音楽 POP/ROCK

イヴリン・キング 「ラブ・カム・ダウン」

2013.01.24
イヴリン・キング
「ラブ・カム・ダウン」

(1982年/全米No.17、全英No.7)

 去る2012年5月17日に63歳で亡くなった〈ディスコの女王〉ことドナ・サマーは、実のところ、世間から与えられたその称号にかなりの居心地の悪さを感じていたという。ディスコ・ナンバーが彼女をスターダムに押し上げたことは間違いないが、彼女自身、〈ディスコ・シンガー〉の範疇に押し込められることによって、自身の歌唱が正当に評価されていないことに不満を感じていたようだ。事実、筆者が熱狂的なドナ信奉者の知人に、「ドナはグラミー賞のゴスペル部門(英語では〈Best Inspirational Performance〉という)にノミネートされたことがありますよね?」と水を向けたところ(対象となる楽曲は「I Believe In Jesus」だった/1982年)、驚くべきことに、氏はそのことを全く知らなかったのである。筆者は、ドナがアメリカのゴスペル音楽専門番組に出演した際の映像を目にした記憶も鮮明にあるから、ドナ・サマー信奉者を自認するその方がそのことを知らずにいた、ということに驚愕せずにはいられなかった。自他共にドナの信奉者を標榜する人にとっても、ドナ・サマーは〈ディスコの女王〉でしかなかったのか、と......。

 筆者の〈好きなR&B女性シンガー〉の三本指に入るイヴリン・キングにもまた、枕詞のように〈ディスコ〉の文字が付いて回る。ディスコ・ミュージックが悪い、と言っているのではない。故ドナ・サマーが遺した言葉通り、〈ディスコ〉という言葉には、その楽曲を歌っているシンガーの歌唱力を聞く側に評価させない魔力が潜んでいる、と言いたいだけだ。そして筆者は、何でもかんでも〈ディスコ〉という、ある時代を風靡した音楽ジャンルで表現してしまうことを昔から苦々しく思ってきた。筆者が高校生の頃、足繁く通っていた八戸市内の数軒の中古レコード屋のうち、ある1軒の店で、何とあのボビー・ウーマックの中古LPが〈ディスコ〉のコーナーに置かれてあったのである! あの時は、本当に腰が抜けるほど驚いてしまった(以来、二度とその中古レコード屋には足が向かなくなった。店主の知識の浅さが知れてしまったからである)。ディスコーー便利なジャンル分けの言葉だろうが、遣いようによっては、シンガー/アーティストを貶めてしまう言葉でもある、と、この場で断罪しておく。

 断っておくが、筆者にとってのイヴリンは決して〈Evelyn "Champagne" King〉ではなく、ニックネームの〈Champagne〉なしの〈Evelyn King〉である。何故なら、彼女の最高傑作と断言できるアルバム『GET LOOSE』(1982年/R&Bアルバム・チャートで2週間にわたってNo.1、全米No.27/ゴールドディスク認定)のリリース時、アーティスト名義が本名の〈Evelyn King〉だったから。その前後に、ミドル・ネーム的に〈Champagne〉を加えたステージ・ネームを名乗ることもあったが、『GET LOOSE』及び同アルバムの先行シングル「Love Come Down」(R&Bチャートで5週間にわたってNo.1の座を死守)をレコーディングしていた頃の彼女は、シンプルに〈Evelyn King〉と名乗っていたからだ。よって筆者は、『GET LOOSE』及び同アルバムからのシングル曲のアーティスト名を〈Evelyn "Champagne" King〉と表記してあるのをよしとしない。デビュー時のニックネーム(?)"Champagne"など、最高傑作『GET LOOSE』を生み出したイヴリンには、もはや余計な飾りだった。

 全8曲入りのアルバム『GET LOOSE』は、1976年から約3年間、B.T.エクスプレスに籍を置いていた、ミュージシャン/ソングライター/プロデューサー/シンガーのカシーフの存在があったからこそ生まれ得た作品である。先行シングル「ラブ・カム・ダウン」も、もちろんカシーフのペンによるもので、イヴリンにとっての最大ヒット曲となった。筆者の記憶にあるのは、同曲とそれが収録されているアルバムがリリースされた1982年当時、どこかでイヴリンのことを〈女版マイケル・ジャクソン〉と評してある記事を目にしたことだ。恐らく、実に的外れな〈マーヴィン・ゲイ=ブラック・エルヴィス〉(筆者は、昔からこのたとえを反吐が出るほど忌み嫌っている/欧米諸国で〈ブラック・エルヴィス〉と称されたのは故ジャッキー・ウィルソンただひとり)同様、当時、日本の音楽評論家の誰か、もしくはレコード会社の担当ディレクター氏が、洋楽リスナーに解り易いようにと勝手にそう呼んだに過ぎないのだろうが、これまた実に的外れなたとえである。イヴリンは断じて女版マイケル・ジャクソンではない。ましてや、単なるディスコ・シンガーでもない。理由は、マイケルのようにステージ上で派手なダンスを繰り広げるわけでもないし、ディスコ・シンガーと呼ばれる人々のように、先ずは楽曲ありきで歌をないがしろにしてしまうシンガーでもないからである(但し、筆者は、ドナ・サマーは決して歌をないがしろにしていたとは思っていない)。確かに、イヴリンの曲の多くはダンス・フロア向けだ。が、一度でいいから、自然に体が動いてしまうのをグッと我慢して、彼女の歌声を傾聴して頂きたいと思う。そのソウルフルな歌唱に必ずや唸らされること必至だ。

 この「Love Come Down」に関して言えば、ぜひとも耳を澄まして聴いて欲しい箇所は、一瞬、〈カシーフが歌っているのか?!〉と勘違いしてしまうほど声を絞り出してソウルフルに歌い上げる♪All the way down......(同曲の一番の聴かせどころ/4:03辺りの箇所)である。ここを一度耳にしたなら、イヴリンのことを〈ただのディスコ・シンガー〉と切って捨てることは決してできないはずだ。

 「Love Come Down」が大ヒットしていた頃、筆者が欠かさず聴いていたのが、FEN(現AFN)で放映されていたR&B/ソウル・ミュージックの専門番組:ROLAND BYNUMである。DJのバイナム氏は、番組の最後に〈Goodbye〉ではなく、自身のラスト・ネームとの掛詞で〈Goodbynum〉と言うのをトレードマークとしていた。そして彼は、リスナーの筆者が呆れてしまうほどイヴリンにゾッコンだったのである。とにかく、毎回毎回、シングル曲だろうが非シングル曲だろうが、お構いナシに『GET LOOSE』の収録曲を必ず自身の番組で流していた。のみならず、彼女の名前を紹介する際に、〈Evelyn King〉ではなく〈Evelyn QUEEN〉と紹介していたのである! 毎回、同番組でイヴリン女王様(苦笑)の曲を聴いてる(聴かされている)うちに、筆者もすっかりハマッてしまい、中学時代にお小遣いでようやく買った「Shame」(1978年/R&BチャートNo.7、全米No.9/ゴールド・ディスク認定)の日本盤シングル以来、初めてイヴリンのLP(USオリジナル盤)を買ってしまう羽目に...。当時、輸入盤LPは日本盤のそれよりも高く、筆者が買った行きつけのレコード屋では、2,800円だった。そして今でも、1曲目の「Love Come Down」から、1曲も飛ばすことなく、Bラスの唯一のスロウ・ナンバー「I'm Just Warmin' Up」まで一気に聴いてしまう。そして再びレコード盤を引っくり返して、オープニングの「Love Come Down」に戻る――これはもう、ある種の依存症と言ってもいい。『GET LOOSE』をレコード棚から取り出してターンテイブルに乗っけて聴いたら最後、決して一度では終わらない。それもこれも、1曲目の「Love Come Down」が余りに素晴らしい出来映えだからだ。例のイヴリンの歌唱力大爆発の箇所♪All the way down......は、かなり依存性の高いフレーズである。ここを聴いてもまだ彼女を〈ディスコ・シンガー〉と呼ぶ人には、二度とイヴリンの歌声を聴いてもらいたくない。

 筆者の古い音楽仲間(女性)で、イヴリンのことを〈ブス〉と一刀両断した人がいた。彼女とはかれこれ20年近くも音信不通なのだが、イヴリンのLPや12インチ・シングルを聴く度に、どうしてもそのことを思い出さずにはいられない。確かに、イヴリンは美人とは言い難いだろう。が、筆者自身、彼女のことを昔からとてもチャーミングな女性だと思ってきたので(特に横顔の笑顔が可愛らしい)、いきなり「イヴリン・キングってさ、ブスだよね!」と言われた時には、言葉を失ってしまった。歌は顔で歌うものではない。どんなに美人でも、歌がド下手なシンガーなど、筆者は鼻にも引っ掛けない。ましてや才能のカケラもないジャリタレ・シンガーなど、どうでもいい。イヴリンの近影をネット上で見てみたところ、若い頃のチャーミングさを失っていなくてホッとした。美人過ぎると、筆者の大嫌いなアンチ・エイジングに走り易いのでは、と疑ってしまう(例えば故エリザベス・テイラー)。イヴリンさん、良い歳の重ね方をしていらっしゃる。そして今でも、往年のヒット曲「Love Come Down」をステージで楽しげに歌っていらっしゃることだろう。一度でいいからライヴで同曲を聴いてみたいものだ。

 イヴリンは、フィラデルフィア・ソウルで一世を風靡したフィラデルフィア・インターナショナルのレコーディング・スタジオで掃除婦として働いていたところ、歌の才能を見出されてデビューした、俗にいう〈シンデレラ・ガール〉だった。このエピソードはつとに有名で、ご存知の方も多いかも知れないが、筆者は、彼女の歌の才能を見出した人物に最大限の感謝と賛辞を贈りたい。もしも彼女が一生をレコーディング・スタジオの掃除婦として費やしていたなら、名曲「Love Come Down」は今この世に存在しなかったであろう。そして筆者は、同曲のレコードから30年以上が過ぎ去った今でも、聴く度に♪All the way down......の箇所に身震いしてしまうのである。ALL HAIL THE QUEEN!
(泉山真奈美)


【関連サイト】
Evelyn King
Evelyn King(CD)
【執筆者紹介】
泉山真奈美 MANAMI IZUMIYAMA
1963年青森県生まれ。訳詞家、翻訳家、音楽ライター。CDの訳詞・解説、音楽誌や語学誌での執筆、辞書の編纂などを手がける(近著『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』)。翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座マスターコース及び通学講座の講師。