曲が世の人々の耳に届いた時、サブ・タイトルがカッコ付きの〈Lonely River〉だった。〈寂しい河=大量の涙〉という意味。愛する女性と離れ離れになってしまっている男性が、彼女への思慕を募らせ、身悶えする様を切々と歌い上げるもので、彼は寂しさの余り、〈河の水量にも匹敵するほどの大量の涙〉を流すのだ。映画でのオリジナル・ヴァージョンは、主人公の男性が収監されているために愛する女性(妻)と離れ離れになっている状態を歌ったものだが、ザ・ライチャス・ブラザーズによるカヴァーで歌われている男性の心境は、それとはちょっと違う気がする。その根拠は、彼らのヴァージョンがヒットした1965年という時期。想像力を逞しくするなら、同年は、ヴェトナム戦争においてアメリカ軍が勢力を拡大しつつあった頃で、1965年2月の時点で23,000人だった兵士は、同年12月までに一気に18万人へと増加している。そうした時代背景を鑑みた場合、ザ・ライチャス・ブラザーズによるカヴァーの主人公に、ヴェトナムに派兵された男性、あるいはその男性の妻や恋人の女性たちが自らの思いを重ねた、とは考えられないだろうか。ヴァース1+ブリッジ+ヴァース2から成る歌詞には、ヴァース1と2の最後に、英語の決まり文句〈God speed you!(ご成功を祈ります!)〉にヒントを得たフレーズが登場しているが、「君の愛が僕のもとへ届きますように!」というその悲痛な叫びには、国に残してきた愛する女性への狂おしいまでの激情が滲み出ている気がしてならない。オリジナルから10年後に、彼らのヴァージョンがいきなり大ヒットしたことと、そのこととは決して無関係ではないと考えるのだが、穿ち過ぎだろうか。
オリジナル・ヴァージョンを歌っていたのが男性のオペラ歌手だったから、というわけではない。さりとて、ザ・ライチャス・ブラザーズによるカヴァーが強烈な印象を残すから、というわけでもない。が、どうしてもこの曲の歌詞は、男性シンガーが歌ってこそ真実味を帯びてくると思うのだ。もちろん、夫や恋人と離れて服役中の女性や、戦地に送られた女性兵士の心境を代弁している歌詞にも聞こえなくもないが、女性が歌うと、かなり即物的になってしまうフレーズ(例えば「君の手の感触に飢えている」といった表現)が随所にみられるせいもあって、逆に白々しく聞こえてしまう。子供の頃、初めて聴いたヴァージョンがザ・ライチャス・ブラザーズによるカヴァーだったため、その強烈な印象を拭えないせいもあるかも知れないが......。
ここ日本でも人気の高いこの曲は、過去にCMソングとして何度か起用されてきた。が、お洒落なCMの映像とどこか不釣り合いだと感じてしまったのは、彼らのヴァージョンが大ヒットしていた頃のアメリカが背負っていた時代背景に、ついつい思いを馳せてしまうからだろう。カヴァーされた年やアーティスト個々のイメージ、そしてリリース時の社会情勢によって、こんなにも受ける印象が異なる楽曲も珍しい。
(泉山真奈美)
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【執筆者紹介】
泉山真奈美 MANAMI IZUMIYAMA
1963年青森県生まれ。訳詞家、翻訳家、音楽ライター。CDの訳詞・解説、音楽誌や語学誌での執筆、辞書の編纂などを手がける(近著『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』)。翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座マスターコース及び通学講座の講師。
泉山真奈美 MANAMI IZUMIYAMA
1963年青森県生まれ。訳詞家、翻訳家、音楽ライター。CDの訳詞・解説、音楽誌や語学誌での執筆、辞書の編纂などを手がける(近著『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』)。翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座マスターコース及び通学講座の講師。
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